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73 仮面の下の毒に気をつけて1



 ロクサーヌの理不尽な婚約についての詳細を知りたい。

 けれどあからさまに怪しそうな仮面舞踏会に出入りして、公爵の怒りを買いたくない。


 二つの目的はまさに二律背反。

 水と油のように、混ざり合うことはない。


 さてはて、これからどうしたものかと頭を悩ませた私だけど、結局は一つの結果に辿り着く。



 ――仮面舞踏会に潜り込んだことが、公爵にバレなきゃいいんじゃない?



 そう、徳田〇之介と偽名を名乗り、め組に出入りしていた某暴れん坊将軍のように、お忍びで出かけてしまえば何とかなるんじゃないかと私は考えた。

 筋書きはこうよ。

 私はルーナからお茶会に呼ばれ、ロントルモン伯爵邸を訪れる。でもそこであいにく体調を崩し、急遽伯爵邸で一泊させてもらうことになる。

 つまり公爵家の目が届かなくなった夜、ハリエットの手引きに従い噂の仮面舞踏会に乗り込むっていう寸法。

 うん、我ながら完璧な計画だわ! 全てを秘密裏に行えば、公爵の怒りを買うこともないはず!


「いや、本当に大丈夫だか? デボラ様はご自分が思うよりもずっと間抜けですだに……」

「ちょっとレベッカ、世の中には直接口に出していいことと悪いことがあるのよ! デボラ様が案外抜けているのは事実だけど、なるべく本人がそれだと悟らぬよう婉曲に、且つソフトに伝えるべきことよ!」

「……………」


 頭の中で考えた作戦を、信頼しているエヴァとレベッカにだけ伝えてみたところ、早速このひどい言われよう。

 まぁ、素直で正直なところがあなた達二人の美徳よね。侍女に思いっきり間抜けと言われた私は、作り笑いが引き攣るけれど。


「だ、大丈夫よ。今回は絶対ヘマしないわ。私だってカイン様に怒られるのはいやだもの」

「デボラ様が決めたことなら、もちろん私達は従いますが……。でも危険だと思ったら、すぐに舞踏会から退場して下さいね。イルマさんがここにいたら、絶対反対してると思いますからね!」

「わ、わかったわ……」


 エヴァに念を押され、私は思わず正座しながらこくこくと頷いた。

 これじゃあどっちが主人かわからないなぁ……と思いつつも、作戦は決行されることになった。











「デボラ様、今日も素敵です! その仮面もとっても似合ってるし、なんだかワクワクドキドキしますね!」

「……」


 そして今、私はハリエットと待ち合わせたとある路地裏で、ロントルモン家の馬車に乗りながら待機している。


 ――なぜかニコニコと笑う、ルーナと一緒に。


 いや、最初は私もハリエットと二人で仮面舞踏会に忍び込むつもりだったのよ?

 けれどアリバイ工作にはルーナの協力が必須で「私もロクサーヌ様の力になりたいんです!」と言われれば、ルーナの同行を無下に断るわけにもいかなかった。

 結局今夜、私達は一緒に仮面舞踏会に参加することに。

 もちろん私の中には不安しかないわ。なんといってもルーナはゲームヒロインの宿命なのか、いわゆるトラブルメーカーだもの。

 私の目的はアマンダとの接触だけど、彼女と一緒で果たしてうまくいくかしら?


「そういえばルーナ」

「はい、なんですか、デボラ様!」


 私はふと、ルーナに視線を向け以前から質問しなければと思っていたことを口にした。なんだかんだで今日までルーナに直接尋ねることができなかったアノこと(・・・・)を。


「そのあなた、『きらめき☆パーフェクトプリンセス』……って知ってる?」

「きらめき………パーフェ? ………? 何ですか、それ?」

「………」

 

 ゲームタイトルに聞き覚えがなかったのか、ルーナはきょとんと可愛らしく小首を傾げた。仮面越しに見える菫色の瞳に、驚きや当惑の色はない。


「……何でもないわ。知らないならいいの」

「えー、そういう言い方される時になります! きらめきパーなんとかって何ですか? 今流行りの美味しいお菓子とかですか!?」

「………」


 ルーナは瞳を輝かせながら、私の体を軽く揺すった。

 これはルーナの演技なのかしら? それとも素の反応?

