79 第三皇子のスイーツ大作戦1
いや、言われなくても知ってたわよ?
ルーナが『きらめき☆パーフェクトプリンセス』のやんごとなきヒロインで、放っておいても次から次へと攻略対象と運命的な出会いを果たしてしまうってこと。
けれどそれに私が巻き込まれる必要があるかしら?
いえ、そもそも私がルーナに近づいてしまったこと自体が間違いなのかもしれないけれど。
「アリーはこのお店の常連さんで、よくここのテラスで顔を合わすんですよー。それで甘いものが好き同士、すっかり気が合っちゃって。今じゃすっかり仲良しさんなんです。ねー、アリー?」
「ねー?」
お互いに目を合わせながら小首を傾げるルーナとアリッツ、まさに子犬のような可愛さだ。対する私は無邪気にはしゃぐ二人を前にチベットスナギツネになりつつも、ドレスの裾を握り、丁重に膝を折った。
「これはこれはこんな所でアリッツ様にお目にかかるとは思いも致しませんでした。わたくしはデボラ=デボビッチでございます。どうかお見知りおき下さいませ」
「同じくロクサーヌ=スチュアートでございます。殿下に置きましては、ご機嫌麗しゅう」
私とロクサーヌが同時に頭を下げると、アリッツは慌てた様子で両手を振った。
「ああ、そういう堅苦しいのはいいですよ。僕は大好きなケーキを食べるために、お忍びでここに通ってるんですから。むしろ今日ここで僕と出会ったことは、あなた達の胸の内に留めてくれると幸いです」
「えっ!? デボラ様が頭を下げるってことは、もしかしてアリーって偉い人!?」
うはっ、出たぁ、ルーナの天然! やっぱりアリーが第三皇子とは知らずにいたのね!?
これはもしかしてルーナはアリッツルートに乗っていると言う事かしら?
実際、メインヒーローのエルハルドとはなぜか険悪の仲だし、王道ルートからは外れてるものね?
「ルーナ、こちらは第三皇子のアリッツ様よ。本当に知らなかったの?」
「え? 第三皇子? そうなの、アリー?」
「うん、今まで黙っててごめん」
アリッツは私達に椅子を差し出し、「こちらへどうぞ」と誘った。
さすが第三皇子がお忍びでキープするだけあって、このテラスは所謂VIPルームのようだ。第三皇子付きの騎士の姿は見えないけれど、近くの別室にでも控えているのかしらね?
とにもかくにもそのままの流れで私とルーナ・ロクサーヌの三人は、アリッツとお茶することになった。
「もう、そうならそうと言ってくれればいいのに水臭いなぁ。でも第三皇子であろうとなかろうと、私達がスイーツ好きの仲間であることに変わりはないわよね、アリー!」
「もちろんだよ、ルーナ。これからも変わらず僕と仲良くしてほしいな」
ニッコニッコと焼き菓子を頬張るルーナとアリッツは本当に幸せそうだ。毎度毎度のことだけど、ルーナの無知と度胸にはホント呆れるやら、関心するやら。でも大好きなケーキを喜んで食べている二人を見ていると、なぜかこっちもほっこりしてしまう。
そして和やかに午後のお茶を楽しんでいると、若い店員が巨大ないちごミルフィーユをワゴンに乗せて運んできた。
「お待たせしました。こちら本日の限定商品マキシマム・ド・ナポレオンでございます」
「やぁ、こんにちは、リュカ。今日も寄らせてもらってるよ」
「よぉ、アリー」
アリッツはケーキを運んできた若い店員に、親し気に声をかけた。
リュカと呼ばれた店員はアリッツと同じくらいの年で、私と同じ黒髪が特徴的な少年だ。ただ店員だと言うのに愛嬌はなく、ブスッと仏頂面だったけれど。しかも驚いたことに、リュカは第三皇子であるアリッツに対してタメ口だ。
私がアリッツとリュカを交互に見つめると、意図を察したアリッツがリュカを紹介してくれた。
「リュカは僕の友人なんです。このお店に通い詰めるうちに、パティシエの弟子として勤める彼と仲良くなって。このお店にいる間はスイーツ好きの友人として接してほしいとお願いしてあるんです」
「まぁ、スイーツが取り持った友情ということですわね」
「ええ、友人のリュカには素晴らしいパティシエになってほしいと応援してるんです」
さすがアリッツ。本編の庶民エンディングで自らスイーツ店を開いてしまうだけはあるわ。王族でありながら、三人いる皇子の中では一番身分差に対してしがらみがないみたい。
けれど笑顔満面のアリッツに対し、リュカはなぜか辛そうに顔を歪ませた。
「……ごめん、アリー」
「え?」
「この店一番の職人になるっていう夢、果たせなくなるかもしれない」
「………っ? どうして!?」
リュカの言葉を受け、アリッツは突然席から立ち上がった。リュカは口をもごもごさせながら、悲しそうに俯いている。
「えーと、今はお客さんの前だから、詳しい事情は後で……」
