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前編

大体2~3話を予定してます。

「ウオーッ、剣姫様~!」

「お姉さま、こっち向いてください!」

「やった! アオイ様が俺に向けて手を振ってくれたぞ!」

「違うわ、私に笑いかけながら手を振ってくださったのよ!」 


帝都のメインストリートは、黒山の人だかりで溢れかえっている。

老若男女誰もが皆、パレードの主役である彼女を一目見ようと集まっているのだ。


腰まで伸ばした艶やかな黒髪を後ろで無造作に束ね、腰に二振の剣を差した美少女。

いまやこの帝国で、アオイ=ミズハラの名を知らない者はいないだろう。


彼女は掛け値なしの英雄だ。


古き神が建てたとされる塔を攻略している最中、神遺物(アーティファクト)を手に入れ、帝国民の生活レベルを向上させたり。


魔族に攫われた皇族の王子を救出したり。


そして今行われているパレードは、魔物のスタンピードから南の砦を守り抜いたアオイの功績を称えるために行われている。


繰り返すが、彼女は掛け値なしの英雄だ。

例えそれが、異世界から召喚された者に備わったチート能力に依るものだとしてもだ。


俺は周囲の一般人と同じ簡素な服を着た自分の体を見つめ、次いで煌びやかな甲冑を纏い意匠の凝らされた双剣を持った彼女を見つめる。


「剣姫様ってもう三十を超えてるのよね? その割に見た目が二十前の女の子にしか見えないんだけど」

「バカ、お前知らないのかよ。アオイ様は神の塔に挑んだ際、中で見つけた不老の霊薬を飲んで寿命が無くなったんだよ」

「それでいつまでも若いままの姿なのね。同じ女として羨ましい限りだわ」


大衆に向けた彼女の笑顔は、かつて同じ教室で学んだときに幾度か見た物と何ら変わりはない。

三十路を越えてアラサーを名乗るにも辛くなってきた俺の方はと言えば、最近薄くなってきた天然パーマ(くせっ毛)の髪の毛や、農作業をしているにも関わらず衰え始めた筋肉、さらに不意に襲ってくる腰痛に悩まされてたりする。


少女と女の中間という最も美しい姿を保ち続ける彼女と、年相応に老けた俺が並んでみたとして、同じ年であることを誰も信じはしないだろうと思うと、自嘲の笑みが浮かんでくる。


本当に、同じ召喚されたクラスメイト同士でありながら、俺と彼女はどうしてこうも差がついてしまったのか。


かたや救国の英雄であり、永遠の命と美貌を手に入れた少女。

かたやどこにでもいる一般人として、年老いていくだけの中年おっさん。


俺が召喚された当初から不遇だったのなら、彼女を始めとした世界の全てを恨むことで自分を慰めることができたのだろう。


だが、本来であれば全てを手に入れ、人々の羨望を受けるのが俺だった可能性が高いとすれば、話は複雑だ。


そう。

双刃剣姫と呼ばれる(アオイ)が使うチートスキル【二刀流(極)】は、もともと俺が授かったものだ。





――今から十五年ほど前、この帝国とは別の国でクラス丸ごとが地球から召喚された。


『この世界を魔族の手から救ってください』

『魔王を倒せば、元の世界に帰すことができます』

『そのための力として、異世界の勇者様は召喚される際に強力なスキルが備わっているはずです』

『まずはこの王城で訓練し、魔物や魔族を倒すために鍛えてください』


どこにでも転がっている常套句(テンプレート)

ほぼ全員が反則じみたスキルを得た中、一人だけ何も得られなかったハズレ者がいたことまでお約束通り。


ただ違う部分があったとすれば、その持たざる者はどこにでもいる地味な少年じゃなく、学校一の美少女と名高い女の子――如月葵だったという事だ。


彼女はスキルを持たない無能として、俺たちを召喚した王族や城の兵士たちから軽んじられてきた。


いや。日本の倫理や価値観の中で育ち、学び舎で同じ時間を過ごしたクラスメイトですら、勇者として持て囃される異世界の環境や、努力をせずに手にした(チート)に溺れ、葵を見下し、蔑むようになったんだ。


