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千早ぶる神様と過ごした私の話  作者: さうざん
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たのもしな池の鏡をみしまなる神のちかひも万世のかけ

駅前の飲み屋や商店が並んだ通りを少しばかり歩くと、せせらぎと言う名がぴったりの整備された小川が流れる遊歩道じみた歩道があった。その歩道に、3人分の人影が現れた。


アマテラスはジーンズに白いTシャツといったシンプルな服装で、スサノオはポケットがやたらついた短パンにロックバンドのロゴがでかでかと入った緑色のTシャツ姿だった。耳にはもちろんピアス、キャップをざくっとかぶった姿は「The ヤンキー」といったところか。ツクヨミは白シャツに黒のチノパン、靴も品のいい高そうな革靴だった。3柱の神々はちょうど20代前半くらいの若者のいでたちで、静岡県三島市に現れたのだった。


「兄上、ちょっと服装まじめすぎない?」


「スサノオ、あんたの服なに?隣にいてほしくないんだけど。」


スサノオとアマテラスが騒ぐ姿を、ツクヨミはごみでも見るような目で見つめた。


「ここに来るの久しぶりね。あっ、ウナギ屋さんがあるわ!」


「姉上、兄上、ごちそうさまでーす!」


「は? スサノオの方が稼いでるでしょ?」


「姉上と兄上の方が稼いでるでしょ?」


「はいはいわかりました。後でコロッケ買うから!みしまコロッケ!」


「コロッケ!? いやコロッケもおいしいけれどさ。何その中学生の買い食いみたいなの! 今時高校生だってファ●チキだって!」


「黙れ末っ子!」


「ああ、なんてひどい姉上。兄上、このような姉上などにこの国を任せてよろしいのでしょうか?」


スサノオが大げさに嘆き悲しむふりをしていると、今まで”私は関係ありません”という顔をしていたツクヨミがようやく口を開いた。


「スサノオ、黙らないとのっぽパン無しだ。」


「ったくわかったよ兄上……え、兄上のっぽパン派?」


「あっ、2人とも!信号青になったよ!」


アマテラスが手を叩く。3柱の神々は信号を渡り、鳥居の前に立ち尽くした。


「……とりあえず、写真でも撮る?」


「姉上、鳥居の写真撮って何が楽しいんですか?」


「3人そろっての写真ってあんまりないじゃない?家族LINEにあげたら母上喜びそうだなって。」


「たぶん、秒で父上とのツーショット送られてくるからやめとこうよ。というか姉上。事代主コトシロヌシ大山祇命オオヤマツミノミコトにアポとった?」


「……アポなしです。」


「じゃあ、結界通れなくない?」


「……だよね。」


「あーねーうーえー!」


「ごめんて。つい。」


「まぁ、事前に訪問を知らせるわけにもいかないしな。」


ツクヨミは静かに鳥居を見上げた。


「姉上、結界を破りますか?」


「そんな物騒なことはしなくていいわ。普通に通り抜けましょう。」


「普通にって、姉上。神社の神域はその神の持ち物。どんな神でも無断で入れないよう、結界が張ってあるはず。」


「え、だから普通に通り抜ければいいじゃない。」


「スサノオ、姉上を誰だと思っているんだ。日本の総氏神だぞ。天照大神アマテラスオオミカミにとって神域の結界などあってないようなものだ。」


「ああ、ごめん。あんまり普段結界とか意識しないからつい。スサノオやツクヨミ、あとは父上や母上みたいな力の強い神の結界を通り抜けるのはコツがいるから、スサノオの結界を破ったことはないから、わからないよね。」


「大昔に聞いた記憶だけはある。じゃあここも通り抜け自由ってこと?」


「そう。ちゃんと挨拶はするわよ? 今は人の子の姿をとっているしね。」


3柱の神々は鳥居の前で一礼すると、何事もなかったかのように潜り抜けた。





新緑の中の神域は清々しいほどさわやかだった。修復工事をしているらしく、いたるところに工事の関係者が歩き回っている。一応本殿の前で一礼した後、3柱の神々はぼんやりとお守りやお札を眺めたり、看板の解説を読んだりしながら境内をふらついた。人々が絵馬を奉納する場所の近くにベンチがあり、3柱の神々が座り込んだその時、目の前にだるっとしたTシャツにベージュの短パン姿の男が立ちふさがった。


