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酒祭りだよ西条は!、学園祭とクリスマス

第6章

6‐1 酒まつり

 酒まつりは西条で毎年開かれ、今年(平成18年)は10月7(土)、8日(日)である。

 会場は中央公園や、各酒蔵、中央公民館等が会場となり、酒好き以外でもコンサートなどのイベントで楽しめる。

 しかし、この祭りの最大の売りは、全国(鹿児島や熊本、沖縄は焼酎が主流のため参加は少ない)の日本 酒の飲み比べが一度にできることだ。

 西条を走るバスは、芸陽、JRともに酒祭りの2週間ほど前から「西条酒祭り 2006」と描かれた旗を前面に付けて走る。


酒祭り仕様バス

挿絵(By みてみん)


 酒祭り当日には、ブールバール通りでは、西条駅前の公園から市役所間が閉鎖され、歩行者天国になり、安芸津方面のバスは西条プラザへ迂回する。

 自分が運転しているバスの車内は、まだ昼間でありながら、乗客から出る酒の匂いがプンプンと立ち込め、自分が飲んでいなくても、酔っ払っている気分だ。


 付近の道には騒いでいる酔っ払いが多数いて、ふらつきながら、千鳥足で歩いている。

 警察官は警備にあたるものの、酔っぱらいは防護策を蹴飛ばし、車道に飛び出してくるし…

 狂喜乱舞…

 ここは本当に、日本か?

 内戦状態と言っても過言ではない。

 そんなこんなで、酔っぱらいを何回か轢きそうになる。


 バスはいつも以上に慎重な運転が求められる。

 今日は、本当に疲れるな~

 

 この激しさの中で、自分の業務は幸いにも人身、物損事故もなく、厄介なことにも巻き込まれずに、ほぼ予定通りの16時30分に運良く終えられた。

 

 明日の業務まで時間ができた。

 自分はビール派だが、業務を無事に終えられた安堵感からか、あの酒祭りが、何だか、やはり気になってきた…

 ここまで迷惑をかけられたのだから…

 自分も、少しは楽しんでも良いよな…


「酒祭りは何時までですか」と、所長に聞いてみた。

「17時までに入れば、2千円で日本酒の全銘柄が飲みたいだけ飲めるで」

「全銘柄を飲みたいだけ飲めるってすごいな…」


 酒祭りの会場へは17時までに入らなくてはならない。

 私は着替える間もなく、中央公園まで走り2千円を払って、狸の絵が描かれたお猪口を手渡された。  

公園の敷地の中では、老若男女の大部分の人が、普通に寝転がって、酔いつぶれている。

奥に歩いていくと、どこかで見た顔の人がいた。ドイツ人のF先生である。


酒祭り会場 西条公園

挿絵(By みてみん)


「F先生、お久し振りです。隣にいるのは、どなたですか」

「今日は主人と一緒です」ドイツ人のF先生は、日本語がとても上手だ…

丸坊主で痩せていて、ぱっと見は囚人みたいだが……すいません…冗談です。

「浅野君は、今日は休みですか」

自分は制服を着てるのに…すでに酔っていて分からへんのかな…?

「16時30分に終わったんで、営業所からそのまま歩いてきました」

「では、また…」


 酒は2,000種類以上はあるが、人気のある酒はなくなり次第に終了となるので、お目当ての酒があれば、入場する際に手渡されたパンフレットを頼りに、いち早く注いでもらわなくてはならない。

 会場の中央公園には先生のみならず、留学生も多く来ており、国際色が豊かである。

 そのような中でも、一際に、異彩を放っていた人がいた。

「これ下さい」、「これ下さい」、「これ下さい」と、立て続けに、はしご酒をしている、まだ三十歳手前くらいの小柄な日本人の女性がいる。

何とも豪快な飲みっぷりの女性で、みんなから注目の的である。

 さすが西条、酒の町、でも、広島は恐ろしい街だとも改めて実感した。


 その中で、事件は起きた。

 

 私が気にいった酒を見つけたので、お猪口へ注いでもらおうと酒蔵の人に差し出すと…


「何だよ、割り込むなよ…」と、さっきの豪快な女性である。

「えええ、そっちが割り込んだと思いますますけど?」

 多分、話しても無駄だなと…


「どうぞ…」と譲った。

 結局、女性は自分よりも先に注いでもらい、そのお猪口を良く見ると、何と…三分の一も入ってなく、指でC(ちょっと、少し)の形をつくり、ほんの少しずつ注いでもらっていたのだ。

