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70 取り巻きを攻略しましょう2



「デボラ様、こんなところでお会いするなんて奇遇ですね! 私達、きっと運命の親友同士なんだわ、きゃっ!!」

「……………」


 私の姿を見つけるなり駆け寄ってきたルーナは、まさに天使の笑顔だった。

 対する私は久しぶりにチベットスナギツネの顔になり、口の端がヒクヒクと引き攣る。

 あーあ、どうして会いたくもない人物と、こう悉く出会ってしまうのかしら。

 これもヒロインと悪女というゲーム設定の宿命と言われれば、所詮それまでだけど。

 

「あれぇ? デボラ様、なんだか元気がない。もしかして具合でも悪いんですか?」

「ええ、まぁ、少々頭痛が……。というか、誰が誰の親友と仰ったかしら?」

「そんなの、私とデボラ様に決まっているじゃないですか! もう、水臭いなぁ!!」


 ルーナはやおら私の手を握ると、それをぶんぶんと勢いよく振り回した。

 すごいわね、このポジティブ・シンキング。私がこれほど露骨に嫌な顔をしているのに、ルーナはちっともへこたれた様子がない。むしろ私に会えて、本当に嬉しいといった表情だ。


「それよりルーナ様」

「様なんて仰々しい。ルーナでいいですよぅ」

「えと、じゃあ……ルーナ」

「はい、なんですか!」


 ――にこにこにこ。

 まるでご褒美を待つ秋田犬のように、ルーナの背後にパタパタと揺れる尻尾が見える気がした。

 うっ、これが乙女ゲーのヒロイン力って奴ね。できれば彼女と疎遠にしていたい私も、その無垢な笑顔の前では冷たい態度を取りづらいわ。

 そもそも私、ゲーム内のルーナってそんなに嫌いじゃなかったのよね。典型的な乙女ゲーのぶりっ子ヒロインではあるけれど、素直な彼女の行動には共感できるところも多かった。だからこそ飽きずにゲームもフルコンプ。彼女はいわば、プレイヤーの分身でもあるのだから、私的には嫌いになる要素がなかったと言える。


「えーと、色々ツッコミたい所はあるけれど、まずは質問よろしいかしら?」

「はい、なんでもどうぞ!」

「あなたはどうしてウィルフォード学園ではなく、この社交サロンにいらっしゃるの?」

「あー、それはですねぇ……」


 ルーナは視線を左右に動かしながら、可愛らしく苦笑した。ゲーム設定どおりなら、彼女はウィルフォード学園に通うはずなのだ。それがどうしてこの時期、社交サロンなんかに出入りしているんだろう?


「実は編入試験に落ちちゃいまして……。私、元々庶民で教養もないから仕方ないです。それで今は伯爵家で家庭教師についてもらって色々勉強してるんですけど、社交界のことも学ぶ必要があるからって、この社交サロンを紹介してもらったんです」

「そ、そうだったの。悪いことを聞いたわね……」


 私はルーナの話に相槌を打ちながら、内心激しいめまいを覚えていた。

 ちょ、編入試験に落ちるって、何よそれ。ゲームの根本設定から崩れてるじゃないの。

 なんでそんなとこだけ、この世界は現実的なのかしら。そこは異世界チート能力、もしくは金の力で、無難にウィルフォード学園に入学、でいいと思うんだけど。


「で、一応また春に編入試験を受ける予定です。でもこの社交サロンの皆様もみんな優しくて、いい人ばかり! デボラ様にも会えるし、ここに通っていて良かったです! あ、皆さんにデボラ様のことご紹介しますね!」

「え、ちょ……」


 そう言いながらルーナはぐいぐいと私の手を引っ張って、長椅子で歓談しているご婦人グループのところへ私を連れていく。今日初めて社交サロンを訪れた私は、ルーナのペースに振り回されるしかない。