「高天原の三貴子がどうして三嶋ココにいる?」


ざわっと風が吹き、木の葉がぞっとする音をたてた。遠くで子どもたちが騒いでいる。幼稚園の散歩だろうか。そろいの帽子をかぶった子どもたちの笑い声が妙に遠く聞こえた。


「コトシロヌシ?」


アマテラスが静かに男の顔を見上げる。


「最後に会ったのは随分前ね。今年のお正月は忙しくてお互い年賀状だけだったし。」


「申し訳ございません。」


「いいって、いいって。急に訪ねて申し訳なかったわ。」


「さすがに驚きました。しかも弟君までおられるとは。」


「三島に来るのは久しぶりだ。結構賑わってるんだな!」


「スサノオノミコトまで。」


コトシロヌシはのそっと頭を下げた。


「ツクヨミノミコトにまでお目にかかれるとは思っておりませんでした。」


コトシロヌシはそう言って3柱の神々の顔を見渡した。


「それで、何の御用でしょう?」


「単刀直入に言うわ。宣託の瞳を借りたいの。」


その瞬間、コトシロヌシの瞳から輝きが消えたようにスサノオには見えた。


「だめだ。貸せない。」


「お願いよ。詳しいことは言えないけれど、必要なのよ。」


「だめだ。」


「すぐに返すわ。」


コトシロヌシは静かに首を振った。


「この国のためなのよ。お願い。」


神風(かむかぜの、伊勢(いせ)の国にも、あらましを、(なに)しか()けむ、(きみ)もあらなくに。」


コトシロヌシは、静かに和歌をつぶやいた。その歌を聞いた瞬間、アマテラスはカッと目を見開いた。アマテラスの漆黒に輝く瞳が、一瞬のうちに赤や青に光って黒に戻る。彼女の中で魂が揺れ動いたのを、弟たちは瞬時に悟った。


「なぜそのことを……?」


「人の子を巻き込む気か?」


「……仕方ないわ。」


「本当に仕方ないのか?」


アマテラスは唇を噛みしめた。それでもコトシロヌシの瞳をじっと見つめていた。


「……どちらにせよ、今は無理だ。」


「なぜか、理由を聞かせてもらおう。」


ツクヨミがぞっとするほど低い声で告げた。言葉そのものに刃が込められているとスサノオは感じた。


「すでに人の子に託してしまった。」


それを聞いたスサノオは思わず立ち上がった。アマテラスがスサノオを止めようと差し出した腕をはねのけ、コトシロヌシに食ってかかった。コトシロヌシは何も驚かずにすました顔でされるがままになっている。スサノオはその静かすぎる反応にますます腹を立てて怒鳴り声をあげた。


「人の子を巻き込んだのはお前の方なのか!!」


「……スサノオノミコトもご存じのはず。我々には肉体がない。人の子の血は我々にとって極上の酒にもなれば、恐ろしい劇薬にもなる。宣託の瞳が本来の力を発揮するためには、人の子の血が必要だ。スサノオノミコトであろうと、アマテラスオオミカミであろうと、宣託の瞳を使いこなすことはできない。」


「そんなの、とっくにわかってる!」


スサノオはすました顔のコトシロヌシを投げ捨てた。


「さすが、オオナムチの息子だな。すました顔が憎らしいほど似ている。」


「おじい様にそう言っていただけるのは光栄ですが、そろそろ放していただけませんか?」


スサノオが静かに手をはなすと、コトシロヌシは急に顔をゆがめて喉をおさえて咳き込んだ。


「スサノオ、やりすぎだ。」


ツクヨミはそう言ってコトシロヌシに手を差し出した。


「すまん。どうかしてた。」


スサノオはぽつりとつぶやくと、ベンチに座り込んだ。


「コトシロヌシ、タギリヒメとタギツヒメ、2人とも元気か?」


「母も伯母も元気ですよ。今度おじい様のところに行くと行っていました。」


「ついこの間、スセリも帰ってきたところだったんだ。また賑やかになるな。」


「あ、知ってます。クシナダさんのインスタで見ました。」


「なんでみんなインスタとかやってるの?」


「それはおじい様が言ったからじゃないですか。」


「そんなこと言ったっけ?」


「はい、正月明けの親族の集まりで。これからの時代はグローバルだからどうこうって全員が全員のアカウントフォローするように強制してたじゃないですか。兄上がすごく嫌がっていたのに気づかずにアカウント教えろ拡散してやったぞって酔っぱらっていましたよ。」


