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温かく優しく、冷たく残酷な世界に

作者: 葉月 縷々

とあるものを見て号泣し、思い立ったのでその場のノリと勢いで書いて投稿。



 梅雨の時期になると思い出す。


 今でこそ正社員としてリーマンになり、嫁さんまで居る俺だが、昔はどうしようもない男だった。


 適当な学校を出て、適当な大学に行き、自堕落に実家暮らしのフリーターを続ける日々。


 当然、先のことなんて何にも考えてなかったし、怒られるのが嫌でバイトも転々としていた。正論パンチを噛ましてくる親を殴って泣かせてしまったこともある。こんな俺に育ったのはお前らのせいだってな。


 ある日のことだ。


 その日は引っ越しの日雇いバイトをしていて、雨の湿気と夏を感じさせる暑さに陰鬱な気分で働いていた。


 多分、それが顔と態度に出ていたんだろう。


「テメェ! それはこう運べっつったろうが! お客さんの大事な家具なんだぞ! 大体なんだその顔はっ! シャキッとしろシャキッと! 良い歳してっ、親の顔が見てみたいな! えぇっ!?」


 別に雑に扱ったつもりはなかったが、端から見れば酷かったらしく先輩にこっぴどく叱られてしまった。


 当時はそれがとても理不尽に感じ、カッとなって口論になった。


 手こそ出なかったものの、結局そのことが原因でクビ。その日は帰らされた。


「ちっ、あのハゲ……次会ったら覚えとけよ、な!」


 帰り道、俺は何の気無しにポイ捨てされていた缶を蹴り上げた。


 俺みたいな最低な奴が捨てたその缶は派手にカコーンッと高い音を立てて飛んでいったと思いきや、近くに居た女の子に当たってしまった。


「あいたぁっ!?」

「げっ」


 何が不味いってその子は車椅子に乗っていた。


 女の子に、それも障害か怪我をしている人の頭に蹴った缶を当てるなんて今思い出しても過去の自分を殴りたくなる。


 当時の俺でも流石にヤバいことだとわかった。


 けど、それがその子との出会いだった。


 めちゃめちゃ謝って、めちゃめちゃ怒られたっけ。


 詫びに何でもする、みたいなこと言った時の言い回しがまた癪に触ったようで、「何ですかその言い方! 私が可哀想みたいなっ、そうやって思われること自体が嫌です! 訂正してください!」と小学生とは思えない気迫で怒鳴られた。


 それがまたムカついてなぁ。子供が何を偉そうにってそこでも口論。バカなことをしたもんだ。


 聞けばやはり障害を持った子で、通っている学校で()()()()扱いを受けたという。


 虐められたのではなく、その逆。恐縮するくらい気を遣ってくれたと。


 その子にとっては普通に生きているつもりなのに、やれ可哀想だの、これ持ってあげるよだの、生きるのが大変だの……そりゃあ小さい子供だからな、俺が無意識にそういう態度をとったように、本人達は善意のつもりだった筈。


 だが、それは寧ろ差別だとその子は言った。


 不当に扱うのも、優遇されるのも嫌。()()で良い、放っておいてほしい、と。


 積もりに積もって、俺の件で爆発したんだろう。プンプン怒るその子を見て、そういう見方もあるのかと衝撃を受けた。


 そこからその子との交流が始まった。


 その子から話を聞いた公園で、あるいは学校の近くで、あるいは病院で。


 何気ない日々を語り合った。


 と言っても、俺のは殆ど愚痴みたいなもんだったが。


 向こうも別の視点からの考えを聞くのは面白いらしく、俺達はこれにはこう思う、あれはこうだよな、と共感を求め、時に議論し、時に口論し、親睦を深めていった。


 そうして仲良くなっていった結果、俺はこのままで良いのかと自問自答を繰り返すようになっていた。


 その子の親と会った。


 最初は小学生の娘に近付く怪しい男というレッテルを張られ……いやまあそれは事実なんだが、兎も角最初は冷たかった。


 だけど何て言うか……俺には下心がなかった。


 純粋にその子と話すのが好きだった。その子の目線が面白かった。同じ世界を生きている筈なのに、十歳は年下の筈なのに、妙に大人びたその考え方が好きだった。可愛い妹や姪を見ているような、そんな感覚だった。


