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18/25

18、セラフィーナは見届ける

 

 私が放課後に開くお茶会には、シェリルとレナルド、そしてアレックス殿下が参加するようになった。

 今日も当たり前のように四人で集まってテーブルを囲んでいる。


 シェリルとアレックス殿下の仲はすこぶる良好。

 アレックス殿下はほぼ一目惚れのような状態でシェリルに恋に落ちたように見えた。

 性格の相性もあるだろうが、シェリルの見た目はきっと殿下の好みど真ん中なのだろう。


 私が二人の間を取り持つつもりでいたのに、あまりにあっけない。

 肩透かしを食らった気分ではあるが、私より先にシェリルを殿下の婚約者にするという目標の達成に近づけたことには変わりないのでよしとする。


 二人にはさっさと将来を真剣に考えるようになるほど仲を深めてもらいたいものだ。

 王子と男爵令嬢が婚約することは不可能に近いが、書類上だけシェリルを高位貴族の養子にするなどして、身分差問題は解決できる。


 レナルドはシェリルとアレックス殿下が楽しげに話す様子を前にしても全く動揺を見せないが、ふとした瞬間にシェリルに向ける熱い視線は以前と変わらない。


 想いをすぐに消し去ることなどできないようだが、臣下としてアレックス殿下のお心を尊重する意向らしい。

 私は三角関係に発展することを期待していただけに残念でならないが、このまま想い続けたところでレナルドに勝ち目はなさそうなので、諦めることが彼にとっての最善だとも思える。


 私は予知夢の中の自分とレナルドの無念を晴らすため、男子生徒の制服を着ている間はアレックス殿下の恋のライバルを演じるようにしている。


 シェリルは面白いほど私に夢中になるため、アレックス殿下への嫌がらせは純粋に楽しい。

 殿下は基本的に王子スマイルを絶やさないため、そういった時でも表情は変わらないが、内心で複雑な思いを抱いてくれていたなら本望だ。


 それはさておき、私の婚約問題はもう解決したも同然。

 あとは鍛錬しながら魔王の復活を待ち、復活したらシェリルがさっさと魔王を浄化して、それで何もかもが解決する。


 シェリルの予知夢の中で私を唆し、聖女を殺させようとする組織もできることなら早いうちに壊滅させておきたいところだが、拠点はおろか尻尾さえ掴めていない。

 向こうからこちらに接触してこない限り手の打ちようがない。


 どちらにせよ魔王が復活すれば聖女の存在を公表することになる。そうすれば組織は聖女を抹殺するために動き出すはずなので、その時に対処すれば問題はない。


 私の目の前で談笑しているシェリル、レナルド、アレックス殿下を見つめながら考えを巡らせていると、アレックス殿下が手荷物から平たい箱を取り出した。


 箱のデザインと側面のロゴマークから、予約数ヶ月待ちの有名店のチョコレートの詰め合わせだとすぐに分かった。

 我が家でさえなかなか手に入れられない品だ。

 アレックス殿下のシェリルへの想いの深さが手に取るように分かる。


 箱の中には様々な形のチョコレートが並んでいて、リキュール入りのものがあると説明を受けた。


 シェリルは瞳を一際輝かせる。

 彼女は甘いリキュール入りのチョコレートが大好きな反面、アルコールにはかなり弱い。


 このチョコレートを一粒食べただけでも頭をふわふわさせて、いつもの数倍陽気になるのが目に見えている。

 殿下の前で醜態を晒すと分かっていて防がないわけにはいかない。


 シェリルはすぐに諦めてくれたが、未練がましくチョコレートを眺めた。

 殿下が用意したものだということで魅力が倍増しているのだろう。


 一つだけ食べていいと許可をだすと、シェリルはすぐにリキュール入りのチョコレートを口に放り込んだ。

 芳醇な香りと甘さを堪能するように両頬を押さえながら味わっている。


「ふふふ、美味しくてとっても幸せです」


 頬が赤く染まり、頭を横に揺らしながら陽気に笑うシェリルをアレックス殿下は愛しそうに眺めている。

 もうここまでメロメロになっていたら、醜態の一つや二つ全く問題にならないようだ。


(心配するだけ損だったわね……)