「皆様、今日は私の大事なお友達を紹介します。デボビッチ家のデボラ様です!」


 ルーナと私が連れ立っているのを見て、ご婦人達は羽扇で口元を隠しながら軽く会釈した。

 ん? なんだかまた頭の先から爪先まで、不躾にジロジロと見られているような……。

 この社交サロンに訪れた直後から、なぜか私に対して好意的でない視線を感じてた。どうやらそれは気のせいではなく、事実だったようだ。


「デボラ様、こちらがバシュラール子爵婦人、その隣がドルイユ伯爵夫人、私のすぐ手前にいらっしゃるのが、ドルイユ伯爵夫人の御令嬢のマノン様です」

「初めまして皆様、デボラ=デボビッチです。こちらは私の付き添いのエステル伯爵夫人。新参者ですが、何卒よろしくお願い致します」

「こちらこそ公爵家の奥方様と知り合えて、光栄ですわ」


 社交辞令的な挨拶は済ますものの、ご婦人グループと私の間には、何か見えない壁のようなものがある。その証拠に会話は全く弾まず、一瞬シーンと沈黙が落ちる。

 一体どうして?と私が戸惑っている傍らで、ルーナが客間の入り口のほうに向かって大きく手を振った。


「あ、それともう御一方、ご紹介したい方がいるんです。こんにちはー、ロクサーヌ様!」

「えっ!?」


 なんと、ルーナが口にしたのは私の探し人の名前だった!

 慌てて振り返ると、確かにこちらに向かって一人の令嬢がまっすぐに歩いてくる。

 間違いない。ゆるくウェーブがかかった茶髪に、少し釣り目がちなエメラルドグリーンの瞳。ゲーム内でデボラの取り巻きだった、ロクサーヌ=スチュアート嬢、その人だ。


「ごきげんよう、ルーナ様。本日もとても元気ですね。私にもその元気を少し分けてもらいたいですわ。……あら?」


 ルーナに話しかけられたロクサーヌは、にっこりと人懐っこい笑顔を浮かべた。けれどすぐに横に立つ私に視線を移し、表情を硬くする。


「ロクサーヌ様、こちらデボビッチ家のデボラ様です。本日初めてこちらにいらしたそうですよ!」

「まぁ、あなたが噂の……。私はスチュアート男爵家のロクサーヌと申します。不束者ですが、以後お見知りおきを願います」


 ロクサーヌは早々に挨拶を済ませると、長椅子に座るご婦人方のほうにサササッと移動した。おかげで私との間に距離ができ、またまた微妙な空気が流れる。


「えーと……」

「……」


 なぜみんなに避けられるのかわからなくて、私は思わず隣に立つエステル夫人と視線を合わせた。けれどエステル夫人も首を横に振っていて、何が何だかわからないといった風だ。


「もう、皆様! デボラ様にそんなにつれない態度を取らないで下さい! 私何度も言ってますよね。日頃サロンで流れてるデボビッチ家の噂なんて、きっと大嘘に違いないって!!」

「デボビッチ家の噂?」


 そんな局面に一石を投じたのは、ぷんぷんと可愛らしく怒るルーナだった。

  噂とは一体何のことだと不思議に思っていると、その噂の元はすんなり判明した。






「で、あるからにぃ! 現在のデボビッチ家の当主など、泥棒猫も同然なのです。その新しい奥方というのも、とんだアバズレでしてなぁ!」


「はぁっ、なんですって!?」





 突然聞こえてきた罵声に、私は思わずメンチを切った。その形相はまさに悪役に相応しい、おどろおどろしさだったと思う。

 見れば、私達から少し離れた場所にカードゲームを楽しむ紳士の集団が。

 その中心には恰幅のいい一人の男性がデデンと鎮座している。



 ――そう、それはまさにチョビ髭。


 いつぞやアストレーのデボビッチ家に乗り込んできた、前当主の息子ニール=ゼンド=ドピング伯爵だったのである。



(はぁ? なんで奴がこんなとこにいるのよ!? ……っていうか、そういえばドピング伯爵家では奥様と不仲で、そのせいでチョビ髭は領地ではなく王都に入り浸ってるって前にハロルドが言ってたわね。なるほど、あいつ、普段はこんなところに出入りしているのね……)


 私は紳士グループで声高に話すチョビ髭をガンガンに睨みつけた。けれどチョビ髭は私の存在に全く気づいていないようで、意気揚々とデボビッチ家の悪評を笑顔でばらまいていく。


「元々あのカインという男は本家筋でもない、妾女の血筋でしてな。汚い手を使ってデボビッチ家の家督を手に入れてからは、まさにやりたい放題。奴の悪政でアストレーの領民達は、日々苦しめられているのです! 私はその様を自分の目ではっきり見ておりますからなっ」

(………はぁ!? 悪政? それはあんたの親父の代の話でしょうが!)


