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122 求愛




「……と言う訳なんだよぉぉぉ! な? 俺、悪くないだろ? 全てを計画したのはルイで、俺はその命令を忠実に実行しただけなんだからさ!」

「………」


 千客万来の、ある春の日の午後。

 私は偉そうにフンッとふんぞり返る中年男――ハリエット改めクロウの話を聞きながら、ようやく今回の事件の全容を把握した。

 なるほど、アイーシャお手製の特製防弾シートとクロウが前もって用意していたペイント弾。その二つのおかげで、公爵は死なずに済んだのね。


「ま、だからと言ってあの時のあんたのあくどそうな顔は、やっぱり一生忘れそうにないけど」

「ひでぇな、デボラちゃん。俺だってさぁ、可愛い弟子を殺す真似なんかしたくなかったんだよぉ」


 クロウはそう言って「もう一杯酒!」と、アルコールのおかわりを注文した。

 ちょ、あんた、ホント遠慮ってもんがないわね。

 けれどこのお師匠様の活躍のおかげで、私や公爵が救われたのは事実。トラウマ級の過去は水に流して、ここは素直に感謝しておくべきかしら。


「それならそうと前もって教えてくれれば、私達だってデボラ様を攫われるなんて言う失態を犯さずに済んだのに……」

「何言ってんだ、コーリキ。油断したお前が悪いんだろ。ちゃんと俺の教えを守ってりゃ、さすがの俺もデボラちゃんを攫えなかったぞ?」

「それを言われるとぐうの音も出ません……」


 一方でクロウはコーリキやジョシュア相手に、なんだか男同士の話題に花を咲かせていた。

 こうして客観的に見ると、クロウも相当な人たらしだわね。

 あんなに憎かったはずのクロウの明るい笑顔を見てると、私もなんだか「ま、いっか」っていう気持ちにさせられてしまうから不思議だ。さすがクロヴィス殿下と公爵の信用を勝ち得ているだけはある。


「デボラ様、失礼致します」


 そんな風に私達がお茶の時間を楽しんでいると、ハロルドがやってきて嬉しい報せを届けてくれた。


「本日の夜、カイン様が一度こちらにお戻りになるそうです」

「え!?」


 私は思わず立ち上がり、大きな声を上げた。

 あの裁判の後、公爵は麻薬密売組織逮捕の事後処理やらクロヴィス殿下の補佐で、これまた毎日働き詰めだった。私と公爵がじっくり話をできるのは、一体いつ以来のことだろう。


「よかったですねぇ、デボラ様」

「久しぶりにカイン様とゆっくりできますよ!」

「え、ええ……」

 

 公爵が帰ってくると聞いた私の心はそわそわと浮き立ち、頬もパッと薔薇色に染まる。


「ド、ドレスの用意……!」

「え?」

「あ、新しいドレスに着替えたいわ。それにエヴァ、髪もちゃんと結い直してくれるかしら。あと今のうちにお風呂も入っておきたい……」


 私が落ち着きなくウロウロするのを見て、その場にいるみんなは優しく微笑んだ。久しぶりに会う夫に一番綺麗な私を見せたいという乙女心を、ちゃんと汲み取ってくれたみたいだ。


「ええ、もちろんですとも。カイン様がびっくりするくらい綺麗に着飾っちゃいましょう!」

「きっとカイン様もデボラ様に惚れ直すだ!」


 エヴァとレベッカはこれでもかと張り切り、早速公爵を出迎えるための用意を始めた。

 そんな中、煙草に火をつけたクロウが、これまた空気も読まずとんでもないことを言い出す。


「ま、綺麗に着飾るのもいいけど、どうせすぐカインに脱がされちゃうだろうからさぁ。あいつ、今回のことで相当溜まっているだろうし」

「…………」


 ちょっ、クロウ、あ、あんた……あんたねぇっ!

 あんたのそういう所やぞ! 13回結婚して、13回も離婚している理由は!

 ホント公爵とそっくりで、デリカシーがないったら!