 大丈夫そうだなと紅茶を一口飲み、シェリルに視線を戻すと、つい先ほどより明らかに陽気さが増していた。

 私はチョコレートの箱に視線を移す。

 リキュール入りのチョコレートが明らかに二個減っていて、この一瞬で何が起こったのかすぐに理解した。


 呆れつつ心配していると、アレックス殿下が懐から小瓶を取り出した。

 自らが招いた事態だと責任を感じて、治癒ポーションを飲ませることにしたらしい。


 酔いを覚ますために使うような代物ではないが、ありがたいので止めはしない。

 しかしそれを差し出そうとする殿下の声に被せるように、シェリルは陽気に笑いながら『大丈夫』と口にして、自身の頭に手をかざした。


 何をしようとしているのかすぐに察したが、私の制止の声は届かず、光が溢れた。

 部屋全体を包み込むような強い光。酔っているシェリルは手加減せずに全力で力を放出させてしまった。


「ほら、これで大丈夫で────……」


 シェリルは完全に酔いが醒めたらしくスッキリした顔になったが、頭がスッキリしたことで事態の深刻さを理解した。

 途端に青ざめる。


 アレックス殿下とレナルドは呆然としている。

 シェリルが体に纏う光が完全に消えるまで、微動だにせずそれを目に焼き付けていた。


「今のは光魔法ではない……よな?」

「そんなまさか。しかし今のはどう考えても……」


 二人は険しい顔で口々に呟いた。

 どう見てもただの光魔法ではない強い光。目の前で起こった現象に当てはまるものがすでに彼らの脳裏によぎっているのなら、言い逃れはするだけ無駄だろう。


 私はシェリルの顔を見た。

 さぞ慌てているだろうと思ったが、そこにはもう青ざめた顔の少女はいなかった。


 背筋を伸ばして微笑む様はとても頼もしい。

 それは彼女に対応を任せても問題ないと私に確信させるものだった。


「いくつか質問させてほしい」


 アレックス殿下は真剣な面持ちでシェリルに向き合い、静かに切り出した。

 そこにはいつものような穏やかさはない。王族として威厳ある佇まい、気高き青い瞳にシェリルを映し出す。


「私はパーミュラー嬢が使ったものは神聖魔法であると感じたのだが、間違いないだろうか」

「はい」

「君とガーネット嬢の反応からすると、君は今この場で力に目覚めたわけではないのだろう。そしてガーネット嬢はその力の存在を以前から知っていたのではないか」

「そうです」


 シェリルは冷静に受け答えする。

 全て簡潔にしか答えていないのは、緊張や動揺のせいではない。

 シェリルの表情からは余裕が窺えた。


 彼女は聖女としてアレックス殿下と向き合っている。

 自分の立ち位置をしっかり理解し、自分が王子の質問に肯定で返したからといって、決して不利にはならないと理解している。


 アレックス殿下は素直すぎるシェリルの返事に大きく息を吐いた。

 美しい顔に苦渋の色を滲ませる。

 後に続く言葉はできることなら言いたくなかったのだろう。


「聖女の存在を秘匿することは決して許されない。必ず教会に報告する義務があることは知っているか」


 いつも明るい殿下らしくない、重量感を感じさせる声だ。それでもシェリルは臆する様子なく、『はい』と素直に答えた。

 アレックス殿下は天を仰ぎ、すぐにまたシェリルに向き合った。


「……ではガーネット嬢が君の存在を隠していたことは大きな罪になると理解しているんだね?」

「いいえ、殿下。セラフィーナ様は罪に問われません。なぜなら聖女である私がそんなことを許さないからです」


 シェリルは殿下の質問に初めて首を横に振り、言葉を続ける。


「私たちは魔法誓約を交わしました。それは私の力を秘匿しなければならないという誓いです。聖女である私がそう命じました」


 慌てることなく丁寧に説明するシェリルの堂々とした佇まいは、まさしく聖女と呼べるものだ。


「私は自由を奪われたくありませんでした。そのためにはこの力を隠して生きていくしかないのです。私から誓約を持ちかけられて、応じなければ聖女としてこの世界を救わないと言われ、セラフィーナ様が拒否できたとお思いですか? 私の申し出を受け入れたセラフィーナ様を罰すると仰るのでしたら、私は世界を救いません」


