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レンタルベイビー・クライシス  作者: 凪
第5章 リ・チャレンジ
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⑬ラスト1日

 それからの一週間は目まぐるしく過ぎた。

 朱音に関する報道は続き、あるデザイナーと不倫しているとか、会社ではパワハラが横行して自殺に追い込まれたスタッフもいたと報道された。 

 さらに、流の兄がブラホワの社長に就任しようとしているという報道が流れたとたん、父親はブラホワから退く意向を表明し、投資家が一斉に資金を引き上げると言い出した。兄が母親を通報したという報道も繰り返し流され、次第に「自分も経営を悪化させた一人なのに、母親だけを悪者にして済むのか」という声が大きくなった。兄の自宅にマスコミが押し寄せるようになり、妻が自殺を図って病院に運ばれた。

 それが、空を返却する前日までに一気に起きた出来事だ。

 美羽のところにまでマスコミが来ることはなかったので、美羽はいつもと変わらずに美容院に出勤し、普段通りに仕事をしていた。流の会社の周辺にはマスコミがまだうろついているので、流はウィークリーマンションで作業をしたり、会社から離れた場所で打ち合わせをしたりしながら、仕事をこなしていた。日中にマンションにいる時は、流は空の面倒を見て、散歩に連れて行ったりもしたらしい。

「ハイハイで追っかけるだけで、すっげえ疲れた。空って、足が速いんだね」

 楽しそうに報告する流を見て、「空が救いになってるのかも」と美羽は感じた。

 唯一、明るいニュースと言えば、レンタルベイビーを持ち逃げしていた女性に、レンタルベイビーが渡されるという報道だ。女性に対して同情の声が集まり、署名活動がネットで起き、美羽も署名した。

「解体するより、壊れたレンタルベイビーを彼女に渡してあげてほしい」と女性の人権を守るいくつもの団体が訴えかけ、支援機構もAIの動きを観察するために、渡すことにしたのだと報じられた。

 世の中捨てたもんじゃないな、と美羽はかすかな希望を感じた。精神科に入院している女性も、まゆが戻ってきたらきっと大喜びするだろう。

 まゆは再び、動き出すのだろうか。


********************************


 空を返却する前日の夜、美羽は早めに仕事を切り上げて、ウィークリーマンションに戻った。空と一緒に少しでも多くの時間を過ごしたかったのだ。

 美羽が夕飯を用意している間に、流は空に「ハイ、あーん」と離乳食を食べさせていた。その様子を見ながら、美羽は胸が熱くなった。

 ――こんな光景を見られるのも、明日の朝までなんだな。

 流と夕飯を食べながら、これまでの空の想い出を語る。

「最初の日は、いきなりミルクを吐いちゃったから、どうしようかと思った」

「あの日、帰ってきたら美羽がボロボロになってたから、ビックリしたよ」

「夜泣きが続いて、美容院で仕事中に何度も眠っちゃって、店長によく叱られたし」

「あれはもう、体験したくないよなあ」

「ホント、夜泣きが永遠に続いたらどうしようかって思った」

「電車でも居眠りして何度も乗り過ごしたし」

「そうそう、立ってても眠っちゃった」

 空は食卓の傍らで、ベビーチェアに座ってガラガラを振って遊んでいる。その笑顔も、もうすぐ見られなくなる。

「早く、本当の子供と、こういう風に過ごしたいよな」

 流がしみじみと言った。

 ――レンタルベイビーをやってよかった。本当によかった。

 美羽は目の端ににじんだ涙を、そっと拭った。

 夕飯後、美羽が後片付けをしている間に、流が空をお風呂に入れることになった。流は寝室に着替えを取りに行く。美羽は空をベビーチェアから抱き上げた。

「最後にどの服を着よっか。最初に着てた服にする?」

 空を床に下ろして、リュックに入れている空の服を、「どの服だっけ」と探していた時。

「あっ」

 リビングに戻って来た流が叫んだ。美羽は驚いて流の顔を見る。

「あれ、あれ見て。空が、立ってる!」

 流の指差した方向を見ると、空がソファにつかまりながら、自力で立ち上がろうとしているところだった。

「ウソッ……!」

 それ以上、言葉にならなかった。

 目の前で、空が小さな小さな足を踏ん張りながら、必死に立とうとしている。ソファから手を離した。立っていたのはほんの5秒ほどで、すぐに尻餅をついてしまった。床にひっくり返りそうになるのを、美羽が慌てて抱きとめる。

「空ぁ、すごい、すごいよおっ」

「やったな、空、立てたなあ」

 二人で空を抱きしめ、頭をなでる。空はキョトンとした表情だ。

 気づくと、美羽の頬に涙が流れていた。

「なんか、すごいね、赤ちゃんって。すごいね」

「うん」

 三人で身を寄せ合って、一瞬の奇跡を噛みしめた。

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