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64 波乱の舞踏会5



 墓穴を掘る、っていう言葉、知っているかしら?

 ええ、つまり自分が身を滅ぼすような状況を、自分で作ってしまうことの例え。

 今まさに、私は自分で墓穴を掘ってしまったわ。

 まさか、ここでエルハルド第二皇子と出会ってしまうなんて。


(というか、この出会いイベントは元々ヒロインであるルーナのためのものでしょう!? それがなんで私に置き換わってんの!?)


 満月が煌々と照る中、噴水の近くで休憩を取っていたらしいエルハルドは、私に向かって艶然と微笑んだ。

 その微笑はまさにフェロモン200%充填済み。乙女ゲープレイヤーを一目で虜にする悪魔の微笑だ。


(うっ、さすが『きらめき☆パーフェクトプリンセス』の人気投票で三連覇を果たした男。キラキラ輝いている! キラキラ輝いているわ! 大事なことなので二回言いました……じゃなくて!)


 私は自分で自分にツッコミを入れつつ、今自分が置かれている状況を必死に頭の中で整理した。

 王宮で舞踏会が行われる中、道に迷ったルーナが『恋人達の庭』に辿り着き、第二皇子のエルハルドに出会うのはファンの間でも有名なエピソードだ。

 とにかくこの時のスチルが美麗で、エルハルドの登場に胸をキュンキュンさせた乙女ゲープレイヤーは数知れない。当時の人気ナンバー1声優がボイスを担当していたこともあって、エルハルドは『きらめき☆パーフェクトプリンセス』の人気キャラ一位の座を不動のものにしたのだ。

 あ、ちなみに私は以前説明したとおり、皇子様系よりはクール系を真っ先に攻略するタイプ。エルハルドは私の好みからは少しずれているのよね。


「おや、もしかして緊張している? できればその甘い声で囀ってほしいな、俺の夜鳴鶯(ナイチンゲール)


 私がごちゃごちゃ考えている間にも、エルハルドは私との距離を詰め、親し気に声をかけてくる。

 いやいや、夜鳴鶯(ナイチンゲール)ってなんなのそれ。普通の女子ならばときめくセリフも、今の私にはうすら寒い台詞にしか聞こえない。

 なぜならこの乙女ゲープレイヤー人気ナンバー1キャラ・エルハルドの属性は、いわゆる『女たらし』だからだ!


『今までたくさんの女性と恋をしてきたけれど、本気で愛したのは君が初めてだ。まさかこの俺が本気で誰かを愛する日がやってこようとは……』


 これよ、これ!

 女たらし属性のキャラお決まりのセリフは、乙女ゲープレイヤーに『今まで誰にも本気にならない男を本気にさせた!』という優越感を与えてくれるらしい。

 『きらめき☆パーフェクトプリンセス』以外の乙女ゲーでも、フェロモン女たらし系のキャラはかなり人気が高い。それだけ需要があるということね。

 けれど。


(うわ、ないわー。100パーセントないわー。初対面の女を夜鳴鶯(ナイチンゲール)と呼べるその感性、吉〇のコントでも有り得ないわー……)


 すでに夫に恋している私には、エルハルドの甘い台詞は全く心に響かない。

 むしろ誠意のない上辺だけの言葉は、空々しさに拍車をかけるだけ。

 それに恋多き男と言えば聞こえはいいけど、それって早い話がヤ〇〇〇(ピーー)(自主規制)ってことじゃないの。


「おや、俺の何がお気に召さないのかな?」

「!」

 

 一向に私が反応を示さないことに焦れたのか、エルハルドの面からスゥッと笑みが消える。

 おっと、いけないいけない。思いっきりドン引きして、頬の筋肉を引き攣らせている場合じゃなかったわ。

 腐っても今目の前に立つのはこの国の王族であり、王位継承権第二位保持者。私はドレスの裾を握り、軽く膝を折った。


「これはこれはエルハルド殿下。殿下がこちらで休憩されているとはつゆ知らず、とんだご無礼を致しました」

「――俺の名を知っているのか」

「もちろんでございます。我が国の至宝、気高き第二皇子であらせられるエルハルド殿下。不調法者はすぐに立ち去りますゆえ、どうかお許し下さいませ」


 そう言って私はすぐに踵を返し、恋人達の庭を立ち去ろうとする。

 本来ならばここで出会ったルーナとエルハルドはお互い急速に惹かれ、月明かりの下、優雅にワルツを踊るのだ。

 けれどここで私がエルハルドと踊らなければいけない義理なんてないし、むしろ全力でお断りしたい。さっさとこの場を逃げ出すのがベストだと判断した。


「おやおや、不調法者だと言うならせめて名乗っていかれたらいかがかな、夜鳴鶯(ナイチンゲール)。このままでは俺はこの庭で出会った女性は幻だったのかと、一晩中悩んで過ごすことになりかねない」