彼女にしてみれば、地獄のような日々だったろう。

召喚される前までは、その美貌と穏やかな性格で男女問わず人気があった少女が一転、何の落ち度も無いに関わらず、悪質な虐めの標的にされたのだから。


訓練と称して魔法の標的にさせられ、食事は腐った食材を使った残飯以下の物しか与えられず、風呂の代わりに汚水をかけられ、馬小屋で寝泊りする日々。


無論、全員が葵を虐めていた訳じゃない。

俺を含めたごく一部のクラスメイトは葵を庇い、彼女の待遇改善を訴え、食事や体を洗うための水を分け与え続けた。


……そんなある日、俺と葵は知ってしまった。

葵を庇ってきた連中の会話を偶然聞いてしまったんだ。


『ほんと葵ってバカよね。ちょっと優しくしてやっただけで、ボロボロと涙を流して感謝してさあ』

『キャハハ、アタシたちのことすっかり信じ込んでるもんね~』

『ここぞというタイミングでアイツを裏切ってやったら、どんな顔するんだろうな』

『俺たちを信じれば信じるほど、裏切られた時の絶望は深くなるだろうし、その時が今から楽しみだよ』

『私さ、地球にいた時からあの子の事嫌いだったのよ』

『そうそう、いい子ちゃんぶって何様のつもりだったんだか』


誓って言うが、俺は純粋に葵を救ってやりたかった。

だが、その気持ちが彼女に届くことは無くなった。


『もう水原君も信じることもできません』

『本当に私を心配してると言うのなら、私のことは放っておいて下さい……もう期待したくは無いんです……お願いします……』


あの時の葵の空虚な瞳は、十数年経った今でもよく覚えている。





しばらくして、これまたクソみたいなお約束イベントが発生した。


修行の成果を見るためという名目で、勇者様御一行による、城の騎士たちに先導されてのダンジョン探索。


そこで故意に発動されたデストラップ:モンスターハウスの中に葵は置き去りにされた。


無力な少女の命と心を弄ぶクラスメイト。

勇者のストレス解消になるならと、許容する騎士たち。

理不尽な死が迫っているにも関わらず、憎むことも悲しむこともせず、あるがままを受け入れようとする葵。

助けたいとは口先ばかりで、現実的な行動を起こすことをせず、【切り札(第二スキル)】も切ろうとしなかったバカで臆病な俺。


そのどれに腹を立てたのか、今になって振り返ってもよく覚えてない。

とにかく当時の俺は、ただ突き動かされる激情のまま、二振りの剣を手に魔物の群れに飛び込んだ。


自分の身を守るだけなら、何とか五体満足でいられたかもしれない。

しかし、背後に無力な少女を庇って魔物の群れを相手どることは、いかにチートスキルを持っていたとしても、実戦経験皆無な高校生のガキには無理だった。


『水原君……どうして……どうして私なんかを助けてくれたんですか? そのせいで貴方は左腕を失ってしまったんですよ!』


もはや人生を諦め、自分自身に何をされても無反応だった葵だが、自分の為に他人が傷つくことには抵抗があるようだった。


人形のようだった彼女が久々に見せた人間らしい反応に、俺は表情を綻ばせたものの、それも一瞬。

噛みちぎられた腕の痛みに顔を顰めてしまう。

さらにこれからの事に対する不安もある。


俺のチートスキル【二刀流(極)】は、その名の通り両手を使うことが前提だ。腕が一本になってしまった以上、何の役にも立たないスキルへと成り下がってしまった。


俺のように有力なチートスキル持ちにだけ、あらかじめ渡されていたライフポーションのおかげで、傷口は塞がって失血死を免れたのだけがせめてもの救いか。


とにもかくにも、これで俺は葵と同等の無力なガキだ……いや、腕が一本足りない分、彼女よりも劣っているか。

こんなナリで王城へ戻り、クラスメイトの連中と合流したとすれば、俺がどんな目に遭わされるかは火を見るより明らかだ。

それ以前に、いかに日本に戻る為と言え、あんな奴等の一員とみられたくない。


残された選択肢としては、このまま王国を出て、勝手の知らないこの世界で生きて行くしかないだろう。


『あの……やっぱり私を助けたことを後悔して……ますよね?』

『ああ、そうだな。後悔してる』

「……ッ!」


これで後悔しないのは、頭がイカレてるとしか思えない。


『だけど、結局どっちを選んでも後悔したと思う』


片腕を失って無力な存在に成り下がるか、あるいは葵を見殺しにするか。

だから……。


『どうせ後悔するのなら、お前が生きていてくれた方がよっぽどいい』


その一言が決め手だったと、後に葵はベッドの中で俺に教えてくれた。

と、そういう経緯で、如月葵は水原葵になったという訳だ。


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