表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
113/125

111 断罪



「デボラ様、諦めないで下さい」


 ひとしきり話した後、ルーナは必死の形相で私の手を握り返した。

 ルーナからあの浮気騒動の真相を聞かされた私は、ああ、そうだったのかと、すっきりしたような気分だった。

 けれど公爵がすでにこの世の人でないことに変わりはない。

 生きる気力が戻ったのかと問われれば、いいえと答えるしかなかった。


「ルーナ、ごめんなさい。私のことはもう本当にいいの」

「よくないです!」


 自嘲気味に微笑む私の言葉を、ルーナは素早く遮る。


「ロクサーヌもエルハルド殿下も……それにアリーもリュカもマノンやチェン・ツェイさん……。何よりデボビッチ家の皆さんが、デボラ様を何としてでも救いたいと動き回っているんです。だからデボラ様も明日の裁判、絶対に諦めないで下さい。してもいない罪なんて、絶対に認めないで下さい!」

「………」

「デボラ様の弁護官には、ロクサーヌが手配した敏腕のベッティル氏が就きます。この方、本当に優秀な方らしいんです。今まで何度も不利な裁判を覆してきた実績があるんですって!」

「そう、ロクサーヌにありがとうと伝えて……」

「デボラ様……」


 ルーナは絶えず励ましてくれるけれど、私のテンションは上がらずじまいだった。そんな私の変わり様を見て、ルーナはまた悲しげに表情を歪ませる。


「こんな状況で元気出せって方が、無理な話ですよね……」

「………」

「でも亡くなったカイン様だってきっと、デボラ様が無実の罪で裁かれることなんて、望んでないと思うんです」

「――」


 ルーナの口から公爵の名前が出て、私はぴくりと反応した。

 確かに公爵ならこんな時「絶対諦めるな」とルーナと同じことを言ったと思う。

 そうだ、今の私には何もできないけれど、重要なことを一つ思い出したじゃない。


「それよりルーナ、あなたに頼みたいことがあるの」

「はい、何です? 何でも仰って下さい!」


 私は唇に人差し指を当てて、しーっと内緒の仕草をした。辺りに人の気配がないのを確認しながら、極力小声で話す。


「実は麻薬密売組織を摘発できる重要な証拠が、私のトランクバスケットの中に隠されているの」

「トランク……バスケット?」

「とても古くてこのくらいの……みすぼらしいバスケットよ。王都にやってくる時に持ってきたから、デボビッチ家のどこかにあるはず」


 私は説明しながら思い出す。

 えーと、確か王都にやってきた初日、確かハロルドがあれをお預かりしますと言っていたっけ。


「ハロルドに聞いてみて。あれはセシルを……ううん、麻薬密売組織を追い詰められる唯一の証拠なの」

「わ、わかりました。必ず……!」


 ルーナは力強く頷きながら、手元に持っていた懐中時計で時間を確認している。そろそろ看守の見回り時間のはずだ。


「さぁ、もう行って。それからデボビッチ家のみんなにはごめんなさいと伝えて」

「わかりました。そちらも必ず……!」


 ルーナは再び目元の涙を袖で拭うと、忍び足で私の前から立ち去って行った。

 その姿が完全に見えなくなってから、私はふ~っと全身の力が抜けるような長いため息をつく。


(とりあえず今、私にできる最低限のことだけはできた……。これで私が死刑になったとしても血判状が発見されれば、マグノリア様をはじめとする組織の罪状は明らかになるはず……)


 それが唯一の救いと言えば救いだった。

 結局血判状の在り処を私から聞き出せなかったことが、マグノリア様やセシルにとって、決定的な失敗となったのだ。


(最後の最後で油断したわね、セシル。あなたが私をこんな過酷な状況に追いやらなければ、私もあの古い記憶を思い出したりなんかしなかった。結果的にはあなたのおかげで、一矢報いることが出来そうだわ……)


 私は笑いを抑えることができず、暗闇の中で小さく肩を揺らす。

 そんな私を見回りに来た看守が不気味そうに見ていたけれど、今の私にはもう何もかもがどうでもよかった。


(ああ、アストレーに帰りたい。できれば公爵と一緒に。死刑になれば風になって、懐かしいみんなに会えるかな……)


 私は自分が鳥になるイメージを膨らませ、アストレーのみんなの顔を思い出した。

 絶望の中でもあの輝かしい日々は私を優しく包み込み、最期の癒しとなってくれたのだった。





         ×   ×   ×





 私の裁判が始まったのは、午前10時を少し過ぎたあたりだった。


 こちらの世界の裁判制度は『きらめき☆パーフェクトプリンセス』の中でも現代とあまり変わらないシステムのように描かれていた。

 中央に座るのは裁判官。向かって左に検事官、右に弁護官。

 ヘレニューム監獄から輸送された私は、刑務官に手枷を外され被告人席へと着く。


「デボラ様!」

「デボラ様ぁー!」

「可哀そうに、あんなにおやつれになって……」

「おら達がついてますだ! 負けないで下さいましーー!」

「デボラ様は無実アルよ!」


(みんな……)


 傍聴席に視線を移せば、そこには勝手知ったるメンバーが揃っていた。

 ハロルドを筆頭に、エヴァ、レベッカ、ジョシュア、コーリキ、それにロクサーヌにマノン様、チェン・ツェイにエステル夫人……。この王都で知り合った人も含めて、たくさんの人が私の無実を信じて集まってくれていた。


