12、アルマは見守る
私がお嬢様の専属護衛になって三ヶ月経った。
丁寧に話すことやできる限りいつでも穏やかな笑みを浮かべることにはずいぶん慣れた。
休日は冒険者登録したギルドに通って好きな依頼を受けたりと自由に過ごし、ケイやブルーノといった気さくに話ができる友人もそこそこ増えた。
そんなある日、お嬢様は父である侯爵様の仕事の関係で、数日間隣国に行くことになった。
護衛である私とカンナさんももちろん同行する。
隣国でお嬢様は侯爵様の仕事の取引相手と家族ぐるみで交流し、それ以外の時間は自由に過ごしていた。
お嬢様は自国にはない闘技場という場所が気になったようで、三人で闘技場に行き、観覧席から試合を観ることになった。
円形の闘技場は建物の中央部分が吹き抜けになっていて、二階にある観覧席から中央の闘技リングを見下ろして観覧する形になっている。
リングでは剣闘士と呼ばれる人たちが剣と魔法を使って対戦し、観客は勝敗を賭けて楽しんでいた。
剣闘士たちは体のあちこちに包帯を巻いている。
昨日今日負った怪我ではないだろう。賭けの対象になって全力で闘っているというのに、治癒ポーションを満足に与えられていない劣悪な環境なのだと見て取れた。
何試合か終わり、次に闘う二人がリングに上がる。
とたんにあちこちから黄色い悲鳴が上がった。
リング上にいる藍色の髪の男の人は遠目でも分かるほど整った容姿をしているため、恐らく彼に向けられた悲鳴のようだ。
長身ですらりと細い男の人は全く強そうに見えない。
しかし彼は他の剣闘士たちのように体に包帯を巻いていなかった。
それは強さによるものか、闘技場のオーナーの贔屓によるものか、どちらだろうという疑問は試合が始まるとすぐに解消された。
彼は大きな剣を片手で軽々と振り、対戦相手の大柄な男性を何度も吹き飛ばしていく。
お嬢様はその様子を食い入るように見つめていた。
「あの人に会いに行くわよ」
試合が終わるとお嬢様は観覧席から立ち上がって、剣闘士たちの控え室に向かった。
部外者は立ち入り禁止だと部屋の手前で止められたが、隣国の侯爵家の娘であると身分を証明することで難なく通された。
部屋の中にいた藍色の髪の男の人は、面会人がいると声をかけられると『またか』というような顔をして、お嬢様の前にやってきた。
彼はうんざりしているような気持ちを隠しもせずに、しかめっ面を浮かべていた。
垂れがちの琥珀色の目に、右目の下には泣きぼくろ。近くで見た彼は想像以上に色気のある整った容姿をしていた。
年は私と同じ十代後半といったところだろうか。
「こんにちは。私はセラフィーナというの。あなたの名前を教えてちょうだい」
「……ギルだ」
彼はぶっきらぼうに答えた。お嬢様は挨拶もそこそこに、ギルに向かって問いかける。
「ねぇギル、あなたはここでの生活には満足しているかしら」
「まさか。見て分かるだろう。ろくな健康管理もされない劣悪な環境だぞ」
彼は部屋の中にいる人たちを見ろといわんばかりに両手を広げた。
部屋の中で待機中の剣闘士たちは傷だらけで、床に座り込んで俯いていたり、マットの上で仰向けになっていたりと覇気がない。
「だからといって男娼にもお貴族様の愛人にもなるつもりはない。それならここにいた方がマシだからな」
「男娼? 愛人? なぜそんな話をするの?」
「なぜって……」
ギルは口ごもった。
彼はきっといつも同じような提案をされてきたのだろう。相手の用件すら聞かずに断りを入れる癖がついてしまっているようだが、相手が小さな子供だということに今さら気づいたといった感じだ。
ギルは小さく咳払いをして、仕切り直しとばかりに口を開いた。
「……君はここへ何をしにきたんだ?」
「あなたを勧誘しにきたのよ。ねぇギル、あなた私の護衛になるつもりはないかしら」
お嬢様はにっこり笑って提案した。
護衛という言葉を聞き、ギルは心底面倒くさそうにハァと息を吐いた。
「結局それかよ。まさかこんな子供まで俺を侍らせたがるなんて世も末だな……」
ギルは遠い目をした。
