8、明日に向かうために
その手紙読んで、私が泣かないと思った?泣くに決まってるでしょ。泣くなって、書かれてても、泣くに決まってるでしょ。笑う事なんて、できる訳ないもの。こんな手紙書いてる事、全然知らなかったんだもん。嬉しくって、悲しくって、泣くに決まってるよ。
「……あの、泣いてるところ悪いけど、……信じてないならそれでいいんだけど、幽霊になった一輝は、ここにいるんだ」
そう、男の人が言って、私の目の前を指すの。何もないのにだよ。おかしいなって思ったけど、信じる事は出来たの。だって、君の友達みたいだから、その人。
「何か言えば、カズにも聞こえるよ」
「……そうなの?……えっと」
「笹山です。僕は笹山奈留です」
「……じゃあ、笹山君。本当に、私の前に、彼はいるの?」
何も言わないで、彼は頷いただけだった。でも、どこか悲しそうだったんだ。それはきっと、私が君の事を名前で呼ばなかったからだろうね。私はね、まだ君の名前を呼ぶ事に抵抗があるんだ。君がいた時は、そんなの気にしてなかったのに、いなくなってから、君の名前が呼びにくくなったの。何でか分からないけど、呼べなかったの。
「……何を言っても、彼には聞こえる?」
「絶対に、聞こえます」
『絶対に』を強調して彼は微笑んだの。それが、君と重なって見えたの。きっと、この笹山君が、あの寂しげな背中の正体だね。だって何だか、この人君に似てるんだもの。雰囲気と言うか、身に纏ってるオーラみたいなのが、同じように思えたの。……君はどう思うかな?
「……独り言に聞こえますよね?」
「他の人から見れば、当然ですね」
「じゃあ、独り言をこれから言うんで、少し、無視しててもらえますか?」
「いいですよ」
やっぱり君に似てる微笑みで、彼は笑った。
見えないはずなのに、君がいるのような気がして、目の前にはもう、君が笑っているような気がした。そんなはずはないのに、君は私の前に立ってるの。私を真っすぐに見下ろして、寂しそうな顔してるの。
「……私は、君がいなくなった事が、今でも信じられないの。君が、私を置いていくはずがないって思ってるの。……でも、それは自分勝手な妄想だよね。分かってたんだよ、君はもう私の隣にはいないって。分かってたんだよ、もう君は生きていないって」
その言葉を、君が聞いているのか、私には分からない。でも、君はしっかりと聞いていてくれてる気がして、周りの目なんて気にならなかった。そんな事、どうでもいいように思ったの。
「君がいなくなったあの日、すごく悲しかった。すごく、辛かった。君ともっとたくさんの日を過ごしたかったし、君との約束もたくさん残ってたから」
それは、本当の事なのに言い訳めいて聞こえたのは、私だけかな?君がいなくなってからの自分をごまかす為の言い訳に聞こえるのは、私だけかな?
「……こんなに君に心配されて、私は幸せ者だね。なのに、悲劇のヒロインみたいに、落ち込んで塞ぎ込んで、馬鹿みたい。世の中には、もっと不幸な人達がいるのに、自己中だね。情けないよ、自分が。君の、こんな気持ちに気付けなかった私が、とっても情けない。とっても馬鹿みたい」
涙が止まらないのは何でかな?もう君が、幽霊だから?独り言を言ってる私が哀れだから?
「……この手紙書いてくれて、有難う。嬉しいよ。君のいろんな気持ちが分かったから。ほんとに嬉しかった。……こんなに涙がでたのって、久しぶりだな。君がいなくなって以来かな?……私って、ほんとに薄情な女だね。君がいなくなった時しか、ほんとの涙だった訳じゃないんだから。
でも、この涙は本物だよ。嬉しすぎて止まらない涙だよ。こんなに君が私の事を思ってくれてたなんて知らなかった。こんなに大切に思ってくれてるなんて、……嬉しくてどう言ったらいいか、よく分からないや」
君がいるはずのところを抱いてみた。だけど、君の暖かさが伝わってこなくて、寂しかったよ。でも、そこに君がいると思えば、ここに一輝がいると思えば、何だかとっても暖かいんだ。君の鼓動が聞こえるようで。君の腕が私を抱いていてくれているようで。君が、私と同じように泣いているようで。
「この腕に抱いて、君がいないのが悲しいよ。でも、ホントはいるんだよね。きっと、いるよね。だから、君の問いに答えるよ。……私、き……一輝と居られて、とっても幸せだった。毎日が輝いて見えてたもん。だから、とっても、とっても幸せだったよ。
……だから有難う何て、言わないで。頼ってたのは、私のほうだもん。私に言わせてよ。有難う。私、一輝が生まれてきてくれて、嬉しかったよ。一輝と出会えて、ほんとに良かった。初恋の人が、一輝でよかったよ。だから私は、とっても幸せだったよ。