そりゃそうだよな。こんな細い女性があんなに豪快に飲める訳がないと納得した。


その後も飲み続けた自分は、フランクフルトや唐揚げをつまみに、「たまにはこういう酔い方も良いよね」と、見ず知らずの人と話ながら、公園に寝ころび、自分が昼間バスを運転しているときに、酔っぱらいを軽蔑視していたのが嘘のようだ。

 

 自分もグデングデンの酔っぱらいになっていた。

 これだけ酔って、どうやって家に帰れたのか・・・全く記憶にない。


6‐2石見銀山

「浅野さん、来週の土曜日から日曜日までは石見銀山に行くって休み出しとったのう」と運行管理者に呼び止められた。

げっ…何か嫌な予感がする…こういう場合には大抵無理な用事を言いつけられる…


「明日の金曜日は休みじゃのう…」

「はい、授業での発表がちょうど自分の番で、大学院の方は休めないんですよ」

「じゃ、明後日の今週土曜日に悪いけど、午後から休みたい言う奴がおるんよ。公番(正規の順番)の系統を変わってやってくれんかのう」

「はい全然、OKです」

「あと、今は豊栄で人(運転手)が足りんけぇ、9系統で上竹仁の分が付いとるでな…」


上竹仁車庫

挿絵(By みてみん)


「ええ、本当だ…何でまたそんなややこしい」

「そうそう、上竹仁線はフリー乗降区間もあるから気をつけてのう。ほいじゃお願いな」しまったはめられた…

 明日は大学院の先生や生徒たちと巡検(現地調査、見学等)で、石見銀山に行く日だ。大学院での授業が終わり、西条の営業所に寄る。

 明日の始業表は…、もう出ていた。

 運転手は…ベテランのK佐大先輩だった。

 後は明日の昼食は弁当持参なので、EAONへ買い物に行く。


「ああ、N村先輩、今日もここですか」

「こんなに買い込んで珍しいね、どうしたの」

「明日は巡検で、石見銀山に行くんですよ」

「へえ、巡検…?何それ…?」しまった、こんなところで話し込んでいる暇はない…

「先輩、すんません。明日の準備があるもんで」


翌朝

 やばい、目覚まし時計では午前9時を、もうすぐに指そうとしている。

 時間ギリギリや。というか、もうアウトだ。

 何しろ自分ところの芸陽バスで行くんやで、今日は遅刻したら大ヒンシュクもんやな…。


 私は急いで、着替えを済ませ、自家用車で大学の西口駐車場に入ると、奥の方にはバスが1台見えた。

 このバスは違うバスで、あってくれ…

 自分の乗る予定のバスが、何かの事情でまだ着いてないことを祈る。

 

 しかし、無情にも…そのバスには「Geiyou Bus」と横文字ではっきりと描いてあった。


「ああ、終わったな・・・」どうせなら、このままここに私を置いていってくれれば…

 私はすべてを諦めてバスに乗り込んだ。

「浅野さん、5分の遅刻ですよ」と、先日の酒祭りで偶然にも一緒になったF先生から…

「ああ…、はい、すいません」と、着いた早々に謝る羽目に。

 会社にも、何とも申し訳ない…

 しかも、このことは…

 明後日のバス勤務で会社に行くと、先輩方から絶対に、つつかれるな…

 しょうがない…

 今は気持ちを切り替えよう…


 早速、自分たちを乗せたバスは動き出した。

「芸陽バスのS竹です。今日は皆様お忙しい中、このようにお集まり頂きまして誠にありがとうございます…」と、S竹先生が芸陽バスの運転手のアナウンスの振りをしてぼけてみせた。

「芸陽バスって、それは自分の台詞ですやん」とS竹先生に、おいしいところを、早速にも、持っていかれてしまった。

 バスは国道54号線をそのままずっと、北へ向かってひた走る。


 ところで、私は豊栄の営業所までは、しょっちゅう来ているが、その先は、自分の未知なる世界だ。


「ここら辺は赤い屋根瓦が多いんですね」

「赤土がたくさん取れるからって聞いたことがあるよ」


 バスはさらに北へ進み、道の駅「赤来高原」に着いた。


 ここで、お土産を買うのはまだ早いしな…

 ドラえもんの遊具がなぜか置いてある。

 

 私はお菓子を買って車内で配り、みんなのご機嫌を伺った。

「チョコビーってこれアニメの…、浅野さんらしくないお菓子やな」

「でもこれ美味しいですよ」


 11時30分

「残り30分ほどで目的地に着くようですが、今後の時間節約のためにも、持参された弁当はバスの車内で食べてください。ちなみにこれから、急なカーブが続きますんで、落っことさないように気を付けて食べてください」

