ピーラーさん
最近この地域で噂になっている話があるんだ。
その話は、『ピーラーさん』。
ピーラーで人の皮を剥いてしまうとっても恐い化け物だ。
あなたも人皮剥けてみませんか?
一皮剥けるという言葉がある。
それは人がより洗練されていく様を示す言葉である。
一皮剥けばという言葉もある。
それは人の本性を示す言葉である。
そのどちらも正しいのだとすれば、
皮が剥けるということは、
洗練されていくことであり、
本能を剥き出しにしていくものなのである。
つまり、本性とは――――美しいものなのである。
ところで、ピーラーというものを知っているだろうか?
そう、ヒーラーでもビーラーでもなく、
あの野菜の皮を剥くあの、ピーラーだ。
「『ピーラーさん』って知ってる?」
同級生の女子同士が僕の席の横でしていた他愛もない話が耳に残った。
「『ピーラーさん』って何?」
「ピーラーさんってのはね、
あの野菜とかを剥くピーラーってあるでしょ?
あのピーラーで人の皮を剥いちゃう化け物なの。」
「えぇーコワーイ。」
なんだよ、その微妙にグロテスクな化け物は…。
ってゆーか、『ピーラーさん』って微妙すぎじゃないか?
なんだよ、その林間学校で夜テントの中で怖い話をするときに、
夕方にカレーを自炊するときにピーラーで怪我したことを思い出して話にしましたなんて感じのお化けは。
全く小学校を卒業してもあんまり成長してないじゃないか。
誰だよ、女子は中学校に入ったら男子よりも断然大人になってるとか言い出したヤツは。
そんなことを考えながら僕は次の授業の教科書を鞄から出していた。
その後、僕はその女子達がドラマの話題を話し始めたところで、
その話題に乗っかかることにした。
その日の学校を終えて、塾に行こうと思っていた時、
携帯がかかってきた。…お姉ちゃんからだ。
「グリーン、今日も塾だったわよね。」
「えっ、そうだよ。」
「そう…。今日はお母さんも夕勤だからいないのよね。」
「うん、知ってる。」
「だから…。いえ、何でもないわ。じゃあね。」
「じゃあね。」
ツーツーツー。
会話終了の音が携帯から聞こえてきた。
僕の家はお父さんは海外へ出張中。
お母さんは看護師で今日は夕方から仕事に行っていて、
帰るのは深夜過ぎ。
つまり今日は僕とお姉ちゃんしかいない。
…もう、慣れたけど。
お姉ちゃんの名前は二枝野カレン。
僕の名前は二枝野グリーン。
別に携帯ゲームにはまって親が付けた|キラキラ(DQN)ネームではなく、
ただ単純に僕のお父さんが外国人というだけだ。
つまり、ハーフってわけ。
ハーフで不細工な場合結構悲惨なことになるのを知ってるけど、
僕の場合は結構悪くないと思っている。
僕のお姉ちゃんは美人で他の学校でも有名なくらいで、
モデルのスカウトもあったらしい。
最近はストーカーか何かの視線を感じるらしく、
塾がなければ僕も早めに帰ろうと思っていた。
けれど、塾には行かないと。
テストも近いし、
…それに、咲ちゃんもいるし。
咲ちゃんは、僕の学年で一番可愛い子だ。
僕が塾に行っている動機の3割は咲ちゃんに会うためだ。
そんな気分でウキウキと塾に行ったけれど、
残念ながら咲ちゃんは今日は塾に来ていなかった。
少し気落ちしたけれど、
塾に行っている動機の残り7割である、
勉学のほうに励むことにした。
塾の休み時間にお姉ちゃんから電話がかかってきた。
「もしもし、グリーン?」
「どうしたの? お姉ちゃん。」
「グリーン…、その、……なるべく早く帰ってきて。」
「…今塾だから終わった後ならそうするよ。」
「うん、ごめんね。」
ツーツーツー。
そこで電話が切れた。
今日は寄り道せずに帰ろうと覆う。
一応お姉ちゃんは防犯グッズ7段の防犯マニアなので、
もしも何かがあってもある程度なら何とかなるとは思うけど、
一応、お姉ちゃんも女子だしね。
そして塾が終わって、速足で家に帰る頃になると、
辺りはもう真っ暗になっていて、
電灯の光が道の両端にポツポツとついていた。
暗がりの中を速足で帰りながら、
今日の学校で女子たちが話していた話題を思い出す。
『ピーラーさん』、だ。
曰く、人間を手に持ったピーラーで剥いてしまうのだとか。
曰く、ピーラーが抜けられる程の隙間があれば、
何処からでも入ってこられるのだとか、
曰く、皮を剥いた人に化けることができるのだとか。
「ふんっ、下らない。」
おおっと、思わず心の声が漏れてしまった。
そう、実に下らない。
ホントに下らない話だ。
なんだよ、『ピーラーさん』って、
包丁とか、ナイフのほうがよっぽど怖いじゃないか。
なんでそんな微妙なもので、襲い掛かってくるんだ。
以前、『怪人コルク抜き』の話を聞いた時も思ったけど、
なんか、うちの地域って微妙な怪談ばかりが流行るんだよね。
コルク抜きを目に刺して目玉を抜き取っていくって、
確かにエグいけどなんだかなーって。
…いや、いたら確かに怖いけどさ。
そんな事を考えていたら、背後が気になってきた。
こういう時はなんだったっけ?
