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96 断ち切れる愛情1




 ほんの少し時を戻して、私は思い出す。

 エルハルドにニングホルムに呼び出され、暗殺事件に巻き込まれたあの日のことを。


「伏せて!」

「っ!?」


 リゼルの狙撃に気づいた私は、とっさにエルハルドを庇った。

 庇った……と言えば聞こえはいいけど、実際は足元の草にひっかかって、派手にずっこけただけだ。


「いたぁっ!」

「デボラ!」


 そんな私を抱き起そうとエルハルドが体勢を低くしたところに、リゼルが発射した弾が掠っていった。転んだ時に頭を打った私は、そのままうっかりと気を失う。


「デボラ様!」

「デボラ!」

「狙撃手を捕まえろ!」

「エルハルド様、どうかお下がりください!」


 その後のことはよく知らない。私はそのまま意識を失ってしまったから。

 そして次に目覚めた時、私はデボビッチ家ではなく、なぜか王宮内の薔薇の宮に運び込まれていた。


「なんで私、ここに?」


 その時から私・デボラ=デボビッチの『絶対に笑ってはいけない2○時』が始まった。

 だって想像してみて?

 デボビッチ家じゃない場所に連れ込まれただけで不本意なのに、周りったらまるで私をエルハルドの恋人のように扱うのよ?


「こちらのドレスはエルハルド殿下の好みです」


 とか。


「エルハルド殿下に見初められたということがどれほど名誉なことか、ゆめゆめお忘れなさいませんように」


 とか。

 こっちが全く望んでもいないことを勝手に侍女達が押し付けてくるのよ。

 本当イグニアー家出身の侍女ってプライドばっかりが高いわ。

 しかもよりにもよって、


「エルハルド殿下に比べれば、いくら四大公家と言っても足元にも及びません」


 なんて自分の夫をあしざまに言われた日には、微笑むどころか般若顔になっても仕方ないと思う。

 それにこの状況でへらへらなんかして隙を見せたら、まるで私がエルハルドの求婚を受け入れたみたいじゃない。だから絶対、薔薇の宮内で笑顔を見せてはいけなかった。


「デボラ、どうか機嫌を直してくれ。侍医が言うには頭の傷は数日たってから症状が出ることもあるそうだ。お前に怪我を負わせた手前、きっちり責任は果たさせてほしい」

「……」


 そう言ってエルハルドは強制的に私を薔薇の宮に閉じ込めた。

 いくら私がこんなたんこぶは軽傷だ、デボビッチ家に帰してくれと頼んでも、首を縦に振ってはくれない。

 

「いい加減にしてください、殿下! そろそろ私の堪忍袋の緒も切れますわよ!」


 私は侍女に無理やり着せられたセクシー系のドレスの裾をバシバシ叩きながら、エルハルドに猛抗議した。

 大体私なんかに構うより、リゼルはどうしたのよ、リゼルは!

 あれほどエルハルドに忠誠を誓っていた騎士が主を暗殺しようとするなんて……。

 きっと何かのっぴきならない事情があったに違いないわ。


「リゼルに関しては何も聞くな。ニングホルムでの出来事はあの場にいた者全員に緘口令を強いている。デボラも他言だけはしないでくれ」


 エルハルドはリゼルの処遇についても、何も教えてはくれなかった。

 しかもそれだけでなく侍女達の噂話から、王宮内でアリッツとラヴィリナ皇女まで暗殺されかかっていたという事実を知る。


「殿下、アリッツと皇女様はご無事なのですか!? クロヴィス殿下とカイン様はどうなさってます!?」

「アリッツは兄上がその場にいたため解毒が間に合ったようだ。しかしリナは未だ昏睡状態で、兄上が飲まず食わずで付き添っていらっしゃる。お前の夫は兄上の代理として多忙の身だ」

「カイン様が……」


 エルハルドから王宮内の様子を聞いた私は、こりゃ大変なことになったと青ざめた。

 一体王家の周りで何が起こっているんだろう?

 これも例の黒幕の仕業?

 でも王族を狙い撃ちする理由が全く分からない。

 彼らにとってグレイス・コピーはいわばお金を調達する手段。それ以上でも以下でもないはずなのに。


「カイン様、無理をなさってないかしら……」


 特に私が心配したのは、こんな非常事態で重い責任を負わされた公爵のことだ。

 ただでさえ公爵はここ一カ月ほど働き詰めで、屋敷にも全く帰ってこれてない。

 ちゃんと休憩はとっているのかな。

 ちゃんと食事はとっているのかな。

 後者に関しては、あまり期待できない。きっとまた少食に磨きがかかっているに違いないから。


「早く帰って、猫まんまを作って差し上げないと……」

「デボラ?」


 公爵が心配で心配でたまらない私は、すくっとソファから立ち上がった。そして窓際に近づくと、バンッと窓を開いてそこを飛び越えられないか試してみる。


「な、何をやってるんだデボラ、危ないからやめろ!」

「放っておいてください、私はデボビッチ家に帰るんです! 私は毎日筋肉体操をしている筋肉ガールですから、この高さから飛び降りても足を一本折るくらいで済みます!」


 自分でも何を言ってるかわからないけど、とにかく公爵のもとに帰りたくて必死だった。結局エルハルドと周りの侍女に取り押さえられてしまったけれど、私はこんなことで帰宅を諦めない。