 ひえ~、こんな車内で食うのかよ…

 そう言えば、昨日、自分がスーパーで買っておいた弁当も、家に忘れてきてしまった・・・

「浅野さん、遅刻したから反省して何も食べないんですか」と隣のM武が聞いてきた。

「そうやねん…って違うわ…弁当を忘れてきてしもうた」

「はあ~、浅野さんらしいですね…何なら、このおにぎり一個どうぞ」

「ありがとう、優しいな…」


「一個500円ですけど」

「Mっちゃんこのおにぎり、お金取るの…? 500円は高いやろ…」


「冗談ですよ」

「では、ありがたく、頂きます」と、おにぎりを手渡され、急に左カーブが…

「Mっちゃん…」おにぎりはコロコロと…運転席の方へ…

 ラップしてあったのでおにぎりは、助かったけど…

 さるかに合戦か…

 そのおにぎりを食べ終わると、いよいよ、石見銀山の駐車場に着いた。

 

 そこから坑道までは乗合バスで行くらしいが、休日なので他の団体もあり人出は多く、バス停には高齢者などで長い行列ができている。

 

 ここ、石見の産物である、銀でできた、モニュメントみたいな形をした石見銀山の地図に、みんなが見入っている内に、お目当ての乗合バスはやって来た。

 これがまた小さなバスやな…

 全員は乗り切れないぞ…?

 乗合バスは人と荷物で入り混じり、何とか詰め込むだけ詰め込んで山手線のラッシュ状態で出発した。


「これじゃ…降り口の料金箱まで辿り着けずに、料金も払えませんね」

「ま、みんな降りる場所は一緒やろうけど…」

「次は『間歩』になります」と、車内アナウンスが流れた。


 案の定、バスの乗客の全員がここで降りて、坑道の方へ向かって歩いていく。

「乗るのに10分はかかったのに、動き出したら5分で着きましたね」

 このバス必要か…?


 まず精錬工程を見学した。

「坑夫の平均寿命が30歳とは随分に短いですね」

「当時は先進的だった『灰吹法』は鉛を吸い込みやすく、その鉛には毒があったから、癌におかされたらしいよ」

「他にも「高温多湿」や、「鉱さい」などの理由もあるらしい」と、M武としゃべりながら、

 次に鍾乳洞のような所を歩いていく。


石見銀山

挿絵(By みてみん)


 みんなで穴の中に入ると、外とは比べものにならないほどにとても涼しい。

 ヒンヤリしすぎて、何か出ないかと少し気味が悪いくらいだ。


「ここは銀山と言っても銀だけではなくて、銅や鉛等の色々な鉱物が取れるんですね」

「山を切り崩したりせずに、狭い坑道を掘り込んでいくという、坑法を古くから行い、環境に配慮した坑法で注目されてるんや」

「世界遺産の登録の際にも、その点が最大にアピールされてるんやよ」

 坑道を出ると、周辺の古民家も見学し、敷地内にある水車で粉を挽いている。


集合写真

挿絵(By みてみん)


 そこから宿である温泉津温泉までは、我らが芸陽のバスで移動した。


「温泉津温泉って、上から読んでも下から読んでも、山本山の海苔のCMみたいな…」

「何て読むの?」とM武に聞いてみた。

「ゆのつ温泉と言い、温泉街としては、国から全国で初めて、『重要伝統的建造物群保存地区』に指定されたそうです」


温泉津温泉街

挿絵(By みてみん)


「へぇ~、どうりで情緒がどの建物にもあるね」

「浅野さん、それ今聞いたからそう思っただけでしょ…」

「ばれた?」

 宿に荷物を置き、部屋割が発表される。 

 自分は生徒だから、大部屋かと思っていたら…

「浅野さんは〇〇号室」

 同じ院生室仲間であり、巡検に来ていたE本さんに、

「浅野さんは何でここにいるの。さっきN川先生と同じ部屋で、君の名前が呼ばれていたよ」とも言われ、早速自分の荷物を持って、その部屋に行くと、中にはN川先生、S竹先生、そしてA野先生がいた。