「……うん、あとさ、俺のこと”おじい様”って呼ぶのやめてくれない?クシナダは”おばあ様”じゃないのに、地味に傷つく。」


「あっ、すみません。今は孫モードなのかなと思ったので。」


「そういえば、スサノオの娘ってオオクニヌシに嫁いでいる確率高いわね。やっぱりイケメンだから?」


「姉上、黙ってください。だいたいタギリとタギツの母親ですよねあんた。誓約しましたよね?」


「スサノオ、今姉にあんたって言ったわね? お姉さまでしょ?」


「はいはい、姉上。というか姉上は悔しくないんですか?タギリとタギツをあんな奴に盗られたんですよ?」


「あら、タギリとタギツは自分でイケメンを選んだのよ? わたしは職場の玄界灘とか瀬戸内海とかの近くにイケメン転がってない?って相談されたから、出雲に超大きい家持ちの神がいるわよって教えてあげただけ。」


「姉上、後で誓約をしましょう。」


「姉上、スサノオ、話がそれすぎだ。コトシロヌシ、すでに人の子に託したと言っていたが。」


コトシロヌシは静かに頷いた。


「10年と少し前だな。ちょうどこの場所で、人の子に宣託の瞳を埋め込んだ。」


アマテラスとスサノオ、ツクヨミは思わず自分たちが座ったベンチを見つめた。


「秋の休日だったな。七五三のお参りに来ていた姉と弟だ。姉の方が7つだった。でも姉の方もまだ誕生日ではなくて、実際には6歳だった。だからまだ神の領域の子だった。親戚も来てて、両親はばたばたしていてな。受付だ親戚の迎えだで、幼い姉と弟はここでしばらく留守番をさせられていた。姉の方はもともとおとなしい子だったから、晴れ着ですまして座っていたよ。弟の方はまだ5つにもなっていない。遊びたい盛りで普段なら駆け回っている子だったけれど、姉の晴れ着姿が妙に気になっているらしくて、照れておとなしくしていたよ。こんなに大きくなったのかと思わず近づいてしまった。」


「知っている子だったのか?」


スサノオが聞いた。


「2人ともお宮参りで、生まれたばかりの頃に見たよ。姉の方は3つの七五三でも見た。一応地元で一番大きな神社だから、オオヤマツミも僕も、子どもたちのことはよく知るようにしているよ。三貴子の皆さんは、日本全体を見る神だから、あんまりそういうのないと思うけれど。」


3柱の神々は思わずうなずいた。


「知らない人とは話すなと言われていたようで怖がっていたが、いい子たちだというのはよくわかった。それで、この2人に宣託の瞳を与えることにしたんだ。」


「宣託の瞳を、2人に?」


アマテラスは身を乗り出した。


「左右の瞳をそれぞれ分けて与えたんだ。力は少しだけ弱くなるが、両眼を奪うよりもいいだろうと思った。」


「そうか。」


アマテラスはため息をついた。


「先を越されていたか。さすが宣託の神だな。」


「まぁ、宣託と釣りくらいしか取り柄がないので。」


コトシロヌシは静かに笑った。


「それで、その2人の人の子の名を教えてもらうことはできるか?」


「……それはできない。」


コトシロヌシはそう言って情けなさそうに笑った。


「ここの神は僕だけじゃない。オオヤマツミの許しがないと、うちの子の名を教えられない。そしてオオヤマツミは決して名を教えないはずだ。」


「理由は、わかるか?」


ツクヨミの言葉に、コトシロヌシは首を縦にも横にも振らなかった。


「それは言えないよ。でもきっとすぐにわかる。」


コトシロヌシはそう言ってにやりと笑った。


「もしあの2人に会ったら、たまには三嶋ココに顔を見せに来いと。おじさん、「健康で美人になりますように」って絵馬ちゃんと覚えてるんだけどなぁって伝えてください。」

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