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欲するならば、名を付けよ。❷

明けましておめでとうなので、二話連続更新です。

間に合って良かった。

「海?」

「いいえ、あれは湖です」


 わたしの問いにユキは応える。

 殺風景な大地から一変、目の前には海と思わせるくらい大きな水溜りが現れた。これが湖だなんて疑ってしまうほどの大きさだ。

 目を凝らすけれど水平線しか見えない。本当にこの先にアンダーステラが存在しているだなんて、到底思えなかった。

 わたしはどんだけの距離をクルージングしなければならないのだろう、と億劫になった。いったい何日かかるのだろう。そしてセントラルステラから来たユキたちは、わたしの許へ来るのに何日かけたのだろう。


「本当にあるの? アンダーステラ」

「本当にありますよ、アンダーステラ。ただ見えないだけです」

「見えない?」

「はい。ヴァルハラは意図的にアウトステラからはなにも見えないよう細工をしているんです」

「……なるほどね」


 アウトステラというゴミ置き場に棄てられた人間たちが、いつかはあんなとこに行きたい、なんて一片の希望をも持たないようにしている。

 ヴァルハラはわたしたちにその過酷な生活に慣れさせて、それ以上の生活なんてないと思わせたいのではないか。

 だがそんなことが始まったのはこの5年間だ。だからわたしはアウトステラだけが世界じゃないのを知っている。政府が何故そんなことを始めたのか。それは知る由もないことだけれど、結局、大したものではないと思う。


 下がいると人間は良く働くものだから。


 そういうものだから。


 湖のほとりには鼠色の小さな塔が立っている。それは一階建ての家くらい小さくて、人ひとり入るのが限界くらいの面積。きっとこここに門番ゲート・キーパーがいるのだ。塔にはぽっかり丸く開いた窓口があった。


「ミュージア」


 ユキが声を掛けると暗闇からじゃりっと鎖を引き摺る音が聞こえてきて、中からひとりの男が顔を出した。


「おかえりユキ様。案外遅かったね? もしかしてユーリカとイチャイチャしてたのかな? んん?」


 男は皮肉と軽口を叩きながら笑っていた。彼は両目を瞑っていて、頭には年季の入ったバンダナ、首と手首には闇の向こうに繋がっている鎖があった。まるで囚われの罪人のようだ。


「してませんよ。それにその様っていうのはできれば辞めてもらいたいんですけど」

「まああんたはそういうが、我々の界隈には上から言われているもんでね。祓魔師エクソシストには様を付け敬意を称せってね」


 うんざりだ、とミュージアさんは片肘を付いてもう片方の手をひらひらさせる。


「ははは、きみはそういうの苦手ですからね」

「ああ、まったくだよったく政府の奴らめ。ところで、そこの子が例の子かい?」


 突然話がわたしにシフトしてびくりとする。両目を瞑っているこの男はどうしてわたしの存在に気付いたのだろう。


「ちょいとこっちにおいで」


 と手招きしてくる。

 ユキに目で訴えかけると、笑顔が返ってきたのでたぶんなにもされることはないだろうが、多少びびる。


「くくっ、ずいぶんとびびってるなぁ。そっか、あれだろ! どうしてわたしのことがわかったんですかー、なんて思ってんだろ」


 まったくもってその通りである。


「は、はい……」


 するとミュージアさんは笑いながら、


「俺は目が見えねえんだ。けどその分他の感覚が優れてる。例えば、鼻とか耳とか触覚とか、言っちまえば第六感シックス・センスも良いぞぉ。だからあんたが居るのがわかった」

「そうなんですか……凄いですね」

「あれ? 反応薄いねー。もしかしてあんまり信じてない?」


 申し訳ないが生憎その通りである。


「そうだなあなんか言い当ててやろう」


 突然ゲーム染みたなにかが始まった。ミュージアさんは顎に手を当てて悩んでいる。いったいなにを言ってくるのだろう。言われるなら言われて嬉しいことが良いのだけれど。


「あんたってさ」

「はい?」

「胸でかいだろ」

「………………はっ!?」


 わたしは咄嗟に胸を両手で隠した。

 胸のことは否定はしない。というよりできないと言った方が良い。アラマ村に居たとき、隣のセクハラ親父がわたしの身体をジロジロ見てきていた。その原因が『コレ』というのは重々承知している。

