(3)
パンパンになった腹を摩って、幸せを嚙みしめる。日本に慣れきっていて、幸せなんて感じることが出来ていなかった。平和な事も、食事が毎日食べられる事も、清潔な事も。どれ一つ、当たり前な事など無いんだ。風呂だってそうだ…公衆浴場なんてどこにもない…。
「はぁ…。」
「む?どうしたのだね?」
「いえ、風呂に入りたいな…と思いまして」
「風呂ならある、入ってくるといい」
領主が風呂の位置を説明してくれる。まさか…風呂があるなんて?!獣人はもしかして…風呂好き?動物って体を綺麗にするのが好きなイメージが割とある。風呂が好き、とまでは行かなくとも、毛づくろいをしたりする事もあるだろう。毛づくろいはこの世界だと風呂になるのか?
「では…良いですか?」
「全然問題ない、メェル君も行きなさい」
「私も…ですか…?」
「一緒に入る事も出来るぞ?」
メェル?一緒には入らないよ?性別が違うんだからね?分かってるよね?メェルは俺の訴えかけを察知したのか、黙って頷くだけだった。
応接室を出て、外を確認する。すっかり日は沈んでいて、静かだ。獣人達は皆、ちゃんと帰ることが出来ただろうか。帰るべき場所はちゃんと残されていただろうか。今更助けられても、帰る場所なんて無いんだよ、と思われていないだろうか。とか余計な事を考えていたら風呂に着いていた。
脱衣所の広さが、屋敷の大きさを物語っている。スーパー銭湯の脱衣所と同じぐらいの大きさをしている。そのまま、目の前に見える扉をくぐると、石造りの大きなお風呂が見えた。溜められているのはきっと水ではない、湯気が出ているのだから。両端で虎が水を吹いている…これは領主の趣味なのだろうか。
「うわぁ…気持ちいぃぃぃ。」
久しぶりの風呂。大きくゆったりした風呂に肩まで浸かる。お湯が染み渡るみたいだ。こんなにでかい風呂に入れる、更に独り占めできるなんて…幸せなんだ、これ。
幸せを噛みしめながら、風呂でうとうとし始めてしまった。まずい、このままだと寝てしまう。頭をぶんぶん振って眠気を耐える。俺の奇行を誰かが見ていたのか、後ろからパタパタと足音が聞こえて来た。いや、待て?俺一人しか入ってなかったはず…。まさか、幽霊か?後ろを一気に振り返る!
立っていたのはメェルだった。何でじゃい?!俺、言わなかったっけ?!ちが、じゃなくて?!タオルも何もしてないし?!まずい、見ちゃだめだ!顔を背けて、そっぽを向いた。
「入ってきちゃったの?!」
「だって…目配せしてました…」
「あれ、目配せじゃなくて、入っちゃ駄目!って事だったんだよ?!」
メェルは少し考えてから”あぁ…そうだったんですか…?”と分かったような分かってないような声を上げた。なんでも分かるような関係になったと思ったけど、伝わらない事もあるんだ。今度からはしっかりと言葉で伝える事にしよう…。
「俺はもう…上がるね?」
「え…もう…ですか?」
「だって、ずっと入ってたからさ?」
「分かり…ました…」
メェルの声は寂しそうだった。仕方無いんだよ…嫌な訳じゃ無いんだけど、流石に裸はだめだと思う。ん…?待てよ?携帯変化して、毛でモフモフになれば行けるのでは?
「メェル?もしかして形態変化しても入ってられる?」
「はい…できますけど…」
「じゃあ、それで一緒に入ってられるよ!」
「分かり…ました…!」
メェルは少しだけ上ずった声を上げて、形態変化をした。ふわふわの毛でメェルが覆われる。大丈夫だ、ちゃんと全て隠れている。いやぁ…良かった…じゃなくて!俺が隠れてないじゃん?!手で隠しておくか…。
「所で何を話すのがいいんだろうね?」
「はい…分からないです…」
無言で二人で風呂に浸かっている。気を使って話をすることも無く、ただただ、時間が過ぎていく。まぁ…こんな風呂もいいのかもしれないな。しばらく無言で一緒に風呂に入った後、俺が先に風呂から上がった。
応接室では、領主がただ一人で酒を飲んでいた。俺の方に気づくと酒を手渡してくる。酒を受け取って、真正面に座って酒を身体に流し込んだ。風呂上がりの酒は格別にうまい、と感じた。
「人間のスキル持ちって…実は弱いですか?」
「何故そう思ったのだね?」
「戦場で出会った奴らがそこまで強くなかったからです」
領主は首を傾げて顎に手をやる。この反応をしているという事は、弱いなんてことはあり得ないのだろう。特に、コルトランドが積極的に抱えたがっているのもある。ひとしきり考えた後に、領主が俺の顔を見て”あぁ”と納得した声を上げた。
「そうだ、健一君が強すぎる、という可能性を失念していた」
「えぇ?普通というか、一般というか、一般より少し弱い…かな?」
「だったら、人間の軍勢相手に二人だけでは突っ込まないだろう?」
「強い、とは思ってないですけど…魔物と同じレベルなのであれば倒せるかと?」
「人間のスキル持ち、しかも軍に所属している人はそもそも、魔物よりも強い。」
え?そうなの?じゃあ…俺が強いのはきっと、英次と青年のおかげなのだろうな。