 みんな、ありがとう。

 みんなと知り合えたことは、私の誇りよ。


 声には出せなくともそう伝えたくて、私は必死に微笑みを浮かべる。

 でも次の瞬間、別の方角からビリビリと鋭い視線が飛んできた。

 もういちいち確認しなくてもわかる。

 この激しい敵意は……私をこんな状況に追い込んだ張本人・セシルだ。


(やっぱりあなたも来ていたのね……)


 私は傍聴席に座る法衣姿の少年に目をやった。いつものように目深なフードをかぶって顔全体が隠れている。でも唯一見える口元は邪悪に歪み、これから裁かれるだろう私の行く末を見届けようとしている。


 また王都中が注目する裁判とあって、傍聴席はマスコミと思われる人種や、その他の野次馬な傍聴人で満員になっていた。

 カンカンカンと、開廷を知らせる木槌が法廷中に響き渡る。


「では被告人・デボラ=デボビッチ。前に出なさい」

「………」



 ――ああ、とうとう始まった。

 ゲーム通りの、私の断罪の時が。



 私は重い体を引きずりながら、それでも公爵への想いは決して捨てまいと、ただそれだけを支えに証言台に立った。













「被告人・デボラ=デボビッチはライマー歴157年2月28日午前3時すぎ、夫であるカイン=キール=デボビッチ公爵をマルメル地区の教会内に呼び出し、これを射殺。罪状及び罰条、第一級殺人 ヴァルバンダ刑法第205条」


 裁判はまず私がデボラ=デボビッチ本人であるという確認から始まり、次に起訴状の朗読に移った。イグニアー家の息がかかった検事官は、私を公爵の殺害容疑とグレイス・コピーの密輸容疑で起訴する。


「被告人、自らの罪状を認めますか」

「――いいえ」


 私は見苦しい言い訳は一切せず、ただひたすら起訴内容を否認した。

 検事官は渋面になりながらも、粛々と意見陳述を進めていく。


「ではここでグレイス・コピーの密輸に関する証人を喚問したいと思います」


 さらに裁判は審理に進み、ある人物が証言台の前に立った。それはある意味予想外で、ある意味納得の人選だった。


「わ、私ニール=ゼン=ドピングは、尋問に先立って、せせせせせ宣誓します。りょ、良心に従って真実を述べ、何事も隠さず、偽りを述べない旨を誓いますすすすす……」


 冒頭陳述で姿を現したのは、なんとあのチョビ髭だったのだ!

 ただしチョビ髭はいつもの豪華な衣装ではなく、私と同じ囚人服を着ている。


「証人、あなたは先日グレイス・コピーの所持で逮捕されました。あなたにグレイス・コピーを売った人物が、この法廷内にいますか?」

「い、います……この女……このデボラが私にグレイス・コピーを売りつけたのです!」

「!」


 はぁぁぁぁーーーー!?

 言うに事欠いて何言い出すのよ、このチョビ髭は!?

 ほとんど無気力だった私も、さすがにこれは聞き捨てならなくて思わず視線を上げる。


「わ、私は先代のイクセル=マーティソンの時代から、違法だとは知らされずグレイス・コピーを買わされてしまったのです。こいつらは人の仮面をかぶった悪魔で私はその被害者です! ですから裁判官様、どうぞ哀れな被害者にお慈悲を……!」


 チョビ髭はみっともなく泣き出して、鼻水だらけになりながら自分の減刑を嘆願していた。

 なるほど、結局チョビ髭も組織に裏切られて、まんまと捕まったという訳ね。

 おそらく嘘の証言をすれば罪を軽くしてやると脅されているんだわ。

 だけど悔しいことに敵の思惑通りに、裁判は進んでしまう。


「ここにイクセル=マーティソンの顧客リストがあります。このリストから50人以上の被害者の証言が取れており、マーティソン子爵家が麻薬密売の実行犯であったことは間違いないものと思われます」


 検事官は次々とイクセル叔父様が犯した罪を告発していった。それ自体は本当のことだから、検事官の言葉にはますます信憑性が増してしまう。


「そしてマーティソン子爵の姪だったあなたも、長年グレイス・コピーの密売に加担していた。これを認めますか?」

「――いいえ」


 私は血が滲むほど唇を強く噛みしめながら、罪状の否認に終始した。

 悔しいけれど、これは『悪魔の証明』だ。

 そもそも『なかった事実』を『ありませんでした』と証明すること自体が、裁判ではとても困難なのだ。


「裁判長、当時のマーティソン子爵家の内情について、こちらも証人を召喚したいと思います。よろしいでしょうか」


 だけどロクサーヌが雇ってくれたベッティル弁護官は、さほど慌てた様子もなく冷静に反対弁論を進めていく。

 驚いて被告人席から隣のベッティル氏を見れば、初老の優しそうな男性が「大丈夫だ」と私を励ますかのように穏やかに微笑んだ。


 そして、次に弁護側として証言台に立ったのは――




「私はタチアナ。タチアナ=バーレと申します。先代のギュンター様の時代から、約25年ほどマーティソン子爵家にお仕えさせていただきました」


「――」




 それは、タチアナ。

 かつて私の乳母を務め、イクセル叔父様とセシルによって子爵家を追放された一人の侍女が――9年ぶりに私の前に姿を現した。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