 私は閉じたままの扇を叩き折らんばかりの力で、ぎゅっと強く握りしめた。

 よーし、よーし、これでいつでもチョビ髭にツッコミを入れる準備は万端よ。

 その減らず口、この扇で殴って一気に黙らせてやるわっ!


「それにみなさんご存じの通り、カインは大の女好きでしてな! あの男、コロコロと妻をとっかえひっかえしては、飽きたらその妻を闇に葬っている。先日も新しい妻を迎えたばかりでしたが、この女もまた正統な後継者である私に対し、無礼な態度を取る無教養で粗野な女でした。あの女の命も、きっとそう永くはないに決まっております。ざまあみろ、ガハハハッ!」


 まさに得意満面とばかりに、ありもしない話を楽しげに語るチョビ髭。

 まぁ、百歩譲って私のことを貶めるのはいい。けれど公爵に対する名誉棄損行為だけは黙って見ていられない。

 私はこの社交サロンを訪れた当初の目的を忘れて、チョビ髭のほうへとつかつかと近づいていった。


「デ、デボラ様……」

「止めないで」


 私が纏うどす黒いオーラに気づいたのか、エステル夫人が慌てて声をかけてくるけれどもう遅い。私の怒りゲージはとっくにMax。

 ちなみに悪役モードに入った私を見てルーナは「デボラ様、なんだか素敵……!」と瞳を輝かせ、逆にロクサーヌをはじめとするご婦人方はドン引きしている。


「それにあのカインという男、そもそもモルド=ゾセから野蛮な難民の受け入れを許可していて、それがどれほどアストレーの治安を悪くしているか……」

「――我が夫・カイン様がどうか致しまして?」

「っ!?」


 背後からドスの利いた声で話しかけると、チョビ髭はびくっと体を強張らせた。

 どうやら私の存在をようやく視認したようで、目が合うなり醜く顔を歪める。


「ゲッ、お前はカインの……!?」

「初めまして、皆様。デボビッチ家のデボラ=デボビッチでございます。どうやら当家についての話題が弾んでいたようですが?」


 私がにっこりと悪女の微笑を浮かべると、それまでチョビ髭と楽しく話していた紳士達の表情が見る見るうちに引き攣った。

 ある者は私から目を逸らし、ある者は煙草に火をつけ、ある者は適当な言い訳を理由に場を中座しようとする。

 そりゃそうだ。社交サロンでの噂話とは言え、四代公爵家の当主を堂々と虚仮にすることができる人間なんて、そうそういるはずがない。


「ドーピング伯爵、我が夫に対する根も葉もない誹謗中傷は控えて頂きたいですわ。理由もなく人を貶めれば、その代償は大きく自分の身に跳ね返ってくるものだという自覚はおあり?」

「ふんっ、君こそいい加減私の名前を正しく覚えたらどうだね? 私はドーピングじゃなく、ドピングだ!!」


 チョビ髭は丸みのある腹をドンと前に突きだし、全く反省した様子がなかった。むしろ私が現れたことで、彼の戦闘本能に火が付いたようだ。


「あら、これは失礼いたしました、ドピング伯爵。ですが我が夫・カイン=キール=デボビッチに対し、誤解を生むような発言は控えて頂けますか。カイン様はアストレーの領民達にも慕われる、素晴らしい領主です」

「はっ? あの男が素晴らしい領主? そんなわけが無いだろうがっ!!」


 私は腰に両手を置いて仁王立ちし、ドピングも口にしていた葉巻をぐりぐりと灰皿に圧しつけ椅子から立ち上がった。

 まさに社交サロンの一角には緊急雷警報が発令。私とチョビ髭の間で激しい視線の火花が飛び散る。



 ……あーあ、ロクサーヌを探しに来たのに、何がどうこんがらがって、こんなことになってるのかしら?

 けれど大勢の貴族が集まる社交サロンで、意図的に公爵の悪評を広めるチョビ髭をこのまま黙って見過ごせない。

 愛する夫(仮)の名誉と尊厳を守るため、私は自らの足で意気揚々と戦いのリングへと上る。

 


 そしてカーンと第一ラウンド開始を告げるゴングが、華やかなサロン中に鳴り響いたのだった。






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