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11、アルマは回想する

 

 上品な輝きを放つプラチナブロンドの髪。長い睫毛に縁取られた切れ長の赤い瞳は宝石のように美しい。

 今日もうちのお嬢様は物語の中のお姫様のように可憐だ。


 私、アルマはセラフィーナ・ガーネット侯爵令嬢の護衛をしている。

 この国の第一王子と同い年の貴族令嬢であり、宰相閣下の愛娘でもあるお嬢様は命を狙われることが多々あるため、私のような専属護衛が必要だ。


 そうは言っても四六時中ずっと護衛として張りついていなければならないわけではない。


 侯爵邸のセキュリティは万全である。

 家の中にお嬢様に害をなそうとする不届きものが侵入してくることは基本的にないため、お嬢様が在宅中は護衛が付ききりでいる必要はない。


 そしてお嬢様が通っている王立学園は護衛といえども部外者は立ち入り禁止なため、お嬢様が学園に通っている間、私は護衛として近くにいられない。


 学園の送り迎えの馬車や放課後に町に行くお嬢様に同行したり、敵を偵察したりと色々仕事はあるが、基本的に週休二日の雇用契約で、平日は自由に過ごすことが多い。


 学園が休みの日は朝から夜まで護衛をすることもあるが、暗殺者など頻繁にやって来るものでもない。

 私は手持ち無沙汰になり、護衛中はメイドがするような仕事もできるだけ担当するようになった。


 ティータイムでのテーブルセッティングやお茶を淹れたりといったことはギルの方が得意なため彼に任せているが、片付けや頼まれごとに応じたりしている。


 今でこそ護衛としてお嬢様を守っている私だが、数年前はお嬢様の命を奪おうとした暗殺者だった。

 今とは正反対の立場である。


 私は王都に隣接する小さな町の児童養護施設出身だ。

 親の顔は覚えていない。

 赤子だった私を施設の前に置き去りにした親の顔など覚えている必要などないため、記憶の片隅にすら存在していなくて良かったと思う。


 私が育った施設は、子供たちに魔法や武術を教え込んで鍛えるような所だった。

 他の施設に行ったことがなく比較対象などなかったので、それが普通だと疑問にすら思わずに、私は強くなるために毎日頑張った。


 施設には寄贈された本やおもちゃ、ボードゲームなどが沢山あったので、娯楽に飢えることなく仲間たちと楽しく過ごしていた。


 私は物語が好きでいつも本を沢山読んでいた。

 勇者の冒険譚を特に好んで読んでいたため、外の世界への憧れを強く持つようになった。

 大きくなれば施設から出て自由に過ごせるようになる。いつか仲間を作って旅に出られたらいいなと夢見ていた。


 しかし十三歳になった私を迎えにきたのは、暗殺業を生業とする組織のボスだった。

 私は有無をいわさずボスと魔法誓約書を交わすことになり、暗殺組織の一員になってしまった。


 その時に知ったのは、私が育った施設は孤児たちを育てて裏組織に売るための場所だったということだ。

 表向きは身寄りのない子供を保護して社会に送り出すまで育てる施設として経営しているため、国からの補助金や金持ちからの寄付を沢山受け取っていた。


 子供たちを育てることにさほどお金をかけず、強く育てば高値で売って利益を得る薄汚れた大人が経営する施設だったのだ。


 私が結ばされた魔法誓約は三つ。

 組織の人間に危害を加えてはならないということ。

 毎日必ずボスの部屋に足を運ぶこと。

 組織のことを他者に教えてはいけないということ。

 それらの誓約により私は組織から逃げることが不可能になってしまった。

 与えられた任務を拒否することはできない。断れば殺されてしまうから。


 暗殺者として、自由も娯楽もない日々が始まった。

 背中まで伸ばしていた髪を短く切り、上下黒の簡素な服を着て、毎日のように人を殺して、殺して、殺す。


 人の命を奪うことが私の日常になる。

 私の手はどんどん汚れていった。

 最初は生きるために必死で心を押し殺して任務を遂行していたけれど、殺すという行為に何も感じなくなった。

 暗殺対象が善人だろうとどれだけ命乞いをされようとも関係ない。

 ただ殺すという仕事を淡々とこなした。


 ある日、私に侯爵令嬢の暗殺依頼が入った。

 まだ七歳の少女だという。

 子供を殺した経験は無かったが、運のない子供だなとしか思わなかった。