 そういうことか…

「浅野君は学生だから、金額も安くしてあるので大部屋で寝るんだよ」と淺野先生から突っ込まれた。

「ハハハ、やっぱりそうですよね」

 50人近くいて、アサノは二人もいるので、最初から淺野先生、浅野君と、使い分けて呼んでくれよ…

 この年になって浅野君では、さかな君みたいだけど…

 ま~それもいいかと、気を取り直して、みんなで泊まる宿の隣にある、公衆温泉に浸かりに行き、まずはたまった疲れを癒した。

 夜からは先生たちと会食し、ささやかながらの宴会が始まった。

 その宴会では、現在では大学院で「お茶や」の研究をしている、もと舞妓さんだったN岡さんの御座敷芸も飛び入りで行われた。

「トラ、トラ、トラ、トラ…」と堪能できて、真面目な話題の先生が多く、とかく盛り上がらない宴会に、華やかさを添えられて良かった。

 翌朝は地元のまちづくりの人たちと交流をして、旧家を見学させてもらい、夕方には西条まで帰ってきた。


6‐3 チェーン講習会

 10月には全車両が順次に、新しいスタッドレスに変わるからありがたい。

「誰か、野球のリーグ戦がいよいよ近いけぇ、キャッチボールの相手ができへんか」と、K本先輩がグロー

ブを持って、休憩室にやってきた。


「F留さんは…、お年じゃけぇ…ちょっと無理そうじゃのう…、浅野君どうじゃ」

「自分も無理っす」

「そうか…、あんた、運動不足じゃけぇ、最近ちょっと太ってきたんと違うんか」

「先輩、余計なお世話ですよ。ところで、リーグ戦って何ですか」

「広島電鉄、芸陽、広島バス、広島交通、JRと広島県内のバス会社同士で、毎年の春と、秋にやるんじゃ」


「へぇ、うちは強いチームなんですか」

「そうじゃのう、ここ四、五年で一、二回は優勝しとるのう」

「それって、強いのか、弱いのか…微妙ですよね…」


「そうじゃ、わしが浅野君の運動不足を解消しちゃるけぇ。わしの担当するバスの後ろに置いてある、青いスポーツバッグをここへ持って来んさい」

「先輩、自分は野球経験がないんで、ましてや硬式球じゃ無理っすよ」

「つべこべ言わんと、とにかく急いで持って来んさい」

自分は走ってバスへ行く。


 ああ、これか…

 青いボストンバッグが確かに置いてある。それを持ち上げようとすると、

「あいた、た、た、た……」

 腕がちぎれそう…自分のことは、自分でやってくれよ…


「おまえさん、それ開けてみんさい」

 早速開けてみると、中には光輝くものが入っている。

 金属バットや、グローブ等ではなく、銀色に輝くバス用のチェーンだった。


「今から、わしがバスのチェーンの巻き方を教えちゃる。F留さんも一緒に来んさい」

「何じゃ、今から何か始まるんかいのう」と、他にも人だかりができてきた。


「わしも忘れてしもうたから、ついでに教えてくれんさい」と、他の先輩も付いてきた。


「新品のスタッドレスに変わったバスがちょうどありますね」

「浅野君、スタッドレスは地面との設置面を張り替えれば、2、3回は再利用が効き、2、3割安く済むんじゃ。最近では大型車がこうする事が多いんじゃ」


「へえ、初めて知りました。一本2万円として6本分ですもんね。これは大きいですよね」

「それはそうと、バスの後輪はダブルタイヤじゃろ。自家用車のように、ジャッキは使わずに、奥側のタイヤにだけ、片面を三角に削った木柱をかまして、手前側のタイヤにチェーンをぐるっと掛けるんじゃ」とやって見せてくれた。


「ああ、これなら楽勝ですね。特許が取れますね」

「あほか、こんなんで取れるかい」

「ただ、タイヤにチェーンを巻いても、凍った雪道では滑るけぇ、これを過信しなさんな」


「へえ、この巨体が滑る…考えられない…」

「確かに、豊栄へは上らん時があるやろな…」

「登りならまだしも、下りで滑ったら地獄ゾ」と奥でみていた先輩が囁いた。

「そういう時はエンジンブレーキと排気ブレーキで、速度に気を付けて走りゃ大丈夫じゃ。豪雪や凍結時には運行中止にもなるが、そんなことは滅多にないんじゃ」


「滅多にって言いながら…、一応あるんじゃないすか…」

「あと、冬場は帰庫したら、扉を閉めて運転席下の3本のレバーを引いて、エアータンクの空気を抜いておくのも忘れるな。これをやらないと、ポンプに溜まった水が凍り付いて、ブレーキが利かなくなる事もあるんじゃ」