戻って来てなんて、もう言わないから。声を聞かせてなんて、もう言わないから。どうか、安らかに眠って欲しいよ。……私なら、もう心配いらないよ。一輝の手紙が力をくれたから。一輝の優しさが、私を前に押してくれたから。もう、後ろは振り向かないし、戻らない。だから、どうか安心して眠って。私はもう、大丈夫」
まさか、抱いてくれるとは思わなかった。話しかけてくれる事さえも、ただ薄っすらと希望を抱いてるだけで。なのに、お前は奈留を信じて、俺も信じてくれた。こうして、話してくれた。もう、心残りはないと、教えてくれた。大丈夫だと、お前が言ってくれたから。そして、やっと名前を呼んでくれたから。
ずっと、ずっと待ってたんだ。お前が俺の名前をまた読んでくれる事を。もう、読んでくれないのかと思ったけど、お前はいつもみたいに読んでくれた。それが、何よりも嬉しい。手紙も読んでくれたし、名前まで読んでくれた。
だからもう、俺は休めるよ、有実。
初めて人が成仏する瞬間を見た。いつも、話している友達が、消える瞬間を見た。薄っすらと浮かんでいたカズを、有実さんが抱きしめた辺りから、カズは消え始めた。足からそっと、風に流されるように、光のくずとなって、散っていく。まだ有実さんが話しているのに、もう半分くらい、消えかかっていた。ああ、まだ消えないで。
カズが、もう満足できたのは、その時分かったけど、消えるという事は、もう会えないという事。もっと話したかったし、もっと一緒に居たかった気がする。幽霊の姿になって、僕の家に来てくれた時、ホントは少し嬉しかったのかもしれない。鬱陶しいと思ってたけど、ホントは少し楽しかったのかもしれない。
有実さんが話し終えた時、もう君は頭しか残っていなかった。もう、消えてしまう、その刹那にカズが僕のほうをむいて、何かを言ったよな。口の動きだけ出し、ぼんやりした頭だったから、確かじゃないけど、あってるとしたら、『有難う』。そうカズは言ったんだよな。
お前、そんな誰にでも有難うなんて言える質じゃないのに、僕にそんな事言ってる暇があったら、彼女に言ってあげろよな、馬鹿野郎が。
「……もう、一輝は成仏できましたか?」
「はい。綺麗に消えていきました。きっと、もう悔いは残ってない証拠です」
「そう、ですか……」
「……そうだ、最後にカズは有難うって言ってました。僕に向けて言ったのかもしれませんけど、僕にはそうは思えないので、有実さんに向けて言ったんだと思いますよ」
「本当ですか。……今からでも、まだ遅くないでしょうか?」
「……はい?」
「私こそ、有難う!一輝―――!!」
とびっきりの笑顔で、そう空に叫んだ私の声、君に届いたかな?届いてたらいいな。
一輝は、自分の事を忘れろって言ってたけど、私は忘れないからね、意地として。絶対に、忘れてやるもんか。ずっと覚えててやるんだから。
それから私が家に帰ってまずした事、それはね、倒してた写真立てを起こす事。その写真立てにはね、君が写ってるの。一緒に海の前で撮った写真だよ、君は覚えてるかな?その君の顔は、とっても幸せそうに笑ってるから、あの時の私には、少しキツかったの。
でも、今の私なら、君に向かって笑えるよ。幸せだった事が、身に染みて分かったから。
もう私は、ひとりで生きていけるよ。君に頼らないで、真っすぐに生きていける。迷う事も、道を間違う事もないよ。自分で決めた道、真っすぐ歩いていくからね。君の分まで、私は立派に生きなくちゃいけないんだから。もう、メソメソしてられないもんね。
……君が言っていた海のように、君の望んだ海のように、私はなれていないと思うの。私はまだまだ、君の海にはなれてない。……まったく、一輝のレベルは高いんだから、そうなるまでに、何年かかるか分かったもんじゃないわ。だけど、そうなれるように、私は頑張るからね。海のように、優しい人になれるように、努力するよ。
……そうね、例えば人のために唄う海みたいになろうかな?君が言っていた望みと、少し違うかもしれないけど、人のために、人の心を癒すために唄う海。そんな海、素敵じゃない?本当には、唄わないよ、例えなんだから。歌のように人を包みこえるような、海のように、人を楽しませるような人に、私はなろうと思うの。君が褒めてくれた部分を生かして、伸ばしていけば、そんな人になれるよね、きっと。
だから私は、唄う海みたいになるよ。大切なものの為に。
初めて恋愛(?)モノを書かせもらったんですけど、どうでしたか?いまいち納得のいく作品とはいえないのですが、最後まで読んでくださった方、有難うございます。
また、何かの機会に出会ったら、暇つぶしに読んでもらえたらいいと思います。
では、『唄う海のように』を最後まで読んでいただき、本当に有難うございました。




