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13、セラフィーナは憤る


 薄桃色の花が木々を彩り、穏やかな風に吹かれて花びらがひらひらと宙を舞う。


 半月ほどの春休みが終わり、今日は王立学園の入学式だ。

 焦げ茶色のプリーツスカートにブレザー、胸元に藍色の細いリボンといった制服を着た私、セラフィーナは馬車に乗って学園に向かっていた。


 私の隣にはアルマ、前の席にはギルが座っている。

 学園の送り迎えの馬車に同伴してくれる護衛は基本的にいつもどちらか一人だが、今日は節目ということもあって二人揃って送ってくれるようだ。


 馬車の中は他に人目がないため、彼らはいつも気兼ねなく会話をしてくれる。


「シェリルさんは大丈夫でしょうか」

「そうね。『下位クラスでひっそり大人しく学園生活を楽しみます』だなんて言っていたけれど、どうなるかしら」

「大人しくしていたところで無意味だと思いますが」

「最初からお嬢のご友人として振る舞う方が確実に楽しい学園生活になったでしょうに」

「愚かですね」

「ふふ、泣きついてくる日が楽しみだわ」


 三人でシェリルについて楽しく語り合っているうちに学園前に到着した。

 私はギルの手を取って馬車から降りる。


 学園の敷地内は高い外壁に囲まれていて、大きな正門の前には見た目からして屈強そうな門番が四人立っている。

 敷地内でも何人もの騎士が警備に当たっているため、学園のセキュリティは王城にひけをとらないほど万全だ。


 門の前でアルマたちと別れた私は一人で学園の敷地内に足を踏み入れた。


 目の前に見える二階建ての学舎に向かって歩みを進める中、こちらに向けられる多くの視線。もう慣れたものなので気にせず歩きながら辺りの様子を窺った。

 初等部と違い中等部では知らない顔が多数見受けられる。


 子爵家以下の貴族の子供たちは中等部や高等部から王立学園に入ることが多い。

 まだ幼いうちに上位貴族の子供たちと交流させてしまうと取り返しのつかない粗相をしてしまう可能性が高いため、それを防ぐためらしい。


 学舎に入ると、事前に確認しておいた自分の教室に向かった。

 私が所属するのは伯爵家以上の身分の者たちが集まるクラスだ。


 初等部の時と変わらない顔ぶれなので、近くにいた数人と軽く朝の挨拶をしてから自分の席に座った。

 するとすぐに数人の女生徒が私の机を囲むように集まってきた。


「おはようございますセラフィーナ様、中等部でもよろしくお願いいたします」

「おはよう。こちらこそよろしくね」

「半月ぶりにお会いできて嬉しいです」

「ふふ、私もよ」


 彼女たちは伯爵家の令嬢で、初等部の頃から付き合いがある人たちだ。

 私は彼女たちと他愛ない会話をしながら前方に視線を向けた。


 そこには隣同士の机で肩を並べて座る二人の男子生徒がいる。

 金髪の男子生徒はこの国の第一王子であるアレックス殿下、深緑色の髪をした男子生徒はレナルド・ネヴィル侯爵令息だ。


 彼らは親友と呼べる間柄でとても仲がいい。

 何を話しているかまでは分からないが、二人の横顔からは楽しげな様子が伝わってくる。


 以前の私はそれを羨む気持ちで眺めていたが、最近は仲がよろしいこととしか感じなくなっていた。

 だけど今はまた以前のように羨む気持ちが胸に広がっていく。


 私も中等部からは学園生活をそれなりに楽しく過ごす予定でいたのに。

 歯がゆさを感じながらも、そんな不満はもちろん顔には出さない。周りを囲む令嬢たちにいつものように微笑みかけながら心の中でため息を溢した。


 程なくして入学式に出席するため大ホールに向かう時間になり、教師に引率されて向かった。


 大ホールに到着すると、他の教師陣や低位クラスの生徒たちは先に集まって椅子に座って待っていた。

 学園といえど社交界と同じように地位の高い者ほど後から入場するしきたりだ。


 視界の端に桃色の髪が映ったが、私はそちらに目をやることなく着席する。

 王族であるアレックス殿下が椅子に座ったところで入学式が始まった。


