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44 カインという男1~はじまりは4年前~

ここからしばらくカイン視点のお話が続きます。




 全ての始まりは、今から四年前に遡る。


 ヴァルバンダと同盟を結ぶ、とある国――その下町の酒場に、訳ありげな男三人が集っていた。

 一人は黒髪の仏頂面の男、我らがカイン。

 一人はその友人であり、どこか気品を感じさせる容姿端麗な銀髪の男――ルイ。

 そしてもう一人は――


「なるほど、そうかい、そうかい。ルイもカインもヴァルバンダに戻ることになったか。名残惜しいねぇ。だがお前さん達なら、自国でも上手くやっていけるだろう」


 グイッとジョッキの酒を飲み干す豪快な男の名は、クロウ=シャハト。

 すでに40代後半に入った白髪交じりの男は、各国を渡り歩く名のある傭兵だった。


「おい、姉ちゃん、もう一樽酒を追加してくれるか。今夜は祝い酒だ。俺の弟子共が旅立つ祝い酒」

「誰が弟子だ、誰が」

「まぁまぁ、私達がこの国でクロウから学んだことは多い。とは言え、さすがに一樽は飲み過ぎだと思うな」


 酒に酔い、顔を真っ赤にしたクロウは、ま、飲みねぇ、飲みねぇと、カインとルイの杯に酒を注ぎ足した。

 だがカインに言わせれば、クロウから学んだのは主に酒の飲み方と、後腐れない女の抱き方くらいだ。それ以外は、ろくなことを教わらなかったように思う。


「それにしても、留学先でノルヴァラン卿とクロウに邂逅できたことは、私にとって幸運だった。王宮に閉じこもっていては体験できないことも、色々知ることができたしね」


 ルイは茶目っ気を見せながら、軽くウィンクした。

 留学先でお忍びの皇子とお忍びの貴族の御曹司が偶然出会う確率は、どれぐらい低いだろう? そう考えると、ルイはヴァルバンダではなく異国の地でカインと知り合えたことを、奇跡のように思うのだ。

 だが半年を予定していたこの国への留学も、そろそろ終わる。

 ルイ――いや、正確にはクロヴィス=ディ=ヴァルバンダ第一皇子は、3日後に帰国を控えていた。


「もしかして、お前の差し金か、ルイ」

「ん?」

「なぜかお前と同時期に、俺の実家からも帰国命令が届いた。しかも――」


 カインは眉間に深い皺を刻みつつ、クロウと同じくグイッと酒を飲み干す。


「なぜかデボビッチ家の次期当主にならないかという打診付きだ。これはどう考えてもお前の差し金だよな? ん?」

「さぁ、どうだろうね。フフフ……」


 泣く子も黙るカインの絶対零度の視線も、あいにくルイには通じない。

 この程度の眼力に臆するようならば、とてもカインの友人など務まらないからだ。


「お、なんでい、なんでい、何か複雑なお国事情って奴か? お偉いさんは大変だねぇ」

「興味があるならお話ししましょうか?」

「お、酒の肴にいいかもしれねぇな。どこのお国も、内情はドロッドロだもんな!」


 クロウはガッハッハッと豪快に笑いながら、フィッシュフライを口に放り込んでいく。

 ルイは師匠の願いを受けて、簡単にヴァルバンダの実情をぽつぽつと語り始めた。

 それは今後のカインの身の振り方にも影響を及ぼす内容でもあった。








 ヴァルバンダ王国。

 その名の通りヴァルバンダは長きに渡り王を中心として栄えてきた国家である。

 だが近年は王の下に議会が置かれるようになり、王一人の権力だけでは国は立ち行かなくなった。

 特にイグニアー家、カニンガム家、チェスター家、デボビッチ家――四つの公家はヴァルバンダ建国時に王家と共に国の礎を築いたとして、その影響力は絶大である。


 最も力が強いのは薔薇を家紋とするイグニアー家。『深紅の貴族』の異名通り、元々は王家の人間が臣籍降下して生まれた名門中の名門である。


 次に力が強いのが、剣を家紋とするカニンガム家。その家紋が象徴する通り、多くの武人を輩出してきた家柄で、今もヴァルバンダの軍事部門の実権を握るのはこの一族だ。


 その二大公家に後れを取るものの、四大公家に名を連ねるのが月桂樹を家紋とするチェスター家。こちらはカニンガム家とは対照的に、多くの文官を輩出してきた。ただし現国王にチェスター家出身の妃がいないため、イグニアーやカニンガムほどの発言力はない。


