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欲するならば、名を付けよ。①

アイリの一人称をボクにしたら可愛いんじゃないかと思えてきた。

いつか変えるかも知れません。

 なにもかもが世界最大級の国『ヴァルハラ』は、大きくよっつのエリアに分けられている。

 ひとつは祓魔師の所属教団ホームが入っている政府がありヴァルハラ法皇が統治する、セントラルステラ。

 ふたつは商業が盛んでヴァルハラの貿易港がある、アンダーステラ。

 みっつは農業が盛んで、ヴァルハラ内の食糧をすべてまかなっているほか、輸出する余裕もある、アッパーステラ。

 そしてよっつはヴァルハラ政府から見捨てられたエリア、アウトステラ。


 セントラルステラで暮らすためには莫大な富または世界的地位が必要であり、相当な運と実力がなければちょっとしたショッピングはおろか、入ることすら許されない。エクソシストは世界的地位に相当する。何故ならヴァルハラ法皇の腰巾着的存在であり、ヴァルハラ法皇の腕であり力であるからだ。ヴァルハラの爆発的な発展には、エクソシストが大きく関わっているらしい。

 アッパーステラとアンダーステラは主に企業と商人のエリアで、一日店を出すくらいなら一般生涯収入を政府に支払えばできるが、そんな余裕のある人間はほとんどいない。よって、セントラルステラほどではないにしても、ひと握りの人間しか入ることはできない。

 そしてアウトステラは、上記みっつのエリアとはほぼ完全と言って良いほどに分裂している。みっつのエリアの周りには広大な湖が広がっており、さらにそこを船かなにかで渡ろうとしても門番ゲート・キーパーがそれを許さず、もし渡れたとしても待っているのは大きな壁。


 ただ広く、自給自足の生活を強いられた、世界一の田舎。それがアウトステラ。それがわたしの故郷。

 とは言ってもら生活が困難を極めるというわけではない。集落というか、村というか、そういった集団があって、そこで協力して暮らすことはできる。

 単に切望の淵というわけではない。ただ、結構な貧乏であるというわけだ。


 わたしは、貧しくも安寧なアウトステラでの生活に、つまらなさを感じていたのかもしれない。だからわたしはエクソシストに憧れを持っていたのだろう。

 表は王子様のようにキラキラしていて、けれど代償として裏ではいつ死ぬかもわからない戦いを繰り広げている。わたしは彼らのその儚さを、美しいと思っていた。

 なれるならなりたいと思っていた。でもエクソシストは特別な最高職。ひと握りの選ばれた人間しかなれないものだ。


 昨日までのわたしは、エクソシストになるなんて思いもしていなかったのに、どうやら運命はずいぶんと人を振り回すもののようだ。



 *



 外星の門アウト・ゲートに向かう道中、わたしは運命という生きているのかもわからないものに感謝の念を送っていた。

 するとわたしは足許の小石でつまずき、転びそうになった。


 わたしたちはずいぶんと長いこと歩いている。時計がないため正確にはわからないが、アラマ村を出発してから約8時間は経過しているだろう。天には大きな太陽が昇っており、あたりは完全に明るくなっていた。