彼が言う侍らせるとは護衛として主人に仕えることではなく、好みの異性を近くに置いて欲を満たすといったことのようだが、幼いお嬢様は言葉の意味に気づいていない。
「それはそうでしょう。あんなにすごいのだから誰だってあなたの戦い方に魅了されても仕方ないわ」
「は?」
お嬢様はなぜか誇らしげに言いながら、気の抜けた声を出したギルを真っ直ぐ見つめた。
お嬢様はやや前のめりになりながら、先ほど観たギルの試合について熱く語りだした。
いつも落ち着いた口調で話すお嬢様にしては珍しく気持ちが昂っているようで、ほんのり上気しながら彼の洗練された動きや強さにどれだけ感動したかと熱弁する。
「あんなに大きな剣を軽々と扱えるだなんてすごいわ。あなたは身体強化魔法の使い手なのかしら」
「あ、あぁ、そうだが」
「やっぱりそうなのね。私の身近には身体強化魔法の使い手はいないのよ。どこまで重いものを持ち上げられるの? どれだけ早く走れる? どこまで高く飛び上がれる? 」
「あー……ちょっと待ってくれ。何だ、その、とりあえず場所を移していいか?」
お嬢様に矢継ぎ早に質問されてギルは困惑した。
そしてようやく立ち話で済ませる類いの話ではないと理解したらしく、四人で隣の空き部屋に移動することになった。
そこでお嬢様から専属護衛の話をきちんと聞いたギルは借金を抱えていることを話したが、お嬢様は利子なしで立て替えることを提案した。
ギルは腕組みをして考え込んだ。
「もしあなたに夢があるのなら、それを叶えるサポートもさせてもらうわ。ギルには何か夢はある?」
「夢? ……そうだな、誰にも邪魔されずに自分が思うように自由に生きていきたいな」
「それならまずはお金が必要でしょう。私の専属護衛になったら比較的自由に過ごしながら十分に稼げるはずよ。自由を求めているのなら休みの日はアルマと一緒に冒険者として活動したらどうかしら。そうしたら自分で好きな依頼を受けて好きな場所に行けるでしょう。ねぇアルマもそれがいいと思わないかしら」
お嬢様は急に私に話を振ってきたため、私は正直な気持ちを答える。
「冒険者になるかどうかはその人の勝手にすればいいと思いますが、こんな隣にいるだけで私が見知らぬ女性に刺されそうな人と護衛以外で一緒にいるのは遠慮させてください」
「刺される? なぜ? 誰に刺されるの?」
幼いお嬢様には色恋のゴタゴタはまだ分からないらしく、純粋な瞳で私を見つめてくる。
私はお嬢様が分かるような表現で答えることにした。
「彼は見た目がいいので女性にとてもモテるはずです。彼に思いを寄せる女性が彼の隣を陣取る女を目にすれば、きっと殺したいほど憎くなります」
「なるほど。確かにギルはすごく綺麗な顔をしているわね。……あぁ、だからさっきは男娼や愛人なんてことを言っていたのかしら。女性関係で苦労してきたのね」
お嬢様は今やっと気づいたらしく、同情するようにしみじみと言った。
「もしかしてアルマはギルの勧誘には反対なのかしら」
「気は進みませんが、さすがに仕事に私情を挟みません」
「無理をしなくてもいいのよ。同僚になるのだからあなたの意思を尊重するわ」
「お気遣いありがとうございます。ですが心配要りません。見知らぬ女性に刺されそうになったところで返り討ちにするだけですから」
「それもそうね」
ギルは私とお嬢様のやり取りを複雑そうな顔で聞いていたが、お嬢様は彼の容姿を気に入って選んだわけではないということがきちんと伝わったようで、専属護衛の話を受け入れた。
ギルは護衛見習いとなり指導係のカンナさんに鍛えられて、一ヶ月後には正式に専属護衛になった。
田舎の村育ちである彼は、雇用契約によって丁寧に話すこととできるだけ穏やかな顔でいることを義務付けられた。
ちなみにカンナさんは恋人持ちであり年上好きなため、指導係が女性であることに難色を示したギルに『ハッ、三十路になってから出直しな』と説教していた。
後から聞いた話だが、ギルは剣闘士になる前は騎士団にいたそうだ。
彼は至って真面目に働いていたが、いかんせん顔が良すぎたため男女間のいざこざに巻き込まれることが多々あったようだ。