「……君はそんな言い分がまかり通ると本気で思っているのか」


「もちろんです。私は世界を救う代わりにどんな望みだろうと叶えてもらえる特別な存在ですから。隠しているとはいえ神聖魔法はしっかり鍛えています。いつ魔王が復活したとしても、必ず浄化してみせましょう」


 シェリルは自信に満ちた表情で胸に手を当てて、高らかに言い切った。

 あまりに堂々としていて清々しい。


 彼女がいつもの姿から想像もつかないほど頼もしい立ち回りができているのは、きっとこのような場面を頭の中で何度も想定してきたからなのだろう。

 私は立派に成長した我が子を目の当たりにする親の気分になっていた。実に感慨深い。


 シェリルと相対しているアレックス殿下はといえば、真剣な表情を保てなくなったらしく噴き出すように笑った。


「ッ、クッ、ククク……そうだね、君はこの世で一番尊い存在だ。君が望むことを誰も咎められはしない」


 ずっと辺りに漂わせていた重苦しい空気を散らすように、アレックス殿下はいつもの軽快な口調で話し出した。

 途端にシェリルは気が緩んだように顔を綻ばせて、アレックス殿下の方に身を乗り出した。


「そうですよねっ!」


 肯定してもらえたことがよほど嬉しかったのだろう。

 頑張って高慢で気高き聖女として振る舞っていたシェリルは一瞬でその皮を脱ぎ捨てて、期待に満ちたキラキラ輝く藍色の瞳をアレックス殿下に向けた。


 その可愛さの破壊力はすさまじい。

 アレックス殿下の胸にはもう何本目かすら分からないハートの矢が突き刺さるどころかあっという間に貫通して地平線の彼方まで飛んでいったことだろう。


 殿下は前屈みになって胸を押さえながら呼吸を整えた。

 そしていつもの殿下スマイルを顔に貼り付けると姿勢を正し、シェリルに問いかける。


「ところで私は君の秘密を知ってしまったわけだが、知ってしまったからにはもちろん国王と教会に報告する義務があるんだよね」

「っえ。あっ、そうですよね……それはもちろん困るのですが、えっと」


 シェリルは緩んでしまった態度をまた高慢で気高き聖女に切り替えられず、しどろもどろになった。

 目で助けを求められた私は、つい緩みそうになる口元に力を入れて、懐から一枚の紙を取り出した。


「あら、こんなところに魔法誓約書があるわ。私は特に使う予定がないから誰でも自由に使えるようにここに置いておきましょう」


 私は誰とも目を合わせず空間に独り言を呟きながら、一枚の紙をテーブルの上に置いた。

 シェリルはポカンとしながらじっと紙を見つめ、合点がいったように口を大きく開けた。


 シェリルは紙を手に取ると、懐から取り出したペンで誓約内容を書き記し、両手で持って前に差し出した。


「殿下、私と魔法誓約書を交わしてください。おねが────っと、違いました。これはお願いではなく聖女命令なので絶対に断れません。私は聖女なのでたとえ相手が王子様だろうと強行突破できるのです。だから観念してサインをください殿下」