 私は顔どころか全身真っ赤になって、またまたヴェイン直伝のマッスルメガトンパンチを繰り出した。


「クロウのバカァァァーーーーッ!!」

「グヘェッ!!」


 そうして再び私に吹っ飛ばされる情けないクロウ。その姿を見て、大笑いするエヴァやコーリキ達。

 かつて敵だったはずの男はすっかりデボビッチ家の輪に溶け込み、新たなお笑いのネタを提供するのだった。





             ×   ×   ×





 それから公爵がいよいよ本邸に戻ってきたのは、まだ陽が完全に落ち切らない黄昏時だった。

 私はお気に入りのドレスに着替え、バッチリフルメイク済み。久しぶりに公爵に会えることにドキドキして、なんだかさっきから落ち着かない。


「お帰りなさいませ、カイン様!」

「お帰りなさいませ!」

「!」


 そうしていよいよ一週間ぶり……。ううん、まともに話せた嵐の夜から数えたら約二カ月ぶり。私は玄関ホールに入ってくる公爵の姿を目に映し、胸をときめかせる。


「お、おかえりなさいませ、カイン様……」

「………」


 私はドレスの裾を取って、貞淑な妻よろしく公爵を出迎えた。その間、背後に控えたジルベールやハロルド・クローネ達が、久しぶりの再会を果たす私達夫婦を温かい眼差しで見守ってくれている。


「――デボラ」

「はい」

「悪い。そろそろ限界だ」

「はい?」


 けれど和やかな雰囲気は、一瞬にして変わる。

 公爵はぬっと私に手を伸ばしたかと思うと、突然私の体を肩の上に担ぎ上げたのだ。


「ぎゃああああぁぁぁーーっ!」

「デボラ様!?」

「カ、カイン様!?」


((((((((((((((((((((((((………またか)))))))))))))))))))))))))


 公爵に米俵担ぎされる私を見て、使用人一同が全員チベットスナギツネ顔になった。ドレス姿のままみっともない格好を取らされた私は、足をばたつかせて公爵に抗議する。


「カ、カイン様、突然何なさるんですか!? せ、せめて米俵じゃなくお姫様抱っこくらい……」

「ジルベール、それから皆」

「はっ」

「誰もついてくるな。様子を見に来た奴は――殺す」


 ……。

 …………。

 ………………。


 な、なんですか、この激しい既視感――!

 私は全身真っ赤どころか、あまりの恥ずかしさに気絶しそうになった。

 ただ前回と違うのは、使用人のみんなが私達をニヤニヤと生暖かい目で見守っていること。この時点で公爵の蛮行を積極的に止めようとする者は、誰もいない。


「それじゃ行くぞ、デボラ」

「行くってどこに……ぎゃあぁぁぁーー―っっ!」


 そうして公爵の肩に担がれたままドナドナされた先は――当然夫婦の寝室。

 まるであの夜の出来事を、忠実に再現したかのようだった。







「カ、カイン様、きゃっ!」

「………」


 夫婦の寝室に入るなり、私はやや乱暴にベッドの上に下ろされた。

 ベッド脇の窓からは暖かなオレンジ色の夕日が差し込み、灯りのついていない室内をほんのりと明るく照らしている。


「デボラ」

「!」


 さらにあの夜と同じように重苦しいコートや手袋を脱ぎ捨てた公爵は、ギシリとベッドの上で私を追い詰め――

 

「んっ、んんん……っ!」


 そして、強引にキスをする。

 し、しかもこれ、いきなりディープキスじゃないですかぁぁーーーー!

 こ、公爵、待って!

 待って、お願い!

 せめて心の準備を!

 こうなることは予め覚悟してたけど、いきなりトップギア状態はきついです……!


「デボラ……」

「……っ」


 けれど首筋に手を回され、慈しむように唇の隆起を啄まれた時、私の背筋にぞくりと快感が走った。

 公爵の吐息は、今まで感じたどの時よりも……熱い。

 そのまま輪郭、頬、耳と滑っていく唇は、まるで毒のような甘さを孕んでいて。

 私は公爵をもっと近くに感じたくなり、思わずギュッと瞳を閉じる。

 

 ………ああ、生きてる。

 肌から直に伝わる体温は、彼が生きている何よりの証だ。

 その全てが愛おしくなって、今度は私の方からも必死に公爵にしがみつく。


「カイン、様……」

「………」


 気づけばいつの間にか私の頬は、零れる涙で濡れていた。

 ピタリと体を寄せ合えば、私と公爵の心臓がひとつに重なって、どくどくどくと激しく脈打つのを感じる。

 けれど私の泣き顔を目にした途端、公爵ははたと動きを止め、少し乱れてしまった私の髪をふんわりと撫でた。


「だめだな、これじゃあ同じ過ちを繰り返すだけだ」

「え?」


 それから公爵は大きく身を引いたかと思うと、突然ベッド下でうずくまり両手を床についたのだ。


「あの夜はすまなかった。お前に無理強いしたこと、この通り心から謝る」

「カ、カイン様!?」


 この公爵の行動に、私は度肝を抜かれた。

 あの公爵が私相手に……土下座!?