 依頼人はとある伯爵家の当主で、自分の娘がいつか王子の婚約者になることを望んでいるそうだ。

 そのために邪魔な侯爵令嬢に消えてほしいという理由だった。


 王子の婚約者になる未来があるだなんて、まるで物語の主人公のよう。

 施設育ちの私と違い、生まれつきそんな恵まれた環境にいるのに、そんな環境にいるせいで命を狙われてしまうなんて。


 哀れな子供だと思ったが、それだけ。

 私は任務を遂行するために侯爵邸に忍び込んだ。

 敷地内に警備の人間が数人いたが、私の侵入に気づかないような平和ボケした連中しかいない。


 難なく暗殺対象の子供の部屋に侵入成功し、暗い部屋の中央に置かれたベッドに目をやった。

 暗くて顔は見えないが、そこには寝息を立てる小さなシルエットが一つ。


 私は魔法で氷の針を二つ作り出し、両手に持って振りかぶった。

 それを子供の耳と喉に突き刺せば任務完了だ。

 朝になれば、苦しむことも声を出すこともなく生き絶えた子供の亡骸を屋敷の者が発見することだろう。


 しかし何かがこちらに飛んでくる気配を察知し、私は後ろに大きく飛んで躱した。

 その後も姿の見えない何者かが私に攻撃を飛ばしてきたので全て避ける。

 攻撃は壁や床を傷つける前に消滅することから、何らかの魔法なのだと窺えた。


 いくつかの攻撃を受けて全て躱しながら、飛んでくる方向と距離を掴む。

 そろそろこちらから反撃を試みようと両手に氷の針を出した。

 敵がいるであろう方を見据えて構えたところで、何かによって私の全身は拘束され、身動きが取れなくなってしまった。


「────お嬢様、もう起き上がっても構いません」


 どこからか聞こえたしゃがれ声に、ベッドの上に横たわるシルエットはピクリと反応して上半身を起こした。


「バート、明かりをつけてちょうだい」

「かしこまりました」


 目の前の小さなシルエットが可愛らしくも落ち着いた声で命令すると、すぐに部屋に明かりが灯された。

 自分の体がはっきり見えるようになったことで、私は魔道具である黒い捕縛ロープに捕らえられたのだと理解した。


 私はここで死ぬようだと悟ったが、焦りも恐怖も悲しみも湧いてこない。

 汚泥のような命が尽きるだけ。


 私は暗殺対象を殺すことができなかった。

 目の前のプラチナブロンドの髪の美しい少女は優秀な護衛のお陰で命を長らえて、結局王子様と結ばれるのだなとぼんやり思ったが、どうでもいい。


「ねぇバート、この人はどうだった?」

「手薄とはいえ警備の目を盗んで屋敷に侵入する手際、感知力、反応速度、魔法を行使する速度、どれをとっても申し分ありません」

「そう。あなたのお眼鏡にかなうなんて相当ね」

「一瞬で終わらせようとしていたので加虐趣味は無さそうかと」

「それは良かったわ」


 少女は楽しげに話す。

 バートと呼ばれているのは壁際に立っていた白髪の男だ。

 執事服を着た六十代ほどの男は細身で優しげな見た目だが、この男が私に攻撃を仕掛けてきてロープで捕縛したらしい。


 それにしても男は少女との会話の中で『手薄』と言った。つまり私はまんまと誘い込まれたらしい。

 そしてなぜか私は褒められていた。

 よく分からない状況に眉根を寄せていると、プラチナブロンドの髪の少女が私の顔を覗き込んだ。


「あなたの髪はすごく綺麗な赤色ね。名前は何というのかしら」


 どう見てもあんたの方が綺麗だろと口にしかけたが、そんな分かりきったことを言う必要はないかと思いその言葉は呑み込んだ。


「…………アルマ」


 答えても答えなくてもどうせ死ぬことには変わらないのだから、素直に名前を口にした。

 私の赤い髪は目立つため組織のボスには不評で、いつも短く切られていた。

 だから髪を褒められたことは素直に嬉しいと思った。

 嬉しいなんて感情を抱いたのは久し振りだ。


「アルマ、あなた今の自分の仕事は好きかしら?」

「まさか。こんなクソみたいな仕事を好き好んでしていると思うか?」


 薄目で睨みながら鼻で笑って嘲るように答えると、少女はなぜかにっこり微笑んだ。


「良かった。それなら私の護衛になりなさい」

「────はぁ?」


 脈絡のない言葉に私は気の抜けた声を出して口を開いたまま固まった。

 私の目の前で少女と男が私の今後について勝手に相談し始めたが、他人事のようにぼんやり聞いていた。