そして補佐していた先輩の恋人がギルに入れ込んでしまったことをきっかけに嫌がらせを受けるようになり、最終的には横領の罪を擦り付けられて、借金のカタとして闘技場に売られてしまったらしい。
仕方なく剣闘士として真面目に働いていたが、ギルの見た目を気に入った金持ち女性が頻繁にやってきては、彼を買いたいと申し出てきたそうだ。
女性問題に巻き込まれ続けて嫌な目に遭ってきたギルは、女性が自分に好意を抱くこと自体に嫌悪感を抱くようになってしまった。
だからこそ純粋に自分の強さだけを求められたことが嬉しかったようだ。
ちなみにセラフィーナ様は父である侯爵様に頼んでギルを陥れた騎士の罪を暴き、しっかり司法の裁きを受けさせた。
それによってギルの借金はなくなった。
ついでに剣闘士たちの劣悪な環境を嘆いたお嬢様のために、侯爵様は闘技場の出資者となり、剣闘士たちの環境改善を約束させた。
侯爵様は娘にとにかく甘い。
結果として闘技場の剣闘士のパフォーマンス力が向上して、客入りが増加したようだ。
ギルは結局冒険者ギルドに登録することに決めたため、私が手続きに同行した。
あまりに顔がよすぎる新参者に皆が注目していたが、ギルに女性が寄ってくることはなかった。
どうやら彼の隣にいた私の存在が女性を牽制していたようだ。
私はギルドに登録した初日にセクハラしようとしてきた大男を血溜まりに沈めているため、ほんの少しだけ怖がられている。
同僚になったからにはギルとはしっかり信頼を深めるつもりでいたので、さっそく役に立てて良かったと思う。
私の護衛仲間だったカンナさんはといえば、ギルが専属護衛になった一ヶ月後に護衛を引退して結婚し、今は王都で小さな雑貨店を開いている。
それから数年後、お嬢様は十歳になった。
王立学園の初等部に通うお嬢様には同じ学園に通う友人が多数いる。
お嬢様は友人たちを侯爵家に招いて茶会を開いたり、お嬢様が他家に招かれたりしながら交流していて、私はそれを少し離れた場所から見守っていた。
お嬢様はいつも令嬢たちの輪の中心にいる。
令嬢たちの話に耳を傾けながら微笑む姿はどこまでも淑やかで美しい。
しかし令嬢たちと別れるとお嬢様はいつもうんざりした顔でため息を吐き、「自慢や他人の噂ばかり。何が楽しいのかしら」と辛辣な言葉を放っていた。
お嬢様にとって同年代の令嬢たちとの交流は心底つまらないものらしい。
そんなお嬢様はある日、町でシェリルを捕まえた。
シェリルは自分が聖女であると主張して、お嬢様の破滅を防ぐために声をかけてきたという。
お嬢様に取り入るために恩を売ろうとしたり媚びてくる貴族の子供は今まで大勢見てきたが、ここまでおかしな話を理由に近づいてくる人はさすがにいなかった。
だがシェリルの目は真剣そのもので、嘘をついているようには到底見えなかった。
荒唐無稽な話でも彼女にとってそれは真実で、お嬢様を救いたいという強い想いと健気さは紛れもなく本物なのだと私は思った。
お嬢様にもシェリルの気持ちが伝わったのかどうかは私の知るところではないが、お嬢様はシェリルと仲を深めるという選択を選んだ。
何でもそつなくこなしてしまい、いつもつまらなそうにしていることが多かったお嬢様が新しいおもちゃを見つけたように楽しげだった。
私はそれを無性に嬉しく思った。
その日の夜、お嬢様から聞かされた計画を聞き、私とギルは顔を見合わせて微妙な表情になった。
お嬢様が『シェリルの話が本当かどうかなんて本人以外には分からないでしょう。それなら聖女の力とやらが絶対に目覚めるであろう状況を作り出せばいいと思うのよ』などと言い出して、ありえない計画を進めだしたからである。
守るべき存在が自分を危険に晒して実験すると言い出して、困惑しない護衛なんていないだろう。
だからといって私とギルは反対なんてしない。
私たちはお嬢様がやりたいことを見つけて楽しそうにする姿を見るのが好きだから。
お嬢様が一度すると決めたなら、万一にでも失敗しないように支えることが私たちの役目だ。
