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0.夢にまで見た異世界転生

初めまして。接骨木にわとこと申します。


「自分が書いていた物語の中に転生する」というネタはすでにあるものですが、そこに少しクセのある要素を追加したストーリーを考えてみました。


じっくり執筆していくので投稿頻度は遅めになると思いますが、興味をお持ちの方はぜひブックマークをして追いかけていただけると嬉しいです。

 広大な草原の中に座り込みながら、彼は自らが一度命を落として異世界に転生したのだということをはっきりと理解していた。


 意識を失う前に感じた強い胸の痛みから、恐らく心臓に関係する突発性の病だろうと推測していた。生前はなんら問題のない健康体。遺伝するような大病を患った親族もいない。25歳という若さを考えれば、あまりにも早く不幸な死であったと言わざるを得ない。


 しかし、今その胸中を満たしていたのは、有り余るほどの希望だった。日常に特段の不満があったわけでも、将来に対する重苦しい不安があったわけでもないが、彼は常日頃から異世界への転生を望んでいた。彼が元来から持っている、夢見がちな性格がそうさせていたのだろう。


 もちろん、意識を取り戻してすぐに異世界への転生を果たした、と理解したわけではない。まさか自分が命を失ったとはすぐには考えられず、しばらくしてその現実を受け入れた後も、まず頭をよぎったのは“死後の世界”と言われるものだった。


 だが、彼が目覚めた世界には、そこが異世界であると確信させる要素があった。


 彼がこの世界で初めに目にしたもの。それは、前方に堂々と(そび)える巨大な城。名はアーフェン城。


 黒を基調とした城壁を、青と金の装飾が彩っている。彼がイメージしていたものと比べ、細部まで完璧に一致しているわけではなかった。だが、それでもその建築物がアーフェン城であるということを、創造主である彼が認識するのに充分な外観であった。


 アーフェン城、そしてこの世界は、他でもない彼によって創られた。正確に言えば、彼が執筆していた小説の中で。


 妄想好きな性格が幸いし、日々のいとまの大部分をライトノベルの執筆に費やしていた。とくに有名な作家になるだとか、大きな賞を獲得して金持ちになろうだとかいう考えはなかった。単に、自分の頭の中を言語化して1つの作品していくことに、彼は喜びを覚えていたのだ。


 数年に渡って綴り続けた物語は壮大なストーリーとなり、最後に執筆作業をした段階でも、ようやく彼の想像する全体像の半分に辿り着いたあたりだった。


 「あの……大丈夫ですか?」


 同じ姿勢のまま景色を眺め続けていた彼の背後から、何者かが声をかける。驚いて振り返ると、そこには10代とおぼしき若い女性が立っていた。その傍らでは、ライオンを思わせる獰猛な顔つきの獣が彼を見つめている。


 しかし、彼は何ら臆することなく言葉を返した。


「あ、あぁ! 大丈夫。旅をしてるんだ。アーフェン城までね」


 その獣の種族名はリフェル。移動のための騎乗、犯罪対策の番犬的扱い、単なる愛玩動物と多様な目的によって飼育されている生物だ。見た目に反して非常に温厚かつ知能が高く、一般的にひろく飼育されているというのがこの世界の常識である。リフェルを創り出したのも彼であり、一見すると危険な見た目であっても彼が怯える必要など一切ない。


「それならあと少しですね! 10分も歩けば城下町に着きますよ!」


 笑みを浮かべる彼女だったが、間をおかずに不思議そうな表情に変わった。


「でも……お荷物も持たないで旅だなんて、危ないですよ?」


 もっともな指摘だった。アーフェン城から最も近い人が住む地域まで、平均して3日程度はかかる。当然、それなりの身支度を整えてから旅に出るのが一般的だ。しかし、今の彼は衣服以外に何一つ手持ちがない。


 雑な返事をしたことに内心焦りを覚えつつ、彼は咄嗟とっさに適当な方向を指さした。


「あっちに荷物は置いてきたんだ。リフェルに見張りを頼んでさ」

「あぁ! そうだったんですね! 余計な心配をしてしまいましたね」


 女性はそう言って、恥ずかしそうにしながらも再び笑ってみせた。そんな彼女を見て、彼も自然と笑顔になっていた。自らが創造した世界の中で、自分自身が1人の登場人物として会話をしている。その事実が彼の胸を高鳴らせた。


「さてっと……」


 彼は小さく呟くと、勢いよく立ち上がった。


「せっかくだし、自己紹介しておくよ」


 会話の流れとして、とても自然なものとは言えなかった。しかし、彼は自身の名を口にしたくて仕方がなかったのだ。


「俺の名前は、オズ」


 それは彼が妄想の世界に自分を投影するときに使っていた名前。唐突な自己紹介に特別な理由などなく、その言葉が自分の名であると伝えたかっただけだ。


「オズさんですね! 私はミスタと言います。よろしくお願いしますね!」


 1つ間違えれば不審者と捉えられてもおかしくはないオズの言動を訝しむこともなく、ミスタは朗らかに言葉を返した。いささか危機感が薄いともオズは考えたが、アーフェン城の周りの治安の良さはこの世界でも屈指のものだ。だからこそ、こんな若い女性が1人で出歩いても問題ないし、見ず知らずの男に声をかけてしまうことも不思議ではない。


「声かけてくれてありがとう。俺はもう少ししたら城下町に向かうよ」

「分かりました! また町でお会いできるのを楽しみにしてますね!」


 そんな挨拶を交わし、ミスタはリシェルに乗ってアーフェン城へと向かっていった。


 彼女の背中を見届けた後、オズは天を仰いだ。そこには雲のひとつもない真っ青な晴天が広がっていた。まるで自分の新しい人生を祝福しているかのようだと彼は感じていた。


 美しい城に、穏やかな自然。そして、情のある人間。転生を果たしてから今までのわずかな時間にこれだけの出会いを果たし、神はこの世界の素晴らしさを噛みしめていた。

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