⑧分かってくれない。
その日、仕事から帰って空をあやしながら夕飯を作っていると、スカイプのベルが鳴った。表示を見ると、実家からだった。
カレーを鍋にかけてから折り返すと、すぐに母の萌が出た。
「最近、連絡ないけど、元気にしてるの?」
萌は50代の中年女性らしいふくよかな体型をしている。明るく染めた髪にはパーマがかかり、いつもメイクが少し濃い。
実家は美容院を経営しているが、父親は美羽が高校生の時に亡くなったので、萌が切り盛りしていた。
「今レンタルベイビーを借りてるから、子育てで大変なんだ」
スマフォの画面を空に向けた。
「ほーら、おばあちゃんだよ」
空は不思議そうに画面を見ている。
「レンタルベイビー? ああ、ロボットね。いとこの望愛ちゃんところも、去年やったって言ってたわよ。合格するまで時間がかかったって。望愛ちゃん、昔からガサツでしょ? 部屋中にゴミが散乱してるから、ロボットを届けに来た人が絶句しちゃって、『こんな家庭には子育てさせられない』って、ロボットを持って帰っちゃったんだって。だから、ハウスキーパーを雇って家の中をキレイにするところから始めたって言ってたわよ。それに」
「んで、用件は何? 今、夕飯作ってるところだから」
萌は話し出すと止まらないタイプなので、強引に話を遮らないといけない。
「ああ、今度の火曜、帰ってこられない? 朝陽が七緒ちゃんを連れて来るから、久しぶりにみんなで集まれないかって思って」
朝陽は萌の3歳下の弟で、七緒は朝陽の妻である。二人は実家の隣の県に住んでいるが、あまり実家には来ないらしい。
「ごめん、ムリだわ。空の面倒を見ないといけないから」
「空? ――ああ、レンタルベイビーね。だってロボットでしょ? 一日ぐらい放っておいても大丈夫でしょ」
「イヤイヤ、大丈夫じゃないから。そんなことしたら、不合格になるし。丸一日構わなかったら、支援機構が回収しに来るんだって」
「スイッチ切っておいたらいいじゃない」
「スイッチはこっちでは切れないの」
「じゃあ、連れてくればいいじゃないの」
「こんな小さな赤ちゃんを連れて2時間も電車に乗るなんて、できないよ。電車の中で大泣きするだろうし」
「だから、赤ちゃんっていったって、ロボットでしょ? 本物の赤ちゃんならともかく、ロボットなんだから、何も困ることはないじゃないの。泣いたら音を下げれば?」
萌は呆れた口調で言う。
美羽はイライラしてきた。萌と話すときは、たいていそうだ。こちらの事情を何も分かっていないのに決めつけてくるし、美羽が懸命に説明しても理解しようとしてくれない。だから、美羽は随分前から、萌に対して何かを理解してもらおうとはしなくなっていた。
「もし不合格になったら、本物の赤ちゃんを産めないんだけど。それでもいいの?」
「それは困るけれど……」
「じゃあ、レンタルベイビーが終わるまでは、そっちには帰れないから。朝陽と七緒ちゃんにはよろしく言っといて」
「そう……分かった」
「それじゃ、夕飯作ってるところだから。またね」
強引にスカイプを切ってしまった。
家庭によっては、両親も一緒にレンタルベイビーの面倒を見てくれるところもあると聞く。そういう家庭は実際の子育てもうまくいく確率が高いと、ネットニュースで読んだことがある。
萌にはとてもそれを望めないので、レンタルベイビーを始める時も伝えなかった。実際の子育てに入る時も、できれば萌には伝えたくないぐらいだ。萌はおそらくいろいろと口出ししてくるだろう。きっとケンカになるので、里帰り出産だけはしないでおこうと美羽は真剣に考えている。




