⑪なんであなたと一緒になったんだろう。
空はようやく離乳食に慣れてきて、1日1回は口にするようになった。寝返りも打てるようになったので、おむつを替えている時に油断していると、おむつをつけないまま転がってしまう。
美羽が、「見て見て、空が寝返りを打ったよ!」と報告しても、流は「へえ」と聞き流すだけだ。衝突した日以来、まともに会話を交わしていない。
「話し合おうよ」と美羽が言っても、流は生返事しか返さないのだ。そのうえ、空とも全然遊ばなくなってしまった。
――私に対するあてつけなのか、空に全然興味がなくなったのか、どっちなんだろう。
美羽は、思いきって掲示板で流の行動について相談してみた。
「もうすぐ2回目が終わるのに、このままじゃ不合格になるかもしれません。どうすれば協力してもらえるんでしょう」と書き込むと、「旦那さん、不合格を狙って協力しないんじゃない?」というメッセージが返って来た。美羽はドキリとした。流の態度を見ていると、それもあり得るかもしれない、という気がしてきたのだ。
さらに、「もう一度旦那さんと話し合ってみたら? 不合格になったら子供をつくれないんだよ、それでも本当にいいの? って聞いてみるとか。それでもいいって言うのなら、離婚を考えるしかないかも」「1回だけでもおむつを替えてほしいってお願いしてみたら? そうしたら不合格にはならないんじゃないかな」といったアドバイスが次々と書き込まれた。
その日の夜、流が帰って来たのは12時を過ぎていた。美羽は仕事で疲れているので眠かったが、何とか起きて待っていた。
寝室に入ってきた流に、「お帰り。ちょっと話がしたいんだけど」と声をかけると、「なんだ、まだ起きてたんだ」と驚かれた。お酒臭い。会社の人と飲んできたのだろう。
「ねえ、1回だけでいいから、おむつを替えてくれないかな」
美羽がお願いすると、流はうんざりした表情で、「またその話? 勘弁してよ」と言った。
「1回だけでもおむつを替えたら、合格できると思うんだ。ウンチが嫌なら、おしっこの時でいいから。私が替え方を教えるから」
「そんな話、明日にしてよ」
流は話を聞き流して、シャワーを浴びに行こうとした。
「そんなに余裕はないの。3日後には空を返さないといけないんだから」と、美羽は食い下がる。
「オレ、疲れてるんだけど」
「私も疲れてるよ? 今日も仕事があったし、空のお世話でも疲れてるし。明日も仕事はあるんだよ? でも、眠くても頑張って起きて流を待ってたんだから」
流は大げさにため息をついてから、「分かった。替えればいいんでしょ?」と着替えをベッドに放り出すと、ベビーベッドで眠っている空の服を脱がせ始めた。
「ちょっ……なにやってんの!?」
美羽が制止しようとしたが、流は聞かない。どうやら酔っぱらっているようだ。おむつを乱暴にぬがせて、そばに置いてあるカゴから新しい紙おむつをとって、お尻にあてた。空は「んっ、んっ」と低く唸ってから、火がついたように泣き出した。
「空が起きちゃったじゃん」
美羽が抱き起そうとすると、流は押し返した。今まで流に乱暴なマネをされたことはなかったので、それだけで美羽はショックで動けなくなってしまった。
流は無表情のまま紙おむつをつけようとするが、空が暴れながら泣くので、なかなかうまくいかない。舌打ちをすると、適当におむつのテープを留めた。
「ハイ、替えた」
今までしていたおむつを床に放り出し、立ち上がる。
「……そんなことしても意味ないじゃん。濡れてないんだから」
「知らね。オレ、シャワー浴びてくるわ」
流はあくびをしながら寝室を出て行ってしまった。
美羽は慌てて空を抱き起こした。今まで聞いたことのないような泣き方をしている。美羽は一瞬、虐待認定されてスイッチが切られてしまうのではないかと思った。
「ゴメンね、空。怖かったよね、ごめんね」
何度謝りながらあやしても、空はなかなか泣き止まない。あやしながら涙が出てきた。
――私、なんであんな人と一緒になったんだろ。
美羽は空を抱きしめるしかなかった。ジワジワと黒い感情が広がっていく。