 どっちにしろ、今の時点でルーナが私と同じ転生者であるという可能性は薄くなった。これがもし演技だとしたなら、ルーナはアカデミー賞級の女優……だと思う。

 そんなことを考えながら会話していると、コンコンと馬車の外からノックが聞こえ、既知の人物がひょっこりと路地裏から姿を現した。


「どうもこんばんは、デボラ様、ルーナ様。お待たせしてすいませんね」

「あ、ハリエットさん、こんばんは!」


 待ち合わせ時刻通りに到着したハリエットは、サッと馬車の中に乗り込んだ。前回よりは派手な衣装を着ていて仮面をつけているからか、ぱっと見貴族の男性に見える。


「本日もお二人ともお美しい。ドレスは少し地味で、せっかくの美貌がもったいないかと思いますがね」

「私の目的はアマンダからイグナーツの話を聞くことだもの。むしろ会場であまり目立ちたくないの」

「まぁ、賢明な判断です」


 ハリエットはニヤニヤと笑いつつも、御者に声をかけて馬車を走らせた。その後、路地裏を10分ほど進んだところで、とある屋敷の前で停まる。屋敷の門の前には、屈強な警備兵らしき人物が数人立っていた。


「では参りましょうか、レディ。中に入ったら決して俺のそばから離れないようにお願いしますよ」

「わ、わかったわ」

「うぅぅ~、なんだかドキドキしてきた!」

「ああ、それから」


 ハリエットは悪戯気にウィンクしつつ、声を潜める。


「会場内でオレのことはヘンリーと呼んで下さい。デボラ様はディアナ、ルーナはリーンという偽名を使って下さい」

「りょ、了解よ」

「わっかりましたー♪」


 ルーナはうっきうっきな様子で、先生の指示を聞く小学生のように右手を上げた。

 はぁぁぁ、その天真爛漫な性格、本当に羨ましいわ。これから私達が乗り込むのは、魔物の巣窟かもしれないというのに。


 ハリエット曰く、今夜行われる仮面舞踏会に集まるのは、主に愛人や恋人を探す貴族達だという。

 つまり一夜の恋や、不倫相手を求める享楽の場。もちろん中には売春買春を斡旋する悪徳な輩もいるので十分警戒するようにと言い含められた。


「いらっしゃいませ」


 そして屋敷の玄関前に赴くと、仮面をつけた受付の男に合言葉を尋ねられる。


「黒き薔薇は新月の夜に美しく花開く」


 ハリエットが用意してくれていた入場用のチケットを渡し、例の合言葉を答えると、受付はすんなりと私達を通してくれた。

 ふぅ、いよいよね。なんだか緊張してきたわ。

 ランプが並べられた薄暗い廊下を通り抜ければ、ど派手でキラキラとしたダンスホールが現れる。その広いフロアでは仮面をつけた多くの男女がさざめき、軽やかなダンスを楽しんでいた。


「ではアマンダを探しましょう。いつもならばバー付近に陣取っているはずです」


 ハリエットは勝手知ったるという風に、私達の歩調に合わせフロアを縦断していく。

 その間も周りの人々からの視線を強く感じた。それはとても粘着質で、私達を品定めするような下種な視線だった。

 前回出席した舞踏会でも視線は感じたけれど、上級貴族だけが招待された王宮の舞踏会に比べ、今夜の仮面舞踏会楽しんでいるのは様々な階級な人々だ。アマンダのように貴族ではなく、小金持ちの庶民さえ紛れ込んでいる。それだけ危険な場所なのだと改めて警戒しつつ、私達は大人しくハリエットについていった。


「ごきげんよう、ビアンカ。今日も美しいね」

「あらヘンリー。今日は珍しく二人も美女を連れ歩いているのね。いつもはフラれてばかりのあなたが、どういう風の吹き回しかしら?」

 

