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88 第二皇子の目覚め1




 夫婦って、いつの間にか顔や表情まで似てくるものなのかしら?

 私は今、公爵直伝のモアイ顔になっている。

 だってなぜ?

 どうして?

 Why?

 よりにもよって何ゆえにこんな所にエルハルドがいるのかしら?

 この人って、こーゆー場所が一番似合わないと思うんだけど。


「あー、” 顔だけ皇子”だ! なんであなたがこんなとこにいるんですかぁ?」


 そして私が思っていることを、供としてついてきたルーナがそのまんま声に出して代弁してくれた。

 『顔だけ皇子』

 なるほど、素晴らしいネーミングセンスよ、ルーナ。

 あなたにしては珍しくグッジョブだわ!


「なんだ、デボラだけじゃなくちんちくりんもいるのか。おまえに用はない。帰れ帰れ」

「そっちに用はなくても、こっちにはあるんですぅー!」


 エルハルドはルーナをしっしっと追い払うものの、ルーナはルーナで赤い舌を出して全くエルハルドに負けてない。

 この二人もいい加減、ゲーム設定を逸脱するのはやめてくれないかしら。

 本来ならばイチャイチャバカップルになる予定の二人は、相変わらずハブとマングース並みに仲が悪い。


「デボラ様、今日は一体どういったご用件でしょうか。殿下の代わりに、私が承ります」

「あら、リゼル」


 エルハルドとルーナがソウルファイトを繰り広げている間、私はリゼルとの交渉を始める。私とエルハルド、それとリゼルが顔見知りだとわかったからか、先ほどまで小うるさかったマルトリッツ男爵も、いそいそと退散していった。

 

「まさかエルハルド殿下が軍の司令官だなんて思いもしなかったわ」

「それはまぁ……売り言葉に買い言葉と申しますか」

「ん?」

「ここだけの話」


 リゼルは少し悪戯っぽい口調で、そっと私に耳打ちする。


「議会の最中、どうやら殿下はアストレー公爵と少しやり合ってしまって」

「!」


 ここでいきなり公爵の名前が出てきて、私の心臓がドクンと跳ねる。

 公爵とエルハルドがやり合ったって……。

 この国家の非常時に、一体何してんですか、あんた達はぁぁーーーー!