 だけど私の塩対応がさらにエルハルドの機嫌を損ねたのか、再度強い口調で呼び止められる。

 くっそ、表面上だけでも、エルハルドに見惚れている演技をしておくべきだったかぁぁぁ。

 この手の男って女が自分に夢中になるのが当たり前だと思ってるから、つれない対応されると逆に意固地になるのよね。

 どうやら私は選択を誤ってしまったようだ。


「これは失礼致しました、殿下。わたくしはデボラ。デボラ=デボビッチと申します」

「デボビッチ?」


 私の名を聞いた途端、エルハルドの眉尻がピン、と真上に跳ね上がった。

 じろじろと言う不躾な視線が全身に刺さり、その居心地の悪さに私も笑顔を維持するのが難しくなる。


「なるほど、先ほど大広間で噂されていた美女とはあなたのことか」

「噂?」

「なんでもあの偏屈で有名なアストレー公爵が初めて公の場に連れてきた奥方は、この世の物とは思えぬ美しさだとか」

「……っ!」


 いやぁぁぁぁ、なんかそこまで褒められちゃうと気恥ずかしいというか、なんというか……。

 意図せず、私の頬がパッと桜色に染まる。

 どう反応したらいいかわからず戸惑っていると、エルハルドがすぐ目の前まで近づいた。そして。


「なるほど、あなたの髪はまるで黒絹のように艶めいていて、肌は本物の真珠のような白さだ」

「お、畏れ入ります」


 エルハルドは私の髪に手を伸ばして、その先をスッと意味ありげに(くしけず)る。

 心の中で『気安く触んじゃないわよぉぉぉ!』と思いつつも、私はエルハルドの前でなんとか淑女の礼をとり続けた。


「それに夫に操を立てているのか、その貞淑な装いも逆にあなたの色香を際立たせている。隠されれば隠されるほど、その本性を暴きたくなるのが男の(さが)というもの。なるほど、淑女と娼婦。アストレー公爵は、相反した魅力を持つあなたに惹かれたのだろうな……」


 エルハルドは、唇に弧を描きながら不敵に笑った。

 ひぃぃぃーーーっ! 今すぐ泣いてもいいですか? 泣いてもいいですか?

 なんか今のセリフ、私の脳内では『隠されれば隠されるほど逆に脱がしたくなる』に、自動変換されたんですがーーー!!


 『きらめき☆パーフェクトプリンセス』内でエルハルドが圧倒的に人気だった要員は、彼のこの独特な台詞回しにある。

 実はエルハルドは18禁スレスレの……。

 つまりエッチな台詞が多いのよね。

 さすが『かつて落とせぬ女は一人もいなかった』とキャラ紹介でも書かれる色男。

 『きらめき☆パーフェクトプリンセス』の二次創作で散々いじられただけはあるわ!



「――殿下。そろそろ会場に戻られませんと」

「!」



 ここで、天からの助けが現れた。

 今までどこに控えていたのか、エルハルド付きの近衛騎士が声をかけてきたのだ。

 助けを求めるように振り向けば、二十代の茶髪の近衛騎士と目が合った。おそらく第二皇子付きの専属騎士だろう。


「殿下、ご夫人が困っておられます」

「ああ、わかった、わかった。リゼル、相変わらず無粋な奴だ、お前は」


 リゼル、と呼ばれた騎士の後ろには、さらに三人の騎士が付き従っていた。

 ようやくこの場から立ち去れそうだと、私はホッと胸を撫で下ろす。


「ではデボラ夫人、お手をどうぞ」

「へ?」


 だけど急いで立ち去ろうとした私の前に、エルハルドが片手を差し出した。

 さすがにその手を払いのける勇気はない。


「道に迷ったんだろう? ついでだからあなたをアストレー公爵の元までお送りしよう」

「……っ!」


 よ、余計なお世話ですーーー!

