プロローグ
『もう生きていくのは嫌です。さようなら』
たった20文字足らずの文を残し、私は学校の屋上に立つ。これ以外に書くことなんてない。友達、先生はもちろん、親でさえ私のことは大嫌い。私には生まれてきた意味なんてなかった。柵を乗り越える。生きていたってなんの意味もない、そんな世界には生きていたくないのが普通なんじゃないか。少なくとも私はそうだった。一瞬空を見上げて、すぐに下に目を下ろす。あの地面に飛び込めば死ねる。これが私の最後の行動。未練なんてない。一思いに…飛んだ。あ、地面が近づいてくる、と思った直後には、もう何も見えていなかった。
ん…、ここは…?気が付くと、河原のような場所にいた。私、学校の屋上から飛び降りた…よね?なぜこんな場所に…。見覚えのない場所に戸惑いつつも、私は辺りを散策してみたくなり、そうすることにした。と言っても、何もなさそうなこの場所をどこから歩いてみようか…などと考えていると、どこからか声が聞こえてきた。
―14の若者がこうして命を絶つ。悲しいと言うか、情けない世の中になったよのぉ…
小さくて、低くて、聞き取りにくかったけど、その声はたしかにそう言った。声の主を探そうと後ろを振り向いてみると、そこには見知らぬおじいさんが立っていた。そのおじいさんは相当年を取っているようで、腰は曲がり、杖をついていた。私のすぐ後ろにそんなおじいさんがいたなんて信じられない。ついさっきまではいなかったはずなのに、どうして…?
「あなたは誰ですか?何者ですか?ここはどこですか?それに、私が死んだことを知ってるのですか?」
頭の中がごちゃごちゃになって、この見知らぬおじいさんに一気に疑問を投げかけてしまった。おじいさんは落ち着いた声で返す。
「まあ、まあ、少し落ち着きなさい。ほら、深呼吸でもして…」
言われた通り深呼吸をしてみると、心なしか落ち着いた気がした。おじいさんは言う。
「わしはお前さんのことは知らん。知っているのは、お前さんが自分で死を選んだと言うことだけじゃ」
このおじいさんは私を知らないと言うけど、反対に私はこのおじいさんをどこかで見たことがある気がした。見知らぬおじいさんではないのかもしれない。そこで、
「どこかで会ったことありませんか?」
と聞いた。すると、そのおじいさんは
「いや、知らんと言ったら知らんぞ。わしは死神、と言っておくのが一番近い存在だからの。お前さんが死ぬ以前に会っているはずなどないのじゃ」
と言う。
「そんなの嘘です」
このおじいさんが死神だなんて私には信じられない。おじいさんが言うには初めて会う人だけど、何か違う気がする。どこか懐かしくて安心する、そんな感覚を与えられるおじいさんだった。
「本当じゃよ? …そうじゃ、その証拠と言うのは変じゃが、お前さんの死後の世界を見せてやろうか。そう、現世で自殺したお前さんの、その後の世界じゃよ。」
実に興味深いことを言うおじいさんだ。私の死後の世界…。みんなが悲しむどころか喜んで、私の周りは、私がいたときよりも笑顔が増えている世界。きっとそんな世界だろう。想像できるのはそれ程度だった。
「どうした?怖くなったか?見るのが嫌なら無理には勧めんぞ?」
私がしばらく黙っていると、そう声をかけられた。でも私は別に怖くなんかない。元々誰かに好かれているだなんて思ってないからこうして死ねたのだ。
「いえ、ぜひ見たいです。怖くなんかないので見せてください」
「後悔しても知らんからな」
おじいさんはそう言うと、持っていた杖を空に向かって掲げた。すると、辺りが一瞬にして暗くなった。私が何事かと思い、目を丸くしているとすぐに、暗くなった空に大きなモニターのようなものが浮かび上がった。そして、そのモニターは映像を映し始めた。