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85 聖母の微笑と死神の影




 以前、王宮でお会いした時も思ったけど、マグノリア様という方の放つオーラはすごい。

 ぶっちゃけ、モブキャラのそれじゃない。

 当たり前って言えば当たり前なんだけど、この世界はゲームの世界によく似ていて、でも明らかに違う所がある。それは誰かが頭の中で創造した世界ではなく、実際にたくさんの人々が生きる世界だってこと。

 

 この世界で暮らす一人一人に歴史があり、思想があり、人生がある。

 私然り、公爵然り、デボビッチ家のみんな然り……。とにかく今まで出会った人全部。

 だからこそ『幻の王妃』と尊敬されるほど波乱万丈の人生を送ってきたマグノリア様も、人としての厚みが違うのだろう。

 マグノリア様は慈愛の微笑一つだけで、被災者達の心を溶かしてしまった。


「アストレー公爵夫人、あなたももしや被災者の支援に駆け付けてくれたのかしら?」

「は、はい。恐れ多いことながら。少しでもマグノリア様のお手伝いができればと思い、馳せ参じました」


 今の今までマグノリア様のことなんて忘れていたのに、私はいけしゃあしゃあと答える。

 だって仕方ないじゃない。ボランティア活動の経験値ゼロの雑魚キャラが、人格勇者LV100のマグノリア様に太刀打ちできるわけない。

 それによく考えればヴァルバンダ全土で慈善活動をしてきたマグノリア様だもの。今回のような災害時、真っ先に民の支援に乗り出すのも当然だ。

 つまりここはまず勇者パーティーを立てて、雑魚キャラパーティーはその補佐に徹するのが吉と見たわ!


「まぁ、ありがとう。デボビッチ家が率先して民の救援に手を貸して下さると言うならば、みなも安心するでしょう」


 マグノリア様はにっこりと微笑みながら、両手を広げて民に向かって話しかける。


「ご安心なさい。こちらにいらっしゃるアストレー公爵夫人は、領地で子供達のための学校を創設なさったほど徳の高いお方よ。きっと今回も、あなた達の良き救済者となってくれるでしょう」

「おお、マグノリア様がそう仰るならば……!」

「ありがたい……ありがたいことです……」


 マグノリア様の一言だけで、被災者の私達を見る目が変わった。さっきまでは私達を胡散臭そうに見ていたのに、今はまさに手のひらクルーして、私達の周りを取り囲み始めている。

 

「はぁ、さすがマザー・マグノリア……と言ったところですかな」

「でもこれでみんなの支援がしやすくなりましたね!」

「そ、そうね……」


 私達デボビッチ・雑魚キャラパーティーは、マグノリア様の影響力の凄さに感嘆するしかなかった。そして場の流れ的にマグノリア様の指導の下、救援活動を行うことになる。

 けれど。


(どうしてマグノリア様は、私がアストレーで学校を創設したことまでご存じだったのかしら? あんな片田舎での小さな出来事が、王都で噂になっているとは思えないんだけど……)

 

 唯一、ちょっと引っかかったのが、マグノリア様がなぜアストレー領民しか知りえない情報を知っていたのか――ということ。

 マグノリア様にとって、私は並み居る貴族の奥方の一人にすぎない。もちろん、マグノリア様のリサーチ能力が素晴らしくて、どんな小さな情報も見過ごしてないっていう可能性もあるけれど……。


「デボラ様、どうやらこの先少し行ったところにマグノリア様が設営したテントがあるようです。吾輩らもそちらに炊き出し場を設営したいと思いますが、いかがか?」

「あ、お願いするわ、ヴェイン!」


 でもそんな些細な疑問も、大事の前の小事。救援活動が本格的に始まった瞬間、頭から消し飛んでしまう。


「デボラ様ー、お待たせあるヨー!」

「あ、チェン!」


 さらに私達より遅れること少し、今度は非常食である米俵が大量に届いた。

 私はパンパンと自分の頬を叩き、改めて気合を入れ直す。


「さ、始めましょ!」

「はい!」


 こうして私達の被災者支援は始まった。

 下町の大広場に大規模な避難所が設営され、マグノリア様と彼女の小姓である【白木蓮(マグノリア)の子供達】、そして私たち雑魚キャラ・デボビッチチームが輪になってまずは炊き出しを始める。