そうしてお嬢様は魔物が出る森にシェリルを連れ出して、自分が魔物に襲われるというシチュエーションを作り出した。
シェリルの予知夢の話が真実なら、こんな緊迫した状況で聖女の力に目覚めないわけがないというのがお嬢様の主張であり、私とギルもそれには同意した。
お嬢様にとってはシェリルの力が目覚めても目覚めなくてもどちらでもいいようで、当分の間おもちゃにして楽しめればそれでいいといった感じだ。
そうしてお嬢様が体を張った結果、シェリルの神聖魔法は目覚めた。
それを目にした時はさすがに驚いて、私とギルは『まじか』『うそだろ』と本来の口調がポロッと出てしまったものだ。
何にせよシェリルが聖女だったお陰でお嬢様は破滅する未来を知り、解決の道を模索できるようになった。
そのお礼なのかは分からないが、お嬢様は聖女の存在を秘匿しながらしっかり守り、鍛練にも協力している。
協力というよりも強制のようだが、シェリルのためになっているのは事実だ。
修行をしてめきめきと力をつけているシェリルは、ある日お嬢様にお揃いのネックレスをプレゼントした。
お嬢様は仕方なくといった感じで受け取っていたが、その耳はほんのり赤みを帯び、口の端が微かに持ち上げられていた。
日頃の感謝とお嬢様を想う気持ちが込められたプレゼントに感動しているのは明白だった。
「絶対に喜んでますねお嬢」
「間違いありません」
ギルも私と同じことを思ったようで、私は彼の言葉に同意した。
その日の夜、お嬢様は嬉しそうにネックレスを眺めながら『頑張って使役しないと』と意気込んでいた。
数日後。お嬢様と私とギルは、黒い魔物を捕獲するために森に入った。
お嬢様が覚えたての魔法を使って黒い魔物を見つけ出し、私とギルでロープを使って捕獲する目的だ。
見つけ出した黒い魔物は大きな狼といった風貌で、まださほど大きくないがなかなかの強さを持っていた。
魔物にとって治癒ポーションは毒のようなものなので、負わせた怪我を治癒ポーションで治すことはできない。
骨を折ったり内臓を傷つけてしまわないように慎重に捕獲しなければいけない。
襲ってくる低位の魔物は全てお嬢様が相手し、私とギルは黒い魔物の捕獲にのみ注力することになっていた。
お嬢様の実力なら低位の魔物がどれだけ襲ってこようとも全て倒せるはずだ。
それでもさすがに無傷で全て倒しきるのは不可能だろう。後で治癒ポーションで直せるとはいえ、お嬢様にはあまり傷ついてほしくない。
早く捕縛しなければと気だけが焦る。
私は黒い魔物の攻撃を避けながら氷魔法で急所を突き刺そうとしては、殺してはいけないのだと思い止まった。
そんな中途半端なことばかりしていたものだから、黒い魔物の攻撃を何度も食らいそうになってしまった。
その度にギルに腕を引かれたり、肩を抱き寄せられたり、あまつさえ抱き上げられたりしてしまう。
そしてギルは私を横抱きにしたまま、体勢を整えるために木の上に飛び乗った。
何度も助けられてしまった不甲斐なさと、これが噂のお姫様抱っこというやつか、まさか自分が体験することになるとは……としみじみしながら木から飛び下りる。
黒い魔物はずいぶん疲弊しているため、本当にあともう少しで捕縛できそうだ。
爪の攻撃を避けて後ろに回り込んだ瞬間、お嬢様がいる方から強い光が見えた。
光はお嬢様がシェリルに貰ったネックレスから放たれたものだった。
お嬢様は『せっかく貰ったのだし少しは使ってあげないと可哀想よね』と言ってほぼ毎日服の下に隠れるようにネックレスを着けていたが、そのおかげで怪我をせずに済んだようだ。
光を目にした黒い魔物は怯んで動きを止めたため、私たちは黒い魔物を無事に捕獲でき、お嬢様が闇魔法で使役することも難なく成功する。
シェリルの不安がまた一つ解消できたわねとお嬢様は顔を綻ばせた。
お嬢様は『シェリルのため』という信念に基づいて行動することがどんどん増えている気がする。
なかなかの入れ込みようだ。
何にせよお嬢様は毎日楽しそうなので、私はその手助けができればそれでいいかと思いながら日々を過ごしている。




