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68 舞踏会が終わったその後に



 その後、マグノリア様がいらしてると聞いて、一度退出されたゴンウォール陛下が再び大広間の中央サロンに現れた。

 二人は親しげに手と手を取り合い、満面の笑顔になる。

 

「まさか今宵あなたまでが舞踏会に出席して下さるとは。長らくお顔を拝していなかったが、お元気なようで何よりだ」

「それはわたくしの言葉でございます、陛下。お互い寄る年波には勝てぬもの。まだまだ元気なうちに旧交を温めたいと思い立ち、突然ではございますがこうして参内させて頂きました」


 まさに宴もたけなわ……と言った感じで、マグノリア様は陛下へのご挨拶を済ませ10分ほど歓談した後、すぐまた舞踏会会場を後になさった。

 それを合図に舞踏会もお開きとなり、ぞろぞろと貴族達が退出し始める。

 私と公爵も再び控室へと戻ったけれど、なぜかルーナまで私達の後をついてきて、相変わらず頓珍漢なほうにベクトルを走らせていた。


「カイン様、デボラ様、今日は本当にありがとうございました。お二人に出会えたことが、私にとっては今日一番の収穫でした!」


 ――にこにこにこ。

 そう言って、私と公爵に向かい感謝の言葉を述べるルーナ。

 けれどルーナの眼中に私の姿なんてない。キラキラと輝くその瞳は、公爵だけをまっすぐに見つめてる。


「カイン様、今度はいつお会いできますか?」

「いや、再び会う機会はない。俺はこの手の会に、ほとんど出席しないからな」

「え、そうですかぁ……。それは残念……」


 バッサリと公爵に斬られ、ルーナはしょんぼりと項垂れる。

 その間も私は内心ハラハラしていた。

 だってどこからどう見ても、ルーナが公爵に惹かれているのは一目瞭然。『きらめき☆パーフェクトプリンセス』で次々とイケメンを落としていった最強ヒロインが、まさか自分の夫に恋してるなんて認めがたい事実だわ。

 公爵に限って……とは思うけれど、これほどまでにルーナから好意を示されたら、どんなイケメンでも落ちちゃうんじゃないかしら?

 そう私が不安になるのも、無理のないことだと思う。


「それじゃあデボラ様とはお会いできますか? せっかくなんで、私と友達になって下さい!」


 そう言って、ルーナは私の前に右手を差し出した。

 ぐはぁっ! ちょっとやそっとのことじゃめげないのが、ルーナの強み。公爵本人がだめなら、今度はその妻である私を標的にしてきたみたい。

 でもね、ルーナ。その手を簡単に握り返すことはできないわ。できればあなたが私と同じ転生者なのかどうか確かめたいけど、みんなの目がある中ではさすがに無理だし。

 それに公爵は既婚者なの、既婚者! 早い話が私の夫! 

 お願いだから公爵のことは、今すぐここですっぱり諦めてちょうだい!


「畏れながらロントルモン伯爵令嬢様、デボラ様は公爵夫人、私達の女主でございます。そのような一方的な物言いは、いささか不遜ではございませんか」


 さすがにルーナの暴言に我慢できなかったのか、そばに控えていたソニアが渋面で苦言を呈した。本来ならば公爵家より身分の低い伯爵家の令嬢のほうから、『友達になりましょ!』なんて軽々しく言えるはずがない。けれど無知を武器に変えてしまうのが、ルーナの恐ろしい所なのだ。


「えー? どうしてですかぁ? デボラ様、私と友達になるのいやですか?」

「え………」


 ソニアの忠告も耳に入らないのか、ルーナは大きな瞳を極限まで見開いて、きょとんと私を見返してくる。

 うっ、やめて、天使のようなあどけない顔でキラキラビームを放ってくるのは。

 ここで「ええ、いやよ」と拒絶したら、まるで私のほうが悪役じゃないの。

 


「ルーナ様、そこで何をしておいでです? 公爵家の皆様が困っていらっしゃるではありませんか!」



 そこに青い顔をしながら現れたのは、ルーナの教育係のシャタロフ夫人だ。今までずっと彼女を探していたらしい夫人の額は、汗でびっしょり濡れている。


「この度はルーナ様を保護して頂きありがとうございました。私の教育が行き届かぬゆえのご無礼、何卒お許し下さいませ」

「え? 私何かした?」


 相変わらずきょとんとしているルーナに無理やり頭を下げさせて、シャタロフ夫人は謝罪を繰り返した。まさに平身低頭といった感じで私や公爵のみならず、ソニア達お付きのメイドにまで深く頭を垂れている。そこまでされたら許さないわけにもいかず、私は思わず苦笑いを零した。


「お顔を上げて下さいシャタロフ夫人。今夜、初めて夜会に出席したのはわたくしも同じ。至らぬところがあったのはお互い様ですわ」

「ありがとうございます。デボビッチ家の皆様の恩情に、心から感謝いたします」


 シャタロフ夫人はそう表情を緩めると、半ば力ずくでルーナを引きずり、自分達の控室へ連れ帰った。肝心のルーナは「また会いましょうね!」と、めげずに最後まで私達に手を振っていたけれど。


