14歳の死後
最初に映し出されたのは学校。これは職員室かな。おそらく会議中だろう。
「えー…、本校の2年生の生徒、田村が自殺した件で、即急に担任の小森先生、部活顧問の川岡先生を中心に、普段から人間関係などにトラブルがなかったか調べていただきましたが、何一つ問題は見当たらない。学校生活での問題はなしとして上に報告します。」
校長が堂々と言うが、そんなの真っ赤な嘘だ。私はクラスでは完全に無視。汚い空気のような扱いをされ、誰一人として口を利いてくれる人はいなかった。
部活での私はオモチャだった。毎日のように弄ばれ、笑い者にされる。教室での無視もつらかったが、こちらでのいじめの方が数十倍は嫌だった。帰りのホームルーム終了後、部活に出ずに大急ぎで帰ってしまえば良い、と思い帰った日があったが、次の日から私を逃がすまい、と教室の前で誰かが待ち伏せして、腕をつかんで部室まで引っ張っていくようになった。抵抗するほど面白がったので、何も反応せずにいたこともあった。すると、効いてないと思ったのか、それまで以上に激しいいじめをしてきた。結局私は、何をしてもいじめられる運命だったのだ。
先生たちも分かっていたはずだ。特に担任などは何を見ていたのだろう…。自分から相談にこそ行かなかったが、クラス中から避けられているのは一目瞭然だった。やっかいごとに巻き込まれたくないゆえの見て見ぬふりだったのだろう。教師なんて所詮クズだ…。
映し出される場面が切り替わる。教室だ。
「え~…、みんなに残念なお知らせがある。もう知ってるやつもいるかもしれないが、昨日、田村が亡くなった。」
一気にざわつく教室。一部のクラスメイトからは歓喜の声も聞こえてくる。先生も叱るでもなく、咎めるでもなく、ただそこに立っていて、チャイムがなると同時に出ていった。こんなものか…。
次に映ったのは、何年間も見てきた私の家だった。映っているのはお母さん。ブツブツと声が聞こえてくる。
「学校であの子が自殺したって…」
さすがにあの親でもショックを受けたかな?と思っていると、
「遺品の整理だの、葬式の手続きだの、事情聴取だの、時間もお金はかかって、面倒くさいったらありゃしない。」
と聞こえる。私への関心は所詮その程度。
「あの人とのあんな子なんか産むんじゃなかった。」
私も、こんな親の下に…、いや、いっそこの世に産まれたくなかったよ。
「まあこれで子育てからも解放だし、自由になれるんだから、今さら文句言っても仕方ないわね」
なんとなく想像はついていたけど…、目の当たりにしてみると親からのその言葉は、思った以上につらかった。
映像はそこで終わりだったようで、モニターが消え、空が明るくなる。
私が死んでも何も変わらない。そんなことは分かっていた。分かってはいたけど息が苦しい。胸が締め付けられるように鈍く痛む。私はその場で膝を抱え、うずくまるように座った。そんな私を見て、おじいさんは優しい目をして声をかけてきた。
「大丈夫か、お前さん?」
そして、その目が悲しみを帯びてこう続ける。
「やっぱり見せるには酷じゃったか…、すまんかったの…。」
どうしておじいさんが謝るんだろう?嫌なら見ないことも出来たのに、それをしなかった私が悪いのに…。素直にそう思ったからそのまま伝える。
「いいえ、おじいさんは全く悪くないです。私が…、ダメな子だから…。」
そう、私はダメな子。だから苦しくてつらい思いをしてきた。周りの人は私を苦しめてた。すべて私が悪い。産まれたことが最大の罪だったんだ。そんなことを考えていると、おじいさんがつぶやく。
「こんなに優しい子が…、つらかったろうのぉ…。」
「私が優しい…?お世辞は良いですよ、おじいさん。」
フッと笑いながら言う。
「いやいや、お前さんは優しい子じゃよ?お世辞でも同情でもない。優しさと真面目さゆえに苦しんできた。きっとそうじゃろう?」
「違う、違います。私が…、産まれてきたのがいけない…。」
そう答える私の声は震えていた。涙が出そうになる。今までいっぱい流してきた、つらさから出る涙ではない。人の温かさにふれることによって心の奥から溢れてくる涙だ。今まで私にこんなに優しく接してくれた人はいなかった。誰も私のことを分かろうともしていなかった。私を生んだ親でさえも…。それなのに、どうしてこのおじいさんは見知らぬ私なんかに…。我慢できなくなって涙が一粒こぼれた。
「泣きたいなら泣いてすっきりすればええ。我慢してばっかりじゃつらいじゃろう?」
そういうおじいさんの目は限りなく優しくて、その言葉と一緒に私を包み込むようだった。私は泣いた。我慢することなく、産まれたばかりの赤ちゃんのように泣いた。次から次へと涙がこぼれて、しばらく泣き止むことが出来なかった。
どのくらいの時間が経っただろうか。ようやく落ち着いてきた私におじいさんは笑顔で話しかけてきた。
「ちょっとはすっきりできたかの?」
「…はい。こんなに泣いたのいつぶりだろ…。ありがとうございました。」
私は素直にお礼を言う。するとおじいさんは、ニコニコしながらこう言った。
「…そうじゃ、お前さんに少し面白いものを見せてやろうか?」
「面白いもの…?どのようなものですか?」
興味を持ち聞き返してみる。すると今度は少し考えたようなそぶりを見せながら、
「そうじゃの…、一言で言えば、お前さんの未来…かの。」
と。私はもう死んでいるのに『未来』?その言葉の意味が全く分からなかった。
「未来?私に未来なんて…」
―もう存在しない。そういいかけたところにおじいさんが言葉をかぶせる。
「仮に、お前さんが死なずに生きていたときの未来じゃ。ただし、わしは死神。人間の死後の世界しか見せられん。今回は18歳…高校3年生まで生きて、また自殺してしまうという未来になるんじゃが…。この説明で分かるかの?」
完全にではないけど理解できた気がした。
「つまり、私がさっき自殺せずに生き続けたけど、結局18歳で自殺した。そしてその後の世界を、今見たように見ることができる、ということですか?」
「おお、そういうことじゃ。若い子は理解が早くてええのぉ。」
おじいさんが笑顔でそう言う。その笑顔が暖かくて、嬉しくなって、私もおじいさんに笑顔を向ける。笑った目と目が合ったところでおじいさんが聞いてくる。
「で、どうする?見てみるか?」
どうせまたろくでもない未来だろうけど、それでも良い。今なら何を見せられても大丈夫だと思った。だから、しっかり目を合わせたままはっきり答える。
「はい。見せてください。」
「よし、良いぞ。」
おじいさんはそう言うと同時にまた杖を空にかざし、辺りを暗くした。さっきと同じようにモニターが現れ、映像が流れ始めた。