101 ロクサーヌの助言2
私はロクサーヌに今までのことを全部打ち明けた。
元々私が九年もの長い間、マーティソン家で叔父一家から虐待を受けていたこと。
叔父のイクセルがグレイス・コピーの密売に関わり、その口封じとして殺されたこと。
その姪である私を、公爵が妻にすることで保護してくれたこと。
その後私に記憶の改ざんがあり、色々公爵やアストレーのみんなに迷惑をかけてしまったこと。
さらに問題の麻薬密売組織はいまだ暗躍を続けていて、王位継承問題にまで関わっているかもしれないこと。
命を狙われ続ける公爵やクロヴィス殿下を助けたくて、私も王都までやってきたこと。
それら全部を話し終わる頃には、三回目の紅茶のおかわりも空っぽになっていた。
「な、なんなんですか、そのデボラ様の叔父って! 幼い姪にそんなひどいことするなんて、許せませんっ!」
「全くっス! もしも生きてたらこのオレが直接家に乗り込んでボコボコにする所っスよ!」
「ボコボコじゃ足りねぇだ! けちょんけちょんのメタメタにしてやらねぇと気が済まねぇ!」
特に私が虐待されていた件では、エヴァ・レベッカ・ジョシュアの年少組が、自分のことのように憤慨した。
そういえばこの三人に、直接私の事情を話すのは初めてかもしれない。
興奮しすぎて手に負えない三人を、コーリキが必死に宥めている。
「なるほど。おおよその事情は理解しましたわ。では現在わかっていることを、順を追ってまとめてみましょう」
私達はロクサーヌを中心に円陣を組み、彼女がノートに書き記すことを整理していく。
「まず何と言っても最も警戒しなければいけないのは、グレイス・コピーの密売組織と、そのボスですわね。アストレー公爵とクロヴィス殿下が四年も追い続けているにもかかわらず、未だ検挙に至っていないということは、かなり狡猾で手ごわい敵だと思いますわ」
「うん、絶対油断できない相手だよね」
私が相槌を打つと、ロクサーヌはさらに深く考え込む。
「それからマグノリア救貧院が怪しいという話も気になります。そちらについて何か新情報はございまして?」
「そのことですが私がカイン様にカシュオーン産の植物についてご報告した後、救貧院には緊急に監察が入っております」
「相変わらず、カイン様の仕事はやっ!」
コーリキの報告を聞いて、私は思わずツッコミを入れてしまった。
いやいや、充分知ってたけどね? 公爵がやればできる子……いえ、やらなくても常にできる子だって!
もう何度目になるかわからないけど、やっぱり言わせてちょうだい。
カイン……恐ろしい子! ガクブル!
「ですがやはりいくら調べても、救貧院から怪しいものは何一つ出ませんでした。実はカイン様から窺ったのですが、四年前の時点ですでに救貧院やその他宗教団体が密輸に関わってる可能性を考えて、定期的に港で抜き打ち検査を行っていたそうです」
「なるほど。聖職者がらみの輸入は、ものによっては検閲そのものが免除されるケースがあります。その法の抜け穴を利用された可能性は、大いにあり得ますわね」
「ほ、ほえ~……」
なんだか難しい話になってきて、私の頭はすでにパンク寸前だ。
とにかく怪しいと睨んだ救貧院は、白だった……ってことでいいのかしら?