 残るはデボビッチ家。こちらは異国の玄関先でもある北の要所を治める大貴族。チェスター家と同じくここ数代、正妃や国母を輩出していないため、四大公家の中では最も政への影響が少ない。問題は現当主・クァールが悪政を敷いていること。領地であるアストレーの民の嘆きは王都にも噂となって届くほどだった。


「そして最たる問題は私の母が異国の元王女で、すでにこの世にいないってことなんだよねぇ……」


 ルイは意味ありげにちらちらとカインを横目で見る。

 実際、第一皇子・ルイの立場は非常に微妙であった。

 現在ルイは第一王位継承者であるものの、正妃であった母が早くに死去したため、強い後ろ盾はない。

 そして後ろ盾のない第一皇子の下には、後ろ盾の強い二人の皇子がいる。

 一人はイグニアー家出身の側妃から生まれた第二皇子・エルハルド。

 もう一人はカニンガム家出身の側妃から生まれた第三皇子・アリッツ。

 つまり次期王位の座を巡って、王宮内では早くも様々な権謀術数が渦巻いているのであった。


「ふん、王位なんてもの、欲しい奴にくれてやればいいだろうに……」

「君のそのお気楽な道理が通じれば、私も気苦労しないんだがね」


 ルイは長い前髪を掻き上げ、ふふふと艶っぽく笑ってみせる。

 ともすればそこらの美女以上に美しいこの男は、同性から見ても目の毒だとカインはひとり心の中でごちた。


「ヴァルバンダは貴族が建てた国だ。よって貴族の力が強く、民主制には程遠い。だが貴族だけで行う政治は、いずれ民の反発を買い立ち行かなくなるだろう。だからこそ私は現在の二院制ではなく、三院制に徐々に移行したいと思っている」

「……」


 ルイはある意味、理想に生きる男だった。

 現在ヴァルバンダでは四大公家を筆頭とする大貴族院と、側近貴族から成る小貴族院、さらにそこに王家が加わることで政治が行われている。

 ルイはそこに市民から選ばれた代表を核とした三番目の議会――国民院を設立したいと考えているのだ。しかしその目的を成すためには、最低限王位を継ぐことが必須条件となる。


「国民院ね……。なるほど、イグニアー辺りはいい顔しないだろうな」

「いい顔どころか、全力で阻止してくるだろうね」


 ルイはグラスに入ったワインをクイッと優雅に飲み干す。

 実際、ヴァルバンダの近隣諸国の中には、市民による革命が起こり、王制を廃した国もいくつか存在する。民主化の波はやがてヴァルバンダにも確実に押し寄せるだろう。その時になってから動いては、遅すぎるのだ。


「そこで……だ。アストレーの未来を憂う先代のマジカント殿と、少しでも後ろ盾が欲しい私との利害が一致したのだよ」

 

 にっこり。

 ルイは、「もちろんこの話、受けてくれるよね?」と言外に含ませて微笑む。

 カインは辟易した。

 実家のノルヴァラン家を継ぐことにさえ抵抗があるというのに、さらに格上のデボビッチ家の当主の座など、カインには不必要なものだ。是が非でも断りたいというのが本音である。


「おっと、面倒くさいなどとつれないことは言わないでくれよ。これでも私は君を頼りにしてるんだ。君ならば圧政に苦しむアストレーを救う新しい領主となれるだろう。それにアストレーからは常々怪しい金が小議院宛てに流れていてね」

「怪しい金?」

「その金のせいで、第二皇子派と第三皇子派が急速に支持を伸ばしている。いやはや、もはや王位さえ金の力で買われる時代になってしまったようだ。おかげで私の立場はさらに危ういものになっているのだよ」


 ルイはやや芝居がかった調子で、ヴァルバンダの現状を嘆いた。

 ルイにしてみれば、四大公家の一つであるデボビッチ家を友人であるカインが継げば、色々と支援を受けやすい。しかもアストレーから議会へと流れる裏金も断ち切れるかもしれないのだから、一石二鳥なのである。


