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仕事の依頼をもらったのは二か月ほど前、まだ若干涼しかったころだ。買い物からの帰り郵便ポストの中を見るとそれはあった。
見た目は普通の白い封筒なのだが、魔族にしか分からない魔族特融の臭いが封筒から染み出ていたからすぐに分かった。もう魔族とは関わらないつもりなかったからすぐに捨てようとさえ思ったくらいだ。
しかしつい裏に書いてあるであろう宛名を見てしまった。
見た瞬間、思い出したくもない過去と送り主の顔が鮮明に思い出された。私はその場で封を破り手紙を読んだ。手紙は過去の行いの弁明。そして仕事の依頼だった。
「何を今更」
手紙に向かって罵り、手紙を封筒の中に戻した。
すぐに捨ててしまおう。
私にはもう関係のないことだ――。
部屋に戻り自分に言い聞かせた。手紙を捨てようとごみ捨ての中に入れようとするが、どうしても捨てることができない。
気にならないと言ったら嘘になる。だがどうして今更そんなことを言ってきたのか――。ただ――仕事条件は破格だ……。
もう少し考えてみよう。私はそう思い封筒を引き出しの中に保管した。
手紙を受け取って三日後、私は戦場から帰還した彼氏と別れることになった。このまま忘れていればよかったのだが、彼氏との別れをきっかけに仕事を請け負う決意をし、送り手が住んでいる、国境の町ダッシュベルに向かった。
ロマリア帝国の首都であるベルンから列車に揺られること三時間。乗降客数も少ない駅で降りたのは私と七十前後の老人だけだった。どんよりと重たい鼠色の雲がすっぽりと辺りを包んでいるかのうようだった。
切符を駅員に渡し駅を出た。
駅周辺には、小さい馬車が一台停まっているだけだった。人の往来はほとんどなく、のどかな風景。
馬車が停車している少し先には軽食を売っている出店が一軒、申し訳なさそうにあるだけだ。出店の主人頬杖をつきながらうつらうつらしているのが見える。
国境の町ならもう少し栄えていてもいいはずなんだけど……。
駅から数メートル先にはすぐ近くに農夫が畑を耕しているのが見える。人通りはほとんどなく、店も見当たらなかった。何の目的でこの駅が作られたのか疑問だった。
私は封筒に入った地図を取り出した。
何分くらいだろうか……。
見たところ駅から大分離れているように思える。
大きな木陰近くにあるベンチに腰をかけ悩んだ。
馬車に乗ろうか。それとも歩きで行くべきか……。
「いざとなったら馬車代請求してやりゃいいか」
ベンチから立ち上がると、一台の黒塗りの車がけたたましい音をさせながら近づいてきた。そして私の近くに停車すると運転席から三十代半ばくらいの真っ黒な仕立ての良さそうなスーツを着た男が現れた。目つきは鋭いし、絶対堅気の人じゃない!
いや――この人――魔族だ――。
見た目は明らかに人間だ。しかし――魔族の血が流れている者にしか分からない特融の臭い――。
「お待たせ致しました。エミリア・シュレッター様」
「私の名前はリイサ・アーツハルドよ。二度とその名前で呼ばないで」
私の怒声に男は顔色一つ変えずに、「申し訳ありませんでした」と大きく頭を下げた。
「……いえ。分かってもらえればいいの。それであなたは誰」
「私はアンゲルス様に仕える、執事のオットー・グローマンと申します。以後お見知りおきを」
「……なるほど。で、よく私がここに今日来るって分かったわね」
「占いが得意な従者がいます。それと駅に魔族にしか分からない匂いが、近づいてきたのが分かったからです」
「ちょっと待って駅からここまでってずいぶん距離があるんじゃない?」
「はい。大体十キロくらいだと思います」
「そんな魔族聞いたことないわ。誰よそれ」
「私です。私の嗅覚は他の魔族の数倍は良い自信があります」
私は大きくため息をつき質問を続ける。「……そう。それでアンゲルスはどうして私に仕事の依頼を?」
「それは直接主人から聞いた方がよろしいかと」
オットーは流れるような動作で助手席のドアを開け「どうぞお乗りください」と私をエスコートする。私が乗車を確認すると、オットーは運転席へ乗り込み、車を発進させた。