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60 波乱の舞踏会1



 新しい年が明けた。


 ヴァルバンダ王国の王都・シェルマリアでは、新年を祝う祝典行事がいくつか予定されている。

 現在社交シーズンはオフではあるけれど、それでも新しい年を祝うイベントは目白押しで、中でも王宮で開かれる舞踏会は大規模なものだ。

 当然、その舞踏会にはアストレー公爵夫人として、私も出席しなければならない。公爵は「そんなの無視しとけ」と、相変わらず社交を蔑ろにする気満々だったけれど。


「何を仰います! デボラ様にはこれから公爵夫人として、華々しく社交界にデビューして頂かなくては! ええ、それこそデボビッチ家の沽券にかかわります!」


 私以上にやる気に燃えていたのは〇ネ夫ママ――もとい、王都・デボビッチ家のメイド長・クローネだ。

 年の暮れから新年が明けるまでの短期間、私はデボビッチ邸に缶詰めになり、徹底的に公爵夫人教育を受けることになった。

 それこそ基本的な宮廷作法から始まり、話術、他者のあしらい方にダンス、そして今王都で流行しているファッションなど。また紳士録にも目を通し、大方の貴族の名前や身分も覚えさせられた。

 ……といっても、直接会ったわけでもない貴族とその親戚縁故を全て覚えきれるはずがない。これがハマった乙女ゲーのキャラ相関図とかなら、きっちり頭に叩き込めるけど、オタクは自分の関心のないことには脳が働かない仕組みになっているのだ。


「付け焼刃の教育でも、受けないよりはましでしょう。デボラ様のお役に立てるのなら、嬉しゅうございますけれど」


 そう言って羽扇を揺らしながら微笑むのは、私の教育係の一人であるエステル夫人だ。

 ふっくらとした柔らかい容姿が印象的なエステル夫人は、元々デボビッチ家の外戚。四十を少し過ぎたばかりの彼女は昨年、伯爵だった夫を病で亡くし、それを機に社交界から退いている。

 現在は爵位を継いだ息子夫婦と共に王都で暮らしていて、今回私の教育係を快く引き受けてくれたのだ。


「脅すわけではございませんが、今回の舞踏会でデボラ様は注目の的になりましょう。舞踏会は女にとっても戦いの場です。名のある貴族の夫人も令嬢も、デボビッチ家の新しい女主人気はどんな女性なのかと、手ぐすね引いてあなたのおいでをお待ちしているはずです。なぜならあなたという存在は、宮廷内の派閥を大きく変化させる要因となり得るからです」

「うへぁ……」


 休憩のお茶を取りながら、私は思わず天を仰いだ。聞かされる話は、私にとって迷惑な話ばかりだ。

 簡単に説明すると、現在女性達による宮廷闘争は三つの派閥に分かれているらしい。本来ならば王宮の女性の頂点に立つのは王妃であるべきだけど、その王妃は十年以上前に病死している。

 となれば、それに次ぐのは側妃という存在。それに四大公家が関わってくるとなれば、その危うい関係も自ずと知れるというものだ。


 まず第二皇子エルハルド様を産んだ第一側妃ソフィア様とその実家であるイグニアー家。『薔薇派』と呼ばれる一派を率いるのは、現宰相の妻でもあるイグニアー公爵夫人だ。イグニアー公爵夫人自身が王家から降嫁した元王女でもある。現在のゴンウォール王の実妹ということだ。

 故にその権勢は飛ぶ鳥を落とす勢いであり、彼女とその取り巻きはソフィア様とエルハルド皇子を大々的にバックアップしている。


 ぶっちゃけ薔薇派の前では第一皇子の存在など霞む。ものの見事に塵のように霞む。

 哀れ、第一皇子・クロヴィス。これもエルハルドが『きらめき☆パーフェクトプリンセス』の中で、メインヒーロー的立ち位置にいるからこそ。エルハルドこそ最強無敵、チート設定を与えられたヒーローなのだ。




