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69 取り巻きを攻略しましょう1



「デボラ様、こんなところでお会いするなんて奇遇ですね! 私達、きっと運命の親友同士なんだわ、きゃっ!!」

「……………」


 それは王都でも有名なサブリエール伯爵夫人の社交サロンに初めてお邪魔した時のこと。

 なぜかそこには極力関わりたくないと敬遠していたはずの少女の姿があった。

 ルーナは私を見つけるなり、あの天使の笑顔で駆け寄り、恥ずかしそうに体をもじもじさせている。

 ああ、神様、私一体何かしでかしましたか?

 ルーナに会うたびに自分がゲーム通りの破滅フラグを立てているんじゃないかと、気が気でなくなる私は――

 ……そう、稀代の悪女・デボラ=デボビッチです……。




               ×   ×   ×




「うーん、どうしたものかなぁ……」


 ルーナに再会する少し前に遡り。

 新年を祝う舞踏会が終わった後、私は今後どうすべきか、ひとり頭を悩ませていた。

 王都にやってきたのは叔父様やセシルを闇に葬った黒幕の正体を暴き、延いては夫である公爵の命を守りたいから。

 ゲーム通り未亡人になんかさらさらなる気がない私は、公爵夫人として社交デビューすれば、何か情報が手に入るんじゃないかと期待していた。何せ私には前世のゲーム知識があるんだから、それがいいほうに役立つに違いないと、ある意味高を括っていた。


 だが現実はそう甘くない。

 むしろしょっぱい。

 イカの塩辛並みのしょっぱさだ。


 情報が手に入るどころか、なぜか『きらめき☆パーフェクトプリンセス』の主人公・ルーナと、現実では絶対絡みたくないキャラナンバー1であるエルハルドと出会うことになってしまった。

 しかもルーナは私の夫(仮)である公爵に一目惚れしたようだし、エルハルドは私にちょっかいかけてくるし……。

 

 はぁ、マジで頭が痛いわ。なんでこんなことになってるの。


 舞踏会が終わった後、礼儀知らずのルーナからはお茶会の誘いが頻繁に来るわ、王宮からはエルハルドの名で定期的に花が贈られてくるわで、相変わらずトラブルは継続中。

 おかげで私だけでなく公爵まで、いつも超不機嫌よ。

 最初は危なくない範囲で交友を広めてもいいと言ってくれていた公爵も、くるりと手の平返して「やっぱりしばらく屋敷から出るな」と態度を硬化させちゃったし。

 おかげで私は舞踏会以来、デボビッチ邸で絶賛引き籠り中。これじゃ一体何のためにわざわざアストレーから王都に出てきたのか、わからなくなるわ。


「デボラ様、元気がねぇですな。おら達が何かの役に立てればええんだけど……」

「それとまた懲りもせず、エルハルド殿下からお花が届いてます。いかが致しましょう?」

「お花に罪はないもの。適当に花瓶に挿して飾ってちょうだい」

「わかりました」

「ああ、イライラする。いい加減殿下も私をからかうのに飽きてくれないかしら」


 私は午後のお茶を飲みつつ、はぁと大きくため息をついた。ここのところ元気がない私を、エヴァやレベッカも心配してくれている。

 面倒臭いことこの上ないのは、エルハルドから花が届くたびに、私が直々にお礼状を書かなければならないこと。さすがに第二皇子からの贈り物をシカトするわけにもいかなくて、社交辞令的な返礼だけはしている。

 でもこんな事態が延々と続けば、ますますゲーム設定から離れていってしまう。私は今後の対策を練るべく、テーブルに何枚かのメモ用紙を広げた。


(問題はすでに『きらめき☆パーフェクトプリンセス』のゲーム自体が開始してしまっているということよね。つまり何らかのシナリオが動き始めてしまっているということ。迂闊に動けば、ルーナやエルハルド以外の攻略キャラに出会ってしまう可能性もある。これ以上、他の攻略キャラと絡むのは避けたいわ。事態が複雑になるだけだもの……)