 シェリルは深々と頭を下げながら、聖女パワーで強引に推し進めようとする。

 アレックス殿下はこちらが心配になるほど威厳も何も感じられない緩い顔で紙を受け取った。


「仕方ないね。君は聖女なんだから」


 アレックス殿下は躊躇いなく紙にペンを走らせた。

 魔法誓約書を用意したのは私だが、一国の王子がこうも軽々しく署名して大丈夫なのだろうか。ちょろすぎやしないだろうかと心配になる。


 アレックス殿下は署名済みの魔法誓約書をシェリルに手渡しながら軽やかに呟いた。


「あれ? この場にはレナルドもいるのに、彼には何も対応しなくていいのだろうか」

「あら、こんなところにまだ魔法誓約書が入っていたわ。誰でも自由に使えるようにここに置いておきましょう」


 私は誰とも目を合わせず空間に独り言を呟きながら、一枚の紙をテーブルの上に置いた。


「何枚持ってるんだ?」

「あと三枚は入っていそうな気がするわ」


 すかさずレナルドに突っ込まれたので、私は独り言のように呟いた。


「クククッ……パーミュラー嬢はこれ以上ないほど厚く頑丈な盾に守られているようだね」

「そうなんです! セラフィーナ様はいつも私のために何でもしてくださるすごい方なんです。護衛もしっかりつけていただいています!」

「そうか。それは安心だ」


 アレックス殿下とシェリルはすっかりいつものように穏やかな空気の中で和気あいあいとしている。

 シェリルの聖女バレはあまりにあっけなく収拾がついた。



 翌日から、アレックス殿下はより積極的にシェリルと関わるようになった。

 相手が聖女だと判明したことで、より仲を深めても身分差は問題にならないと吹っ切れたようだ。


 まるで男子生徒たちを牽制するように、これ以上シェリルに言い寄っても無駄だと知らしめるように仲の良さを見せつけた。


 シェリルは女生徒たちから更に嫉妬に満ちた目を向けられるようになったが、私が獲物に狙いを定める肉食動物を意識した視線を向けることで、簡単に牽制できている。


 昼食は私とシェリル、アレックス殿下、レナルドの四人でとることが多くなった。

 シェリルはこの学園で特に身分の高い者たちに囲まれて過ごしているが、影でこっそり嫌がらせをされることもなく平和に学園生活を過ごせているようだ。



 そうやって月日が流れていった。

 シェリルの予知夢の中では、私とアレックス殿下は十三歳で婚約したらしいが、十三歳を過ぎた今でもそんな話はまだ出ていない。

 殿下が根回しをしているのだろうと思われる。


 ちなみに殿下がシェリルに気持ちがあることは直接確認済みで、私と殿下は善き友として協力関係にある。

 私には他家からの婚約打診がいくつも届くようになり、その度に父からそれらを手渡されるようになった。


「学生でいる間にゆっくり考えるといい。家格も気にしなくていい。私たちは君の気持ちを第一に考えているからね」

「ええ、セラちゃんが結婚したいと思った相手との縁を大切にしてちょうだい」


 父と母はこちらが心配になるほど娘に甘くてどこまでも優しい。

 私はガーネット侯爵家の一人娘だが、私が家を継いで女侯爵になることも、私の伴侶となる人が侯爵位を継ぐことも強要されたことがない。


 両親としては、跡取りは分家筋から見繕うことになっても問題ないという考えらしい。

 私はできることなら自分の伴侶に侯爵位を継いでもらいたいと思っているため、届いた釣書にはしっかり目を通している。


「お嬢、今回は素敵な人がいそうですか」

「そうね……」


 上から覗き込んでくるギルと一緒に釣書を眺める。


「惹かれる人はいないわね。さほど優秀でもなさそうだし、好みですらない犬はいらないもの」

「それは残念ですね」


 今のところ同じ学園の令息たちからの婚約打診が続いている。

 今、私の頭の中に浮かんでいるのは、つい最近、学園内で私に話しかけてきた令息たちだ。


『魔法の実験台にしていただけたら本望です』

『どれだけ酷い仕打ちを受けようとも耐えて見せます。犬のように扱われても構いません。むしろそうしてください』

『虫けらを見るような目を独占する権利を僕にください』


 その時は何を伝えられているのか理解できず、会話をする気にすらならなくて冷ややかな視線だけ向けて立ち去った。

 こうやって婚約を申し込まれたことで、あれは私に好意を伝えようとしていたのだと理解した。


 そっと閉じた釣書は、もう二度と開くことはない。


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