 このままなし崩し的にエルハルドの妃認定されたらたまったもんじゃないわ。


「なぜそこまで公爵を慕う……」


 そんな私の姿を見て、エルハルドは深い深いため息をついた。

 周りの人からしたら、公爵の良さはわかりづらいかもしれない。

 でもあの人が本当はとても不器用で、それ以上に優しい人だと私は知っている。


「妻が夫を慕うのは当然じゃないでしょうか」

「でもお前達は本当の夫婦ではないのだろう?」


 エルハルドは痛い弱点を突いてくるけれど、私はそんなことで怯まない。


「本当の夫婦でなくても、心が繋がっていれば充分じゃありませんか?」

「……」

「少なくとも私はカイン様を信じておりますし、一人の人間として尊敬いたしてもおります。この気持ちは……」


 私はそっと自分の胸に両手を当て、瞼の裏にあの仏頂面を思い浮かべる。


「この気持ちだけは変えられません。例え殿下であろうとも」

「――」


 遠回しにあなたの求婚を断る――と伝えれば、美しいエルハルドの顔が悲しみで歪む。


「殿下、お願いです。どうか私をデボビッチ家に帰して下さい」

「だめだ!」


 けれど結局その日も、子供じみたエルハルドのわがままで薔薇の宮の外には出してもらえなかった。

 こりゃまた新たな脱出作戦を考えなければ……と頭を悩ませていたところ、事態は急変する。


「え!? カイン様が私を迎えにいらっしゃった!?」


 なんと薔薇の宮に軟禁されてから三日目の夜に、とうとう公爵が直々にエルハルドに抗議しに来てくれたのだ。

 さすがにデボッチ家を正面から敵に回してはまずいと思ったのか、侍女の一人がこっそり教えてくれた。


 その後の私の行動は、もちろん早かった。

 公爵とエルハルドが謁見しているという応接間の位置を聞きだして、急いでその場所へと向かう。


「こ、この度は申し訳ございませんでしたぁぁぁーー! わざわざこんなところまで迎えに来て頂かなくてはならないなんて……。全部私の不手際でございましたぁぁぁーーーー!!」


 そして人生で一番見事だと思えるほどのスペシャルmostドリル土下座を二人の前で披露した。

 その後なんだか室内に流れる空気が微妙だったけど……。

 うん、公爵のおかげでやっと私はエルハルドの束縛から解放される。

 終わり良ければ全て良し。

 ノープロブレムよ、無問題(モーマンタイ)

 公爵に「帰るぞ」と言われた時の清々しさと言ったら、マジでパない。


「あ、わかりました。じゃあこれで失礼させて頂きますわね、殿下。これ以上、私の心配は無用ですわ」

「え? おい、デボラ……」


 まさに虎の威を借りる狐の如く、私はエルハルドに向かって優雅に手を振った。

 はぁ~、マジで息の詰まる三日間だった。

 でもこれにて『絶対に笑ってはいけない○4時』も無事終了!

 私は三日ぶりに帰宅できる喜びに溢れて、思わずその場でダンスを踊りだしたくなるほど浮かれるのだった。









 けれど歓喜の舞いは、すぐに絶望の舞いへと変わる。

 公爵の機嫌がめちゃくちゃ悪いことには、帰りの馬車の中で気づいてた。

 そもそも今回のことはエルハルドの呼び出しを受けてしまった私が悪いのだし、公爵の機嫌が上向き次第、手をついて平身低頭謝ろうと思ってた。

 ………でも。


「あ、あのカイン様、デボラ様と一体どちらへ……」

「誰もついてくるな。様子を見に来た奴は――殺す」


 屋敷についた途端、公爵は私の腕を強引に引っ張り、周りに殺気という殺気を撒き散らかした。ハロルドをはじめとする使用人達もそんな公爵に恐れをなして、一歩引いたところから私達を見ている。


「カイン様、今回のお怒りはごもっともですが、どうか手荒な真似だけはなさいませんよう……」

「……………」


 しかもジルベールが口にした不吉な言葉で、私はようやく自分の危機を察することができた。


 て、手荒な真似って……公爵に限ってまさかそんな――

 

 今までだって、私は何度も公爵の機嫌を損ねるような馬鹿な真似をしてきた。でもその度に、なんだかんだと公爵が許してくれたから、今回もきっとそうだろうと甘く見ていた。


「カ、カイン様……」

「………」


 だから強引に寝室に連れていかれても、乱暴にベッドの上に突き飛ばされても、その先のことが予想できなかった。

 ううん、予想すること自体を、脳が拒否していたと言ってもいい。


「俺は言ったはずだ。二度目はない……と」

「――」


 公爵の押し殺した声は、いつもと違ってまるで氷のような冷たさで。

 その裏にはもっと黒い……ドロドロした感情が透けて見えるようで、その時点になってようやく私は本気で震え始めた。


「デボラ」

「は、はい……」




 ――ギシリ。




 何とか公爵から逃れようとベッドの上で後ずさるけど、どこまでも透明な金の瞳が私を執拗に追い詰める。


 


「お仕置きの時間だ」


「!」






 次の瞬間、グイッとうなじを強く引き寄せられたかと思うと、無理やり唇を重ねられた。

 一カ月ぶりに触れる公爵の唇は少しかさついていて――


 その下には私が予想できないほど荒々しい、獰猛な獣の牙が潜んでいた。






焦らしてすいません。

次回はいよいよバリバリR15展開です。


注意書き入れますので、ヒーローによるヒロイン無理強い展開が苦手な人は次回読み飛ばして下さい。



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