 はぁ、これでようやく落ち着けるわ。そう胸を撫で下ろしたのも束の間――



「失礼致します、こちらデボビッチ家の控室で間違いございませんでしょうか」



 一難去ったと思ったら、また一難。

 気づけばルーナと入れ替わりに、今度はエルハルド付きの護衛騎士・リゼルが控室の扉近くに立っていた。しかもその手には、なぜか真っ赤な薔薇の花束が握られている。


「エルハルド殿下から今夜の出会いを記念して、デボラ様にこちらの花をお贈りしたいと言付かって参りました」

「え」


 思わず「そんなんいらんわ……」と、口に出してしまいそうなところをグッと堪える。

 見ればリゼルが運んできた薔薇は、恋人達の庭にだけ咲くと言われるロイヤル・ローズ……。つまり超特別で高級な薔薇だった。エルハルドに憧れている令嬢ならば涙を流して喜ぶ国宝級のプレゼントだけれど、そんな特別な薔薇を私がもらう謂れはない。

 というか、私の隣に立つ公爵の周りの空気がまた10度ほど下がった気がするんですけど……。すぐ隣でブリザードが吹き荒れるのがわかっていて、大人しく薔薇を受け取るほど私はバカじゃないわ!


「まぁ、美しい薔薇ですこと。けれどこちらを頂く訳には参りません。このような美しい品は、殿下の未来の妃となる女性にプレゼントするのが相応しいかと存じます」

「デボラ様ならそう仰ると思いました。申し訳ありません。私も殿下をお止めしたのですが」


 私がプレゼントの受け取りを辞退すると、リゼルは苦笑いしながら、あっさりと引き下がってくれた。

 よかった。エルハルド自身は非常識の塊だけど、周りの従者はちゃんとした常識人で。これで無理やり薔薇を押し付けられでもしたら、またろくでもない噂が宮廷内に飛び交うところだったわ。


「それから殿下は、またデボラ様にお会いできる日を楽しみにしていると仰っておりました」

「オホホホ、夜鳴鶯(ナイチンゲール)夜鳴鶯(ナイチンゲール)らしく、大人しく自分の巣に籠もることに致しますわ。殿下に声をお聞かせする機会は、もう二度とないかと思います」


 遠回しに「もう二度と近づいてくんじゃねぇぞ、ゴルァ!」と答えると、リゼルは肩を揺らしながら笑った。「ここまではっきり、殿下のお誘いを拒絶したのはあなたが初めてです」……と言うけれど、むしろ既婚者である私が殿下にホイホイついていったら、それはそれで大問題でしょうが!


「……………帰るぞ」

「は、はいっ」

 

 そしてリゼルが薔薇を持ったまま退散する頃には、公爵のご機嫌は斜めどころか垂直にまで降下していた。

 私は付き添いを引き受けてくれたエステル夫人にもう一度感謝の意を告げ、その後ようやく車寄せから帰りの馬車に乗り込む。


「……………はぁ、めちゃくちゃ疲れた」


 馬車の中で公爵と二人きりになった私は、ぐったりという表現がぴったりなほど疲労困憊していた。

 とにかく予想外のことが起こり過ぎて、肉体的にも精神的にも負荷がかかり過ぎた。特にルーナとエルハルドと出会ってしまったことは、計算違いもいい所だ。


「……デボラ」

「は、はいぃっ! カイン様今夜はどうもすいませんでしたっ!!」


 私は向かいに座る公爵に対し、慌てて頭を下げる。

 さっきから公爵の周りには絶対零度の冷気が漂い、彼の怒りをひしひしと肌で感じていた。自分の失敗を自覚している私としては先手必勝、平謝りするしかない。


「今夜は私の軽率な行動のせいで、カイン様を困らせてしまい申し訳ありませんでした! 今後はもう二度と同じ過ちを起こさないよう気を付け……」

「何か過ちがあったのか? エルハルド殿下と?」


 やや食い気味に、公爵が私の言葉に質問をかぶせてきた。

 ひっ、ひぃぃぃっ! 久しぶりの魔王モード発言に、私は内心ビビる。超ビビる。


「あ、過ちなどあるはずがございませんわっ! 殿下とは偶然中庭でお会いしただけです!」

「にしては、やけにお前に執着しているように見えたが」

「め、迷惑この上ないですっ!」


 私は両手に力を籠め、全力でエルハルドとの疑いを否定する。

 エルハルドとの浮気を疑われるなんて冗談じゃないわ。ゲームのデボラと違って、今の私は尻軽じゃない。

 それになんだか私ばかり責められてるけど、公爵だってなぜかルーナと一緒だったわよね? 私のことを追求する権利が公爵にあるのかしら?


「そういうカイン様こそ、どうしてルーナ嬢と知り合われたんですか?」

「偶然だ、偶然。他意はない」


 公爵は窓の縁に肘をかけ、気怠るそうに答える。私は無意識に眉根を寄せ、その言葉の意味を考えた。

 本来ゲーム内に登場するわけでもなく攻略キャラでもない公爵が、ヒロインのルーナと出会い恋に落ちるなんてシナリオ有り得るのかしら? 