 ついで『薔薇派』と対立するのは、第二側妃・ロザリア様とそのご実家であるカニンガム家。こちらも家紋になぞらえて『剣派』と呼ばれる。

 剣派の先鋒に立つのは、これまた元王女でカニンガム家に降嫁したカニンガム公爵夫人。つまりイグニアー家公爵夫人とはガチの姉妹関係に当たる。

 にもかかわらずこの二人、元王女でプライドが高いためか、側妃を差し置いて公の場でいがみ合うことが日常茶飯事で、実の姉妹でありながら現在は犬猿の仲であるらしい。


 ホント、権力って怖いわね。同じ血を引く姉妹でも、王座を前にすると、醜く争うことしかできなくなるなんて。


 あ、ちなみにカニンガム家の推し皇子・アリッツ様は御年14歳。『きらめき☆パーフェクトプリンセス』では、いわゆる弟キャラとして登場する。もちろん攻略も可能よ!

 アリッツ皇子はスイーツ大好きな天使キャラで、ショタコン好きなお姉様ならハートぶち抜かれること間違いなし。ただし基本的には王座に就くには向いていないキャラで、実際ゲームの中では王位継承権を自ら返上し、ヒロインのルーナと一緒に王都にスイーツ店を開くという、なかなか斬新な庶民エンディングが用意されているわ。




 さらに3つ目の派閥は言わずと知れたチェスター家率いる『月派』。こちらも家紋の月桂樹に由来している。

 ただし『薔薇派』や『剣派』に比べると、現在側妃を輩出していないため、宮廷内では三番手に甘んじている。

 それでも権勢欲がないのかと言われればそういう訳でもなくて、チェスター公爵並びにその夫人はチェスター家の一人娘を次代の王の妃に……と色々画策しているらしい。つまり未来に希望をつないでいるという訳ね。

 そんなわけでチェスター家はあくまで中立を貫き、次の王位が第一皇子のものになるのか、第二皇子のものになるのか、はたまたダークホース的な第三皇子に転がり込むのか……を見極めているらしい。

 考えようによっては一番腹黒な家系かもしれない。さすが頭脳派と噂されるだけのことはある。




 そして王位争奪戦から最もかけ離れたところにいる我がデボビッチ家。けれど四代公爵家に名を連ねるからには、宮廷闘争と無縁でいられるはずもない。

 ご存じの通り公爵――カイン様は領地の立て直しに忙しく、社交シーズン中もアストレーに引き籠っていることがほとんど。けれど王宮内では枢密院書記官長という役職がちゃんと与えられている。

 私も難しいことはよくわからないんだけど、枢密院とはとどのつまり国王から『この場合どうすればいいの?』と尋ねられた時に助言する諮問機関のこと。

 いわば国王のご意見番ってところね。

 医療、金融、運輸、法律、治安、王家の諸問題などありとあらゆる行政対策に携わるし、枢密院には王族議員として第一皇子・クロヴィス殿下も名を連ねている。

 そして公爵と第一皇子が親友であることは、社交界では周知の事実。


 つまり公爵とデボビッチ家は第一皇子派と目されているってわけなのだ。


 現在デボビッチ家の当主であるカイン様に嫡子はなく、王家と婚姻関係を結んでいるわけでもない。けれど政敵からは、警戒されて当然の立場にある。

 そしてその妻が正式に社交界に進出するとなれば、新しい派閥として薔薇派・剣派・月派から攻撃されるのは必至。出る杭は打てとばかりに、女同士の醜い潰し合いが始まる……という寸法だ。


「……ってか、派閥だのなんだのそんなん知らないわよ。興味ないわよ。もう私は悪役じゃないんだから、放っておいてほしいわ!」

「……悪役?」


 おっと、また考えたことが口に出てしまった。

 この癖、社交界では命取りになるから注意しなくてはね。

 きょとんとしているエステル夫人に視線を流して、私はにっこりと微笑む。


「いえ、何でもありません。社交界が魔物の巣窟と窺い、改めて気が引き締まる思いが致しますわ。私にどれほどのことができるかわかりませんが、デボビッチ家の恥と陰口を叩かれぬよう、誠心誠意自らの役割を果たす所存です」