 すると時間を追うごとに、力強い協力者が続々と現れ始めた。


「デボラ様、デボラ様自らが先頭に立って被災者を助けると聞いて、急いで駆け付けましたわ!」

「あ、エステル夫人!」


 まず最初に到着したのが、たくさんの医者と看護師を連れたエステル夫人だった。

 なんでもエステル夫人の外戚が病院を経営しているということで、私の書状を受け取ったエステル夫人は、急遽医師団を結成・派遣してくれたのだ。


「デボラ様、遅くなりました。外国の有志の中にも避難民の力になりたいという者が多くいたので、連れて参りました」

「まぁ、サブリエール伯爵夫人!」

「わたくし達もいますわ、デボラ様。一体何から始めればよろしいかしら?」

「ドルイユ伯爵夫人……それにマノン様まで!」


 社交サロンを経営するサブリエール夫人は、多くの芸術家や音楽家などをボランティア要員として連れてきてくれた。

 一方のドルイユ夫人は、他の貴族のご婦人方や多くの子女を、今回の救援活動に誘ってくれたそうだ。


「皆さん、ありがとうございます。こんなにたくさんの方々のご協力が得られるのならば、私も心強いです」

「何を仰るの。デボビッチ家の奥方様自らが下町まで出て被災者を助けているというのならば、私達もそれに倣わない手はございません」

「サブリエール夫人の仰る通り。力仕事は男達に任せて、わたくし達は食事の世話と、怪我人の手当に取り掛かりましょう」


 私の書状の効果があったのか、貴族の中からも続々と支援者が現れる。

 ああ、よかった。

 こんな私にもできることはあったんだ。


 そう安堵していると、今度は貴族以外にも協力者が現れた。


「あ、デボラ様!こちらにいらっしゃったんですね? 俺達にできること、ありますか?」

「リュカ!?」


 私達が炊き立ての熱々のお米を握っていると、ミュミエール洋菓子店のリュカが、先輩パティシシエを数人連れて助っ人に来てくれたのだ。プロの料理人が炊き出しを手伝ってくれると言うのだから、まさに百人力!


「ちょっと、食事が欲しいならちゃんとお並びよ! 腹を空かしているのはみんな同じだろ!? 大丈夫、天下のデボビッチ家が食糧を用意したんだ。間違っても食いっぱぐれることはないさ!」

「あ……、アマンダ、あなたこんな所で一体何してるの!?」


 しかもなんか群衆の中に一人口の悪い女性がいると思ったら、よく見ればそれはアマンダだった。

 そう、イグナーツの元恋人で、仮面舞踏会で妖艶な姿を見せていたアマンダ。

 アマンダはあの時とは違い町民らしい格好をして、数十人の男達を従えている。


「あら、デボビッチ家の奥方様じゃない。どうもこうもないわ。下町はあたしにとってふるさと。昔の仲間が困っていると聞いて、急いで駆け付けたってわけ」

「ああ、そう言えばアマンダって元下町劇場の看板女優さんだったっけ」

「ふふふ」


 アマンダはお色気たっぷりにウィンクすると、また柄の悪い言葉使いで人員整理を始める。


「ほら、そこ! 飯を受け取るのは女子供と老人が先だよ! 大の男が弱い者の飯を奪ってんじゃねぇよ!!」


 多分、あの言葉遣いのほうがアマンダの地なんだろう。威勢良く下町の人々を怒鳴りつける姿が、めちゃくちゃ様になっている。

 それに強面のお兄さん達を従えているアマンダが目を光らせているからか、今のところ力ずくによる強奪や、店舗を荒らす者は出てきていない。どうやら彼女達が自警団っぽい役割を果たしてくれるようだ。

 見た目と違い、意外と人情深いアマンダの活躍に、私は心から感謝した。


「デボラ様、こんなにたくさんの人が駆けつけてくれて、心強いですね!」

「ええ」


 炊けたばかりのご飯を握りながら、私はエヴァの言葉に笑顔でうなずく。

 この王都にやってきてまだ一か月と少しだけど、その間に広げたわずかな人脈がこんな風に役に立つなんて。やっぱり勇気を出して、アストレーから出てきてよかった……と思う。