「それで殿下もついアストレー公爵と張り合って、普段ならば絶対引き受けない役目をお引き受けになったという訳です。そういうデボラ様こそ、その恰好は……」

「私は貴族代表として、マグノリア様のボランティア活動を手伝っているの。……って、そう言えばのんびりおしゃべりしている場合じゃなかったわ!」


 私は改めてエルハルドと向き直り、これでもかというほどきつく詰め寄る。


「殿下! 殿下が司令官としてお出ましになったのは喜ばしいことですが、その軍関係者が被災者の寝床を奪うのはいかがと思います!」

「……え?」

「先ほどから避難所になっている教会や広場に軍人の皆様が天幕をお張りになって、被災者を隅に追いやっているのです!」

「えええ………」


 エルハルドは眉尻を下げて情けない顔をしたけど、泣きたいのはこっちのほうだ。

 今から一時間ほど前、夕方近くになってようやく軍が出動したと聞いて、これで救援活動がますます進むとみんなは安堵した。

 けれど派遣された軍が、焼け残った建物や拓けた場所を占領して、そこを陣地にすると言い出したのだ。

 事実、教会で怪我人の手当てを行っていたエステル夫人が私のもとに飛んできて、どうか軍の上官に交渉してきてもらえないだろうかと頼まれたのだ。


「民を助けるべき立場の軍が、なぜ傷ついた民を蔑ろにするのです!? 確かに大規模な救援活動をするとなったら、それなりの拠点は必要でしょうが……」

「いや、そんなこと俺に言われても……」

「ええ~? 顔だけ皇子は相変わらず役に立たないですね!」

「!」


 ルーナに罵倒され、エルハルドの目つきがキッと険しくなる。

 それから数秒黙考した後、俯きがちだった視線を上げた。


「わかった。ならば俺自らが現場へと出向こう。デボラ、案内を頼めるか」

「ええ、それはよろしいですけど……」

「デボラ様、この人に任せて大丈夫です? もっと別の、例えば一番偉い人に頼んだ方がいいんじゃないですか?」

「言っとくが俺がその” 一番偉い人”だ!」


 ルーナとエルハルドの掛け合いは、もはや漫才だ。

 まともに相手にしていたら時間ばかり食うので、私はさっさと踵を返す。


「ではご案内します。急ぎましょう」

「リゼル、おまえもついて来い」

「はっ」

「デボラ様、私も行きます~」


 こうして私はエルハルドを連れ、ここから最も近い教会へと向かうことになった。

 西の空にはオレンジと濃紺のグラデーションが広がっていて、一番星もチラチラと瞬き始めていた。






 教会に着くと、話に聞いていた通り、教会の外も中も軍人であふれていた。ここで野営病院を開いていたはずの人達は門付近に追いやられ、患者に至っては道端に寝かされている始末だ。


「ああ、デボラ様! しかもエルハルド殿下まで! こんな所にまで足をお運び頂き恐縮です」

「エステル夫人!」


 私達の姿を見つけて、エステル夫人と医療スタッフの何人かが小走りで近づいてくる。私の隣にいたエルハルドも、現状を目にして眉をひそめた。


「確かにこれはひどい……」


 エルハルドはつかつかと前に出て、大きな声で名乗りを上げる。


「私は今回議会より現場の司令官を任されたエルハルドだ。ここの責任者はいるか!?」

「こ、これは殿下!?」


 エルハルドの声を聞きつけて、中年の兵士が慌てて駆けよってくる。


「私は王国機動隊第一補給部のハンネスであります。何か御用でしょうか?」

「御用も何もない。私達は議会よりの勅命を受け、大火で焼けだされた被災者を助けるために出動したはず。だがその被災者が今は教会の外に追い出されている。これは一体どういうことだ?」

「はっ、それは我々も大変心苦しいのですが……」


 ハンネスと名乗った中年の兵士は、額に汗をかきながら必死に弁明しだす。

 

「我々は民を救援する実働部隊の他に、補給小隊、衛生小隊、通信小隊を抱えております。そのための拠点がどうしても必要でして。また王宮より運ばれてくる支援物資などを集積するための広い場所も不可欠です。部隊の実働能力を維持するためには、被災者の皆さんに別の場所お移り頂くようお願いしていたところで……」

「被災者を助けるために被災者に無理を強いては、それこそ本末転倒ではないか!」


 さすがのエルハルドも軍の勝手な言い分に呆れ、思わず声を荒げていた。

 ホント、軍人ってこーゆー時、融通が利かないわよね。

 マニュアル通りにしか動けないというか、頭が固いっていうか。

 でも確かにここに集まっている軍人の数はかなり多い。これだけの人が活動するなら大きな拠点は必要だけど……。

 

「つまりここよりもっと広くて、利便性の高い土地があれば、軍をそちらに動かしても構わないのだな?」

「は?」


 するとそこでエルハルドが何かを閃いたようで、再び腕組みして考え込んでいる。私達の周りにはいつしか他の兵士達も集まり始め、何事かとざわざわし始めていた。


「……よし、ならばニングホルムの王領地はどうだ。あそこならば充分広いし、ここからも距離は近い」

「お、王領地!? ですが確かあそこは王族以外立ち入り禁止で……」

「確かに三代前の王の離宮があった場所だが、誰にも使われず遊ばせておくくらいなら、この機会に有効活用したほうがいい。あそこには庭園が複数あるし、天幕も張れるだろう」

「(ね、ね、リゼル。王領地って何?)」


 私はエルハルドと兵士が話し込んでいる最中、小声でリゼルに尋ねた。

 リゼルが言うには、王領地とはその名の通り王族の領地で、ニングホルム宮はこの教会の東の丘の上に建っているそうだ。王族・もしくはそれに準ずる貴族だけが立ち入れる、言わばご禁制の土地ってわけね。

 でもそんなところに軍の陣地を置いちゃって、本当に大丈夫なのかなぁ?