 学園長の挨拶や教員の紹介などを聞き、入学式はつつがなく執り行われて予定時間内に終了した。

 教室に戻った私たちはクラス担任から今後の学園生活や授業について簡単に説明を受け、そうして午前中で王立学園での一日目が終わった。


 私は迎えの馬車に乗って帰宅し、私服に着替えてから食事室に向かった。

 母と一緒に昼食をとり終えると、自室に戻って学園で配られた資料に目を通す。


 一時間後、アルマが来客を告げてきたのでサロンに向かうと、先に部屋に通されていたシェリルが私を見て嬉しそうに顔を綻ばせた。


 事前にテーブルの準備をしていたギルがお茶を淹れてくれたので、私とシェリルはテーブルを挟んで向かい合わせに座る。


「私、今日は学園でセラフィーナ様のことを遠目で眺めていたんです。皆と同じ制服なのに一際輝く美しさで周りを魅了していてさすがセラフィーナ様と感動しました」

「私は王族の次に地位が高いからよく注目されるだけよ」

「それももちろんあるでしょうが、セラフィーナ様ご自身の溢れんばかりの魅力がすごいからですよ。本当は話しかけに行きたかったのですが頑張って耐えました」

「耐える必要なんてないのに」

「私のような身分で軽々しく話しかけにいったら、その瞬間から大半の生徒から敵意を向けられちゃいますよ」


 シェリルは両腕を抱きながらブルリと震えたが、すぐに王立学園の敷地の広さや建物の煌びやかさについて興奮気味に話しはじめた。


「庶民が通う学校とは何もかもが違いすぎてどこを見てもキラキラしていて目が疲れました」

「そう。アレックス殿下のお姿は見ることができたのかしら」

「っ、……はい。遠目で少しだけですが……実在するんだなーって思ったら、何だか胸が苦しくなって……存在そのものに感動しちゃいました」


 シェリルはその時の感情が込み上げてきたようで、胸元を強く押さえながら静かに想いを口にした。

 予知夢の中でしか知らなかった想い人に会えたのだから、胸がいっぱいになるのは当然だろう。


 頬を染めて俯き気味に話す様子は何ともいじらしく、その顔を殿下に見せればイチコロではないだろうかと思いながら話に耳を傾ける。


「そういえば、殿下の隣にいた深緑色の髪の人、ネヴィルさんも予知夢の中でお世話になった人でした」

「あぁ、あの人は正義感がとても強いようだからそんな気はしていたわ」


 アレックス殿下の親友であるレナルドは、騎士団長を父に持つ硬派な男だ。

 曲がったことは大嫌い。身近に黒い噂があればすぐに事実確認するような真っ直ぐすぎる性格をしている。

 虐めや嫌がらせを目にすれば迷うことなく糾弾したことだろう。


 シェリルは予知夢の中でレナルドとアレックス殿下にどれだけ世話になったかを話す。

 弾む声からは辛い時に手を差しのべてくれた二人への好感が容易に伝わってくる。


 それからシェリルは自分のクラスでのことを話しだした。

 彼女のクラスには男爵家や子爵家の令息令嬢が所属している。


「同じ男爵家の人間が半数以上いるので思った以上に気楽に過ごせそうです。今日だけでもいろんな人とお話できたので、すぐに皆さんと仲良くなれそうな気がします」

「それは良かったわね」


 楽しげな様子に胸にモヤッとしたものが広がったが、顔に浮かべた笑みを固定したまま心にもない言葉を口にしておいた。


(可哀想だけど気楽に過ごせるのは長くても二週間程度でしょうね)


 今後を見越して憐れむ気持ちと、早く困りごとに直面しないかしらという期待が入り交じる。

 これからの学園生活に期待を隠しきれない様子でウキウキしているシェリルを見ながら、胸に抱く複雑な感情を紅茶で流し込んだ。



 王立学園の中等部に入学した二日後から通常授業が始まった。

 基本的には自分が所属するクラスで授業を受け、魔法実技講習や選択授業などは場所を移動して受けることになる。


 午前の授業が終わると、私は同じクラスの伯爵令嬢三人に誘われて一緒に食堂に向かった。


 食堂内を見渡してすぐに目に入ったのはふわりとした桃色の髪。クラスメイトらしき令嬢たちとテーブルを囲んで食事をしているシェリルの前には、遠目からでも控えめだと分かる量の昼食が置かれていた。