「いいえ、まだ救貧院が白か黒かは判断できません。マグノリア様はご立派な人格者であられ、わたくしも信じたくない気持ちでいっぱいですが、もしもマグノリア様が本当に密輸組織に絡んでいるとしたらクロヴィス殿下やアストレー公爵が四年もの間、一方的に手玉に取られたのも、ある意味納得できます」
「それだけ実力も知力もある老獪……と言うことですね?」
コーリキの言葉に、ロクサーヌは深く頷く。
「それからアリッツ様やエルハルド殿下……、王族の皆様を一斉に暗殺しようとした動機も気になりますわね」
「そのことですが」
次第に会話を交わすのは頭の回転が速いロクサーヌとコーリキが中心になっていった。私やエヴァ達はただひたすら、彼らの考察に耳を傾ける。
「あのあと伝手を頼り、王宮内の騎士から情報を仕入れました。エルハルド殿下のお命を狙った護衛騎士……いえ、すでに元騎士になりますが……は、どうやら薔薇の宮内で拘禁されているようです」
「リゼルが……」
銃撃直後の泣きそうな彼の表情を思い出してしまい、私の胸がズキンと痛くなる。
「そう、そのリゼルですがエルハルド殿下自らが尋問を行ったそうですが、未だ黙秘を貫いているとのこと」
「ありゃ、それは何でだべか?」
「リゼルが黙秘を貫いている理由は、もしかして彼の妹にあるかもしれません。実は事件の数日前から、彼の妹が行方不明になっているのです」
「えっ!? 行方不明!? もしかしてそれって……誘拐じゃないの!?」
私の指摘をコーリキはすぐに肯定した。
「どうやらエルハルド殿下もそうお考えになったようで、リゼルの妹――オーバン家の令嬢の捜索が極秘裏に始まっています」
「それで成果は?」
「残念ながら今のところは何も。おそらくリゼルは何者かに妹を人質に取られ、エルハルド殿下の暗殺を強要されたのかと推察します」
「そんなのひどいっ!」
私は思わず拳を勢いよく振り上げた。
だってあんなに仲が良かったのよ、エルハルドとリゼルは。
なのに妹を人質にとられ、エルハルドの暗殺を命じられたリゼルは、どれだけ深く悩んだことだろう。忠誠を誓った主人と大切な妹の命を天秤にかけ、ギリギリまで苦しんだに違いないわ。
「ふむ、つまりリゼル殿の妹の所在は今も不明。やはり王族を暗殺しようとした動機もわからず……と」
怒りで興奮する私とは対照的に、ロクサーヌはただ淡々と明らかになった事実をノートに書き足していく。それからがっちりと腕を組んで、ゆらゆらと体を横に揺らし始めた。
「ロクサーヌ?」
「ああ、気にしないで下さい。考え事をしている時、こうして体を左右に揺らしてしまうのはわたくしの癖ですの。貧乏ゆすりの一種ですわ」
そう言ってロクサーヌはロッキングチェアに座っているみたいに、体を大きく揺らし続けている。その姿が何だかドラマでよく見る名探偵みたいで、思わずかっこいい!と思ってしまった。
「うーん、やっぱりすっきりしませんわね」
「何が?」
「なんだか敵のやっていることがちぐはぐというか」
「ちぐはぐ?」
ロクサーヌの言う違和感が分からなくて、私は小首を傾げる。
「さっきも申しましたわよね。敵はこの四年もの間あのクロヴィス殿下とアストレー公爵を手こずらせたほど、狡猾で非道な組織のはず。にも関わらず、ここ数カ月の彼らの動きは、あまりに杜撰すぎます。例えば今回の暗殺未遂事件でも、わざわざリゼル殿の妹を誘拐したり、これ見よがしにカシュオーン産の毒を使ったり。やることなすこと詰めが甘いのですわ」
「そ、そう? そういうものなのかな?」
「暗殺の手先として王宮に仕える侍女やターゲットの部下を利用するのは常套手段と言えますが……。誘拐って意外とコストがかかるものなんですのよ。誘拐した人質を監禁するための場所や見張りの人件費など必要ですし」
「ふむふむ……」
「わたくしならそんな危険は冒さず、多少金を積んででもプロを雇いますわ。まぁ、クロヴィス殿下やアストレー公爵がターゲットの場合、プロでも暗殺は難しいでしょうけど」