「お、畏れながら王領地に我々が立ち入るわけには……。古くからの習わしを破ったら、後でどんなお咎めを受けるか……」

「古い習わしを恐れて目の前の民を見捨てるのか!? ならばそんな習わしなど、今この時をもって廃止する。各部隊は直ちにこの地を撤収。各陣地はニングホルムの王領地に設営せよ。全ての責任は私が取る。何人たりとも王領地に立ち入ったからと言って、罰しはしない。これはヴァルバンダ王国第二皇子エルハルド=ディ=ヴァルバンダの勅命と心得よ!」

「は、ははーーーーーーっ!」


 そしてエルハルドが強く言い切ると、周りの兵士達が一斉に平伏した。

 うはあぁぁー、こういうところがさすがエルハルド!

 さすがチート皇子!

 やっぱりエルハルドにはカリスマ性があるんだなぁ……と、思わず感心した――のも束の間。


「実はあれ、さっきの議会のクロヴィス殿下の真似ですよ」


 ズ、ズコーーーーッ!!!

 またまたリゼルがこっそりと、ネタバラししてくれた。 

 おいおいおいおい、せっかくかっこいいかもと見直しかけたのに、結局はお兄さんの物真似ですか!?

 思わず呆れる私だけど、周りの人達の目にはエルハルドの姿は頼もしく映ったようだ。

 

「まぁ、エルハルド殿下、ありがとうございます! これで再びここで怪我人の治療を再開できますわ!」

「あ、ああ……」

「王領地を民のために開放するというご英断、心より感謝いたします!」

「……」


 誰も彼もが喜んで、エルハルドの周りを笑顔で取り囲む。

 ちょっとクロヴィス殿下を真似してみただけなのに意外とみんなに感謝されてしまって、エルハルドは戸惑っているようだ。


「でんかー」

「こ、こら、カティ!」

「?」


 さらに群衆の中から、一人の女の子がヨチヨチ歩きでエルハルドに近づく。

 焼け焦げた服を着たその女の子の手には、これまた焼け焦げた花が一輪握られていた。


「でんか、ありがとーございます。カティのおとーさん、あらしのせいでケガしたの」

「そうか」

「でもびょーいんで、治してもらえるの。これ、お礼のおはな。カティが育てたのよ。でんかにあげます」

「も、申し訳ありません! カティ、だめよ。こちらは気軽に話しかけてよいお方ではないのよ」

「えー、なんでー?」

「………………」


 女の子の母親が慌てて女の子を止めるけど、エルハルドはそれを制して、女の子と同じ目線になる。

 黒い煤にまみれている花。普通の人ならゴミ扱いしてしまうかもしれないけれど。


「美しい花だな。ありがとう」


 すでにボロボロになった花を、エルハルドは笑顔で受け取った。

 エルハルドにもわかっているのだ。

 昨日の嵐の中、少女が自ら育てた花をどんな想いで――どれほどの必死さで持ち出したのか。

 そして宝物であるそれを、今わざわざ贈ってくれることの、意味を。


「カティ……といったか。おまえもいつかこの可憐な花のごとき美しい娘に成長するだろう。それまで父と母を大事にして、強く生きるのだぞ」

「でんか……」


 エルハルドは女の子の頭を優しく撫で、柔らかく相好を崩した。

 対する女の子はポーッと顔を赤くし、ひたすらエルハルドを見つめている。


 ぐはぁっ!!

 ここにまたエルハルドにハートを射抜かれた新しい犠牲者が!

 年頃の女子だけじゃなく、こんな幼女まで一瞬で惚れさせるなんて……フェロモン大魔王、恐るべし! ガクブル! ガクブル!


「……なんだ、嫌な奴だとばかり思ってたのに。ちょっとはいいところあるじゃないですか」


 そして私の横に立っていたルーナが、思わず、といった風に小声で呟く。

 驚いて視線を向けると、ルーナは焦ったように視線を逸らした。


「ほんのちょびーーーっとだけですよ! 見直したと言っても、ごま粒ほどの小ささですよ!」

「私、何も言ってないけど」

 

 必死に言い訳するルーナがおかしくて、私は苦笑してしまった。

 けれど実はルーナと同じことを、私も思っていたかも。



 民のために、古いしきたりを破って王領地を解放するという機転を利かせたエルハルド。

 少女が差し出した何の価値もない花を、美しいと言って受け取ったエルハルド。



 やっぱりゲーム内人気投票で一位を取るだけはあるなぁ……と。

 この世界のエルハルドが見せた意外な一面に、私は思わず感心するのだった。

 




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