6‐4 広島大学の学園祭

 春や秋になると、私の通う広大では学会員が何千人規模の土木、建築系の学会から、中小規模の人数のさまざまな種類の学会も含め、土、日を中心に重なって開催される。

 特に、秋に開かれる学会発表の中には、同じ日に大規模な学会同士で重なる場合も多くあり、それらの輸送には、芸陽と、JRバスとでの臨時便で対応することになる。


 今日は朝から夕方まで、車内は満員となり、乗客は寿司詰めの山手線状態である。

 前扉には人がいて、左前方が見えにくく、車内のミラーで中扉を確認するのも難しい状態が続く。そんなストレスからか、バス運転手達は朝からご機嫌斜めが多い。

「学会で来る奴らは、『お釣りは』っていちいちと、わしらに向かって言いよるのう」

「500円玉でお釣りなんか出る訳がなかろう。わしらよりも賢そうじゃのに、バスの乗り方も知らんのかいのう」


「それが、そうとも言えないんですよ」

「都バスだと、運賃箱へ千円札や500円硬貨を入れると、お釣りだけが出ますよ」

「へぇ、初めて聞いた話じゃけぇ。どうしてそんな事ができるのけぇ」

「都内は230円の均一運賃なんで、例えば500円硬貨1枚を入れれば、自動的に270円分のお釣りが硬貨で出てくるんですよ」


「へえ、さすが東京じゃな。うちよりも進んでおるのう。西条でも広大なら利用客が多いんじゃけぇ、運転手のボタン一つで、そうなるようにすりゃあええのにのう」

 広大をぐるぐると何周もしている内に、今はもう20時過ぎだ。DAMコーダーのセットをつい忘れて発車した。

 おまけに、自分の所持金は細かい釣り銭なんて持ってない。

 頼む、今回の分だけ、だれも乗って来ないでくれ……と願いつつも、

 一人、二人、三人……バス停には十人はいる。

 しかも、白市の空港線と、この広大線とは乗車人数を付けなくてはならない。

 やはり、この広大循環はどの時間帯でも乗ってくる人は多いんだよな…

「ただ今、運賃表示機が故障しております。また、釣り銭も不足しております。どなた様もあらかじめ運賃をご用意ください」……苦肉の策である。


 元々、定期の人が多いので、目立った混乱はなかった。

 一方でごまかそうと、降り際には掌をパッと広げて、几帳面に見せて行かれる人もいれば、悪質なのは手で持っている部分に、わざと定期券の年数や、日付等の見られたくない部分を、自分の指で隠したままで降りて行く。

 運転手に扉を閉められないように、前の人に続いてさっと降りていく。

 こんなの…いくら賢い大学生でも、可愛くても、格好良くても、これでは幻滅するしかない。ましてや後輩や、知り合いかも知れないと思うと、とても切ない気持ちになる。

 実は、運賃箱は運転席側が透明なアクリル板になっており、運賃を幾ら入れたかその都度瞬時に、運転席から見られるようになっている。


車内運賃箱

挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


 定期券が期限切れかどうかの怪しい人は直前の不審な行動や、毎日同じ時間帯に乗るので、翌日以降でもすぐに察しがつく。

 何より、ドライブレコーダーが設置されたバスでは、不正行為の証拠が歴然と残る。

 このように、不正乗車はすぐにバレるので、やらないようにね。

 そろそろ今日も終わりだな。

 3番の乗り場に付けようとすると…

「ギーッ」


西条駅ロータリー

挿絵(By みてみん)


 西条駅から広島大学への循環便は、3番からJRバスと同じ場所で発車する。

 右に大きくカーブした場所なので、長い車両では特に停めにくくなっている。

 それで11m車はスイッチバックして停めることになる。バスはバックモニターがあるけど、液晶画面は白黒が多く、夜中に細い棒は見つけにくい。


 バックする時に、駐車禁止の標識にぶつけて、少し斜めに曲げてしまった。


 広大の循環便を終えてから、自分の車で牽引用のロープを持ち、元に戻(原状回復)しに行った。


 最近、西条駅前が改修され、この標識のお陰でバスを停めにくくなった。

 歩道と車道の境目にあり、駐車禁止の標識なのに、下手な駐車車両よりも、邪魔である。

 もっと、歩道よりに設置するか、路面に禁止マークをペイント塗装すれば良いのに…

 案の定、またその後でJのバスがぶつけていた。


 H広島市役所等はバスのオーバーハングなんて考えたこともないんやろうな。

 同じく構内のガードレールも車道寄り過ぎて邪魔であり、早急に設置し直すべきである。


 我が校、広島大学の学園祭は11月の上旬の土、日、祝祭日に行われ、昼間の部では学生が出す焼きそば、お好み焼き、各国留学生の郷土料理、ビール、酒等の屋台の露天や、研究発表、部活、サークル発表等大学の中にはありきたりなものから、夕方から夜間の部には、有名な歌手が来ないのは残念だが、独自企画のファッションショーや、ライブ、打ち上げ花火等がある。


 広大は女子大のような家政学部はなく、なぜファッションショーなのかは知らないけど、学園祭やファッションショーの実行委員には女子が多いようなので、学園祭の期間限定で、きれいに着飾って、みんなにアピールしてみたい。