 いつの間にか若い女も増えていて、三人で楽しげに相談している。

 会話から察するに若い女も少女の護衛の一人のようだ。


 話が勝手に進み、いつの間にか魔法誓約を結ばされそうになっていたところでハッとなった。


「お前、本気か?」

「冗談でこんな提案をするわけないでしょう」

「私は今まで何人も殺してきた人間だ。お綺麗なお嬢様はそんなやつに守られたいのか」


 皮肉を込めて言うと、少女はこてんと首を傾げた。


「今の仕事が好きでないのなら、自分の意思で殺してはいないのでしょう?」

「理由なんて関係ないだろ。私の手は汚れきってる。どれだけ血で手を汚したかっていう事実だけで十分だろ」

「それならバートなんてきっとあなたの数倍は汚れているわ。だけど私は彼の手が汚いなんて思わない。いつも私を守ってくれる優しい手だと思っているわ」


 バートと呼ばれている男は顔に浮かべていた人の良さそうな笑みを深めた。


「気が進まないのならとりあえずお試しでどうかしら。私はよく命を狙われるのだけど、あなたのように若くて綺麗な女の人が暗殺に来たのなんて今日が初めてだから嬉しくて」

「……」


 軽やかな口調で言う内容ではなさそうなことを笑顔で言われて困ってしまった。

 このお嬢様に反論しても無駄かもしれない。

 もう勝手にしてくれればいいかと諦めの気持ちで、差し出された魔法誓約書にサインした。


 ちなみに私が暗殺組織のボスと結ばされていた魔法誓約は、バートさんが単独で組織に出向いてその日のうちに穏便に破棄させてくれたらしい。


 彼一人でどうやって穏便に済ませたのだろうか。

 この人たちが言う穏便とは私が知っている穏便とは違う気がするが、その時は聞く気力すらなかったから結局分からずじまいだ。


 翌日から私はさっそく護衛見習いとなり、バートさんに鍛えられることになった。

 バートさんはセラフィーナお嬢様の専属護衛だが、もういい年だから引退を考えているという。

 だから手頃な暗殺者を捕まえてはその場で吟味していたらしい。


 私はバートさんに鍛えられる合間を縫ってお嬢様と交流させられた。

 暗殺対象だった少女が自分とテーブルを囲んで優雅にお茶を飲んでいることが不思議でならなかったが、不快感はなかった。


「アルマに夢はあるかしら」


 元暗殺者で、もうすぐ自分の護衛になる予定の人間にそれを聞いてどうするのか。

 夢があったところで自由がなければ意味がないというのに。


 どうでもいいかと思いながらも、私は幼い頃からの夢を口にしていて、お嬢様はそれを笑うでもなく真剣に聞いていた。


「それならまずは冒険者ギルドに登録したらどうかしら」

「はぁ? 何でそうなるんだ」

「だってまずは仲間が必要でしょう。冒険者として活動していれば気の合う友人ができそうじゃない」


 お嬢様は私の人生計画を組み立て始めた。

 私はあなたの護衛になるためにバートさんに鍛えられているはずでは……? と思いながら聞いていたが、どうやらお嬢様が十八歳まで通う予定の王立学園はセキュリティが万全なため護衛は不要らしく、平日は自由に過ごせる時間を多く取れるそうだ。


 私は流れに身を任せているうちに侯爵令嬢の護衛になっていて、侯爵令嬢の後ろ盾つきで、何年も前に諦めた夢を再び抱けるようになっていた。

 人生何が起こるかは分からないものだ。


 見習い期間は一ヶ月で終了し、私は正式にお嬢様の専属護衛になった。

 雇用契約によって、私は護衛中は丁寧に話すこととできるだけ穏やかな顔でいることを義務付けられた。

 粗暴な振る舞いはお嬢様の側仕えとして相応しくないからである。


 暗殺者になった頃から感情を殺して無表情で生きるようになったため、穏やかな顔を維持し続けるということに一番苦労したかもしれない。


 バートさんはお嬢様の専属から外れてサポート要員になった。

 頃合いを見て引退し、田舎でスローライフを送る予定らしい。


 お嬢様のもう一人の護衛はカンナという名前の二十代の女性で、私は彼女と二人で分担しながら護衛の仕事を始めた。


 カンナさんもそろそろ引退を考えているらしく、新しい護衛がもう一人欲しいのよねと話していた。

 彼女の夢は結婚して小さな店を開くことらしい。


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