③グッド・ペアレンティング制度
「グッド・ペアレンティング制度では、出産したい人は事前に自治体に申請し、レンタルベイビーを借りて模擬子育て、つまりシミュレーション・ぺアレンティングをすることになっています。シミュレーション・ペアレンティングに合格しないと、出産を認められません。原則として、妊娠する前に合格しておくことになっています。妊娠後のシミュレーション・ペアレンティングは認められておりません」
画面では赤ちゃんが両手で×をつくり、ブブーとサイレンが鳴る。
美羽はそっと隣の女性の顔を盗み見た。女性は落ち着かない様子で腕組みをし、指先でトントントンとせわしなくリズムを刻んでいる。
「レンタルベイビーは、0カ月の0歳児を1カ月、6カ月の0歳児を1カ月、1歳児を1カ月、合計で3カ月間レンタルすることになっています。1カ月ごとに合格か不合格かが判定され、3回合格ラインに達したら、出産許可証が交付されます。登録するとAIを搭載した赤ちゃん型ロボットがご自宅に届けられ、模擬子育てがスタートします。ロボットでも、お腹が空いたらミルクをあげないといけませんし、おむつも取り替えないといけません。時には、30分ぐらい泣き止まないこともあります。赤ちゃんの子育てがどれぐらい大変なのか、あらかじめ体験しておけば、自分の子供が産まれた時も冷静に対処できるでしょう。今は、子供が産まれてから親になるのではなく、親になってから子供を育てる時代になったのです。なお、模擬子育てを始める前に3回講習会を受けていただくことになっており、そこで基本的なお世話の仕方について教わります。練習をしてから模擬子育てを始めるので、誰でも気軽に取り組めますから、安心してください」
ふと気づくと、前に座っているカップルは手をつなぎながら見ている。
――私も流と一緒に来たかったな。
美羽は小さなため息をついた。
「残念ながら、合格ラインに達しないカップルもいます。その場合は、3回まで再チャレンジできることになっています。再チャレンジ3回目で合格できなかったら、出産認定証はもらえません。ただし、合格できなかったら講習会を受けることになっています。講習会を受けて再チャレンジしたら、よほどのことがない限り、不合格にはなりません。うまくできなくても自分やパートナーを責めたりせず、グッド・ペアレンティング支援機構に相談していただければ、私達はできる限りサポートいたします」
画面はインタビュー画像に切り替わった。
赤ちゃんを抱えた細身の女性が、ソファに座ってインタビューに応じている。
「私、レンタルベイビーを体験するまで、自分には子育てはムリなんじゃないかって思ってたんです。姉が子育てでボロボロになっているのを間近で見ていて、『私には絶対ムリ』って思ってて。でも、結婚して、夫が『俺も協力するから、レンタルベイビーを借りてみよう』って言ってくれて。それで、二人で借りて、育ててみて……ホントに大変でした。夜泣きをするから、夜は全然眠れないし。何が原因で泣いてるのか、分かんないときもあったし。ボロボロになって、やっぱ子育てはムリって思ってたんですけど、圭が……あ、レンタルベイビーに圭って名前をつけてたんですけど、一人で立ったのを見て、感激しちゃって。これが子育てなんだあって思って。それで、合格したらすぐに子供をつくろうってなって、去年、一人目を産みました」
「実際に子育てをしてみて、どうですか」
インタビュアーの問いに、「リアルな子育ては、やっぱ、レンタルベイビーとは違うなって部分もいっぱいあります。でも、大変だって覚悟はできてたから、何とかなってるって言うか。今では、レンタルベイビーをしてよかったって、夫とも話してるんです」と、女性は笑顔で答えた。
他にも何人かレンタルベイビーを経験した人のインタビューが紹介された。
「グッド・ペアレンティング制度は明るい未来をつくるお手伝いをいたします。正しい子育てをすれば、お子さんはきっとまっすぐに育つはずです。そして、正しく育った子供が日本中に増えれば、日本はもっと強い国になれるでしょう。日本の未来は、皆さんに託されているのです」
最後は笑っている赤ちゃんや幼児の画像が次々と映し出されて、幸せそうな夫婦に見つめられている赤ちゃんの画像で終わった。
室内が明るくなり、みんな夢から醒めたような顔になった。