⑫2回目の判定
「残念ながら、今回もCです」
最終日、いつもの業者の女性は気の毒そうに報告してくれた。男性は、相変わらず無言のままレンタルした荷物を片付けている。
流とは強引におむつを替えた翌日から話していない。今日も美羽が起きる前に家を出てしまった。
「今回もご主人が問題で……」
「そうですよね、やっぱり」
美羽はため息をついた。
「3日前の夜に強引におむつを替えたのは、まずかったですね。あれは支援機構でもちょっと問題になりまして……。お酒に酔っていて、今回は初めてだったから様子を見ようということになったんですけど、次にああいう問題行動があると、ペアレンティングを中断していただくことになるかもしれません。今回は、空君と一緒に遊んでいることも多かったから、ギリギリでC判定になりました」
「私も止めようとしたんですけれど……」
「そうですよね。今回はおむつを替えただけだったからよかったんですけど、もしそれ以上のことをしていたら――たとえば叩くとか、それでも庇っていなかったら、奥様も減点されていたと思います」
美羽はうなだれるしかなかった。
――どうして、あの時、流をムリにでも止めなかったんだろう。私が流を突き飛ばせばよかったんだ。
「最後のレンタルベイビーでもC判定になったら……もちろん、Dでなければ合格できるんですが、定期的にご主人には講習会を受けてもらうことになります。支援機構の担当者がご自宅に様子を伺いに来ることもありますし。そうなると時間を取られますので、最後は頑張っていただいたほうがよろしいかと」
「ハイ……そうですよね……」
美羽が落胆していると、女性は励ますように、「奥様は頑張ってらっしゃるので、評価は高いんですよ。ほとんどすべてがAですから。散歩にもよく連れて行かれてますよね。あれは支援機構でもいい行動だって評価されていました」
「ハイ、なるべく毎朝、散歩に行くようにしてたんです」
「働きながらそういう時間をつくるのは大変でしょう。そういう積極的な触れ合いが子育てでは大事なんだと思います」
女性は優しく微笑んだ。
「最後はご夫婦でよく話し合ってから、いつからスタートされるか決めることをお勧めします」
それはつまり、ここで止めるという選択肢も考えろということだな、と美羽は感じた。
空を手渡すのはやはりつらくて、美羽はしばらく抱きしめていた。
「最後までC判定だったご夫婦でも、本当の子育てが始まってから、それまでとは打って変わったように子育てに積極的になるケースもよくありますよ。なんだかんだいっても、レンタルベイビーは子育てのシミュレーションですから。実際の子育てになると、急に愛情がわいてくる方も多いんです、男性でも、女性でも。だから、レンタルベイビーの結果がすべてではないということはお伝えしておきますね」
女性は美羽を不憫に思ったのか、最後に慰めの言葉をかけてくれた。
空が去った後、リビングに戻ると、家の中ががらんとして見えた。
ベビーベッドもないし、空のはしゃぐ声も泣く声も聞こえない。
ソファには、空のために思わず買ってしまったよだれかけが置いてある。そのよだれかけは青い縁取りがしてあり、雲の刺繍がかわいくて、買い足す必要はないと分かっていながらも買ってしまったのだ。美羽はそのよだれかけを握りしめた。
――今、私は一人ぼっちだ。空がいなくなったら、私は家の中で誰も味方がいなくなるんだ。
「寂しい……」
ポツリとつぶやく。空に、また会える日が来るのだろうか。
窓から、さわやかな風が吹きこんでくる。まだ暑い日もあるが、暦の上ではもう秋だ。金木犀の甘い香りが、風に乗って運ばれて、美羽を優しく包んだ。




