Eureka
小休止染みたものです
なう(2015/12/28 21:10:31)誤字脱字修正
ユキラウルが1度アラマ村に行きたい、と言うので、わたしとアイリはそれに従った。
正直わたしとしては、アラマ村とは決別していて、行きたいとは微塵にも思わなかったが、ユキラウルのことだ、なにかあるのだろう、と思った。
歩くこと数分、見えてきたのは木造の大門。
アラマ村の関門。
世にも恐ろしい悪魔の巣窟の入口。
忌々しいとわたしは思いながら、もうここに来ることもないのか、と感慨深かった。なにせ17年育った村なのだ。村人がすべて悪魔になっていて、欺瞞に満ちていたとしても、嫌悪することは難しい。
「どうしてここに来たの?」
とわたしが前を先行するユキラウルに問うと、
「仲間が村にいるんです」
「仲間が?」
「はい」
「どうして?」
「どうして……か。なんていうか……」
ややあってユキラウルは答える。
「彼女は僕より強いから、ですかね」
わたしは彼女という響きに感化されて考える。そういえばわたしがユキラウルを見つけたときは、もうひとりの女性がいたはずなのだ。それが彼の言う彼女か。
しかしそのときのシチュエーションを考えると、彼女というのは第三者を表す代名詞ではなくて、ユキラウルの彼女という名詞のように思えて仕方ない。
まあ、どれにしたってわたし自身には関係のないことで。ユキラウルが女性に囲まれていたとしても、手篭めにしていたとしても、わたしにとっては突如現れた最低なエクソシストという認識でしかないのが現状。
それ以上もそれ以下もない。
アラマ村に近づくにつれて、異臭が漂い始めた。気味が悪く、そして味が悪い。わたしは鼻をつまんで耐えている。
「臭いが気になりますか?」
「もぢろん、なにごの臭い……」
いかにも慣れているユキラウルに鼻声で尋ねると、
「これは悪魔の死臭ですよ。悪魔は1度にたくさん祓われると、こんな臭いがすることがあるんです」
ユキラウルはそう当たり前のように言うが、アレリアはつい驚いてしまう。
ユキラウルは悪魔2体を翻弄し、軽々倒していた。そのときこんなおぞましい臭いはしなかった。ということはこの臭いは数体、いや数10体またはそれ以上の単位でないと発生しないということだ。
ユキラウルが自分より強いから、と言ったのはどうやら本当らしい。
ユキラウルよりも強いエクソシストが、アラマ村にはいるのだと思うと、わたしは少し怖くなった。
どれだけ今日は自分の知識を凌駕する人間が現れるのだろうと。
ユキラウルの話は続く。
「実際は浄化されきらなかった魔力の臭いなんですが、死臭と呼んでもあながち間違いでもありません。悪魔が死した後の臭いですからね」
「悪魔っでいろいろとやばいのね……死にぞう」
情けなく弱音を吐くわたしに、ユキラウルははぁと小さく溜め息を吐くと、アイリに、塞いであげて、と頼んだ。
アイリは嫌な顔をするが、上下関係を考えると断れないようだ。飽くまでユキラウルはアイリの上司にあたるのだから。
アイリは苦虫を噛み潰したような顔をしながら、
「……こっち向いて鼻をつまむ手を離してください」
「ん」
言われたとおりにすると、今度はアイリがわたしの鼻をつまんだ。当然優しくではなくではなく、嫌いな奴の頬をつまむときみたいに力加減のない、かなり痛いものだ。
「閉ざせ--アルマ=ブレイク」
詠唱が終わるとアイリは、
「いだっ!」
わたしの鼻を横暴に離して顔を背けた。
わたしの鼻は赤くなっていて、少し腫れていた。目尻に涙を溜めながら鼻をさするわたしは、鋭い苦痛に襲われているが、それと引き換えに気持ちいい呼吸を手に入れた。
わたしの嗅覚が一時的に機能不全に陥ったのだ。
陥ったと言うとまるで不幸なことのように聞こえるが、今はとても喜ばしい。嗅ぎたくない悪臭を嗅ぐことなく、爽快に息を吸うことができるのだから。
ユキラウル曰く、アイリの魔法は『閉ざす』能力を持つらしい。意識を閉ざし気絶させるとか、嗅覚と脳の繋がりを閉ざし鼻の機能を失わせるとか。使い方はいくらでもあるらしい。
それは殺傷においても然りであるから、故に破壊魔法なのだという。
ならばわたしの魔法も破壊魔法に該当するのではないかと思えるが、造形魔法と破壊魔法は簡単で明確な違いがある。
まず破壊魔法は大前提として、破壊を目的とするものであり、造形魔法は大前提として、造形を目的とするものである。
しかし、創造が時に破壊を生み出すように、造形魔法も破壊魔法に近しいことはできる。
だが、それでも破壊魔法とされない理由はひとつ存在する。それはプロセスの数だ。
破壊魔法で殺傷する場合、間接的に攻撃するか、直接的に攻撃する。であるから、攻撃までのプロセスはひとつかゼロだ。だが造形魔法で殺傷する場合、なにかを造り、それを動かし、攻撃しなければならない。よって攻撃までのプロセスは必ずふたつを要する。
どちらが効率的に破壊を行うことができるか。そんなもの、ひとつかゼロに決まっている。