 これは何かのフラグなのかもしれないと、元ゲームオタクの私が疑うのも自然な流れではないかと思う。


「……どうした、難しい顔をして。まさか妬いているのか?」

「や、妬いてなどいませんわっ!」


 さらに公爵に予想外のことを聞かれ、私は慌てて否定してしまった。

 まさに売り言葉に買い言葉。

 ここで素直に嫉妬してましたなんて言えるほど、私は可愛い性格じゃない。


「そういうカイン様こそ、エルハルド殿下に嫉妬なさったのではないですか?」

「ああ、そうだな。あいつにはムカついた」


 ――へ?

 苦し紛れに同じ質問を返せば、あっさりと予想外の言葉が返ってくる。

 自分の耳を疑いながら公爵に視線を戻せば、熱を孕んだ金の双眸がまっすぐに私を射抜いていた。

 刹那、私の体温と心拍数が一気に急上昇する。


「カ、カインさ……」

「デボラ」


 さらに公爵の言葉に動揺していると、向かいの席からあっという間に距離を詰められ、馬車の中でいきなり壁ドンされた。席から立ち上がり私を自分の両腕の中に捕らえた公爵は、私の黒髪をそっと指先で掬い取る。

 

「この髪に、あの男は触れたのか」

「い、いいえ、カイン様」

「この肌に」

「触れられておりません……」


 私は唇を震わせながらも必死に答える。

 公爵の指先が黒髪から私の顎へと移動し、やがて少し乾いた唇へと到達した。

 

「この唇には」

「カ、カイン様にしか許したことはありません」


 そう答えると、それまで厳しかった公爵の視線がほんの少し和らいだ。

 よかった、これで少しは機嫌を直してくれたかしら。

 内心ホッとして、無意識に微笑を浮かべた一瞬の後、



「だから無防備になるな」



 突然、瞳をぎらつかせた公爵から、食らいつくような激しい口づけを受けた。



「―――――――っっっっ!?」


 

 これで三度目。

 公爵からのキスはいつも突然。

 必ずと言っていいいほど予測不可能なタイミングで飛んできて、私をパニックに陥れる。慌てて軽く身を捩ってみても、すぐに手首を掴まれて背後のソファに縫い止められた。

 はじめは角度を変えるだけだった口づけはすぐに深くなり、濡れた口づけの音は私の耳を火傷させる。

 さらに生理的に浮かんだ涙を拭きとるように、公爵の唇が私のまなじりを掠めた。

 それから滑るように、頬、耳、顎のライン――そして首筋に、公爵の生温かい舌が這っていって。

 気づいた時には首筋に吸い付かれるどころか、軽く歯を立てられていた。


「……い、いたっ……っ」


 走った痛みに身体を軽く跳ねさせれば、私の手首を拘束する力が緩み、公爵の悪戯な手が今度は胸から腰のラインを表面的になぞりだす。


 ぎゃ、ぎゃぁぁぁーーっ! こ、これはさすがにまずい! 

 これ以上は18禁ラインです、公爵!

 お願いだから、早く正気に戻って下さいぃぃぃーーー!


 私はなけなしの力を振り絞り、座ったまま両足をバタバタさせた。

  公爵の真意がわからず混乱の極致に達していると、突然馬車全体が大きくガタンッと傾ぐ。


「カイン様、デボラ様、屋敷に到着致しました」

「!」

「!?」


 天の助けか、はたまた悪魔の気まぐれか。これ以上ないほど最高のタイミングで馬車はデボビッチ邸玄関前で停まった。

 さすがコーリキ。咄嗟に馬車の中の怪しい雰囲気に気づいたのか、すぐに扉を開けるようなことはせず、私達主夫婦の指示を外でじっと待っている。


「……ちっ」


 この段になってようやく、公爵は舌打ちしながら私の体を解放してくれた。

 とは言っても突然の口づけに、私は違う意味で疲労困憊。気恥ずかしさも重なって、思わず公爵をギロリと睨んでしまう。

 

「ひどいですわ、カイン様……」

「何が?」


 何がって……全部よ、全部!

 しれっと何もなかったような顔をしている公爵に、私は思わず噛みついてしまう。

 そもそもなんで予告もなく、私にキスするかなぁ?

 これじゃあ期待するなと言われても、到底無理なんですけど!


「いいか、デボラ、二度目はない」

「は?」


 けれど公爵は私の疑問に答えることもなく、一方的に告げる。

 ――にやり。

 その不敵な微笑は、まさに魔王のごとき禍々しさで。




「また同じような過ちを繰り返してみろ。その時はこんな軽い仕置きじゃ済まないからな。覚悟しておけ」

「――」


 




 し、仕置きって……


 これ以上のお仕置きって一体何かなぁぁぁーーーー!???





 

 あまりの恐ろしさで私はこの時点で全ての思考を強制放棄し、とにかくもう絶対エルハルドには近づくまいと心に誓う。

 

 こうして波乱含みの舞踏会は――公爵の爆弾発言と共に――ようやく幕を閉じたのだった。





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