 酒や飲み物を提供しているバーには、一人の女性とその取り巻きであろう男性達が屯っていた。

 ビアンカと呼ばれた女性は豊かな金色の髪を艶っぽくまとめ上げ、露出の多いドレスを着ている。仮面越しでもその色気は半端なく、まさにフェロモンの権化とも言うべきグラマラス美女。

 うん、彼女こそ私の探していたアマンダに違いない。ビアンカというのは私と同じく、身分や素性を隠すための偽名だろう。


「初めまして、ビアンカ様。私はディアナと申します。本日はあなたとお会いしたくて、ヘンリーに仲立ちをお願い致しました」

「あら? どうして私に会いたかったのかしら?」


 身分を悟られぬよう私のほうから膝を折って挨拶すると、アマンダはにっこりと妖艶な笑みを浮かべた。けれど仮面の下から覗く瞳は瞳は笑っておらず、冷たい色を宿している。


「実はビアンカ様が以前お付き合いしていたイグナーツ様について、少し話をお伺いしたくて」

「イグナーツ? ああ、そんな奴もいたかしら?」


 アマンダは細長いキセルのようなパイプを取り出し、ふうっとタバコの煙を燻らせた。そんな彼女を崇めるように周りの男達は耳元で何か囁く。


「実はイグナーツ様と婚約中のスチュアート家のロクサーヌ様と私は知り合いでして……」

「ああ、ちょっと待ちなさい、私は質問を許した覚えはないわよ」

「!」


 けれど話を始めようとした途端、強い口調で遮られる。アマンダは私からハリエットに視線を移し、ツンと真っ赤な唇を尖らせた。


「ヘンリー、私がこういう場で一番嫌うものが何か、知っているわよね?」

「ああ、もちろんだよ、ビアンカ」

「ならなぜこの女性達をわざわざ私の前に連れてきたのかしら? 不快もいい所だわ」


 そう語るアマンダの面からは笑みが消え、なぜかギンギンと強い敵意だけが返ってきた。

 あら? この雰囲気、もしかしなくてもなんかまずいかも……。

 当惑しながらハリエットを見上げると、彼はやれやれと肩を軽く竦ませている。


「君が君と同格の美女を嫌うのは承知しているさ。けれどこっちも切羽詰まった事情があってね」

「そんな事情など、私の知ったことではないわ」

「まぁ、そう言わずにせめて話だけでも」

「……今すぐ消えなさいと言っているのよ」


 さすが元女優。美女としてのプライドが高いのか、私とルーナの登場がお気に召さなかったようだ

 困ったなぁ。確かにこういう美を競うような場面で、自分以外に目立つ女がいたら、そりゃアマンダ的には許せないわよね。目立ってなんぼ、異性にちやほやされてなんぼの世界だもの。

 そんな中でルーナ本来の可憐さは仮面をつけていても隠しきれていないし、私に至っては……。

 いやいや、美女設定なのはゲームのせいで、私自身のせいじゃない。そこを気に食わないと言われても、マジ困るんですが……!


「そんなこと言わずに話だけでも聞いて下さいませんか? 私もデボ……いえ、ディアナ様も、本当に困っているんです!」

「あら、困ってるの? フフフ、それならなおさらあなた達の質問には答えたくないわ」


 おおおおおおおおっ、天邪鬼女王様キャラ、キターーーーーーーーーー!

 どうやらルーナの必殺技・人たらしキラキラビームも同性のアマンダには通用しないようだ。ならばと金銭と引き換えに、情報提供を申し出てみるものの。


「あのね、他人を馬鹿にするのも大概にしてちょうだい。私は今、お金には困ってないの。何のために金持ちジジィの後妻に入ったと思っているのよ? 全ては今までの人生を清算し、面白おかしく暮らしていくためよ」