 わたしは足腰を襲う筋肉痛と眠気でふらふらになりながら、先行する3人についていた。

 徹夜で歩いているというのに、わたし以外はこんなものへでもないと言うように軽快に進んでいる。

 それにユキラウル=クーリアに至っては悪魔祓いをし、さらにユーリカを抱えながら歩いているというのに、息ひとつ乱していない。

 わたしにはその底なしの体力が理解できなかった。


「ユキラウル=クーリア、あなた疲れないの?」


 わたしは彼に恐る恐る訊いた。するとユキラウル=クーリアは、止まってこちらを振り向いて応える。


「いえ、疲れていませんよ?」


 そう爽やかに言ってくるので、わたしは彼との温度差とセリフでどっと疲れを感じた。

 疲れが顔に出ていたのだろう。ユキラウル=クーリアは、少し休みましょうか、と提案してくれる。けれどゲートまではもうすぐだ。


「ううん、大丈夫。行きましょう」

「……わかりました。無理はしないでくださいね」


 わたしはできるだけの笑顔で返す。歩みが再開した。

 ただ歩いているだけじゃ精神をすり減らすだけなので、わたしはユキラウル=クーリアに話しかけた。


「そういえばユキラウル=クーリアは」


 と話し掛けようとすると、当の本人に遮られた。


「そのユキラウル=クーリアって呼び方、辞めにしませんか?」


 少し寂しそうな声音だった。不機嫌と言ってもいいかもしれない。こちらを向くことなく言われたセリフにわたしは戸惑った。


「その、もうぼくたちは仲間なんですから、そんな他人行儀な呼称は、あんまり……どうなのかなぁ、と思いまして……」


 わたしは照れた声で発せられたセリフに、意外にもドキッとしてしまった。恋の予感とか、そんなものではなく、彼自身のことを思わず可愛いと思ってしまったのだ。

 自分の呼ばれ方を気にするなんて、子供か、と思ってしまうけれど、可愛いから許そう。

 わたしは思わずにやけてしまわないように努めて訊いた。


「じゃあなんて呼べばいい?」

「これといって希望は……」

「なら、普通にクーリア?」

「苗字呼びですか……」


 不服そう。


「ならユキラウル?」

「少し言い辛くないですか?」


 そうは思わないけれど、どうやらこれもダメらしい。

 そういえば、アイリもユーリカも彼のことを『ユキ』と呼んでいた。女の子のような名前だけれど、もしかして彼はそう呼ばれたいのだろうか。


「なら、ユキ……?」

「そうですね、そんなのが妥当だと思います」


 即答。なにがどうして妥当になったのかわからないけれど、満足そうな声音が聴こえてきたので良しとしよう。


「よろしくね、ユキ」

「はい、アレリアさん」

「…………」

「どうかしましたか?」


 わたしが沈黙したのにユキは反応する。


「……なんかずるい」

「え?」

「わたしはユキって呼び捨ててるのに、あなたはわたしのことをさんつけして呼ぶのは、なんかずるいと思う」


 自分の要求だけ鵜呑みにさせるのはずるい。姑息だ。

 ユキはまんまるな目でわたしを見て、少し照れているのがわかる。だって本来真っ白な頬が赤味を帯びているんだもの。


「わ、わかりました……アレリア?」

「うん」


 ちょっとだけ、嬉しい。でもどこか腑に落ちない。納得できているのに、どこか気に入らない。

 それはきっと彼の口調がだろう。話し方が気に入らないのだ。わたしには他人行儀は辞めてくれと言ったくせに、自分は敬語で話してくる。

 それが気に入らない。


「ねぇ、どうしてユキは敬語なの?」

「癖ですから。……むぅ、どうしてでしょう?」


 そう言って笑う。

 いや訊きたいのはこっちなのだけれど。

 まあそれが彼のアイデンティティとでも形容して納得できなくもない。わたしは結局そうして、無理矢理納得した。


 それからややあってアイリが隣を並行して歩くようになった。どうやらなにか要があるようで、終始こちらをちらちらと見てくる。

 わたしはそれが気になって仕方がなくて、できるなら元の位置に戻るか、それとも要件をさっさと言ってもらいたい。


「あの」

「っ!?」


 わたしが声を掛けるとアイリはびくりっと飛び跳ねるように震えた。

 アイリの眼光がわたしを向く。彼女の冷徹な視線にまだ慣れていなくて、相変わらず背筋がひやりとする。


「なんですか?」

「えっと、わたしの隣に来てどうしたのかなあっと」

「え、あっ……」


 アイリが困惑の声を出す。すると肩口を引っ張られて耳打ちされる。アイリの身長はわたしの胸のあたりなので女の子にしても小さい方だ。だから、耳打ちするには肩口を引っ張るくらいしないと引き寄せられない。


「痛覚、消してあげましょうか? あし、痛いのでしょう?」


 そんなことをアイリから言われるなんて思ってもみなかった。急にどうしたと言うのだろう。


「どうしたの、急に心配なんてしてくれちゃって」

「なっ! 別に心配してるわけじゃありませんから! ただ、ユキさんにとって、あなたは大事な仲間のようですから。ユキさんの仲間は、わたしの仲間、ですから」


 凄く可愛いのだけれど。未だかつて見たことのない可愛さ。まさか3次元にこんな逸材がいるだなんて思いもしなかった。


(まさにツンデレではないですか!!)


 とひとり悦に入っていると、アイリは言う。


「で、どうするんですか。して欲しいんですか、結構なんですか?」

「ふふ、お願いしますねー」


 何笑ったるんですかキモイです、と罵ってくるけれどそれすらも許容してしまった。

 アイリはわたしのあしに触れ、詠唱すると針が刺さるような筋肉痛が綺麗さっぱりなくなった。


「だいぶ楽になったわ。ありがとう」

「いえ。ですが感じなくなっただけで消えているわけではありません。わたしの魔法は飽くまで治癒系魔法とは違いますから。無理はしないでくださいね」

「わかってるって」

「……心配ですが、まあいいでしょう」


 そうしてアイリは元の位置に戻っていった。

 なんだ。彼女も優しい子ではないか。わたしは彼女を勘違いしていたようだ。

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