「なんでリュカの夢が果たせなくなっちゃうの? どうしてか教えてよ。あ、デボラ様、ちょっと入り組んだ話になっちゃうかもしれませんが構いませんか?」
「え、ええ……」
どうやらアリッツだけでなくルーナもリュカと顔見知りのようで、ガンガンリュカに対し突っ込んでいる。なぜか私やロクサーヌまで、リュカの悩み相談に乗ることになってしまった。
「実は今度、ある貴族様の推薦で新しい職人見習いが入門することになったんだ」
「それがどうしてリュカが夢を諦めることに繋がるんだい?」
「この店で勤められる見習いの数には制限がある。新しい者を雇う代わりに、見習いの一人が解雇されることになったんだ。それで……」
「今回あなたが解雇の対象になったと言う事かしら」
「……はい、お恥ずかしながら」
ロクサーヌが質問すると、リュカは悔しそうに下唇を噛んだ。
なるほど、店舗側には店舗側の事情があるのね。前途ある若者の夢が潰えてしまうかもしれないなんて、他人事ながら心が痛む。でも残念ながら、部外者である私が口を挟める問題でもなさそうだ。
「そんな……。リュカの味覚は天才的なのに、こんなことで夢を諦めなきゃならないなんてもったいなさすぎるよ」
「仕方ないよ。オレは所詮農民の出だし」
詳しい話を聞くと、どうやらリュカは貧しい農家の三男坊で、幼い頃は辺境の村で暮らしていたらしい。けれど甘いものが大好きだったリュカは自らの創意工夫で、自家産の小麦でオリジナルのクッキーを焼いて、村のみんなに配っていた。リュカオリジナルのクッキーはその美味しさからたちまち評判になり、村の名産品になった。その名産品を、たまたま旅行で地方を訪れていたミュミエール洋菓子店の関係者が口にし、王都の本店で修行してみないかとスカウトされたのだそうだ。
「でも俺より先に修行していた兄弟子達は、農民出の俺が気に食わなかったみたいだし、今回も真っ先に言われたんだ。底辺のおまえが辞めろ。それで全て丸く収まるって……」
「そんな……ひどいよ!」
「うん、ひどい、ひどいっ!」
「職人同士の足の引っ張り合いというところかしら。ひどい話ではありますが、よくあることでもありますわね」
「どうにか解雇を回避できる方法はないの?」
リュカが受けた仕打ちに対し、憤慨するアリッツとルーナ。そして状況を冷静に判断するロクサーヌ。私も何とかしてあげたくなって、思わずいらぬお節介を口に出してしまった。
「あるには……あります。もし解雇されたくなかったら、月末に店内で行われる品評会でみんなを唸らせるだけの新作ケーキを披露してみせろと言われました」
「なんだ、それならよかったじゃないか。リュカならきっと素晴らしい新作を作ることができるよ!」
アリッツは再び笑顔になりリュカを励ますものの、リュカは悲しみから怒りへと表情を変化させる。
「気楽に言わないでくれよ! 王都で何年も修行して、舌の肥えてる師匠や兄弟子たちを納得させることができる新作ケーキなんて、簡単には作れない! それでなくても解雇されるかもしれないって重圧で、新しいアイディアなんて湧いてこないのに……」
「リュカ……」
「ご、ごめん……」
リュカの恫喝にさすがのアリッツもしゅんとしてしまい、テラス中に重い空気が流れた。
あらあら、困ったわね。どうしたものかしら。
腕を組んで頭を悩ませていると、ふと隣から熱い視線を感じた。
――じーーーーーー………
何かもの言いたげに私を見つめているのは、誰を隠そうルーナだ。
ちょ、あなた、そんな風に人を見つめるのはやめなさい。
何か嫌な予感がして、私は思わず椅子の上で後ずさる。
「やはりここは、デボラ様のお力を借りるしかないですねっ!」
「えっ!?」
「だってデボラ様は困った人を放っておけないとても優しい方ですもの! ロクサーヌを助けてくれたように、今回もきっとリュカを助けて下さるに違いないわ!!」
「え!? それは本当!?」
「何か新作ケーキのいいアイデアが?」
ルーナのとんでもない提案を聞き、みんなは一斉に瞳を輝かせて私を見た。
ぎゃーーーっ! やめてやめて。私はスイーツに関してはド素人よ。いいアイデアなんて一つもないわ! 何でもかんでも面倒ごとを押し付けるのはやめてちょうだい!
助けを求めるようにロクサーヌに視線を投げると、ロクサーヌはニヤリと笑って何やらブツブツとつぶやいていた。
「いいですわね、これは何か金の臭いがプンプンします。デボラ様、私の直感が告げておりますわ。これはきっといい儲け話になるに違いないと……!」
「………」
私を助けるどころか、守銭奴モード全開になったロクサーヌはあっさり私を裏切った。
こうして私は半ば強制的に、第三皇子のスイーツ大作戦に巻き込まれることになったのだった。