「要は自分が王位を継ぐために俺を利用したい……、そういう訳だな?」

「歯に衣着せぬ物言いが君の長所でもあり、短所でもあるね」


 カインの確認に、ルイは笑顔でもって答えた。

 思わず深いため息が零れる。

 歯に衣着せぬのは、むしろルイのほうではないかと、カインは思う。

 なぜ自分はこんな腹黒な男と、友人になってしまったのだろうか。


「なんでい、なんでい、ここは男を見せる所だろ、カイン。親友が困っているなら助けてやるっていうのが、人情ってもんだぜ」

「親友ではなく、悪友の間違いでは?」


 カインが頭を抱えながら返すと、ルイは「どっちにしても友達であることは認めてくれるんだね」と嬉しそうに微笑んだ。

 してやられた、とカインは舌打ちする。

 この話の流れでは、カインがデボビッチ家を継ぐのがすでにルイの中では既定路線になっているようだ。おそらくカインがデボビッチ家を継ぐ段取りも、すでについているのだろう。

 何よりこの男に逆らっていいことなど何一つない……と、カインは短い付き合いの中で熟知している。

 ここで嫌みの一つぐらい言っても、多分罰は当たらないだろう。

 

「ルイ、お前ろくな死に方しないぞ」

「それはお互い様だと思うけどねぇ? 私達は所詮同じ穴の狢だろう?」


 ――お前と一緒にするな。

 顔にでかでかとした文字を張り付け、カインはますます不機嫌になる。

 そんな二人を交互に見て、クロウがからからと笑った。


「おいおいルイ、あまりカインをいじめるな。こいつは見た目からは想像できないほど、実は親切でお人好しな奴だからな」

「ええ、それは十分わかっています」

「お前ら、マジで殺すぞ」


 傍から聞いたら物騒な会話も、気の置けない間柄だからこそ交わせるものである。

 その後、三人は別れを惜しみ、場末の酒場で朝まで飲み明かした。

 話題は徐々にヴァルバンダの内政問題から離れ、身近なものに移り変わっていく。

 

「もしも俺がヴァルバンダに立ち寄ることがあったら、その時はよろしくな! ま、と言っても皇子様とお貴族様に戻るお前達と、もう気軽には会えんかもしれんが……」


 泣き上戸のクロウがオイオイと涙を流すのを見て、ルイは軽く肩をすくめて笑った。


「そんなこと気になさらないで下さい。もしヴァルバンダに立ち寄った際にはぜひご連絡を。そうだ、これをクロウに預けておきましょう」


 そう言って、ルイは鷹の紋章が刻印された貴重なカフスボタンをクロウに手渡した。これが通行証代わりです……と。

 クロウはそれを「お、済まねぇな」と笑顔で受け取った。


「ですがクロウはこの前、11回目の再婚をなさったばかりでしょう? 確か新しい奥様はエニタさんと仰いましたか。ならばしばらくはこの国に留まるのではありませんか?」

「ああ、それだがな、実はエニタとは別れた!」

「……は?」

「なんでも勤め先の飯屋の若い従業員とデキちまったみたいでなぁ。年寄の俺は、ポイッと捨てられちまったわ!」


 クロウはガハハハッと豪快に笑い、何杯目になるかわからない酒を一気に飲み干した。さすがにこの告白にはカインとルイも、呆気に取られてしまう。


「つまり、浮気されたってことか?」

「クロウの心の広さには感服しますが、無理はなさらないでいいんですよ?」


 クロウという男、これまでの経歴を聞くに傭兵として様々な国を流れるうちに結婚と離婚を幾度も繰り返してきたらしい。だが転んでもただでは起きないタフさが、この男の売りだった。


「おっと、同情とかは一切いらねぇ。オレはな、一度惚れた女が最終的に幸せになれればそれでいいんだ。好きな男ができたから別れたいって言われれば、すっぱり別れてやるし、新しい人生を送りたいと言われれば快く送り出してやる。それが男の甲斐性ってもんだろ? あん? 違うか?」


 クロウはむしろ誇らしげに、自分の離婚列伝を語った。

 これぞまさに、カインに歪んだ結婚観が植え付けられた瞬間である。


「まぁ、そういう考え方もありと言えばありですかねぇ……」

「そういうお前らは政略結婚が義務付けられてるもんなぁ。逆に同情するぜ。もしも女のほうから別れたいって言われたら、その時はすっぱり別れてやれよ。離れ離れになることで、初めて掴める幸せってもんもあるんだぜ」

「……ふん、よくわからないな」

 

 ――と言いつつもこの後、カインはアンジェリカ、セリーヌ、アイーシャ、ラウラ……と立て続けに四人の女と結婚し、死別を装うことになる。


 それも全て、クロウの経験を見聞きしていたからこそ。

 数々の女達と別れたクロウに比べれば、4回の結婚・死別などまだまだかわいいものだ……と。

 新しきアストレー領主となったカインは、今も本気で思っている。






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