 と、やはり取り付く島もない。

 私は思わず隣に立つハリエットを肘で小突き、ヒソヒソ声で話した。


「(ちょっとハリエット、なんか事前に聞いていたよりも難敵なんですけど!?)」

「(いや、だから言ったでしょ。アマンダはしたたかで計算高く、さすがの俺も情報を聞き出すのに苦労してるって)」

「(聞いてたけど、これじゃ全く話が先に進まないじゃない。私は今夜何としてでもイグナーツのことを聞き出さなければならないのよ! 日にちや時間をかけて説得する猶予もないし……)」

「(ですよねぇ……)」


 私達はいったんアマンダが陣取っているバーを離れ、テラス近くの壁際に移動した。私・ハリエット・ルーナで固まって、緊急作戦会議を開く。


「お金もだめなら、デボビッチ家の名前を出して頼んでみたらどうですかぁ?」

「それこそお忍びで、仮面舞踏会に潜り込んだ意味がなくなるってもんでしょ。デボビッチ家の奥方が愛人を探しに城下町の仮面舞踏会に通っているなんて下賤な噂を立てられた日にゃあ……」

「や、やめて、デボビッチ家の品位を下げるのだけは! もはや私だけの失態じゃなくなるわ!」

 

 ハリエットの予想に、私は思わずリアルムンクの叫びになった。

 デボビッチ家を巻き込むのはさすがにまずい。超まずい。それこそ公爵にお仕置きされるどころの話じゃなくなるわ!


「ならどうすればアマンダさんは、イグナーツのことを教えてくれるでしょう?」

「そうですねぇ、彼女が望んでいるものをこちらが用意するしかないでしょうね。彼女のプライドと虚栄心を満たしてやれば、こちらの質問にも答えてくれるかもしれません」

「でも彼女が望んでいるものって一体何?」


 ハリエットから謎解きを投げかけられ、私は思わず低く唸った。

 かつて下町の小劇場の看板女優だったというアマンダ=キャンデル。

 多くの男性を虜にするだろう美貌に恵まれ、結婚で富と名声を得、遊ぶ相手にも困らない立場にいる彼女が、本当に欲しているものって……。

 それに彼女の欲するものが分かったとしても、私が今すぐそれを用意できるとは限らない。


「参ったわね。八方塞がりよ……」

「デボラ様でも、さすがにお手上げですか」

「いえいえ、諦めちゃいけません何か手はあるはずです!」


 ルーナは必死に励ましてくれるけれど、そんなすぐに打開策は浮かばない。

 ましてや私が仮面舞踏会に潜入できるのは、今日が最初で最後……。


 これは一体どうしたものか悩みまくっていた――その時だった。


 不意にダンスホールの中央あたりから「おおおお……!」と一際大きなどよめきが起こる。


「きゃあああ―っ! エル様~、次は私と踊ってぇぇ!」

「だめよ、エル様は次は私と踊るのよ!!」

「エル様、こっち見てぇぇーーー! きゃあぁぁぁーーー!」


 突如ダンスホールはアイドルのコンサート会場と化し、周りの女性達の間から黄色い声援が飛び交った。その視線の先では、一人の淑女と男性が優美な音楽に合わせて華麗なステップを踏んでいる。

 『エル様』と呼ばれた、その金髪のイケメン――

 仮面越しでも、彼の面影には見覚えがあった。


「ちょ、デボラ様、もしかしてあれ……!」

「しっ、ルーナ、視線を合わせちゃだめよっ!!」


 私は金髪イケメンを指さしているルーナの口を慌てて両手で塞ぎ、さらに壁際奥に移動した。

 どっと背中から嫌な汗が噴き出し、心拍数が急上昇する。

 あの異様ともいえるイケメンオーラに、女性を瞬時に虜にする圧倒的なカリスマ。

 今、私達の前に現れたのは、できればもう二度と会いたくないと思っていた人物だ。


(し、信じらんないっ。まさかあいつが、こんないかがわしい場所に出入りしてるなんて。な、なんであんたがこんな所にいるのよ、エルハルドォォォーーーッ!!)


 ――そう、仮面越しに次々と女性達を魅了する仮面舞踏会のプリンス・エルは、あのエルハルド第二皇子。


 この場で絶対に目を合わせてはならない、超危険人物だった。






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