10、セラフィーナは手に入れる
学園が終わって放課後になると、私はアルマとギルを連れて低位の魔物が出る森にやってきた。
王立学園中等部と高等部のすぐ近くにあり、学園での野外演習が行われる場所だ。
ここにはある程度の剣術や魔法が使える人間なら簡単に倒せるような魔物しかいない。
森の中心部までやってくると、私はその場に膝をついて地面に両手を置いた。
目を閉じて呼吸を整え、魔法を発動させる。
両手から放つ闇の魔力を極限まで薄く細く伸ばし、できる限り遠くまで蜘蛛の巣のように張り巡らせていく。
これは自分から数km圏内にいる全ての生物の魔力を感知することができる上級魔法だ。
私は遠くまで張り巡らせた魔力の糸全てに意識を集中させる。
この森には私一人でも余裕で倒せる程度の弱い魔物しか存在しないはずだ。そんな微弱な魔力反応の中で一つだけ異質な魔力を捉えた。
「いたわ。行きましょう」
私たちはお目当ての魔力反応があった方に足を進めた。
途中で何度か魔力感知を行って目的地を定め直し、一体の黒い魔物の元に辿り着いた。
毛並みが美しい狼のような黒い魔物は、シェリルの予知夢の中に出てくる魔物と同じ姿かたちをしている。
違うのは大きさだけ。
この黒い魔物はシェリルの予知夢の中では二倍ほどの大きさだったようだ。
シェリルの話では、この魔物はまるで森に棲む下位の魔物たちを自在に操っているようだったという。
魔物は基本的に群れない生き物だというのに、予知夢の中の魔物たちは一斉に襲いかかってきたようだ。
文献によれば黒い魔物は魔王の力の一部を受け継いでおり、特別な力を持っているらしい。
魔王の配下のような存在であるこの黒い魔物は、魔王復活の兆しを受けて誕生すると言われている。
一般的に魔物が幼体から成体になるまでにかかる年月は十五年ほどだ。
それなら黒い魔物は今はまだ成長過程であり、私たち三人で容易に捕獲できるだろうと考えた。
目の前の黒い魔物は思った通りの大きさで、つい口角があがってしまう。
見た目も想像通りだ。
私たちに気づいた黒い魔物は顔を高く上げて咆哮した。
強い魔力を乗せた超音波のような鳴き声が辺りに広がっていく。
遠くから近づいてくる複数の気配。低位の魔物がこちらにやってくる。
「アルマ、ギル、手筈通りに」
声をかけると二人は頷いた。
彼らの役目は黒い魔物を捕獲すること。倒すのではなく捕獲が目的なので、二人は武器ではなく黒いロープを構えながら黒い魔物に向かっていった。
二人が持つロープは縛る対象の体力と魔力を奪う魔道具だ。
私は低位の魔物たちに闇魔法の玉をぶつけて倒していく。
襲いくる低位の魔物たちを相手するのは私の役目なので、狙いを定めて一体ずつ確実に仕留めていく。
黒い魔物は成長過程ということもあり、咆哮で呼び寄せた魔物の数はさほど多くない。それも想定通りだ。
私は初めて魔物と対峙した時は怖くて体が震え、腰を抜かしてギルに抱き上げられてしまった。そんな情けない自分を消し去るために経験を積んで、魔物への恐怖心を払拭させた。
だから今は全く怖くはない。
魔物は単調な動きで襲ってくるため、冷静に見極めて確実に仕留めていけば問題ない。
私は低位の魔物を倒しながらアルマとギルに視線を向けた。
彼らは黒い魔物をできるだけ無傷で捕らえようとしている。
もちろん捕獲よりも二人の命を優先させているため、危険だと判断した場合は仕留めるように命じている。
黒い魔物はずいぶん疲弊しているようだ。
(問題なく捕獲できそうね)
私はほんの少し気を緩めてしまった。
その一瞬の隙に、こちらに飛びかかってくる魔物を一体取りこぼしてしまう。
鋭い牙を持つトカゲのような見た目の魔物。サイズは中型犬ほどだ。
小さいとはいえ噛みつかれればもちろん痛いだろう。
防御は間に合いそうにないため左腕を差し出した。噛みつかれた瞬間に仕留めればいい。私は治癒ポーションを持っているため腕に噛みつかれても後で治せる。
与えられる痛みに少しの間耐えるだけでいい。
しかし噛みつかれる寸前、私を守るように一瞬だけ現れた光のバリアによって魔物の半身は焼けただれ、そのまま地面に落ちて絶命した。
私が着けているのは数日前にシェリルからもらったネックレスで、黄色の透明な石が埋め込まれているものだ。
この石はシェリルが初めて鉱石を浄化したご褒美としてあげたもので、彼女は自宅で鍛練する時にいつも使っていたらしい。
神聖魔法を当てすぎて色が変わっちゃいましたと楽しげに話していた様子が頭に浮かぶ。