 けれどそれを面と向かって言われたことはなくて、わたしはとてつもなく困惑した。そして目の前のセクハラ野郎に言い言えぬ殺意を覚えた。


「なんで!」

「くはははっ! だから鼻が利くって言ったろう? あんたの匂いの距離で胸が一番近かったからなぁ。ここにいるとあんま女と会うことはないからわからんが、俺の人生のなかじゃあんたはかなり巨乳ちゃんだぜ!」


 凄く嬉しそう。嬉しそうだが、代償としてわたしは苛立つ。


「……変態」

「くくっ、結構結構変態で結構! もはやそれは褒め言葉だぜお嬢ちゃん?」


 こいつはもうわたしの手には負えない。さっさとこの場から離れ、2度と顔を合わせたくないとさえ思えてきた。


「まあ冗談はこのくらいにしておこうか。どうだい、ちょっとは緊張は解れたか?」

「ええ、それなりには解れました……けどなんだろうこの胸中で渦巻く黒い感情は」

「それは俺の管轄外だわ」


 そしてまたわたしを手招くミュージアさん。

 わたしは大人しく手招きに従った。

 するとミュージアはわたしに手を差し出してくる。握手だ。


「自己紹介がまだだったな。俺はミュージア=ハレストロールっつーもんだ。ここで門番ゲート・キーパーをしてる。通称外星の門アウト・ゲート・キーパーだよ。そのまんまだよ」


 わたしは差し出された手を握った。そしたら握り返された。当然だけれど、やっぱり両目を瞑っているから表情がよくわからなくて少し怯える。


「えっと、アレリア=シュートルです。魔法使いウィザードですが、祓魔師エクソシストになります」

「知ってるよ。ユキから聞いてる。あんたはもう時の人だからな。ヴァルハラ中で噂になりまくってるぜ?」

「え? どういうことですか? ……あ、そっか」

「お察しの通りだよ」


 どうしてわたしがヴァルハラで噂になっているというのだろう。いや、わかりきったことではあるか。

 アウトステラから入ってくるだけでもおかしいのに、そしてそいつは異例イレギュラーなエクソシストになる奴なのだから、噂になるのも無理はない。


「たぶん教団に行ったらあんたへの当たりは強いと思うぞ?」

「そこは、どうにか踏ん張ります」

「ん、その粋だ。そんくらいのノリがなきゃエクソシストは務まらんからな。だいぶ良い素材だと思うぞお前は」

「あ、ありがとうございます」


 なんなんだこの男は。急に褒めてきて、少し嬉しくなってしまうじゃないか。ときめくものがあるじゃないか。


「まあいじめられたらそこのイケメンくんに言えば万事解決だから、泣きつけばなんとかなんよ」


 するとユキはにっこり笑ってくる。


「そうですね、そのときはなんとかしますよ」

「頼もしいね」

「はい。仲間ですから」


 本当にユキは頼めば何でもしてくれそうな雰囲気を持っているからある意味怖い。きっとかなりモテるだろうな。

 ユキと一緒にセントラルステラに入って嫉妬の目が痛かったりしたらどうしよう、と至極どうでも良いことを案じた。


「さて、そろそろ行くかい?」


 ミュージアさんはそう言って3枚の小さな紙を差し出した。


「片道切符だよ。これを手にすればすぐにアンダーに入れる。そっからは自由にセントラルに入ってくれ」

「ありがとうございます。でも、なんで3枚なんですか?」


 それが切符なら、4枚なくてはならない。ここには4人いるのだから。


「それは、追々わかることだ。別に俺が教えるようなことじゃあないからな。世界は自分で知らなくちゃならない。それがどんなものでもな」

「……? わかりました」


 よくわからないが、わたしは切符を手に取った。ユキとアイリも手に取る。ユーリカは依然としてユキに抱かれている。静かだな、と思っていたらすうすうと気持ち良さそうに寝息を立てていた。


「じゃあまたいつか、ミュージア」

「さようならです」

「…………」


 わたしとユキは別れの挨拶をして、アイリは深く頭を下げていた。

 切符がふっと風に乗るように消えていって、淡い光がわたしたちを包み込んだ。

 ミュージアさんはわたしたちに手を振って、思い出したようにユキ言う。


「食べ物サンクスな。あれだけありゃあ一ヶ月は食っていける」

「また要望があれば買ってきますよ」

「悪いねえいつもいつも」

「いいえ、こちらこそですから」


 そうして目の前は真っ白になった。

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