 そう覚悟のほどを伝えれば、エステル夫人は満足したようにうなずく。


「その意気ですわ、デボラ様。確かに女同士の争いは醜いですが、デボラ様にはあの公爵様がついておられます。それにデボラ様には、他の女性が持たぬ強い武器が備わっておいでです」

「強い武器?」

「その若さと美しさですわ」


 エステル夫人曰く、もちろん美しさだけではなく最低限の教養と品格が必要なのはもちろんですけれど――と、注釈を入れた上で。


「僭越ながら、今の社交界にデボラ様以上の美女など存在しません。女性は自分より美しい者に敗北感を覚えるものです。その敗北感は嫉妬と羨望という鋭い剣に変わりますが、本物の美しさは堅固な盾となり、その嫉妬の剣を討ち砕くことでしょう。例えデボラ様が多少宮廷作法に慣れていなくても、その麗しい口元を扇で隠し、にっこりと微笑めば、大抵の貴族はあなたに見惚れ、口を噤むはず。それほどまでに社交界では美しいことは正義です。稀代の美女だけが使えるハッタリという武器――是非とも、舞踏会会場でお試し下さいませ」


 これでもかというほどエステル夫人に持ち上げられ、さすがの私も赤面した。

 うーん、いやぁ、確かにそういう設定だもんねぇ、デボラ=デボビッチ。

 彼女がその美貌だけで社交界を牛耳ってしまったというのは『きらめき☆パーフェクトプリンセス』の中でもデフォ設定になってるくらいだ。

 今さらながら、美女に転生したことはこの上ない幸運だったと、心の中でガッツポーズ。

 とはいえ、いくら外見が良くても結局中身は私なので、エステル夫人のアドバイスは話半分聞くにとどめておく。美貌に恵まれているからと言っても中身のない残念女ならば、やっぱり社交界では生きていけないと思うから。








 こうして私の社交界デビューの準備は着々と進み、とうとう出陣の日がやってきた。

 その日、昼前から始まった私の身支度は、長時間を費やされてようやく整えられた。大体の支度が終わる頃には日が傾きかけ、城下からは教会の鐘の音が聴こえてくる。


「お美しゅうございます、デボラ様。これならばどんな美姫にも引けを取りませんわ」

「ありがとう」


 私を取り囲むメイド長・クローネと侍女達は、私の出来栄えに満足しているようだ。

 今日の私はアストレーの海を彷彿とさせる青いドレスに身を包んでいる。本来デビュタントが済んでいない私は純白のドレスを着るべきなのだけれど、あいにくと私はすでに既婚者だ。既婚の女性が花嫁衣裳を彷彿とさせる純白のドレスを選ぶわけにもいかなくて、結局細かいパールで作られた優雅なヘッドドレスを黒髪に付けることで代用した。

 さらに背中に傷跡がある以上、露出の多いドレスを着ることもできないので、王都でも人気があるという洋装店に襟付きタイプのパーティードレスを早急に仕上げてもらった。

 胸元と背中が全て隠れる代わりに、ドレスの裾にはたっぷりのレースをあしらい、少し動くだけで幾重にも重ねたドレープがまるで花のように広がる。

 こんな特殊なドレスを短期間で仕上げてくれたお店には、本当に心から感謝するしかない。


(はぁ、さすがになんかドキドキしてきた。初めての舞踏会、上手くやれるかしら……)


 そして出発の刻限が近くなるにつれ、私の不安も少しずつ増していった。

 王都に着いた時から、とっくに覚悟は決まったはずだった。けれどいざ未知の世界に足を踏み入れるとなると、どうしても臆病風に吹かれてしまう。

 でも、その時――


「準備は済んだか」

「!」


 不意に聞き慣れた声がして俯いていた顔を上げると、ちょうど私と同じく支度を終えた公爵が私の部屋へと入ってくるところだった。

 公爵と視線を合わせた私は思わず目を瞠り、一瞬息を止める。

 

 なぜならいつもの魔王スタイルとは全く違う。

 今日の公爵はデボビッチ家の当主に相応しい正装に身を包んでいたから。


(ちょ、何このイケメンーーーー!!)


 この時、我が最推しとなった夫・カイン=キールの新しい一面を発見し、私のテンションが爆上がりしたのは……もちろん言うまでもない。





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