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悲劇または始まりのタクト❹

 この状況で登場されるのはいささか嬉しいことではない。できれば丁重にお帰り願いたいが、その実、侵入してきたのはこちら側であるため、嫌々するのは違うか。

 まあ、ひとり逃げるだけならそう難しくない。あまり効果があるのかわからないが、ランプがあるため光で少しだけ黙らせることができるから余裕がある。その隙に魔法で壁でもなんでも破壊して外に出て後は全力疾走で帰るだけだ。元々廃れた屋敷だ。いくら壊したって誰にも文句は言われないだろう。


 しかし問題は部屋の中のリア充である。多分旅かなにかの途中で、宿替わりとしてここに寄ったのだろう。運の悪い人たちだ。しかしまさか彼らを置いて逃げるなんてことはしたくない。勝手に死なれるなら話は違うが、関わってしまった人間ーーわたしが勝手に覗いただけだけれどーーに危害が加えられるのを、知っていて無視することなんてしたくない。

 いや、本心は『彼らが悪魔に殺されたくない』というのに限る。愛し合っている最中に悪魔に殺されるなんて、どこぞのB級映画のワンシーンだろうか。わたしは絶対に認めたくない。恋人は最期まで添い遂げるのが一番なのだ。


 どうすれば良いか。ひとまず、杖を持った。十字架のネックレスを首から下げ、聖水を辺りにばらまいた。

 ランプを少し離れた場所に置き、


「万能のとおせんぼ! ――アルマ=メイク!」


 天井床左右の壁がぐにゃりと粘土のように伸び、通路に厚い壁が築かれた。これで向こう側から開けることは難しくなった。

 さらに壁の向こう側には悪魔の嫌う光を放つランプがある。この壁を突破するのはより一層難しい。光が悪魔に対して有効的だというのがただの迷信でなければ、悪魔がとんだ馬鹿力を持っていたりとか想定外なことが起きない限りは逃走の時間は確保できる。


(よし、これで……)


 そう安心感を抱いてしまった矢先に、淡い正義感は脆くも崩れ去る。


 ――え?


 厚い壁の向こう側から米粒くらいの光が差した。それはどんどん大きな光となっていく。

 壁がぐにゃりと渦巻きを描きながら消えた。そして壁の代わりにわたしの見る景色に現れたのは、私が通ってきた元通りの通路と、凛と立つシルエットだけである。


「な、なんで……」


 驚きのあまりわたしの声が消えた。声が出なかった。

 失われた壁の向こう側から代わりに現れたのは、ランプの光に映し出された人型のシルエット。線が細い、そしてふりふりしている。少女のものだろう。


「わたしは、悪魔なんかじゃないですよ。あんなゲテモノと一緒になんかしないでください。はなはだムカつきます」


 不機嫌な少女の声を聞いて、わたしは少しずつ安堵した。バクバクとうるさいくらいに鳴っていた鼓動も落ち着いてきて、聡明な意識を持つ。

 ランプを拾った少女がこちらへと歩いてくる。ギシギシと音を立てながら。先程までの足音が、この子のものだということを確認する。


 次第に見えてきた少女は、わたしにとって、羨ましいくらいに可愛らしかった。小さな顔に、小さな鼻、小さな唇、それでいて大きな瞳。背格好も小さい。髪型はボブカット。

 ただ、表情は見たものを凍りつかせる程に冷たく、クールビューティーなんて言葉の範疇はんちゅうには到底収まらない。わたしがムカつかせてしまったからだろうか、とわたしは先程までの自分の行動を後悔した。


「え、えっと……怒らせちゃったなら、ごめんなさい……」


 わたしが謝ると、少女はいらだたしそうにそっぽを向きながら返事をする。


「別に。慣れてますから、『悪魔』なんて呼ばれるのは」


 わたしは、少女が言ったセリフに違和感を覚えざる負えなかった。けれど何故と訊く間もなく、少女の次のセリフに意識を持っていかれた。

 少女はずいっと顔を近づけて問う。


「それより、あなたはこんなところでなにをしているのですか?」

「えっ!? いや、その、なんていうか……」


 屋敷の調査に来ました、なんてことを言っても、なんだこの痛い奴は。と思われることは言わずもがなだ。わたしは、馬鹿な頭でなんて答えようかと考えた。しかしテンパっていた。

 そういうわけで、わたしの口から漏れたセリフは、とんでもなく墓穴を掘ることになってしまった。


「の、覗きですかねっ! ……って! なにを言っているんだ私は!?」

「ほぅ……覗きですか……あまり良い趣味とは言えませんね……」

「っひ!? あ、あの、何故そんなどす黒いオーラを放っているのでしょうか……!?」


 何故覗きに対して並々ならぬ反応を見せるのか、わたしにはわかるはずもなかった。

 少女の表情は、暗くて良く分からないが、炎が激しく燃え上がるように怒りを湛えていた。その様相はまるで獲物を前にした狼のようである。わたしは即座に命の危険を感じ取った。


 草食動物が肉食動物から逃げるのは、容易いことではない。


「ご、ごめんなさ――」


 ランプの明かりが下へと落ちていき、少女の手が上へと伸びていく。

 わたしは、不意に伸ばされた手に目を当てられ、突然のことで思考が停止し、呆然とした。足許ではパリンとランプが壊れる音がして、直後わたしを照らしてくれていた明かりはどこにもなくなった。


 明かりは部屋の隙間から差す細い1本だけ。それだけじゃあ視界を鮮明にしてはくれない。光がなきゃ眼球は働いてくれない。いや、目を塞がれているのだから光があってもなくても変わりはしないか。

 暗闇の中、わたしは少女の動向に意識を向けざる負えなかった。何秒そんな状態になっていただろう。数秒、数10秒、もしかしたら、わたしが長く感じているだけで、本当は一瞬だったのかもしれない。


「阿婆擦れが、ユキさんを見るな」


 わたしは、最後に闇の中で詠唱アルマを聞いた。


「閉ざせ、アルマ=ブレイク」


 途端に頭の芯に鋭い痛みを感じた。頭蓋骨を無理矢理こじ開けて、現れた脳味噌をナイフで刺し狂われているような、この世からバイバイするような、痛み。

 目に見えたものは、死だった。暗闇の世界から、暗黒の世界へと生え替わりした。死んだと思った。そう思えるくらい、痛かった。





 わたしの意識は、その痛みに一瞬にして刈り取られ、目が覚めた時は、少女に見下ろされていた。

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