 多分、それが伝わったんだろうな。次第にご両親とも打ち解け、家族ぐるみの付き合いが増えた。


 次に、その子にずっと付いているというナースさんと仲良くなった。


 その子は小さい頃から車椅子生活を余儀なくされ、そのナースさんはずっと専任で付いてくれているという。歳は俺とタメ。こっちは仲良くなるのにそう時間は掛からなかった。


 俺の前では大人ぶるくせに、そのナースさんの前では年頃の女の子のようにはしゃぐその子を見て、よくご両親と笑ったもんだ。


 俺はその環境で考え方が変わっていった。


 先ず人と話すのが好きになった。


 怒られるのが嫌で、嫌な顔をされるのが嫌だったけど、少し落ち着いて相手のことを見てみると、大体の人の言ってることが正論とまではいかなくとも、一定の正しさがあることに気付いたんだ。


 俺が身勝手だったように、その子が普通でありたいと思っていたように、そうやって人を怒ったりする人達にも本人なりの考えがあって、正しいと思ってるからそうするのだと悟った。


 そりゃ勿論、中には気分屋な奴も居たが、気にならなくなっていた。


 人と関わるのが苦じゃなくなると、仕事も途端に良いものだと思うようになっていた。


 それが例えバイトでも、ほんの少し……ちょっぴりの人の優しさって言うのかな、が感じられることってあるだろう? レジやってる時に「ありがとうね」って言われた時とか、荷物を運んだ時に「暑い中ご苦労様ぁ」と差し入れを貰った時とかさ。


