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レンタルベイビー・クライシス  作者: 凪
第2章 ペアレンティング・スタート
12/59

③パパと対面

「ただいまあ」


9時過ぎに流は帰って来た。


「お帰り……」


 流がリビングに入ると、髪を振り乱し、あきらかに憔悴しきっている美羽がベビーベッドにもたれかかって座り込んでいた。


「何? どうしたの?」


 流が目を丸くすると、美羽は「しーっ」と唇に人差し指を当てた。


「ようやく寝たところだから、起こさないで」


 小声で話す。


「ああ、レンタルベイビー、来たんだ」


「うん。届いた直後から大泣きして、何をしても泣き止まなくて、もういきなり大変だったの。たまたま業者さんが戻ってきて、哺乳瓶のスイッチを入れてないんじゃないかって教えてくれたから、何とかなったんだけど。でも、ミルクを飲ませた後、げっぷを出さなかったから、ミルクを吐いちゃって」


「えっ、ロボットなのにミルクを吐くの!?」


「うん、よくできててビックリするよ~。白いものが口から出てきたから、何かと思った。時間が経ったら消えちゃうんだけど。またギャン泣きするし。で、おむつを外してたのを忘れてたんだよね……。ウンチをするときの音とか匂いとか、すっごいリアルなの。おくるみが汚れちゃって」


「えっ、マジでウンチしたわけじゃないんでしょ?」


「そうなんだけど、リアルにできてるの。なんか、おむつをしてない時用のプログラムも内蔵してるみたい。ロボットだからおむつしなくてもいいだろうって、外したままの人がたまにいるみたいなんだよね。時間が経ったらウンチは消えるから、よかったけど。あれ、ホントの赤ちゃんだったら、絶望的な気分になりそう」


「ムダによくできてるなあ」


「で、動くからおむつもうまくつけられないし。やっと眠ったって思っても、ベッドに寝かしたらすぐ起きるし。ホント、一日中泣いてたって感じ……」


 美羽は床に寝転んだ。


「お疲れ様」


 流は美羽の頭をなでる。


「今何時?」


「9時」


「えっ、もうそんな時間? ご飯どうしよう」


「いいよ、何か頼もう。休んでなよ」


 流はオレンジジュースを入れたグラスを持ってきてくれた。


「ハイ、甘いものでも飲んで」


「うん。ありがとう」


 美羽は一気に飲み干す。喉が渇いているのにも気づいていなかった。


「水分とらないと、熱射病で倒れるよ?」


「うん、気がつかなくて」


「シャワーでも浴びてきたら?」


「そうする」


 美羽は重い身体を何とか起こして、バスルームに向かった。熱いシャワーを浴びているうちに、ようやく息を吹き返したような気分になる。


 ――あ~、働きはじめたばっかの頃を思い出すなあ。あの頃も、夜には何もしたくないぐらいクタクタに疲れてたっけ。


 頭と体を洗って、ようやくスッキリする。ドアを開けると、泣き声が聞こえた。


 ――あー、起きちゃったんだ。


 体を拭き終えるまで流があやしてくれるだろうとタオルを取ると、「ごめん、泣き止まないんだけど」と流が洗面所のドアを開けた。


「拭き終わるまでちょっと待ってて。流があやしてくれる?」


「いや、あやすって、どんな風に? オレ、何も知らないよ?」


「抱っこして、軽く揺らしてあげるとか」


「ムリムリムリ。オレには何もできないから、早く何とかして」


 流はドアを閉めた。


 そう言われても、体が濡れたままでリビングに行って抱っこするわけにはいかない。数分は大丈夫だろうと美羽が体を拭いていると、「段々、泣き声が大きくなってるよ?」と再び流が顔を覗かせた。


「うん、そういう仕様だから。ベビーベッドを揺らしてみたら?」


「オレがやるの?」


「体がビショビショのままで、赤ちゃんをあやせるわけないじゃない」


 流は顔を曇らせた。


 その時、チャイムが鳴った。


「あっ、ピザが届いた。オレ、そっちに出るわ」


 止める間もなく、流は玄関に飛んで行く。仕方なく、美羽は頭をバスタオルでくるみ、バスローブを羽織ってリビングに入った。レンタルベイビーはベッドの上で、真っ赤な顔で泣いている。


「ハイハイ、ごめんね、遅くなっちゃって」


 おむつを確認したが、濡れている様子はない。抱っこして、しばらく揺すってみる。


 ――ミルクかな。でも、吐いた後に、また飲ませてもいいのかなあ。マニュアル読んだほうがいいかも。


「ハーイ、ピザの到着ぅ。美羽の好きな4種のチーズのピザも頼んどいたよ」


 流はピザの箱を2つ持って戻ってきた。


「んで、何が原因で泣いてるの?」


「まだ分かんない。おむつではなかった」


「じゃあ、ミルクをあげてみたら? お腹が空いてんのかもよ」


 美羽はそのセリフを聞いてイラッとした。


「吐いた後にミルクを飲ませていいのか分かんないし」


「やってみないと分からないんじゃない? ロボットなんだから、死ぬってことはないでしょ」


 ――何なの、偉そうに。そう思うんなら、自分でやってみたらいいじゃん! 自分はテンパって何もしなかったくせに。


 美羽は文句を言いたくなったのをグッと堪えた。今はケンカをしている場合ではない。


 哺乳瓶は再びミルクが入っている状態になっている。乳首をあてがってみたが、レンタルベイビーは首を横に振って泣きじゃくる。


「お腹は空いてないみたい」


「ふうん、じゃあ、何なの?」


「分かんない」


「早く泣き止ませないと」


 その一言に、美羽は再びイラッとした。


「だから、今、やってるところじゃない!」


 鋭く言い放つと、流は黙り込んだ。

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