 そんな変身願望からかもしれないな~。


 ファッションショーは、夜暗くなってから行われ、カジュアルなものから、セクシーなドレスまであり、会場は熱気に包まれて盛り上がっている。

 それに音楽や、照明、映像がふんだんに取り入れられ、大学構内の普段が地味な分、それをステージ一杯に使ってなかなかに面白い。

 その場でメイクしていくのも面白い。


学園祭

挿絵(By みてみん)


 学園祭の期間中には、大学構内への出入りが誰でも自由なので、地元の高校生等も大学の楽しい雰囲気を残そうと、持ってきたデジカメや、携帯での写真撮影に夢中である。

 たまに、よく分からないおじさん達もいるけれど…それって自分もか・・・?


 こりゃ一人で見ているのも、もったいないな。

 早速、同じゼミのM武君の携帯に連絡。

「今日は構内に人が多いので、今は研究室にいます」と相変わらず、腰が重い奴やな…

 奴の尻には根っこが椅子へ生えている…自分は写真だけでも、たくさん残しておこう…

 その時に色々と期待して撮った写真には、携帯の感度が悪かったのか、ステージらしきものに、何が写っているのか、カメラの被写体が暗すぎて、全くわからなかった…  


 秋を向かえると、ブールバール通りは黄色一色となりとても綺麗だ。銀杏の落ち葉が道一面に広がる。

そのブールバールで12系統をやり、広大へ向かっていると、途中のバス停に自分の指導教官である淺野先生だ。

 ちなみに偶然にも、自分と同じ名字(先生は旧字体)である。

 淺野先生は小さな男の子と手を繋いで待っている。

 バスを止めて中扉を開けると、男の子はつかつかつかと自分の方に向かって歩いてきて、自分のすぐ後ろの席に座った。

 ええ…?

よりによって、すぐ後ろの席に…

 淺野先生も自分が運転していると、すぐに判断するなんてすごいな…

すぐ後ろって事は何か言われるのかな?ここ最近は毎週の授業にもちゃんと出てるし…

「淺野先生、いつもどうもありがとうございます」


「いいえ、そう言えば、僕がこうして君の運転するバスに乗せてもらうのは初めてだね」

「そう言えばそうですよね。今日はどちらまで行かれるんですか」

「自分は定期券もあるし、子どもはまだ5歳で無料だから、一緒に散歩でもしようとね」

「へえ、それはうらやましいですね」


「今日は浅野君が、ずっとこの路線担当なの」

「はい、そうなんです。また帰りも一緒になるかもしれませんね」

「では、気を付けてね」と、二人は広大西口で降りていった。


 その週の金曜日に行われたゼミのことである。

「先生、先日はご乗車ありがとうございました」

「しかも、すぐ後ろに座られたんで、正直言って、あせりました」


「実は自分の息子は、浅野健君とは一字違いの健太なんだけど、バスに乗ったら運転席の後ろに、自分の名前(浅野健≠淺野健太)が張ってあると、名札を見て思ったらしく、一目散に前へ行ってしまったんだ」


「へえ、それはまた何とも偶然なもんですね。ちなみに奥さんは何て言うお名前ですか」

「ともこって言うんだ」

「ええ…、自分の母もともこって言います。祖父が広島に住んでいたので、鞆の浦のようにきれいな人になるようにと、鞆の浦の鞆に子どもの子です」

「その鞆は珍しい字だね」


「はい、病院とかで『くつこさん』って、呼ばれるらしいです。鞆と靴を間違られえて・・・」

「ハハハ…、うちの奥さんは、違う字だけど、子どもの子は一緒だね」

「こんなに似てると、面白い偶然ですよね」


「ところで、自分はずっと都会暮らしで、浅野君とは対照的に、運転免許をこれまでに一度も取ろうと思わなかったから、またこうして時々に乗せてもらう事となると思うよ」

「はい、何時でもお待ちしております」


 西条駅からよりはずっと少ないが、八本松からも広大に行く循環便が出ている。

 広大ではががら口から周り、北口まで全部停まり、西条駅に行くのと同じ路線でたまに間違えて乗ってしまう人もいる。

 今日は珍しく、八本松からの路線で、自分の運転するバスが広大中央口にさしかかると、先日A野先生を乗せたと思えば、今度は副指導教官でドイツ人のF先生が立っている。

 環境問題に熱心なので、自転車か徒歩かと思えば、バスを利用する事もあるんだな。

 出来れば西条駅へ行くバスに…止まって中扉を開けると、我先にと乗ってきてしまった。

 そしてバスを発車させ、一つ目の信号で停車していると、

「すいません」とF先生がやってきた。

 まさか、こんなところで挨拶されるのかな?それとも何かまずいことでも?