 感謝の気持ちや笑顔で挨拶されるのって気持ちいいな、温かいなって思うようになったら自然と俺も愛想良く挨拶や世間話が出来るようになった。


 これやっときます、持ちましょうか、席どうぞーって出来るようになったんだよ。


 こっ恥ずかしいけど、人の笑顔ってやっぱ不思議な力があるもんで、こっちが笑顔だと向こうも笑顔になるってことをその子やその子を取り巻く環境が教えてくれた。


 お陰で親との仲も徐々に良くなっていって……そろそろ自立しないとなって思い始めた。


 そんな時だ。


 俺の人生が好転して、漸く良くなってきていた。皆が皆笑顔で毎日が楽しかった。


 そんな日々がある日、唐突に終わった。


 例の女の子に深刻な病気が見つかった。


「余命一年だって。……笑っちゃうよね」


 その子はそう言って、また笑っていた。


 初めて神様ってやつを恨んだね。


 何て不条理なんだろう。何で世の中には虐めをする奴や悪いことをする奴等が居るのにこんな良い子がって。


 嫌がるからとかそんなの気にせず、その子と遊んだ。


 少しでも楽しいと思ってもらえるように、少しでも楽しかったって思ってもらえるように。


 貯まってきてた金も全部使った。何なら親に土下座して金借りた。


 その子は毎回止めて、怒るよって言ってたけど、ご両親に頭下げて無理にでも遊びに誘った。


 親御さんの、嬉しいような、悲しいような、何とも言えない顔が印象的だった。


 何度かお金を渡されそうになった。絶対に受け取らなかった。


 親だから、親としてって気持ちも勿論わかる。けど、俺は俺で友達としてその子に笑ってほしかった。


「そのお金は俺が来れない時……あの子が寂しそうにした時の為に残しててください。……って言うと、なんだか自意識過剰みたいっすね」


 冗談交じりにそう言うと、ご両親に深々と頭を下げられてしまった。


 俺は笑顔で返せなかった。


 日に日に弱っていくんだ、その子。


 最初は元気で、本当に病気かってくらい笑ってたのにさ。


 段々笑わなくなっていって、痩せていった。


 けど、俺とナースさんがいつものように笑い掛けると弱々しく反応するんだよ。


 その頃にはもう必死も必死、その子を笑わせようと色んなことをした。色んな本や物を差し入れ、一緒に動画を見て、散歩に誘った。


「こんな気持ちになるなら……お兄さんと出会わなければ良かったのに」


 散っていく桜を見ながら、その子は言った。


「何で私に優しくしてくれるの? 何で私を楽しませようとするの? 何でっ……」


 嗚咽しながら泣かれた。


「生きたいって思っちゃうじゃんっ……死にたくないって思っちゃうじゃん……やだっ……私、死にたくないよ……やだよぉ……!」


 ナースさんが来てくれた。


 窓の外に見えたらしい。


 その子は初めて俺の前で泣いた。


 ナースさんに抱き付き、子供みたいに……年相応に泣いていた。


 俺は間違っていたんだろうか。


 気を遣ったんじゃない。俺がやったのはただの自己満足。その子に笑っていてほしくて。女の子一人すらまともに笑わせられない自分が嫌だったから。


 笑顔にさせたくてやったことはその子にとって拷問に等しかった。


 死への恐怖、生への執着。


 他にも色んなことを感じた筈だ。色んなことを思った筈だ。


 けど、その子は結局笑顔で死んでいった。


「前は……怒っちゃって、ごめん……なさい……楽しかった……ありがとう、お兄さん」


 骨と皮しかない身体で、申し訳なさそうに、けれど笑いながらそう言って亡くなった。


 ご両親には「こんな娘でごめんなさい。ずっと迷惑掛けて大変だったよね、今までありがとう」だと。


 ナースさんには「お姉ちゃん大好き。ありがとう」だと。


 あんなに笑えない『ありがとう』は初めてだった。


 あんなに泣いた笑顔は初めてだった。


 その子が写った写真は今でも家に飾ってある。


 嫁さんは毎日行ってくるね、ただいま、今日はこんなことがあったよ、と声を掛けている。


 先日、嫁さんに子供が出来た。待望の赤ちゃんだ。名前はその子から一文字貰った。


 相変わらず交流のあるご両親も最近は笑うことが増えた。


「あの子みたいに笑顔が眩しい子だと良いね」

「それと、人に『ありがとう』が言える子だな」


 本人の生まれながらの性格というのもあるだろう。


 だが、子供が笑っていられるか、『ありがとう』と言えるかどうかは環境が決める。


「これからもっと頑張んないとなー」

「無理はしないでね、私があの子に怒られちゃう」

「ははっ、パパになるんだ。無理しない方が無理だよ」

「頑固なパパだな~。じゃあ私はうんと甘やかしちゃう!」


 なんて惚気た会話をしながらテレビを見ていると、子供の虐待に関するニュースが流れた。


 嫁さんの目に入らないよう、「お腹触って良い?」なんて話題を逸らしつつ、テレビを消す。


 育てられないなら……親になれないなら産まなきゃ良いのに。


 この歳になって、親になろうとしているからこそ、強く思う。


 俺なら子供が産まれただけで号泣する自信がある。何なら検査キットでも泣いたくらいだし。


 色んな苦労とか背景とかあるんだろうけどさ、子供を愛さないで何が親なんだろうか。


 やっぱりアレだな。人の笑顔の力を知らないんだな。だから心が荒む。だから人を攻撃する。それは少し……いや、かなり可哀想なことだと思う。


 けど、それが悪いとか俺が正しいとも思わない。主張するつもりもない。


 俺は俺の自己満足の為に、あの子を泣かせてしまった。


 一時期は本当に出会わなければ良かったと思うほどに。


 俺は間違っていたのか、正しかったのか……正しい選択が出来ていただろうか。


 あの子は幸せだっただろうか。


「う~ん……わからん」

「ん~? 何が~?」


 嫁さんがにへらぁって感じの笑顔を向けてきた。可愛い。天使か。


「わからんことがわからん」

「何それ? 変なの」

「……俺は良いから。赤ちゃん、元気で産めよ。お前も、絶対に無事にな」

「また無茶言うんだから……大丈夫だよ、あの子も見守ってくれてるよ」


 『ありがとう』と笑顔。


 たったそれだけの、ほんのちょっぴりの優しさがあれば。


 嫁さんのお腹を撫でながら、


 嫁さんとこの子、幸せにしなきゃな……。


 そう、強く思った。


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