いなくなった勇者~その1~
「静かだ……」
村が、本来の夜の姿を取り戻した。
ノアがモンスターを追い払ったとき、騒ぎに来た村人たちは、もう寝たのだろうか。
「さっきまであれだけ騒がしかったのにな」
聞こえてくるのは、森のざわめきと、そよ風の歌だけだった。
しかし、自然の音に紛れて何かを気遣うように、静かにノックする音が聞こえた。
もしノアがすでに寝ていたら、確実に聞こえなかったであろう音だ。
「誰だ?」
ドアを開けると、若き村長、ヴァンの姿があった。
「ノア……さっきは、すまなかった」
お前が謝ることじゃないだろうと、ノアは思っていた。
「みんな勇者を待ち焦がれている。だからお前が『勇者の剣』を扱えることではしゃいでしまう。そんなこと、お前は知らないのに」
その気遣いが、逆にノアを傷つけてしまうことに、孤独にさせてしまうことに、村長ヴァンは気づかない。
ノアが苦しんでいるのは、村人が『勇者の再来』とはしゃぐことではない、自分だけが『勇者』を知らない事実の方だ。
「本題に入ろう」
ノアが感傷に入る間もなく、ヴァンは単刀直入に話を切り出した。
「ノア!確かに俺たち村人がお前を救ったからって、それが村を救わなきゃならない理由になるわけではない。勇者の剣だってそうだ」
「使えるからって、村を救う理由にならない。村と縁のないお前が村を救う義理はない。見捨てることもできる」
確かに、ノアが村人たちに助けてもらったからといって、義理はない。村人たちが疑うことをやめて助けたのは、ノアが勇者の剣を持っているからだった。
「でも、勇者がいない今、勇者の剣を扱えるのは、ノア、お前だけなんだ……」
「ヴァン……」
確かにノアは、勇者の剣として扱えるようになって、勇者の再来としてもてはやされた。
それでも村人たちはノアのことを『勇者』としてではなく、ノアとして見始めていた。
村人たちが再び勇者ブランを待ち焦がれているのは、ノアは『勇者』としてではなく、だんだん一人の人間としてみなしかけているのかもしれない。
ノアが村人たちと打ち解け始めてた、要因なのかもしれない。
ヴァンは突如、表情から持ち前の明るさが消えていった。
ヴァンの顔が暗闇よりも暗くなったことは、ノアにもわかることだった。
そして重苦しく、口が開いた。
「明日、村人たちに真実を告げようと思う。勇者の真実……勇者の身に何が起きたのかを」
「勇者は一度村に帰った後、急遽行方不明になったことは、お前も聞いているよな」
「ああ」
それはノア以外の誰もが知っている話だった。
「実は勇者は、自分から村を出ていったんだ。俺のせいでな……」
「!」
なぜ、勇者ブランと親友だったヴァンが要因になったのかと、ノアも驚きを隠せない。
そして村長ヴァンは『勇者ブランがいなくなった』一連の出来事を語り始めるのだった。