 彼女は自分が大食いである自覚があるが、それは貴族令嬢としてはあまりよろしくないということも理解している。

 学園では人並みの食事量を心がけたいと意気込んでいた。


 私はシェリルの姿がほんの少し見える窓際の席に座り、クラスメイトたちと食事を始めた。

 ここは三方向が壁に仕切られている半個室のような席だ。


 よほどの大声で話さない限りはここでの会話が周りに届くことはない。

 このような席は窓際に数ヶ所しかないため、伯爵家以上の人間しか使用できないというのが暗黙のルールとなっている。


 食事を始めて数分後、シェリルがいるテーブル席に二人の男子生徒が近づいた。

 彼らは私と同じクラスの伯爵家の令息たちだ。

 シェリルは彼らに話しかけられたようで、食事の手を止めてきちんと向き合って会話しだした。


 学園が始まってまだ三日目。

 想定していたよりもずいぶん早いが、彼女の愛らしさを思えば特に不思議ではない。

 それにしても、こんな人目につく場所で話しかけられてしまったら、まだしばらくは機会を窺うつもりでいた人たちが続いてしまうことだろう。


 案の定、学園生活の開始から七日目にはすっかりシェリルの噂が広まっていた。

 一年生の下位クラスに所属する桃色の髪の男爵令嬢。彼女はすでに不特定多数の男子生徒と仲を深めていて、その中には婚約者持ちの令息もいるとのことだ。


「婚約者がいる相手に色目を使うなんて信じられません」

「男爵令嬢風情が。身の程を弁えるべきですわ」

「自分が一番だと調子に乗っているのでしょうね」


 昼食時、私と同じテーブルで食事中の令嬢たちは、噂の男爵令嬢について熱く語り合っていた。

 これは想定内のこと。憶測だらけの噂話になど興味のない私は右から左に聞き流しながら、食いしん坊なシェリルのことを思い浮かべる。


(食堂の期間限定メニューは彼女が好きそうなものばかりなのよね。期間内にしっかり堪能したいのにどうしようと焦っている気がするわ)


 シェリルが持つ異次元の胃袋ならほんの数日で制覇できるだろうが、今のように控えめな量を心がけていたらなかなか制覇できないだろう。

 すごく焦っているに違いない。


 私がぼんやり考えている間にも、私と一緒に食事をしている令嬢たちの話題は変わることなく続いていた。


「王立学園での生活に浮かれているとしても、さすがに調子に乗りすぎかと」

「ええ、本当にその通りです。セラフィーナ様もそう思いませんか?」


 そろそろ話を振られると思っていた私は面倒くさい気持ちを悟られないように完璧な笑みを向けて対応する。


「私はその子が色目を使っているところを見たことがないから何ともいえないわ。あなたたちは見たことがあるのかしら」

「いえ、それは……」

「ないのね。それなら実際に目にした人から話を聞いたのかしら」

「そういうわけでもありませんが……」

「そうなのね。仮にその話が本当だったとしても、糾弾されるべきは迂闊な行動を取ったその令息の方だと思わない? 婚約者を不安にさせるような人がこの学園にいるだなんて信じられないわ」

「っ、そうですね、セラフィーナ様の仰る通りです」

「お相手の令嬢が心を痛めていないか心配ですね」

「ええ、本当に気がかりだわ。噂がただの出任せならいいのだけれど、実在するなら許せないわね」


 私が悲しげに目を伏せながら言えば令嬢たちの矛先は浮気性の令息に向かい、また何の根拠もない噂話をしだした。

 本当にくだらない。

 私はその令息がどれだけ悪く言われようとも興味がないため、適当に相づちを打ちながら聞き流した。



 週末はいつものようにシェリルと一緒に別荘地で過ごす。


 鍛練をしっかりこなしてはいるが、シェリルは見るからに元気がない。

 コリンとディアンと触れ合っている間は楽しそうにしているが、休憩しましょうと私が呼んでテーブル席につくと、すぐに俯いて溜め息を吐いた。


 シェリルは学園ではやはりいろんな令息から声をかけられているらしい。

 相手は格上貴族ばかりなので接するのに気を遣わなければいけないと嘆いている。


「誘いは全て断っていますし話しかけられても気を持たせないような受け答えを心がけているのですが、なかなか諦めてもらえなくて困ります。田舎の男爵家の娘がそんなに物珍しいのですかね……」