「ロクサーヌ嬢の指摘は的を射ています。実は私やヴェイン隊長、それにカイン様も同じ意見です。彼らは今回、証拠や事件の手掛かりとなるものを残し過ぎているのです」
「ほ、ほえ~」
私はもう「ほえ~」と間抜けな返事をすることしかできなかった。
やっぱり頭のいい人って、一般人とは全く視点が異なるのね。私はそんなこと、思いつきもしなかった。
さらにロクサーヌは指を順番に折りながら、敵の行動が杜撰になった原因そのものを考え始める。
「可能性としては、組織全体の結束が何らかの理由で乱れ、指揮系統が混乱している。もしくは……」
「もしくは?」
「組織のボス自体が数カ月前に代替わりした可能性がありますわね。もちろん新しいボスは先代よりも頭が回らず、利己的な人物と見受けましたわ」
「代替わり、かぁ……」
なるほど。日本のヤクザも、代替わりした途端に他の組と揉めたりしてニュースになったりするものね。
だけどもしこの仮定が正しいなら、やっぱりマグノリア様は容疑者から外れそう。だって生涯独身を貫いたあの方には代替わりさせるような跡継ぎはいないはずだもの。
「それに加え、なぜかデボラ様の私室が何者かに荒らされている。しかも突然浮上したアストレー公爵の浮気疑惑……。うーん、うーん……」
ロクサーヌがゆらゆら体を揺らす様を、私達は固唾を飲んで見守った。
ここまでくると彼女の頭脳だけが唯一の頼みの綱だ。
どうかロクサーヌ様、いえ、ロクサーヌ大明神様!
この愚かな私に目の覚めるような知恵を授けて下さい――!
「やっぱり引っ掛かりますわ。デボラ様の周りで、あまりにもトラブルが頻発しすぎてます」
「そうですよね。確かに言われてみれば」
「まるでデボラ様になんか恨みがあるみてぇだ」
「まぁデボラ様が自ら事件に足を突っ込んでいくタイプだということを差し引いても、不自然ではあります……」
じーーー……。
みんなの視線が今度は私に集中し、思わず嫌な汗が流れる。
あれ? 私ってそんなにトラブルメーカー?
ルーナよりはましだと思うんだけど、もしかしてその認識自体が間違ってた?
「デボラ様、亡くなったマーティソン子爵から、何か大事なものを預かったりしていませんか?」
「大事なもの?」
「どうやら敵の動きが大きく変わったのは、五カ月前のマーティソン子爵家放火事件がきっかけのような気がするのです」
ロクサーヌにそう尋ねられるものの、私の頭にはそれらしき記憶は浮かばない。
……と言うか、今でも子爵家での虐待時代を思い出そうとすると、細かい記憶が飛び飛びになるのよね。
ノアレ曰く、それは自己防衛の本能が働いているせいらしい。
そもそも子爵家本邸は五カ月前全て焼け落ちてしまい、何の証拠も残ってないはずだ。
「うーん、そうですか。残念ですわ。もしかしたらあの狡賢いマーティソン子爵のことだから、何か切り札を残しているかもしれないと思ったんですけど」
「切り札?」
ロクサーヌの口から飛び出したパワーワードに、私は思わず身を乗り出した。
言われてみれば叔父様は詐欺師としては超天才だった。あの人の非道さを一番知っているのは、他ならぬこの私。
たしかにあの叔父様が大人しく敵の言いなりになって、何の抵抗もしないまま殺される……なんてこと、あるんだろうか?
「わたくし思いますの。グレイス・コピーを密売する組織とうまく渡り合うためには、相当の知力と胆力が必要だと」
「……うん、そうだね」
「これは一つの仮定なのですけれど、もしもマーティソン子爵が組織の何らかの弱みを握っていたとしたなら……。口封じとして抹殺されるのも納得できる気がするのです。マーティソン子爵は、組織に深入りしすぎたのですわ」
「組織の弱み……か」
こうして事件のあらましを考察する中で、いよいよ話はふりだしに戻った。
全ての始まりは五カ月前。
私が記憶を失った運命の日。
事件の謎を解決する鍵は、あのはじまりの地にあるかもしれなかった。