「何でしょうか」と恐る、恐るに聞いてみると、

「さっきからこのバスの方向幕が変わっていませんよ」

 ああ、そうか…F先生に気を取られて、変えていなかった。

「すみません、今すぐに変えます」と白いボタンを一回押した。

 F先生良く知ってるな…


 元々、この路線は、八本松駅では夕方に休む間もないのに、余計な作業が付いてくる。

 それは広大の周回では、この八本松駅行きと、西条駅行きとはコースが重なるので、はっきりと区別をさせるために、八本松⇔広大の区間表示ではなく、広大西口からは「八本松駅行き」へ方向幕を変えることになっているが、忘れていて変わっていなかった。

 まさか学校以外で、広大の先生に注意されるとは…ついてないと言うか、何というか…

半分は先生のせいやよ…と勝手に責任逃れして、気持ちを切り替えて運転を続けた。


6‐5 旧車が一番

 今日は久し振りの昼出勤(午前中はなしで、夜が遅い)の日だった。

 お世辞にも、うちのはどれもこれも…、そんな中でワンステップの新車がやってきた。


821

挿絵(By みてみん)


 しかも古サイズではなく、フルサイズである。それで広島に行く順番が回ってきた。

「今日は821(車番)は浅野君か、まだ誰もぶつけてないから、くれぐれも慎重にな」

 地方ではバス停は都会のように、均一に整備されておらず、歩道との段差は様々である。

 できればまだ新車には乗りたくないな…一応、所長に聞いてみた。


「今日は広島まで新車で行くんですけど、帰りは夜ですし、他にバスが空いてませんか」

「そう言われてものう、あれは補助路線の関係で、車両変更が勝手にできないんじゃ」

 私は諦めるしかないか…点検と始業点呼を済ませて乗り込んだ。

 ちなみに、このバスは前扉が真ん中から分かれて開くグライドスライドドアだ。


 まずは西条駅まで回送で行く。まだちょっと早いので、駅前のロータリーで待機する。

駅前には待機中のタクシー運転手や、高校、大学生に、親子連れ等で早速に注目の的だ。

 そんな期待の中で、いよいよ、5番乗り場にバスを付けると、定刻通りに出発した。

「走行中の事故防止のために、お座りください」と、席が空いてても、座ってくれない。

 急ブレーキとなった場合には転倒しやすく、もし転倒したら大怪我するかもしれない。


 優先座席であっても、文字通りに専用座席ではないので、できれば座ってほしい。と言うか座るべきだ。 高齢者が乗ってきたら、「どうぞ」と、譲るという方法が良いでしょう…

 自動車も自動車で、バスは図体が大きいのに、ゆっくり走るものだという思い込みから、前の車との隙間がちょっとでも空くと、すぐに割り込んでくる。


 さらに、何かシフトが入りにくい。シフトは軽い操作のフィンガーコントロール式だけど、クラッチを繋げると、シフトレバーが「スカッ」と時々に抜けてしまう。

 シフトチェンジ後に、クラッチを普通につないでも、「カクン」とノッキングが大きい。

 新車直後(慣らし中)だとしょうがないのかな…

 サイドブレーキも軽い操作のエアー式だ。もう少し手応えがあっても良いもんだが…


 この新車を批評家感覚で運転して、市田橋のバス停手前まで来た時だった。

 ここは東広島記念病院への乗換えや、EAONのスーパーがある。

 買い物客や周辺へのラーメン屋へ行く人も多い。


 その歩道をこのバスと同じ向きに、歩いている人が、ハット振り向き様に手を挙げた。

 えっ、こんな直前で!でも止まらなくては、とハンドルを左にやり止まると、

「ガリッ」と音がした!

 まさか…

 嘘~…


 まだ入ったばっかりで、誰も擦ってないのに…

 このバスは車庫にいる間は、毎回数多くのギャラリーで溢れ返り、隅々まで入念にチェックされているから、それこそ少しの傷でも付けようものなら、みんなにすぐに見付けられて、下手な言い逃れがまずはできないな…


