表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ブラックホールが入った箱

 僕の目の前に立っているのは、「宇宙服を着ている小柄ななにか」だった。

 ふつうの宇宙服なら、顔の部分が透明なはずだが、それはちがうのだ。

 青い服。気密性があることはわかるが、人間が着るものとはいくつかの点で異なっている。

 背中に空気ボンベがない。継ぎ目がない。小柄な高校二年生の男子である僕よりも背が低い。

 いろいろと奇妙だった。

 学校帰り、駅までの近道の路地で、それと出会った。


「き、みは平和主、義者のよ、うなので会、いにきた」

 それは異様なイントネーションでしゃべった。まちがった方向に調教してしまったボーカロイドのように。

 僕は答えることができず、呆然とそれを見つめていた。怖かった。

「答え、てくれ平和主、義者だ、よね」

 もし応答しなかったらどうなるのだろう。

 でも、そんな試みをしようとは思わなかった。僕はあわてて答えた。

「はい、平和主義者です。まちがいなく、平和主義者だと思います」

 

 僕の父と兄は戦争へ行って殺された。

 母は爆弾の破片が突き刺さって死にかけた。

 戦争は大嫌いだ。僕は平和主義者のはずだ。


「よかっ、た平和主、義者を捜し、て、いたんだ」

「あなたは誰ですか」

「簡、単に言、うと宇、宙人」

 宇宙人か、と僕は思った。そんなところだろうと思った。人間だと言われた方が驚いただろう。だって、それはとても奇妙な雰囲気を持っていたから。


「わた、しは地、球の戦争、を憂、いている」

「戦争はとてもよくないですよ」

 僕は力を込めて答えた。戦争はよくない。徹底的に悪い。それは僕の信念のようなものだった。

「これ、をあげ、る使、いようによ、っては戦争を止、めら、れる」


 それは、僕に木箱のようなものを渡した。

 正確には木箱と鉄箱を足して2で割ったような感じのもので、なんとも説明のしようがない箱だった。大きさはティッシュペーパーの箱程度。


「そこに、はブ、ラックホ、ールが入ってい、る」

 驚いた。本当に?

 僕は箱をまじまじと見た。たいして重くない。重力制御されているのだろうか。

 箱の上には取っ手がついていて、すぐに開けられそうだった。


「取、り扱い、には注、意し、てねど、う使おうとき、みの自、由だけれど」

 青い宇宙服を着たそれは、そう言った後、すーっと空に浮かびあがっていき、雲の中に消えた。


 僕はブラックホールが入った箱を持って電車に乗った。

 国営放送局のある駅で降りて、局ビルへ向かって歩いた。


 ビルの受付で言った。

「僕はブラックホールの入った箱を持っているんです。これです。この箱を開けたら、たぶん地球は終わりです」

「は?」

 受付の綺麗なお姉さんは、僕を見つめて、顔を歪めた。変な奴が来た、と思ったのだろう。

「僕の要求はシンプルです。僕を映して、放送してください。要求がかなえられなかったら、箱を開けます」

「ちょっと待って」

 受付嬢は、どこかに電話をかけ、僕の要求を伝えてくれた。


 数分後、マイクを持った人とカメラをかかえた人がやってきた。

「きみが、ブラックホールが入った箱を持っている少年だね?」

 インタビュアーが、ぼくにたずねた。カメラマンは僕を撮影してくれているようだった。

「はい。この箱の中にブラックホールが入っています」

「この箱? なんか変な材質みたいだけれど、ブラックホールが入っているとは信じられないなあ。証拠はあるの?」

 僕は首を振った。

「信じてもらうしかありません。信じてくれないなら、箱を開けます。言っておきますが、開けたら、地球は終わりですよ。太陽系が終わるかもしれない」

「待ってくれ」

 インタビュアーは、スマホで誰かと話をした。

 その話の結果、僕はスタジオに通されることになった。


「臨時ニュースです。ブラックホールが入った箱を持っていると言い張る少年が、国営放送局に現れました。この少年です」

 女性アナウンサーがしゃべった。

「本当にブラックホールが入っているの?」

「たぶん本当に入っています」

「たぶんって、どういうことですか?」

「さっき宇宙人にもらったんです。僕も確かめたわけじゃないから、たぶんとしか言えないんです。でも、僕は本当に入っていると信じています」

「科学者を呼んでもいいかしら」

「いいですけど、その前に僕の要求を放送してください」

 彼女は脇にいる偉そうな人を見た。その人はうなずいた。 


「要求を言ってください」

 やった、と僕は思った。

「いますぐすべての戦争をやめてください。世界中の戦争を停止してください。そして、二度と始めないでください」

「え? 無理でしょ、そんなの」

 女性アナウンサーは、すべての人類を代表しているかのように言った。


「要求がかなえられないのなら、箱を開けます」

「やめて! ちょっと待って!」

「待ちます。でも僕の要求をかなえるために、偉い人たちは、すぐに行動してください。僕はマジです」  


 僕は大勢のアナウンサーやインタビュアー、カメラマン、その他よくわからないいろいろなテレビ関係者に囲まれた。

「少年、箱を渡すんだ」と偉そうな人が言った。

 僕は強く首を振った。

 

 背後から誰かに飛びかかられた。

「あっ、ちくしょう!」

 僕は箱を開けようとした。

 その前に、黒い服を着た男に箱を奪われてしまった。

「返して!」

 箱はどこかに持ち去られた。

 二度と僕のもとには返ってこなかった。


 その後、僕の国は世界を支配した。

 箱の中には、本当にブラックホールが入っていたのだろう。きっと科学者たちが、なんらかの方法でそれを突き止めたのだ。

 僕と同じように、「要求を聞かなければ、箱を開ける」と脅して、他国を従わせているのだと思う。

 世界中の富が、僕の国に集まり出している。

 醜い。

 さっさと開けて、地球人類なんか滅ぼしてしまえばよかった、と心の底から思った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