せっかくだから記念になるようにと、シェリルはそれを使って二つのネックレスをあつらえて、片方を私にプレゼントしてくれた。
今、目の前に現れた光のバリアの出所はこのネックレスだろうか。そうとしか考えられないのでそうだろう。
光を当て続けたことで石に神聖魔法の加護が備わったなどという代物だろうか。
そんな国宝級なものを『元々はセラフィーナ様に貰った石ですがお揃いだと嬉しいなぁ~なんて思いながら調子に乗って二つ作ってもらっちゃいました、えへへ。受け取っていただけるだけで私は満足なのでどうぞ』とへらりとしながら渡さないでほしいものだ。
何にせよその光のおかげで低位の魔物たちは動きを止めたため、私は残りの魔物たちに魔法を当てて全て倒しきった。
どうやら黒い魔物も白い光を目にして怯んだらしく、その隙をついたアルマたちが捕獲に成功していた。
黒いロープに縛られた黒い魔物は体力と魔力を奪われて、力なく地に臥せている。
私は魔力回復ポーションを飲むと黒い魔物の目の前に立ち、上級魔法を展開した。
両手から出る黒い鎖状の魔力が魔物の体を縛りつけていく。
これは縛った対象に私の魔力を馴染ませて従順にさせる魔法だ。
黒い魔物の体に私の魔力が浸透していく。しっかり定着し終えると、目の前の魔物は私の支配下にいるのだと頭の中で自然と認識できるようになった。
「成功したからロープをほどいて大丈夫よ」
「承知いたしました」
アルマとギルは黒い魔物から魔道具のロープを外した。
完全に拘束が解けた魔物は立ち上がり、軽くなった体をプルプルと震わせてから行儀よくお座りした。
私の顔をじっと見ている。
何かを命じられるのを待っているようだ。
「こちらにおいで」
「ガウッ」
声をかけると一鳴きして、黒い魔物はこちらに駆け寄ってきた。
すり寄ってくる様はただの大きな犬のよう。
私は犬が好きだ。
主人と認めた者には絶対服従するところがたまらなく可愛い。
この子の場合は魔法で無理やり従わせているのだけれど、それでも従順な子は可愛いものだ。
私はシェリルからこの魔物のことを詳しく聞いた時から会えることを楽しみにしていた。
どうせ従えるなら見た目が好みな方がいい。気持ち悪い見た目よりも可愛い方がいいに決まっている。
私は自分好みな黒い魔物を手に入れられてとても満足しながら森を後にした。
***
数日後の別荘地では、白い大きな犬と黒い大きな犬に見えなくもない魔物と桃色の髪の少女が楽しそうに戯れていた。
「あはははっ、くすぐったいですよコリンちゃん、ディアンちゃん」
シェリルは黒と白にもみくちゃにされながら幸せそうに笑い声を上げている。
私が闇魔法で従えさせた黒い魔物はディアンと名付けた。
ディアンには私が許可しない限り生き物を傷つけないように、勝手に遠くに逃げないようにと命じてあり、他は特に束縛せずに自由に過ごさせている。
つまりディアンは自分の意思でシェリルと仲良く遊んでいる。
魔王の元配下のような存在が魔王の宿敵である聖女と仲良くするなんてと驚いたものだが、皆楽しそうなので深く考えないことにした。
もしかするとディアンは今の主人である私の思考に沿った行動に出ているのかもしれない。
シェリルは最初こそ私が魔物を連れてきたことに驚いていたが、理由を聞いて納得するとすぐにこうやって仲良く遊びはじめた。
彼女のこういうところには素直に感心する。
それでもディアンが魔物である事実は変わらないので、シェリルにはうっかりディアンに神聖魔法をぶつけて殺してしまわないように忠告してある。
「お茶が入ったわ」
「はーい。すぐに行きます」
私は別荘の前に設置されたテーブル席からシェリルを呼んだ。
シェリルはボサボサになった髪の毛を整えて全身についた土を手で払ってから席についた。
「ギルさんのお茶はいつも美味しいです」
シェリルはほっこりしながら呟いて、アルマに頼んでケーキスタンドから二個のスイーツを皿に載せてもらって食べはじめた。
いつも三個以上を皿に載せてもらっていたシェリルにしては少ない量だが、まだ魔物が大量に押し寄せてくることに怯えて食欲がないわけではなく、一度に皿に載せる量を上品に見えるようにしているだけだ。
私がディアンを使役したことで、シェリルの不安は軽くなったようだ。
ホッとしたことで食べる総量は以前に戻ったどころか増えているが、食べ方に問題はないので許容している。
シェリルはもう完璧にテーブルマナーを身につけているため、貴族令嬢らしく優雅にスイーツとお茶を口に運んでいる。
