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レンタルベイビー・クライシス  作者: 凪
第2章 ペアレンティング・スタート
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⑦ドタバタの初日

 お店に着くと、個室はすべて予約客で埋まっていた。

 右から2番目の個室に、美羽の客の斎藤瑞希が座り、イヤホンをつけて鏡の上についている液晶画面でヘアカタログの動画を観ていた。

「斎藤様、お待たせしてしまって、申し訳ありません」

 美羽が声をかけると、瑞希はイヤホンを外して美羽を見て、固まった。

「気分が悪いんですって? 大丈夫?」

 自分の姿を鏡で見ると、髪はボサボサで、ノーメイクだから目の下のクマがくっきり出ていた。確かに、いかにも具合が悪そうに見える。

「ハイ、もうかなりよくなったので……すみません、準備してくるので、もう少々お待ちくださいね」

「急がなくていいの、私はヒマだから。ゆっくり休んできてね」

 瑞希は美羽が新人の頃からずっと指名してくれていた常連客の一人だ。美羽が髪を切った後で、ドライヤーをかけて細かい髪を吹き飛ばすのを忘れても、「いいの、いいの」と笑って許してくれた。40代の専業主婦で、美羽を娘のような気持ちで見守ってくれているらしい。

 店長の水野藍も、美羽を見て目を丸くした。

「大丈夫なの? 風邪? お客様にうつすわけにはいかないんだけど」

「いえ、風邪ではないんです。疲れが出たのか、冷えちゃったのか、ちょっとお腹の具合が悪くて……」

「とにかく、メイクしてきなさい。斎藤さんは山西にシャンプーを頼んでおくから」

「ハイ、すみません」

 バックヤードに入ると、香奈が様子を見に来た。

「大丈夫?」

「うん、なんとかね。レンタルベイビーが一晩中夜泣きしてて。代わりに言い訳しといてくれてありがと」

「ううん、それはいいから。気分悪かったら、言ってね。手伝うから」

「ありがと~」

 香奈は慌ただしく客のところに戻っていった。

 バックヤードの隅にある全身が映る鏡を見て、美羽は軽く落ち込んだ。

 ――あーあ。しょっぱなからこんなんで、やってけるのかなあ。


*****************************************


 遅刻した分、予約客のスケジュールがどんどんずれ込んでしまい、美羽は何度も客に頭を下げた。どの客も、「いいわよ、いいわよ」「そういうこともあるわよね」と怒ることなく待合室で待っていてくれた。水野もお詫びをしつつ、コーヒーとお菓子を出してくれたからかもしれない。

 アシスタントにお弁当を買ってきてもらい、バックヤードで食べていると、ランチから香奈が帰って来た。

「で、今日は寝坊しちゃったの?」

「ううん、違うの。朝から流とケンカしちゃって」

 朝の出来事をかいつまんで話すと、香奈は「うん、うん」と耳を傾けてくれた。

「流君はなんかボーッとしてるところがあるから、まだ実感ないんじゃない? どう関わっていいのか分かんないのかも」

「そうかもしれないけど。でも、朝ご飯ぐらい気を利かせて作ってくれたっていいのに」

「そういうのを男に求めてもダメかも。謙太だって、私が言うまで動いてくれないよ?」

 謙太というのは、香奈が一緒に暮らしているパートナーだ。もう5年ぐらい一緒に暮らしているけれども、結婚話にはならないらしい。

「自分から言うしかないんじゃない? レンタルベイビーを借りている間だけでも、朝ご飯を作ってくれると嬉しいとか。それでも嫌がるなら、ちょっと待てよって感じだけど」

「流には、忙しいからあまり手伝えないって、レンタルベイビーを始める前に言われてたんだよね。その時は、そうは言ってもちょっとは手伝ってくれるだろうって思ってたんだけど。ホントに何もする気はないみたい。なんか、ひどくない? 子育てって二人でするものなのに」

「まだ1日しかやってないんだから、そこまで決めつけない方がよくない?」

「そうだけど。あんなに嫌がるとは思わなかったから」

 香奈はふいに真剣な顔になった。

「あのね、ちゃんとそういうのは二人で話し合ったほうがいいよ。私の友達で、レンタルベイビーをやっている最中に離婚した子がいるんだよね。その子も、旦那が全然協力してくれなくて、毎日大ゲンカして、『こりゃダメだ。こんな人とは一緒に子育てできない』って別れることにしたんだって」

「そうなんだ……」

「その子は、本物の赤ちゃんを産む前に旦那の本性が分かってよかったって言ってたけど。その後再婚して、今の旦那さんは子育てに協力的だから、レンタルベイビーもうまくいったって。今は1歳の子がいるんだけど。でもね、その旦那さんも子供が産まれてから協力してくれたのは最初だけで、今は休みの日に公園に連れて行ってくれるぐらいだって。言わなきゃ動いてくれないって嘆いてた」

「え~、そうなんだ」

「まあね。最近は諦めて、やってもらいたいことはその都度言うことにしたって。言ったらやってくれるから、それで満足するしかないって言ってたよ」

 そのとき、「香奈さん、幸田様がいらっしゃいました」と、アシスタントが呼びに来た。

「ハイハーイ。じゃ、後でね」

 香奈がフロアに戻ってから、美羽はスマフォを出した。流からは何も連絡は入ってない。

 しばらく迷ってから、「今朝はごめんね。疲れててイライラしちゃった」とLINEを送る。

 数分後にメッセージが届いた。

「こっちもゴメン。俺も寝坊しちゃって、朝ご飯作るヒマなかったんだ。明日は作るから」

 それを読んで、美羽は安堵した。

 ――よかった。そんなに怒ってたわけじゃなかったんだ。今朝は私もいっぱいいっぱいだったから、今日帰ったら役割分担を話し合おう。

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