 もし、バスの傷が見つかれば、「処女を傷物にしやがって…」と、間違いなく言ってくる、先輩運転手の顔が1人、2人と、いや……3人位は間違いなく目に浮かぶ。

 でもここで、怪しげな行動をすると、ドライヴレコーダーはバスの前面の車外、車内と両方向で常時に記録されているので、ばっちりと証拠に残ってしまう。

 とりあえず、今は落ち着け…そして何事もなかったように中扉を開ける。

 全く、厄介なドライヴレコーダーが付いたな…


 運転手だけではなく、チェックの鬼、総務のT中さんならすぐに見つけるだろうな…

 即座に降りて、傷を確認したいけど、ここは落ち着いて、普段通りの運転を維持しよう。

 その後は何事もなく目的地の広島バスセンターから戻ってこられた。

 西条の車庫にバスを止めエンジンを切り、ドライヴレコーダーが動いてないのを確認して、スイッチ(前扉を開く)を操作する。

 修理が高そうな前扉は、うまく開いたぞ。

 このまま、何とか問題はなさそうだ。

 

 問題のこすった箇所を探すと…

 左の前扉の下側で、かすかに塗装がはがれ、ザラットした部分がある。赤い塗装の膜が剥がれているような…、いないような…。

 問題は明日だな…


翌日

 会社へ出勤すると、早速にも例の先輩が・・・

「昨日、乗ったのは浅野君だよね…、処女を奪った(傷を付けた)のは君じゃないのか?」

 やっぱり…処女って、どういう例えや…

「いえ、そんな事ないですよ。大事に乗らせていただきました」

「大事に乗るって、いやらしい。やっぱり、お前か…」

「いえ…、いえ…知りませんよ。帰りは夜中でしたけど、ちゃんと車庫まで送り届けましたよ。そうそう、点検時には夜なんで暗かったんですけど、何か…傷はありましたか」


「それがな、前扉の左下あたりに…、微かに擦った跡がある」

「ええ、そうなんですか…自分は知りませんでした」

 すいません、次からは乗る前の点検をもっと入念にして気をつけます…

 自分には運転に慣れている、気兼ねのいらない旧車たちが一番である。


6‐6クリスマスパーティー

 年明けは大学院に在籍する学生たちは定期試験の対策や、レポートの提出に追われ、修了予定者たちは提出する論文に専念して、みんなが忙しいことになる。

 そこで年末の時期に、クリスマスも兼ねての授業の打ち上げとなった。

「自分は確実に休める曜日が金曜日しかないので、パーティーをそれに合わせてもらった」幹事のM武、様、様である。


 会場の総合科学棟5階の共同研究室では、クリスマスらしく、きれいに飾られたツリーがあり、留学生も多く参加していて華やかで賑やかだ。

 テーブルにはどこかの国の酒や、どこで手に入れてきたのか分からないカラフルなパッケージのお菓子に、手作り料理が何皿か並べてあり、どれも美味しい。


 韓国、台湾、モンゴル、ロシア…色んな国々の顔ぶれが混ざり合い、何語で通じる…?

なぜか、人数分の帽子もテーブルの上に置いてあり、何か嫌な予感がもっとする…

「今からじゃんけんで勝った順に、帽子を選んでかぶります」とN岡さんが音頭をとった。

「別にかぶりたくもないし…」

 こういう時の自分は、運が本当に悪く、最後まで負けてしまい、不本意にも、ミッキーマウスの帽子になってしまった。


教室、院生室A・B

挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


 しかもご丁寧にマウスの耳が両サイドに付き、これじゃコスプレか、仮装大会だろ…?

盛り上がっているか、いないか微妙な雰囲気に包まれて、

 いつもはいるか、いないか分からない、岡ちゃん(サッカーの岡田監督)似のA原さんが自分のすぐ側にやってきて、

「何か音楽でもかけますか」と、パソコンでコチョコチョやっていると、音楽がかかった。

「YOU TUBEなどから、曲をダウンロードしてみたんです」

「クリスマスソングにも飽きたし、ちょうど良かったですよ」

 へぇ…、A原さんは意外な所で才能を発揮したな…

 それにしても…、料理も一通りに食べ終えたし、そろそろ、これだけは勘弁して欲しいと、自分の真向かいに座っている子に、


「このミッキーの帽子と、そのブラックの帽子とを交換して」

すると、何を聞き間違えたのか、トレーナーの胸元を広げ、照れ笑いながら…パープルのブラを見せ…

「これと交換するんですか」と、顔を赤らめて聞いてくる。

 赤らめているのは、羞恥心からか、酔っているからなのか、こちらには判断がつかない。

「違うよ…いくら酔っていても、ブラを頭にかぶれる訳がないだろう…?」


「ブラは何とか間に合ってます」と断った。ちょっとやってみたい気もするけど…

 みんな酔いすぎだろう…

「ちなみに、さっきのはお互いの帽子を交換してという意味やよ」

言葉って中途半端に通じると、大変な事になるな…

 どうせなら…ブラは頭にはかぶらずに、交換だけしてもらっても、良かったかな…



















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