そういうわけで、ユキラウルたちエクソシストの破壊魔法とわたしたちウィザードの造形魔法の線引きはそこでなされている。
ちなみに、ユキラウルが使った『白神の王冠』は炎の柱を生み出すが、攻撃までのプロセスはひとつであるため、破壊魔法に該当する。
アラマ村の門は近づくにつれてその存在感を誇張してくる。出てくるときにはなかった禍々しさや忌々しさをひしひしと感じ、わたしは背筋をぞくりと震わせた。
門に少し隙間が開いている。ユキラウルのお仲間さんがここにいるというのは本当らしい。
「……全部、祓われたみたいですね」
全部、それは住人数537の中のわたしを除いた悪魔数536という数字である。正確にはそこから2が引かれる。
わたしが村を出たのはほんの数時間前。3時間も経過していないだろうその短時間で、ユキラウルの仲間は3桁の悪魔を祓い切ったというのだ。ユキラウルが認めるのも頷ける。
まるで神様専属の死神のようだ。悪魔を狩ることだけを命じられた哀れな死神。
「どうしてそんなことがわかるの?」
「感覚、ですかね。第六感です」
「とどのつまり、感ってことね」
「そういうことです。さ、さっさと合流して帰りましょうかね」
やけくその空元気で勢いづけたユキラウルは、門を開く。瞬間、寒気みたいな風が吹き抜けた。
ユキラウルとアイリは慣れた顔をして前へと進んでいく。わたしは腰を抜かしそうになりながらも必死に追いつき、進む。
わたしは、この門が異世界への入り口のように思えた。
*
わたしは目を疑った。
倒壊した民家、崩落した地面、崩壊した村。
門ををくぐった途端に見えたのは、足元に広がる巨大な穴だった。まるで彗星でも落ちてきたのかというくらいに巨大な穴だった。
わたしが暮らしていた村の記憶にはかすりもしない風景が、そこには広がっていた。思い出も、幸せも、悲しみも、なにひとつそこには残されていなかった。
残されていたのは消えかけの悪魔の残骸だけ。
アラマ村は悪魔と一緒に消え去っていた。
またあの痛みがわたしの胸を襲う。病気にでもかかってしまったのだろうか。いったいわたしの心体はどうなってしまっているのだろう。
穴の淵にひとりの少女が膝を抱いて座っていた。クレセリア邸の一室で、ユキラウルとイチャイチャしていたあの少女だ。
一瞬寂しそうに見えたが、その顔には表情がない。ユキラウルと一緒だったときの蕩けた表情が嘘だったかのようだ。主を待つ感情のないアンドロイドみたいに、顕著に冷静に座っている。
その美貌もあいまって、まるで少女は精巧に作られた本物のお人形さんのようだ。
この少女がユキラウルよりも強いエクソシストということが、わたしは受け入れられなかった。
身体も細くて、殴らせたら骨を折ってしまいそうなこんな子が、1度にたくさんの悪魔を屠ることができる。そんな力を持っている。
その力を利用され、これまで何度戦場に駆り出されてきたのだろう。
その様を想像するだけで、胸糞悪い。
「ユーリカ」
ユキラウルが少女を呼ぶ。少女は機械的にユキラウルの方を向くと、そのとき初めて少女の表情に仄かな色彩が表れた。
にこりと笑って、
「ユキ、わたし疲れたよ。……抱っこして?」
妖艶な響きにユキラウルは、「いくらでも」と答え、抱っこをせがむ彼女を抱き上げた。女の子なら1度はしてもらいたいと願う、俗に言うお姫様抱っこ。
抱き上げられると弱々しく首に抱きつくユーリカが、消えてしまいそうなくらい小さく儚い声で、
「あとで楽しいこと、いっぱいしようね……」
「そうだね」
ユキラウルが返答する。
楽しいこととはいったいなんなのだろう。ふたりの関係をまったく知らないが、わたしは勝手に『そういう』関係だと決めつけて、破廉恥なことを想像した。
(あ、あんなことやこんなことをするのかな……。って、こんなこと考えてたら私変態じゃんっ!)
いやいやもう少し健全な関係のはずだ、とわたしは思いながらかぶりを振る。ブロンドの髪の毛が左右に振り乱れる。
気恥ずかしさに頬が高潮するわたしをユーリカが見詰めていた。じっと、まるで心を見透かすように。
わたしは心を覗かれぬようにと、心を隠すように胸元を手で押さえた。
後で聞いた話だが、ユーリカには心を覗き込むなんて力はない。だが、あるひとつの『劣情』を覗き込むことができる。でも今のわたしはそんなことを知らない。でもそれをユキラウルは知っているわけで、彼はわたしとユーリカを面白可笑しそうに傍観していた。
ユーリカはくすっと笑って、今回の子は素質ありそうだねと嬉しそうにユキラウルに告げる。
わたしはなんのことかわからずも、なんとなく恥ずかしいことを知られてしまったことは察することはできて、低俗な思考をしてしまった自分を恥じた。
「へぇ、そうなんだ」
ユキラウルはにやにやとしながらわたしを見る。
「まぁ、なにはともあれ。行きましょうか」
そうにこやかに笑う彼がこのときばかりは憎たらしく思えた。