 シェリルの中での自分自身の評価は、可愛い部類に入るけれど、華やかな貴族令嬢の中に紛れてしまったらさほど目立たない程度の可愛さ、という認識らしい。


「距離感に気を付けながらしっかり断り続けていればそのうち諦めてくれるでしょうけど、困っているなら私が仲裁するわよ」

「ありがとうございます。セラフィーナ様の手を煩わせなくて済むように頑張ります!」

「……そう」


 遠慮せずに頼ればいいのにと思ったが、本人が頑張ると言っている以上は手を貸そうとしても余計なお世話だろう。

 泣きついてくるまで待つことにした。



 数日後。食堂で見かけたシェリルは一学年上の伯爵令嬢グループと一緒に食事をしていた。

 私は食事が載ったトレーを持ちながら溜め息を吐いた。


 彼女たちのことはよく知っている。

 表向きは爵位関係なく幅広い交流をしているように見えるが、実際は目障りな下位貴族の令嬢を捕まえては飽きるまで小さな嫌がらせをし続けるという趣味を持つ人たちだ。


 またずいぶん面倒な人たちに捕まったものだと心の中で呆れた。

 談笑しているように見えるが、シェリルの笑顔はどこかぎこちない。いつもすぐ近くで屈託のない笑顔を向けられ続けてきた私だからこそ気づく程度の微妙なぎこちなさだ。


 シェリルは令嬢たちの思惑に気づいているのか、はたまたもうすでに陰で嫌な目に遭っているのか。


(そろそろ泣きついてきそうね……)


 心の中で同情しながらも、やっと頼られる日が来るのだと思うと自然と口の端が持ち上がる。



 それから数日経ったが、シェリルは私に何も言ってこない。


 困りごとがないかと尋ねてみても、『少しいじわるされることもありますが何とか頑張っています』としか言わなかった。

 詳しく聞かせてほしいと言っても、大したことではないから大丈夫ですと躱されてしまったため、それ以上は聞く気にならなかった。


 シェリルは相変わらず一学年上の伯爵令嬢グループと一緒に食事をしている。

 嫌がらせを受けていないはずはないのに、泣き言すら言ってこない。


 シェリルと伯爵令嬢たちは楽しそうに歓談しながら食事をしている。

 数日前はどこかぎこちなかったシェリルの笑顔はずいぶん自然に見えるようになった。


 辛い気持ちを隠してその場に順応しているだけなのかもしれないが、もしかしたら本当に楽しく過ごしているのかもしれない。


 私とは学園で友人として付き合えないと言っていたのに、なぜそんな人たちと友人のように過ごしているのだろうか。


 伯爵令嬢たちは見るからに醜悪な笑みを浮かべている。

 彼女たちは隠れたところでシェリルにどんな嫌がらせをしているのだろう。

 彼女たちが私の知らないところですごく楽しんでいるのなら、それはとても狡いことのように思えて仕方がない。


 私は少しも楽しくないというのに。


 食事をしながら遠目で眺めていたらシェリルがこちらの視線に気づいた。

 その瞬間、シェリルの瞳が微かに揺れた。

 口では何も訴えてこないくせに、そうやって一瞬でも辛い感情を私に見せてくることに苛立ちを覚える。


 私がシェリルを助けることはとても簡単だ。あっけないほどすぐに終わるだろう。

 その子は私の友人だと公言すればいいだけなのだから。


 水面下での嫌がらせだろうと私が怒りを露にして本気で牽制すれば容易に止めさせることができる。

 今まで積み重ねてきた淑やかな令嬢としての仮面が少し剥がれることになるだろうが、それが友人のためになるのなら本望だ。


 だけどここで私が出ていって『その子は私の友人なのよ』と言えば、私と友人であることを隠したいと言っていたシェリルを裏切ることになる。

 そもそも約束などした覚えはないけれど、約束を破ったなどと言われたら癪だ。


(……元はといえば素直に助けを求めてこないあの子が悪いのに)


 胃の中がムカムカする。

 何だかんだと考えていたらドロドロとした感情が次々と湧いてきて、そうしてすぐに溢れていった。

 助けてほしいと言わないシェリルも、私に抜けがけしてシェリルで楽しんでいる令嬢たちも気にくわない。腹が立って仕方がない。


 淑女らしさだとか侯爵家の娘として相応しくあろうだとか、そんなものは何の意味もないことのように思えてきた。


「ごめんなさい。少し用事ができたから失礼させていただくわ」


 私は一緒に食事をとっている令嬢たちに断りを入れると、堂々とした足取りでシェリルたちに近づいた。




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