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62 波乱の舞踏会3



 腰の辺りまで伸びた髪は金色に輝き、長い睫毛に縁取られた瞳はすみれを彷彿させるような紫色。

 すらりと通った鼻筋と桜色の唇。それらのパーツは小さく纏まりながらも見事な黄金比で整い、彼女の可憐さをより引き立てている。


 ……と言うのは『きらめき☆パーフェクトプリンセス』の登場人物にあった解説文。プレイヤーの分身となる主人公は、これでもかっていう美少女設定てんこ盛りだった。

 だけど実際生きている人間として目の前に立たれると、その威力は半端ない。

 デボラも相当な美女設定だったけど、それとは真逆の方向性でルーナは光り輝いている。ただしヒロインの宿命なのか、彼女は相当なドジっ子属性でもある。


「まぁまぁ、ルーナ様。なんてことでしょう。ロントルモン家の控室はこちらでございますよ」

「ごめんなさい、こんな華々しい場所初めてだから、ちょっと慌てちゃって!」

「ルーナ様、何度も申し上げている通り、人に謝罪する時は『ごめんなさい』ではなく『申し訳ございません』と仰るべきです。ああ、今から頭の痛いこと……」


 ルーナを追いかけて小言を言っているのは、彼女の教育係のシャタロフ夫人。

 ルーナは元々庶民育ちだから、貴族としての教養は皆無。そんな彼女はシャタロフ夫人やウィルフォード学園で淑女教育を受け、次々と攻略キャラを陥落させていくわけだけれど、それはあくまで学園に入学する4月から。

 けれど今は1月。新年が明けたばかり。彼女が社交界に登場するのは、本来ならば三カ月後のはず――


(いやいやいやいや、ちょっと待って! これってどういう事!? ルーナがここに登場するってことは、ゲームのスタート設定が早まったってわけ!?)


 私はルーナの姿を見て焦った。

 超焦った。

 そりゃそうだろう。

 だって私はルーナが表舞台に登場する前に未亡人となる自分の運命を変えようと思っていたんだから。

 けれどルーナがここで登場したということは、『きらめき☆パーフェクトプリンセス』はすでに始まっているということになる。つまり基本設定そのものが、本来のゲームとかけ離れてしまうということだ。


「おい、デボラ、どうした? 顔色が悪いぞ」

「!」


 動揺が顔に出たのか、公爵が気遣わしげに私に声をかけた。私はハッと我を取り戻し、無理やり笑顔を浮かべてみる。


「な、何でもございませんわ。やはり初めての舞踏会で少し緊張していたようです」

「そうか。でも無理はするな」


 公爵はよろよろとしている私の体を片手で支えてくれて頼もしい。私は小さく深呼吸しながら、とにかく心を落ち着かせようと試みた。


(どうしてルーナが本来の予定より早く、表舞台に現れたかはわからない。でも考えてみたら、私がデボラに転生していること自体がそもそもイレギュラーよね? つまりここはゲームと同じような異世界でありながら、ゲームと同じ世界ではないということ。うーん、これは改めて対策を練り直す必要があるかも……)


 そう内心焦りながら、私は廊下を去っていくルーナの後ろ姿を見つめた。

 彼女の容姿は人目を引くため、私だけでなくたくさんの貴族が彼女とすれ違うたびに立ち止まる。

 超愛されヒロインが放つ絶大な存在感に私は不安を覚え、これは厄介なことになったかも……と、無意識に天を仰ぐのだった。











 そして舞踏会が始まり、私と公爵が大広間へと入場したのは一時間後のことだった。

 舞踏会では位の高い者が後から悠々と入場するのが慣例となっているため、四大公家であるデボビッチ家は、最後のほうでの登場となったのだ。


「枢密院書記長アストレー公爵閣下、ならびに、ご夫人」


 廊下に控えていた典礼官が私達の名前を告げ、大広間へと続く扉を開いた。

 次の瞬間、会場中の人々の注目が私達に集まる。もちろんそれは物珍しさゆえ。

 滅多に社交界に姿を現さない偏屈な公爵と、彼が初めて公の場に連れてきた五番目の妻。

 うん、どう見ても上野のパンダ並みのレア度です。本当にありがとうございました。

 ならばパンダはパンダらしく、とことん愛嬌を振りまいてみせようじゃないの!


「ごきげんよう、エステル夫人。今夜は場に不慣れな妻がご迷惑かけると思うが、よろしく頼む」


 まず最初に公爵が話しかけたのは、今夜私の後見人役を務めてくれるエステル夫人。このような場では身分の高い者から話しかけるのが常識で、入り口付近で待っていてくれたエステル夫人は軽く膝を折る。


「こちらこそ今夜はよろしくお願い致します。デボラ様の後見を務められるなど、身に余る誉れでございますわ」


 しばらく社交界から遠ざかっていたエステル夫人だけど、やはりその所作は優雅で美しい。私は内心それを手本にしようと思いながら、にっこりと微笑んだ。


「ありがとうございます。今夜、エステル夫人と同じ時間を過ごせることを、とても嬉しく思います」

「ふふふ、それはこちらのセリフですわ。それに今夜の公爵閣下とデボラ様は、まるで物語に出てくる貴公子と貴婦人のよう。そばに立つ後見役の私など霞んでしまいそうですわ」


 ウフフフ、ホホホホ……、と歯が浮くような社交辞令を交わしつつ、私達はゆっくり大広間の外側を歩いていく。

 中央では、若い貴族の子息や令嬢が優雅な音楽に乗ってくるくると踊っていた。

 その間も周囲からは不躾な視線が矢のように飛んでくる。


「おお……、なんと美しい……」

「あのような女性が、このヴァルバンダに存在していたとは……」

「さすがアストレー公爵閣下、美女を発掘するのがお得意なようだ」

「しかもあの若さ。公爵閣下が羨ましい……」

 