 私はガリガリと自分のゲーム知識をメモ用紙の上に書き出していく。

 私が出会ってしまった『きらめき☆パーフェクトプリンセス』の登場キャラは主に三人。主人公のルーナと、ゲーム内ではメインヒーロー扱いのエルハルド、それから国一番の人格者と称えられるマザー・マグノリアだ。

 さらに気を付けなければならないのは、王宮で出会いイベントが発生してしまう王国騎士団長・グンヒルド、ショタコンユーザー御用達キャラの第三皇子アリッツ……あたりかしら。

 他にも隣国モルデニカの皇子・アザードや、謎の大富豪・ヴィンセントなども攻略キャラに含まれているけど、この二人は先日の舞踏会では影も形も見なかった。

 ゲーム内の学園パートでは、イグニアー家の三男で宰相の息子であるレオナルド、芸術家志望の後輩・シャルル、明るく快活な伯爵家の子息・ディーンなどの攻略キャラが登場するけれど、こちらは学園に近づかなければまずは出会う要素がない。

 ……うん、少しずつ情報が整理されてきた。

 私はさらに、メモ用紙に攻略キャラ以外のモブの名前を付け足していく。


(逆にゲームに出てきたキャラで、今後私の力になってくれそうなキャラと言えば……。そう、やはり彼女しかいないわ!)


 私はメモ用紙に書いたあるキャラの名前を、丸で囲んだ。

 

 ロクサーヌ=スチュアート男爵令嬢。

 彼女もまたいわゆるモブキャラだ。

 

 デボラ=デボビッチの取り巻きの一人で、ゲームの中ではデボラと一緒にルーナをいじめる役回りだった。

 でもロクサーヌは身分こそ低いものの、実家のスチュアート一族が大きな商会を経営していて、いわゆる成金富豪。すでにウィルフォード学園を卒業していて、現在19歳である彼女は、夫となるべき男性を探して婚活しているはず。つまり社交界ではそれなりに顔が利く存在なのだ。そんな彼女と親しくなれれば、社交界での噂も入ってきやすくなるはず。


(それに彼女に近づきたいのには、もっと明確な理由がある。昔、マーティソン家が主催したパーティーの招待客の中に、スチュワート家のご婦人とロクサーヌがいたような気がするのよね……)


 そう、これも記憶が戻ってから思い出した事の一つ。

 マーティソン家で使用人同然の扱いを受けて、華やかな場からは遠ざけられていた私だけど、一度や二度は遠目に招待客の姿をチラ見したことくらいはある。その中にロクサーヌがいたような気がするのだ。

 もしかしたらロクサーヌ、もしくは彼女に近しい人から、マーティソン家でどんな接待を受けていたのか……とか、何か叔父様に怪しい商売を持ち掛けられたことはなかったか……とか、事件にまつわる具体的な話を聞けるかもしれない。

 だから私は何としてでも、ロクサーヌとお近づきになりたいのだ!


(でもなぁ、問題は彼女とどこで知り合い、どうやって仲良くなるか……なのよね。確かゲームの中で、彼女は守銭奴キャラだったっけ……)


 私は腕組みしつつ、ロクサーヌと知り合うための算段を考える。

 悪役・デボラ=デボビッチの取り巻きというだけあって、ゲームの中でのロクサーヌはとにかく金・金・金。お金が大好きな強欲キャラだった。

 逆に言えば金払いさえよければ、こちらに協力してくれる人物とも言える。

 そんな彼女とどうにか接触できないかと頭を悩ませていると、王都の貴族事情に詳しいソニアが助け舟を出してくれた。


「は? 個人的に交友したい人物がいる? ならば一度どこかの社交サロンに出かけてみるのもいいかもしれません」


 ソニア曰く、現在王都は社交シーズンではない。頻繁に夜会やパーティーなどは行われないものの、領地に帰らず王都に残った一部の貴族達は社交サロンに集まり、暇を持て余しているのだそうだ。