 ……ときっぱり断ることもできずに、私は再び頬をひくひくと引き攣らせた。

 よりにもよってエルハルドにエスコートされて、公爵の元に戻るなんて冗談じゃない。それこそ自殺行為じゃないの!

 なのにエルハルドはニヤニヤと意地悪気に笑って、さらに「どうぞ?」と再び片手を私に差し出す。


 ああ、神様。なぜソニアの忠告を聞かずに一人でルーナを探しに出てしまったのか。

 この上なく痛い判断ミスを犯した私は、後悔先に立たずと思いつつも、心の中で滂沱の涙を流すのだった。














「まぁ、あれをご覧になって。なんて美しい……」

「まるで光と影、美しいコントラストを見ているようですわ」

「しかしエルハルド殿下が連れているのは、確かデボビッチ家の奥方ではないか?」

「いやいや、エルハルド殿下は相変わらず大胆不敵でいらっしゃる……」


 エルハルドに連れられ再び大広間へと足を踏み入れると、当然私達は衆目にさらされることになった。

 あのね、私は言ったのよ! できれば大広間ではなく控室に戻りたい、と!

 けれどエルハルドはその言葉を無視し、まっすぐこの大広間へと足を運んでしまった。しかも針のような視線が大量に飛んできても、一人平然としている。


 ああ、頭が痛い。エルハルドと一緒に姿を現した私を、人々は好き勝手に噂するだろう。

 『夫を蔑ろにし、第二皇子に色目を使った女』とか。

 『男に媚を売ることが得意な女』とか。

 人々の憶測が勝手に独り歩きし、私の悪評へと繋がっていくのは簡単に予想できる。

 全ては軽率な自分の行いが原因とは言え、ゲーム設定どおりの悪女になってしまうのは、やはり御免被りたい。

 

「そんなにむくれないでくれ、可愛い人。美しい女性を連れ歩いて、皆に自慢したいというのは男として自然な欲求だろう?」

「ええ、殿下。それが妙齢の未婚の女子なら微笑ましい光景でございましょう。ですが既婚の私を連れて歩くことに、どれほどの得がございます? むしろ殿下の評判を下げるだけだと推察いたしますが。……というか、あまり顔を近づけないで頂けます? その香水が臭いので」


 表面上は笑顔で歓談しながらも、私はエルハルドに嫌味を炸裂させた。

 ぶっちゃけ、失礼な態度でエルハルドに嫌われても私は痛くも痒くもない。

 むしろ公爵の政敵に当たるエルハルドには、今後もなるべく近づきたくないのだ。

 これ以上の面倒ごとに巻き込まれたら、また公爵に叱られる。

 いや、すでに巻き込まれているでしょうというツッコミはなしの方向で。


「ふーん、淑女の仮面をかぶるのは止めにしたのか? 意外と気が強いんだな」

「気の強い女がお嫌いなら、どうか捨て置き下さいませ。手痛い火傷をせぬ内に」


 オブラートに包みながら『これから無闇矢鱈に近づいたら、容赦なくぶっ飛ばすぞ! ゴルァ!』と伝えたつもりだったけれど、あいにくとエルハルドには伝わらない。むしろ彼の関心を引いてしまったみたいだ。


「なるほど、あのアストレー公爵がわざわざ公の場に引っ張り出しただけはある。……興味がわいてきた」

「いや、わかなくて結構です」


 ゾゾゾと背筋に寒いものが走り、私は今すぐこの場から逃げ出したくなった。

 けれど衆人環視の中ではそれも叶わず。

 夫である公爵の姿を探しながら、大広間をゆっくりと縦断していく。

 ――と。




「本っっっっ当にありがとうございました、カイン様! 私、感動しました! カイン様の優しさ、生涯忘れませんっ!!」

「!」


 

 不意に、探し人の声が大きく響いて、私は思わず瞠目した。

 目の前にできた大きな人垣――その波を割って入ると、そこには愛しき夫と、その夫の手を嬉しそうに握る少女(ルーナ)がいる。



「……デボラ?」

「……カイン様」



 私はエルハルドに手を引かれ。

 公爵はなぜかルーナとペアになっている。


 それはまるで本来隣にあるべきパートナーを、互いに交換したかのようで。


 ――はぁ? これって一体どういうことなの!?

 誰かこの状況を、一から説明して下さい!!




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