 周りがどよめく度、私をエスコートする公爵を取り巻く空気がだんだん不穏になっていった。おかげで不用意に私達に近づく者はなく、やがてバルコニー近くの壁際へと到着する。


「デボラ様、見えますか? ちょうど東側ホールに陣取っているのが薔薇派のイグニアー公爵夫人とその取り巻き達。西に陣取っているのが剣派のカニンガム公爵夫人とその取り巻き達。一歩下がって大階段下に陣取っているのが月派のチェスター公爵夫人とその取り巻き達ですわ」

「なるほど……」


 エステル夫人の解説に深くうなずきつつも、実は遠目では誰が誰やらさっぱりわからない。

 ただわかるのは煌びやかにドレスアップした女性達に、ギンギンに睨まれているということだけ。

 多分向こうでは「新参者のくせに図太いわ!」だとか、「この社交界を牛耳るのは誰なのか教えてやりましょう!」とか、そんな口汚い会話が繰り広げられているんだろう。

 あ、ちなみにこれ、ゲーム内でデボラがルーナに対して言ったセリフね。

 今さらながらゲーム内のデボラって、本当に性格悪いわー。


「やぁ、アストレー公爵、並びにそのご夫人。今日は舞踏会への出席、ありがとう」

「!」


 そして私達夫婦が壁の花を気取っていると、人垣を割ってある人物が目の前に現れた。

 美しい榛色の瞳に、涼しげな目元。高い鼻梁やゆるく弧を描く口元はどこか甘さを湛えている。眼差しは理知的な光を宿していて、元来の聡明さを窺わせた。

 ゆるくパーマがかかったような銀髪は光り輝き、それは彼女がエスコートする少女も同様。まるで絵画から抜け出てきたような皇子と皇女。

 言わずもがな、それはクロヴィス皇太子殿下と、今年12歳になったばかりのラヴィリナ皇女殿下だった。


「うわっ、すごいイケメンと美少女……っ!」


 思わず私の口から素直な感想が漏れ、辺りの空気が一瞬で凍りついた。私をエスコートしていた公爵なんかは完全に目が据わり、針のような視線が横からチクチクと刺さる。

 ご、ごめん、だってしょうがないじゃない! いくら恋愛ゲーム補正とはいえ、第一皇子も信じられないほど美男子なんだもの! ゲームでは登場しないラヴィリナ皇女もとても愛らしくて、まるでお人形さんだ。

 はぁ、眼福眼福。

 やっぱりカッコイイは正義! 可愛いは大正義よっ!!


「………デボラ」

「ハッ、も、申し訳ございません。つい素直な感想が口を突いて出てまいました。無礼をお許し下さいませ……」


 隣に立つ公爵にギンギンに睨まれ、私の背筋に悪寒が走った。

 ひぃぃぃっ! やめてやめて、この場で猛烈な殺気を放つのはやめて! 

 イケメンキャラに見惚れてしまうのは、乙女ゲーオタクの習性みたいなものですからぁ………っ!

 

「――プッ、なるほどなるほど。この目で見るまでは信じられなかったが、伝え聞いていた噂はどうやら真実だったようだ。まさかカインが嫉妬で醜く顔を歪める日がやって来ようとは」

「……ルイ」


 当のクロヴィス殿下と言えば肩を揺らして笑い、早速公爵をからかいにかかっている。さらに優雅に私の手を取ると、その甲に軽く口づけを落とした。


「あなたの何がそんなにカインを変えたのか、大いに興味がありますね。初めまして、アストレー公爵夫人。どうか私のことは皇子としてではなく、カインの親友として接して頂きたい」


 そう言って微笑む表情は、いかにも爽やかで胡散臭い。公爵から聞いていた前情報から察するに、クロヴィス殿下は優男風の外見とは裏腹に、いわゆる腹黒策士系キャラね!

 ぐあああっ! ファンディスクで攻略キャラとして追加されていたら、きっと人気爆発してたと思うわよ!?

 ああ、もったいないもったいないと……と、乙女ゲー思考を爆発させていると、ふと、恨めし気な声が下から響いた。


「こちらがカイン様の新しい奥方様……」


 それはラヴィリナ皇女の声で、気づけばじっと上目遣いで見つめ……いや、めちゃくちゃ敵意剥き出しで睨まれていた。

 今度は公爵が床に片膝をつき、ラヴィリナ皇女に紳士としての礼を尽くす番だった。


「ご無沙汰しております、リナ様。しばらく見ない間に、また大きくなられましたね」

「だって早く大人になって、カイン様の妻になりたかったんですもの。ひどいわ。私の気持ちを知っているくせに、また五度目の結婚をなさるなんて」


 と言いながら、ラヴィリナ皇女はクスンクスンと泣き始める。

 ………って、おおおぉぉーーい、何だこの展開!? 

 まさか公爵はこんな美少女のハートまでゲットしてるんですか!?


「リナ、諦めなさい。カインは自らの意思で奥方を選んだんだ。例えお前でも人の心まで思い通りにはできないよ」

「うう、でも、でもぉ……」


 大きな瞳に涙をためる皇女の表情は、悲しんでいてもなお愛らしい。

 対照的に公爵の表情筋は、いつものように死んだまま。

 皇女、一体こんな男のどこがそんなに良かったんですか……と、私は特大ブーメランを投げながら、思わず心の中で嘆息する。


 ルーナと、クロヴィス殿下と、ラヴィリナ皇女。

 私の知っている『きらめき☆パーフェクトプリンセス』とは明らかに違うこれらのフラグが、今後一体どんなふうに絡み合い、どんな坂道を転がっていくのか――


 当然、今の私には予想すらつかないのだった。







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