「最近はサブリエール伯爵邸で開かれているサロンが人気のようです。主賓の伯爵夫人がたくさんの音楽家や詩人などを集めていて、もっぱら芸術論に花を咲かせているのだとか。もしも社交サロンにお出かけになりたいのでしたら、一度エステル夫人にご相談してみたらいかがでしょうか。きっとサブリエール夫人に話を通してくださると思います」

「なるほど! さすがソニアね。 あなたみたいな優秀なメイドがいて本当に助かるわ!」

「は、はぁ、ありがとうございます……」


 私がテンション高めに手を取ってお礼を言うと、ソニアは相変わらず微妙な反応しか返してこなかった。

 うーん、まだまだ王都の使用人達とは、あまり打ち解けていないわね。これも今後の課題の一つだわ。


 ……とまぁ、とりあえず今はロクサーヌのほうを優先することにして、私は早速行動を開始する。

 名付けて『ゲーム通りの取り巻きをGetするぞ大作戦!!』

 どうか今回こそ予想外のトラブルなど起きず、万事うまく行きますように……!




               ×   ×   ×





 初めて訪れることになったサブリエール邸のサロンでは、優美な音楽が流れていた。あちらこちらで豪奢な衣装に身を包んだ紳士淑女がさざめき合っている。

 なるほど。なにかの漫画で読んだ有閑マダムっていうのはこんな感じかしら。

 エステル夫人に仲介を頼み初めてその場に足を踏み入れた私は、慣れない雰囲気に思わず身を固くした。

 

「初めまして、デボビッチ夫人。ようこそ我がサロンへ。私が主のマリエ=サブリエールでございます。当家には異国より招いた音楽家や詩人も数多おります。どうかのんびりとお寛ぎ下さいね」

「ありがとうございます。こちらのサロンの噂はかねがね耳にしており、以前から興味がありましたの。わさわざ招待して下さった伯爵夫人には心より感謝いたしております」


 邸を訪れてすぐ、私は随伴してくれたエステル夫人と一緒にホストであるサブリエール伯爵夫人に挨拶した。サブリエール夫人は40代を少し過ぎた美しい女性で、なんと4か国語を扱う才女でもあるらしい。他国の芸術や学問にも造詣が深く、彼女を慕う多くの貴族達がこのサロンに通い詰めているのだそうだ。

 サブリエール夫人との初対面を無事終えた私は、エステル夫人と一緒にサロンの中を見て回ることにした。


「この伯爵邸では主に3つの客間と中庭へと続くテラスがゲストのために開放されていますの。まずはメインの客間のほうに行ってみましょう」

「いつもありがとうございます、エステル夫人。王都の社交事情に疎い私は、いつも助かっておりますわ」

「ふふふ、むしろ前回の舞踏会ではお役に立てず、ご迷惑をおかけしてしまいました。今回こそデボラ様の役に立ってみせますわ」


 エステル夫人は軽くウィンクして、茶目っ気たっぷりに微笑んでみせた。私もその笑顔に、笑顔を返す。

 サブリエール邸は室内の意匠も凝っていて、小部屋にはカードゲームやチェスなどの遊戯台・休憩用の長椅子が並べられていた。そこで遊興に耽っていた貴族達が、遠巻きに私に視線を投げてくる。


「ほら、ご覧になって。あれはもしかして噂のアストレー公爵夫人……」

「ほぅ、あの引き籠り公爵の新しい女か」

「なるほど、話に聞いていた通り、見目だけは美しい女だな」


 ――じろじろじろ。

 その視線はどれも好意的ではなく、むしろ排他的でさえある。


 あら? 私、何かやったかしら?

 特に嫌われるような覚えをしたことがない私は、客間を横切りながら首を傾げる。

 ――と、その時。



「あぁぁぁー! デボラ様だ! お久しぶりですぅぅぅ!!」

「!」



 客間のある集団の中から、私に向かって大きく手を振る一人の令嬢がいた。

 それは言わずもがな、ルーナ=ロントルモン。

 できればもう二度と関わりたくないと願っていた人物だった。








今後の更新は不定期となります。

予めご了承くださいませ~m(_ _)m

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