九話 英雄と準備
メェルが応接室の扉を開けて、入ってくる。さっぱりしたみたいで、ウキウキしているのが見て取れた。今後は風呂に入れるように動かないと、か。この世界に風呂があるのは確認出来た…けど。他の領地にもあるのかな。
「そうだ、次に向かう領地はどこがいいと思いますか?」
「そうだな…個人的には竜人族の領地に行って欲しいがな。」
竜人族か、詳しい事を知っている訳ではないけど、竜が出てくるのだけは分かる。腰の袋から地図を取り出して、位置を確認する。ここから山を越えて、北東に進んでいった場所にあるみたいだ。ただ、行ってみて欲しい、とわざわざ言うって事は何か事情があるんだろうな。
「何か込み入った事情があるんですか?」
「何も音沙汰がないのだ、少し心配でな?」
「領主様…竜人族の領主様と…仲が良いって…聞きました…」
「あぁ、そうなのだ。連絡はすぐに帰ってくるはずなのだが…。」
領主は顔を歪めて、竜人族の心配をしている。竜人族が脅威と思うほどの相手…魔物はあり得ない、人もあり得ないだろう。病気、弱体化……。なんだ?もしかして、内乱とかだろうか?内輪もめとかであれば、連絡も出来ないかもしれないが…領主がそこまで動けない程過激派が現れたか?一応…行ってみるか。
「分かりました、明日には向かいます」
「あぁ、申し訳ない!そういうつもりで言ったのではない、気にしないでくれ」
領主は顔をポリポリと搔いている。準備はしておくに越したことは無いが…食料とかも調達できるし、必要なのは…なんだろうな。野宿に役立つ何かが売っていればそれが欲しいかもしれない。
「野宿に必要な物を買う事が出来れば…すぐに行きますよ」
「すまない…お願いできるだろうか?準備はこちらで出来る限りしておこう」
「いや?!そんな?!」
「歩いてみるかい?この街を」
領主が悪い顔をしている。何だ?何を企んでいるんだ?寝ている間に…クラッカーでも鳴らしてくるか?!俺よりメェルが飛び起きる可能性があるからそれだけはやめて欲しい。
「脅しでは無いんだ!いや、外を歩いてみれば分かるさ」
「はぁ…?じゃあ、明日歩いてみますね?」
「あぁ。そうしてみてくれ、寝室は執事に案内させよう」
領主が俺らに”ありがとう”と最後に礼を言う。俺らはそれを見送って、応接室を後にした。部屋は…大きなベッドが一つ。いつも通りだ、何だろう?カップルとか夫婦と勘違いされているのだろうか?だけど気にしている余裕は無いんだよなぁ…。もう、そこまで眠気が……。
布団に入れば爆速で眠りにつく。これはいつもの事だが、今日は酒も入っているし、何より戦争の後だ。もはや眠りに抗う事など出来なかった。
「ふわぁ…おはよう……。」
「おはよう…ございます…。」
二人で目を擦る。なんだか、二人で一緒のベッドで寝る事に慣れてしまったような気がする。メェルも俺も寝相が悪くはない。だから、お互いに動きあったりはしないから、ぐっすりだ。
屋敷を出る準備をして、領主に挨拶をしに行く。領主は朝からにやにやしていて、何か企んでいる様子は昨日よ変わらない。
「さぁ、いいか?準備はしておくんだぞ?」
「なんの準備です?」
目の前の扉が開かれると同時に、何を見せたかったか分かった。屋敷のすぐ外が人で埋め尽くされている。皆が俺らの方を見て口々に”英雄だ!””ありがとう!”と叫んでいるし、うわぁぁぁぁ!ってすごい剣幕で喋っている。うわぁ…なんだこれ?!
「だから言っただろう?無理なのだ」
「無理とは言われてな…いけど、無理ですね?」
「あぁ、だからこちらで用意するさ」
そう言って、扉が閉ざされた。まだ、声が聞こえる。心臓の鼓動の音が聞こえる気がする。なんでこんなに胸が躍るんだろう?なんでこんなに嬉しいのだろう。きっと…あの光景を守りたかったんだ、俺は。いや、俺らは。俺とメェルは頷き会った。
夜になって、準備に必要な物を全て、執事から差し出された。少しばかり気になるのは、戦争の直後だったし、何かと申し訳ないと思ってしまう。お金ぐらいは払わせて欲しいのだが。
「受け取っておきなさい、これは君たちへの礼なのだ」
「はい…まぁ…ありがとうございます、領民にも、そう伝えておいてください」
領主は俺を見て頷く。そう、俺が出て行くと大変な事になってしまうから。ははは…俺が出て行くと大変…まるで出待ちをされる人気者だ。
「じゃあ、明日には行きますね」
「そうか…またいつでも来てくれ、手厚く歓迎しよう!」
領主からの抱擁を受ける。最初に生まれ落ちたのがこの領地なら良かったのに。違う、そうじゃない。コルトランドを見て良かった、あそこに住む事にならなくて良かった。
「また来ます」
そう告げて、自分たちの部屋に戻り、明日に備えてベッドに二人で潜り込んだ。その日もすっと眠りに落ちる事が出来た。
「起きて…ください…!」
「ん~……。もう朝…か?」
伸びをして体を起こす。窓から覗く景色は全然暗かった。もしかして、一日中寝ていた?そんな事はあり得ない。いくら疲れていたって言ったって、一昨日の話だ。
「早めに行かないと…囲まれてしまいます…」
「あぁ…早めって、早くない?」
「早めに…行きましょう…!」
メェルに唆される。あれに囲まれるのは嫌だよな。俺は、書置きを一応残しておく”囲まれるのは嫌なので、このまま去ります。ありがとうございました、また訪れた時にはお願いします”と書いた。そして、領主の屋敷を後にした。