何かの本に右から振り向いたら大丈夫だけど、
左から振り向いたらそこに化け物がいるとか、
そんな話が合った。
よし、一回だけ確認しておこう。
……セーフ。
ちゃんと右から振り向いたからとか、
そういうのじゃなくて、
お化けとかそういうのはこの世にはいないんだ。
というか、あの世なんてものも存在しない。
一回確認したし、敢えて左から確認しなおす必要もない。
僕は、道路を渡るときに、
右を見て、左を見て、
この時点ですでに右を見ているのにもう一度右を見たりはしない主義だ。
…そう、だから左から後ろを再確認しなおす必要はない。
足元にある下水の蓋をしている金網も、
敢えて気にする必要もない。
小さな子供が足を引っ掛けてこけるということがあったためか、
目の細かい格子状の網になっている。
確かピーラーさんは、
ピーラーが抜けられないところは出てこれないから大丈夫…、
ってそもそもピーラーさんなんていないし。
そんなことを考えるよりも早く帰ろう。
家にはお姉ちゃん一人だけで心細いだろうし。
僕はそのあとはなるべく物事を考えないようにして、
家に帰ることにした。
家に帰って鍵を開けると、チェーンがかかっており、
チャイムを押すと、右手にマイオトロンという、
なんか凄いやつらしいスタンガンを構えたお姉ちゃんが笑顔で出迎えてくれた。
「お帰り、グリーン。
今チェーンを外すね。」
お姉ちゃんが一度ドアを閉めて、チェーンを外す間、
背後がすごく気になったので、そちらを警戒しつつ、
ドアが再び開いた時には、ビビッていると思われない程度に、
素早くドアを閉めて鍵をかけた。
「お帰り。」
「ただいま。」
居間で料理を用意して改めて僕を迎えてくれたお姉ちゃんは満面の笑みだったが、
僕はあることに気が付いた。
「ところで、そこの壁に空いてる穴は何?」
「……えへっ?」
えへっ?じゃないよ。
確かにかわいいけどさ、
流石に焦げたようなこの穴はそれではごまかせない。
「ほら、通販で買ったワイヤーガンで少々?」
いや、……普通の人はワイヤーガンで壁に焦げた跡をつけることを少々(・・)とは言わないし、
そもそも、電流か熱か何かが流れるようなワイヤーを打ち込む銃を持ってなんかいない。
「テ■ザー社のって、やっぱり定番じゃない?
単発式だけど、使い勝手も結構洗練されてるの♪」
…されてるの♪じゃないよ。
まったく。
「ごちそうさま。じゃあ、後は風呂に入って寝るよ。
お姉ちゃんも先に寝てていいよ。」
「うん、そうするね。おやすみ。」
「おやすみ。」
そう言って僕は風呂に入ることにしたけれど、
風呂に入る手前の脱衣所にある鏡を見るのも、
先ほどからオカルトを意識しているせいか見たくはなかった。
風呂の蓋を開けるのも、若干勇気がいる。
ああ、こういうのは変に意識するのが悪いんだ。
意識するな、意識するな、意識するな。
うん、これでいい。
急いで頭を洗って、体も一気に洗ってすぐに風呂を出た。
なんでだかわからないけど、
自室に戻ると鍵をかけたくなったので、鍵をかけておいた。
夜中、なかなか眠れないでいると、
廊下をあわただしく走る音がして、
僕の部屋の前で止まりドアを開けようとして、
鍵がかかっているのを確認したのか、
その足音は走り抜けていった。
軽い足音だったので、お母さんじゃなくて、
お姉ちゃんだと思うけど、どうしてあんなに走っていたのだろう?
というか、まだお母さんは帰っていないからお姉ちゃんしか僕以外この家にはまだいないか。
…トイレと間違えた?
それとも、不審者が侵入して逃げてる途中だった?
それとも…。
…ありえない3つ目の可能性は除外して、
2つ目の可能性を確認するために、
息を殺して部屋の壁に耳を着けてみることにした。
―――ふと上を見ると換気口に目が行った。
換気口は網のような格子状ではなく、横線だけの柵上になっている。
ヤバい、ピーラーさんが入ってこれる。
そう思って目を底に向けていると、その隙間から、
何本もの薄い帯が入り込んできた。
何、なに、なんだよこれ。
足が、足がうごかない。
歯がガタガタいってとまらない。
たすけ、おねえちゃんたすけて。
「おねえちゃん…。」
そうしている間にも、その帯は入り続けてきて、
その時間は無限に感じられるようで、
その終わりが僕の終わりだと思うと、
とても短い、いつ終わるかわからないものにも感じられた。
そして最後に、
―――――――――――――――――――――その隙間からピーラーが入ってきた。
ピーラーは帯たちの近くに浮かぶと、
帯は重なり合ってピーラーヲモッタオネエチャンノスガタニナッタ。
そこで目が覚めた。
目を覚ますと僕はベッドの上にいて、
横にはお姉ちゃんがいた。
「ひっっ…。」
「どうしたの? そんなに怯えて。」
…夢か。
夢、だったのか。
良かった。
このお姉ちゃんは本物だ。
そうだ。あんな気色が悪い夢は忘れよう。
ひとまず麦茶でも飲もう、
そう思って、部屋から出ようと考えたときにあることに気が付いた。
―――――オネエチャンハ、ドウヤッテ
カギノカカッタヘヤニハイッタンダ?
それにきがついておねえちゃんのほうをみたぼくは、
おねえちゃんのはだにいくつものきれこみがあることと、
みぎてにもってあるぴーらーにきがついた。
ピーラーさん 完
貴方の身近な方も、ピーラーさんかもしれません。