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唄う海のように  作者: 下弦 鴉
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3、軽やかに三歩目を

 それから、私達は、いろんな所を回ったよ。ほとんど、君と来た場所だったけどね。楽しかったよ、懐かしく思ったよ。そうだ、源氏と平氏の蓮の花があった場所、今は夏だから、また蓮の花は見れなかった。違う季節に行こうって、約束してたっけ。蓮の花が咲いてる季節に、また来ようって。ちょうど、あの橋のあたりで君が微笑みながら、言ってたね。

 「有実!次行こうよ!」

 朋美は食いしん坊だから、近くのお土産屋さんから、アイスクリームをもらってたよ。今はもらったアイス片手に、私を呼んで、はしゃいでる。その顔が、君と重なったんだ、また。君も、アイス片手に歩くのが遅い私を呼んでた。早く、早くって。それを思い出したら、何だか笑えてきちゃった。

 「有〜実〜」

 「待ってよ、朋美。早いよ」

 「有実が遅いんだよぉ」

 「しょうがないでしょ、生まれつきなんだから」

 他愛無いやり取りなのに、何だか、輝いてるみたいだった。そう、君が居た時みたいに。隣で君が、笑っていてくれてた時みたいに。とっても、幸せな気分だったよ。

 「朋美、待ってってば!」

 からかってるのは分かってるけど、本当に朋美は先に行きそうで、怖かったよ。逸れたら、私、また会える気がしなかったから。一度は来た事がある場所なのにね。笑っちゃうよね。

 「そろそろ、お昼の時間かな?」

 朋美が、自分のお腹を撫でながら、嬉しそうに言ってた。ずっとこの時を待ってたみたい。そういえば、私もお腹がすいてきたな。……そうだ、この近くに、君と入ったお店があった気がするんだけど、……どこだか忘れちゃったな。右だっけ、左だっけ?どっちに曲がったんだっけ?

 「こっちだよ、有実」

 君の声が聞こえた気がしたんだ。空耳だと思えなかったから、振り返ってみたけど、君の姿はなかった。ある訳ないのに、君は、この世にはもう居ないのに……。

 「その皺やめなって言ったじゃん!アタシ、帰っちゃうよ」

 「え、え、え、え?」

 ドアップの朋美の顔に驚いたし、急に帰ると言われて驚きもした。どうやら、また眉間に皺ができてたみたい。注意はしてたんだけど、ダメだったみたい。

 「ゴ、ゴメン、朋美。直すように努力するから」

 「……ホント?」

 「ホントに」

 「絶対?」

 「絶対に」

 なんでもない事なのに、何だか楽しかった。君がいなくなってから、こんなに笑ったの、久しぶりだった。何だか、笑う事って、気持ちが明るくなるね。

 「さあ、お昼食べに行こうよ」

 「うん!」


 旅館に戻ってからも、露天風呂で泳いだりして、楽しかった。他のお客さんも居たけど、そんなの気にならないほど大っきなお風呂だったから、のびのびと泳いじゃった。一番楽しそうだったのは、朋美だったんだけどね。

 思う存分お風呂を満喫したあとは、美味しい旅館の料理を食べたよ。君と来た時と、メニューが少し変わってた。でも、美味しい事には、変わりなかったよ。

 夕飯も終われば、あとは寝るだけ。だけどね、朋美とずっと朝まで起きてて、いろいろ話したんだ。君の事とか、朋美が今気になってる人の事とか、君との思い出の事とか……。懐かしくって、つい夜中まで話し込んじゃった。明日も、いろんな所を廻ろうって、朋美と約束してたのに、そんな事忘れちゃった。ダメだね、女の子だけじゃ、きちっと時間に寝れないや。それでも、話題か尽きてきたら、ぐっすり眠れるようになって、私より先に朋美は寝ちゃったんだけど、幸せそうな顔してた。……私も寝たら、こんな風な顔して寝れるかな。君が見てたら、聞けたのにな。残念。

 ……窓から見えた星空が、家で見た星空より綺麗に見えたのは、ここにいるせいなのかな。それとも、私の中の何かが変わったからかな。それは、分からないけど、今は寝る事にするね。……おやすみ―――。



                      *



 「奈留ぅ」

 「何だよ、鬱陶しい。僕は寝るんだ、静かにしてろ」

 友達が幽霊になると、厄介な事が、今よく分かった。特に、おしゃべりな奴は、要注意だと言う事も。

 「暇だあぁぁぁ……」

 「だったら、他のところでも行ってろ」

 「……他のところって?」

 「……彼女の、所とか」

 「……」

 禁句ワードだったかな?少し、カズの顔が曇った。……多分だけど。少し透けているカズの顔じゃ、どんな表情をしているのか、なかなかつかみ難い。まあ、僕にはどうでもいい事に近いんだけど。

 「つめてぇな」

 「何が?」

 「お前に決まってるだろ、奈留」

 「……悪かったな」

 「なあ、起きてトランプとかやろーぜ」

 「……そんなの持ってないし、電気代が勿体無いよ」

 「……お前は大阪のオバハンか?」

 「……お好きなように言うがいいさ。どうせ、ケチですよ、どうせ」

 別に拗ねたつもりはないのだが、それなりにカズは慌ててた。見てると何だか面白い。もう、死んでるって言うのに、そんな事を全然感じさせなかった。生きてる時から不思議な奴だったけど、死んでから、もっと不思議な奴になったかも。

 「ゴメンな、奈留」

 「……何だよ、藪から棒に」

 「迷惑なんだろ、俺がいると」

 「別に」

 「でも俺が、何かよく自分でも分からない、想いを残しちまったから、ここにいんだろ?」

 「……それが?」

 「俺は、こんな体じゃ、有実にも気付いてもらえない。誰にも、触れない、見られる事だってないんだぜ。……霊が見えるお前に、頼むしかないって事は、押し付けがましいなって思ってさ」

 「……」

 「それだけじゃなくて、有実にも悪いなって思ってる。大丈夫だって言ってたのに、嘘吐いちまったんだからな。俺の事、嫌いになってもいいのによ、ずっと好きでいてくれてんだぜ。純粋すぎて、……でも、嬉しいんだよな」

 「……そうなのか」

 「正直言って、死んだ俺の事なんて、すぐ忘れちまうって思ってたのによ、やつれるまでに、俺の事を想ってくれてたんだ。そんな……そんな大切なもの置いて、先に逝っちまうなんて、横暴にも程があるよな」

 「……仕方ない事だったんだ、人はいずれ死ぬ、絶対に。それからは、逃れられないんだから」

 「……励ましのつもりか?」

 「……貶したつもり」

 「はは……つめてぇ奴」

 ……。今日は、カズについて、深く知れた気がした。生きている時と違った、不思議な奴。

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