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初老の男性は微笑みかけながら私に問い返した。「どうしてそう思われたのですか」
「先ほど、メモを渡してくれたときに指輪が見えました」
「ですが、私が指輪をしていたからといって、私が竜人だという根拠にはなりません」
「ちらっとですが見えてしまったんです。指輪の裏側に刻印されているもの――バルソット王国を支配していた、オルカーニャ一族のエンブレムではないでしょうか」
先ほどまで微笑んでいた初老の男性から笑みが消えた。「もし、私が竜人だったとした場合そうするのですか」
「別に何もしませんよ。誰かに言ったりもしません。ただ、そう思っただけなんです」
「オルカーニャのエンブレムを知っている人なんていないはず…………あなたは一体何者なんですか」
「私は文筆家、リイサ・アーツハルドです。昔はエミリア・シュレッターなどといわれていましたが」
私は微笑し答えた。
「エミリア・シュレッター……! まさかリードルフ皇国第一王女の!?」
初老の男性は私を見たまま、数秒間何も言わなくなった。その時遠くのほうから誰かを呼ぶ声がした。初老の男性はハッと我に返った。
「申し訳ありません。私こう見えてもここの館長をやっておりまして。従業員もほとんどいないので、私一人なんです。夕食をごちそう致しますので閉館までお待ちしていただけないでしょうか」
「分かりました。何時に閉館なのですか」
「五時に閉館なので、六時くらいには館を出れるかと思います」
「分かりました。では六時くらいになったらまた来ます」
「ありがとうございます」
初老の男性は速足で声のした方向に向かって行った。
私はあの初老の男性を知っているのだろうか。知っていたとすると、やはり私が絡んでいたとする内乱でなのだろうか。
私は初老の男性の後姿を眺めながらぼんやりと思った。