「へぇぇー、これが”おにぎり”っていう奴ですか? 味付けは塩だけなのに、なぜこんなに美味いんですかねぇ?」

「!」


 しかもいつの間にか、炊き出しを行う女達の背後に、胡散臭いおっさんが立っていて、おにぎりを一つつまみ食いしていた。

 私はほとほと呆れながら、その人物に声をかける。


「ちょっとハリエット! ご飯が欲しいならあなたもちゃんと列に並びなさい!」

「すいません、デボラ様。俺も朝から取材取材で腹が減ってるんです。それにこういう大きな災害があった時こそ、俺達文筆家は走り回らなきゃいけない。てなわけで握り飯の一つくらい見逃してくださいよ」

「相変わらず口だけは達者だわね……」


 ああ言えば、こう言う。

 相変わらず神出鬼没のハリエットに、私は振り回されっぱなしだ。

 けれど彼の言い分には一理ある。災害の記録を後世に残すことは、被災者を救援するのと同じくらい大切だ。

 過去の災害を教訓にして、未来の防災に役立てる。

 時にペンが人を救うこともあるのだから。


「しょうがないわね。うちのチームにはあなたが来たら、いつでも食事を提供するようにって伝えておくわ」

「さすがデボラ様。人間ができていますねぇ。あの公爵にはもったいないくらいの奥方様だ」

「……ん? その言い方、あなたもしかしてカイン様を知ってるの?」

「おや、そんな風に聞き取れましたか?」


 ハリエットは指先についた米粒をぺろりと舐めて、いたずら気に笑う。


「いやなに、カイン=キール=デボビッチに関する噂は絶えませんからね。アストレーに引き籠る残虐非道な冷血公爵。相当な女好きで、今までコロコロと何度も妻を変えているとか」

「あのね、それ、嘘だから。全くのデマだから。というかハリエット、あなた以前私がチョビ髭と対決するところを見ていたでしょう? だったらカイン様に関する悪評が全部でたらめだってわかっているはず」

「そうですねぇ。でもまぁ、記者としてはデマだろうが何だろうが、面白い記事が書ければそれでいいんで」


 ハリエットは軽く肩を竦ませながら、テヘペロ☆した。

 けれど私はそんなハリエットを見て、久しぶりにチベットスナギツネ顔になる。


 あのね、それ、めっっっちゃキモいから。

 ごっっっつキモいから。

 はい、大事なことなので二回言いました。

 ここ、テストに出ますよ。

 エヴァくらいの年頃の女の子ならともかく、40過ぎたおっさんのテヘペロ☆なんて、マジ鳥肌しか立たないから……。


 私が思いっきり引いているのが伝わったのか、ハリエットは苦笑いしてから素早く踵を返す。


「おやおや、なんか呆れられてしまったみたいなんで、早々に退散しますかね。それではデボラ様、ごきげんよう。あ、張り切るのはいいですが、無茶だけはなさらないようにね♪」


 ハリエットはかぶっていた帽子を外し、一礼して去っていく。

 かく言う私はと言えば忙しさにかまけて、それ以降すっかりハリエットのことなどすっかり忘れてしまった。

 一見人好きするこの中年男が、実は最も警戒すべき人物だとは思いもせずに。



 ――そう、もしも。

 もしもこの時、私のそばに公爵がいたなら。

 ううん、せめてヴェインやコーリキのどちらかが、ハリエットと私が接触しているのを視認できていたなら。

 彼らはきっとハリエットをすぐさま捕縛し、デボビッチ家に連行しただろう。


 でもあいにくそうはならなかった。

 被災者の救援が何よりも優先されて、ハリエットはその他大勢の中にさりげなく溶け込んでいた。

 新聞記者だという彼の素性が虚偽だったと知るのは――全てが終わり、私が破滅ENDルートに乗った後のこと。



 ハリエット=コルヴォ。

 私にとっての死神は、いつの間にかこんな身近に存在していた。





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