これなら学園で私の友人として問題なく隣にいさせられるし、アレックス殿下と関わるようになっても失礼のない振る舞いができるだろう。
私は心の中で安堵の息を吐く。
私とシェリルはもうすぐ王立学園の中等部に入学する。
シェリルの予知夢の内容は十五歳以降のものしかないため、中等部で私たちがどんな学園生活を送っていたのかは分からない。
何にせよ予知夢の内容とはもうずいぶん状況が変わっているため、私が闇落ちする心配は消えた。
だけど私とアレックス殿下が十三歳で婚約するという部分についてはまだ変わっていないだろう。
予知夢の中ではシェリルとアレックス殿下は相思相愛になっている。
今の私とアレックス殿下は顔見知り程度で、私は彼のことが特に好きでも嫌いでもない。
次期王妃の座には興味がなく、なったら両親が喜ぶだろうなと思う程度だ。
そういうわけで、王家から我が家に婚約の打診がくる前に、どうにかしてシェリルとアレックス殿下を両想いにさせないといけない。
今のシェリルはただの男爵令嬢なので、王子であるアレックス殿下との接点はない。
侯爵家の娘である私なら何かと理由をつけて殿下と接点を持てるはずなので、まずは殿下とシェリルを近づけて仲を深めさせようと思う。
両想いにさえなってもらえれば、あとは当人たちでどうにかしてくれるだろう。
私とアレックス殿下との婚約話が持ち上がったとしても殿下が阻止してくれるに違いない。
もちろんシェリルが自分は聖女であると公表すれば全て丸く収まるのだが、シェリルは聖女になって自由がなくなることを嫌がっている。
可能な限り少しでも長く普通の少女でいさせてあげたい。
八個目のスイーツを食べ終えたシェリルを眺めながら考えに耽っていた私はシェリルに話しかけた。
「もうすぐ学園の入学式ね」
「はい。知り合いがほとんどいないので緊張します」
シェリルは口を潤すために紅茶を一口飲んでから、眉尻を下げて返事をした。
彼女は男爵家と仕事で付き合いのある貴族の家の子供とは何度か顔を合わせたことがあるらしいので、同じクラスになる予定の知り合いが二人だけいるようだ。
それ以外の生徒は顔すら知らない人たちばかりで、うまくやっていけるのだろうかと心配で、入学式が近づくにつれて胃を痛めているらしい。
「同学年に私がいるのだから気楽にしていればいいのよ」
「いえいえ、セラフィーナ様とはクラスが違いますから頼れませんよ」
「何を言っているの。合同授業や昼食時にいくらでも話せるでしょう」
「そんなの畏れ多くて無理です。私がセラフィーナ様と学園で仲良くできるわけないじゃないですか」
シェリルはへらりと笑いながら言っているが、冗談というわけではなさそうだ。
「……つまり学園内では話しかけるなと言うことかしら?」
「────っひっ、いえそうではなくてですね友人のように仲良くするのは無理というだけの話です。男爵家の私なんかが侯爵家のセラフィーナ様と仲良く話していたら反感を買ってどんな目に遭うか分かりませんから」
シェリルは私が漏らした殺気に肩を跳ね上げてから、両手を顔の前でブンブン振りながら矢継ぎ早に理由を口にした。
シェリルが言わんとすることは理解できた。
私と縁を持ちたがっている貴族は大勢いる。そんな中で私と仲良くしだした男爵令嬢なんて標的にしてくださいと自分でアピールしているようなものだろう。
「誰かに嫌がらせされたとしても私から注意してすぐに止めさせるわよ」
「ありがとうございます。ですがたとえセラフィーナ様が私を守ってくださったとしても、加害者の姿が見えない水面下での陰湿な虐めになってしまうだけなので……」
「……それは、そうかもしれないわね」
でしゃばる下位の者は上から粛清されるのが貴族社会の常識だ。
学園の敷地内には護衛をつれていけないので、シェリルは自分で自分を守らなくてはいけない。余計な火種は最初から生まないことが望ましい。
だからシェリルの言っていることは理解できる。
理解できるが納得はできない。胸の中にモヤッとした何かが広がっていく。すごく気分が悪い。
学園でシェリルを友人として扱えなければ、シェリルとアレックス殿下を恋仲にするという目的の遂行が難しくなる。
思い通りに事を運べなくなることに苛立ちを覚えた。
(私と仲良くしなくても、どうせ嫌がらせを受けるようになると思うのだけれど)
しょんぼり俯きながらクッキーを食べているシェリルを見ながら私は思った。
モソモソとクッキーを食べているだけなのに、この少女はどこまでも愛らしいのだから。
結局泣きついてくる未来が容易に浮かび、私は唇に弧を描いた。




