①2回目のチャレンジ、スタート
0か月の空を返却して一か月後、6か月児のレンタルベイビーが届いた。
前回と同じ二人の業者が届けてくれて、前回と同じようにベビーベッドを組み立ててくれた。今回は離乳食のセットやベビーチェア、ベビーバギーや抱っこひももセットに入っている。最低5回は外に出かけるよう、講習会で言われている。
「こちら、6か月の男の子でお間違いないですね」
髪はフサフサと生え、白いベビー服から出ている腕や足は丸々としていて、前回より大きくなっているのが一目で分かる。頬もぷっくりしているので、「や~、かわいい~」と美羽は女性の腕の中のレンタルベイビーの頬に触れた。レンタルベイビーは、じっと美羽の顔を見る。
「あれ、私が気になるみたい」
「6か月になると目が見えているから、動きのあるものを目で追うようになるんですよ」
「へえ~、そうなんですね」
レンタルベイビーを手渡されると、ずっしりとした体重が腕にかかり、「うわ、重たっ」と思わず声を上げた。
「そうなんです。6か月児は8キロもあるんですよ」
「8キロ! はあ~、赤ちゃんって、ホントにすくすく育つんですねえ」
「ええ、1歳児はもっと驚きますよ」
セット内容がすべてそろっているか確認してから、二人は「それじゃ、これで失礼いたします」と玄関に向かった。
「1回目と2回目で性別を変える人もいるんですか?」
二人が靴を履いている時に、ふと疑問に思ったことを聞いてみた。
「いらっしゃいますよ。二人以上のお子さんが欲しいと考えているご夫婦は、両方体験しておきたいからって変えたりしていますね」
女性が答えてくれる。
「へえ~、そういうレンタルの仕方もあるんですねえ」
「名前を3回とも変える方もいらっしゃいますよ。どの名前で呼ぶのがしっくりくるのか、試してるんですって」
「はあ~、皆さん、いろいろやってるんですねえ」
業者が去り、レンタルベイビーと二人きりになる。
「空、久しぶり」
頬にキスをする。すると、空が「キャハッ」と声をあげて笑った。
「ウソっ、笑った!!」
前回は泣いているか、普通の顔か、眠っているかで、笑ったことなどなかった。美羽は嬉しくなって、動画を録って流に「空が来たよ。笑ってるの! かわいい!!」とLINEでメッセージを送った。
「早く、2回目のレンタルベイビーをしたい」と美羽が言った時、流は「ああ……」と言ったきり、何も言わなかった。
「申し込んでいいの?」
美羽が確認しても、流は「うーん、どうだろう」と耳をいじりながら、煮え切らない。
「ねえ、どっち? やりたくないの? やってもいいの?」
美羽が苛立って問い詰めると、「好きにすればいいんじゃない」と、投げやりな感じで言った。
「何なの、その投げやりな態度」と怒りそうになった時、流から「美羽はオレの都合を聞こうとしない」と言われたのを思い出した。
「会社はまだ大変なの? 会社のことで手いっぱいなら、もう少し先に延ばしてもいいんだけど」
できるだけ低姿勢で聞いてみると、強張っていた流の表情が緩み、「うーん、そうだね。9月ぐらいからならいいかな。そのころには、ゴタゴタは落ち着いてると思う」と言った。そこで、9月の初めスタートで申し込んだのだ。
しばらくほんわかした気分になっていたが、30分も経たないうちに、空は最初の大泣きを始めた。
「ハイハイハイ、ミルクかな~」
哺乳瓶のスイッチを入れてから、口にあてがう。2回目はさすがに落ち着いて対処できた。だが、空は激しく首を振る。
「あれ、違うか」
おむつの臭いを嗅いでみたが、何も匂わない。
――そういえば、6か月児は難度が上がって、泣くバリエーションも増えるって掲示板で言ってたな。温度でも泣くって言ってたっけ。
今日はそれほど暑くないので、冷房をつけずに窓を開けていた。抱っこしていると熱がこもって暑くなったのかもしれない。試しに冷房をつけて、ベビーベッドに下ろしてからうちわで空をあおいでみた。すると、徐々に空の表情はゆるんでいき、泣き止んだ。
「おお~っ、当たった! 暑かったんだあ」
美羽は手を叩いて喜んだ。
「私もちゃんと母親として成長してるってことだよねえ」
空は穏やかな表情で、あぶあぶ言っている。
「こちょこちょこちょ~」
試しにくすぐってみると、空は手足をばたつかせ、声をあげて笑う。
「おお~、くすぐったいんだ!」
美羽は嬉しくなり、何度か「こちょこちょ~」とくすぐった。
しかし、幸せな親子のひと時はすぐに終わる。その後、空は体が冷えて下痢が止まらなくなり、泣きっぱなしで美羽は一気に消耗することになった。