 いやいやいやいやいや、やめてやめてやめて、そんなの!

 私も慌てて床に下りて、公爵の両手を握る。


「やめて下さい、こんなこと!」

「いや、俺はこうするべきだ。お前を傷つけたあの日の自分が許せない」


 公爵は悔しそうに唇を噛み、私の頬にそっと手を伸ばす。


「言っただろう、あの夜のことをずっと後悔していた……と」

「………」

「正直、お前の『大嫌い』は堪えた。もしお前に離婚したいと言われたらどうしようかと、あれからずっと不安だった」

「カイン様……」


 まるで今までのことが嘘のように、公爵は自分の弱さを私の前で曝け出した。

 そんな公爵の誠実さがじんと胸の中に広がって、私の視界がまたぼやけ始める。


「私の方こそ……ごめんなさい。大嫌いなんて嘘です。そんなこと、思ってません。今だってカイン様は私にとって誰よりも大切な――」

「デボラ」


 たどたどしく言葉を紡ぐ私を遮って、公爵は私を熱く見つめる。


「愛してる」

「――」


 指先を掠めるようなもどかしいキスと共に、告げられるのは愛の言葉。


「俺は――お前を愛している。もう他の誰にも、譲れないほどに」

「………っ」


 そうして触れ合った指先から、温かく、強烈な甘いときめきが広がっていく。

 それは私の皮膚に染み込んで、細胞レベルで私の心と体を組み替えていくみたい。

 記憶に残るいろいろな想い、涙の痕、今もまだ疼き続ける過去の傷が、ひとつひとつゆっくりと癒され、再生していく。

 そうして彼の想いと優しさに導かれて、本当の私が目覚めていく。


「なんで先に言っちゃうかなぁ。今度は私からって決めてたのに……」

「デボラ……」

「私も……」


 そこで私はすん、と鼻を啜り、思い切り泣き笑いの表情になる。


「私も……好き。カイン様のこと、愛してます。私も欲しい。カイン様の全て。心も体も全部」

「デボ……」

「カイン様」


 今度は私の方から公爵の手に指を絡めて、ぎゅっと力を込めた。





「私のものになって下さい」





 そう私の方からプロポーズすれば、金の瞳が一瞬大きく見開き――

 それから公爵はすぐ悔し気な表情になって、くしゃりと前髪を掻き上げた。


「あのなぁ、お前、それ反則だぞ……」

「え?」

「もう駄目だ。限界だ。お前が悪い、デボラ」

「何を……って、きゃあっ!」


 次の瞬間、体が宙に浮いたかと思ったら、背中に柔らかいシーツの感触を感じた。

 いつの間にかまた私はベッドの上に押し倒されていて、体の上にギシリと公爵が圧し掛かってくる。


「触れていいか、デボラ」

「――」

「俺の妻に、なってくれるか」


 ―――うう、ずるい。

 

 そんな言い方するなんて、そっちこそ反則じゃないですか!

 熱を帯びた金色の瞳で見つめられ、色っぽいイケボで囁かされたら、私はうんと頷くしかないじゃない!

 いつものように公爵に振り回されるばかりの私はなんだか悔しくなって、今度は自分の方から公爵の首筋に手を回し、チュッと可愛らしいキスをする。


「!」

「早く……早くして下さい……」


 なけなしの勇気を振り絞って、そう誘えば。

 公爵は今まで見たことがないほどの極上の笑みを浮かべて、私の心を蕩かせる。


「なるべく加減はする」

「………」

「でももし壊してしまったら……悪い。まぁ、煽ったお前が全ての元凶だ」

「っ!」


 こ、壊すって………一体なんなんですか、その表現はぁぁぁ!?

 しかも言うに事欠いて私が元凶って、なんだか空恐ろしいんですけど?

 自分から誘惑してはみたものの、いつものように口の端を上げ、深い笑みを浮かべる公爵に、私はビビってしまう。


「お、お手柔らかにお願いします……」

「善処する」


 次の瞬間には、また塞がれる唇。

 繋がった箇所からたくさんの火花が散ったみたいで、そこから生まれる未知の感覚がますます私の体を熱くさせた。

  

 私達は互いに互いを求めながら、甘くて愛しい、極上の夢に酔う。

 決して埋まることのない空白を、少しでも埋めようとするかのように強く……強く。

 




 そうして、この日、琥珀色の黄昏の時。


 ――とうとう私達は、本当の夫婦になった。






次回が最終話です!

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