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偶然は、望まないのにやってきた。

 声を大にしてい……えないから小声で叫ぶ。

 悪いのは姉だ。

 兎にも角にも、姉が悪い。


 間違っても運命なんかじゃない。






「太生! またサボりかよ!?」

「わりぃ! オレはまだ死にたくないんだ――っ」

「そのフレーズ聞き飽きたぞっ! やり直しを要求する!」

「んな暇はない。埋め合わせはする気ないけど許せ!」

 待てこら――っ! という友の叫びを背に、猛ダッシュで校舎を飛び出す。

 何処となく茶色が混じったような短髪の黒髪と瞳。決して整った顔立ちではないが、それなりに人受けはいいのだろう。

 そんな少年の名前は、岡田太生。高校3年生になったばかりの彼は、今日もまた、掃除をさぼっていた。



「ああああああああ特売に間に合わないぃぃっ」

 涙目。誇張ではなく本気で瞳に涙を浮かべながら、高校生男子としては悲しすぎる台詞を叫びつつ、今だ全力疾走。すでに10分くらいは経っているのだが、その速度が落ちることはない。さすが入学当初から陸上部のラブコールを受け続けているだけのことはある。

 だが、そんなことはどうでもいい。

「だいたいなんだって今日に限ってっ」

 そう、今日に限って姉の帰宅が早い。

 太生の家庭は父・母・姉のごく一般的な家庭である。

 両親が仕事であちこち飛び回っているためたま~にしか家に帰ってくることがないということを除いて。

 そのため、彼は5歳年上の姉に育てられたも同然であった。

 そう、姉である。

 太生にとっては神にも悪魔にも等しい、姉である。

 姉のしつけは大変厳しかった。

 幼いころから、掃除洗濯炊事。そのすべてを太生は教えられ、そして行ってきた。

 しかも、姉の教育方針とは『姉は偉い。敬いなさい』である。

 知らない人に言ったら「何それ、バカ?」と言われること間違いなしだが、友人は違う。彼の肩にぽんと手を載せて「……がんばれ?」と何故か疑問形で告げた次の瞬間には、ダッシュでその場を離れる。

 ……彼の姉はそれほど怖い。

 別に柔道や剣道を習っているとか、無駄に喧嘩が強いとかいうこともなければ、体格が良いとか見かけが怖いとか、そういうことでもない。

 どちらかというと、華奢で美人の部類に入るであろう容姿をしている。

 では、何が怖いのかというと、何となくとしか言いようがない。

 何となく逆らってはまずいような雰囲気があるのだ。

 よって逆らえない。

 けれど、そんな姉が嫌いではないので、……そういう意味では姉の教育は成功しているといっていいだろう。

 そんなわけで太生は、早く帰ってきた姉に夕飯を待たせてしまうという事態に陥るわけにはいかなかったのである。

「お、おっちゃん、大根とゴボウまだある!?」

「おう、ちょうど最後の一本だ! ほらよ!」

「ありがとっ」

 顔見知りの店主に笑い返し、袋を提げてまた走る。

 角を曲がり、公園付近に差し掛かったところで、さすがに一旦止まる。

「ちょ、さすが……つ、つらっ」

 肩で息をしながら、木に手をかける。

 すでに辺りは夕焼け色に染まっており、公園内にはあまり人はいない。

「こ、これで何とか……っ」

 深呼吸で息を整え、ゆっくりと歩き出す。


 ――――いや、歩き出そうとした。


「あ、これでいいや」

 突如降ってきた声と、同時に何かの衝撃。

 目の奥で一瞬火花が散る。


 な……、に……?


 後頭部を殴られたのだと気づいた時には、すでに意識は霞がかり。

「だいじょーぶ、だいじょーぶ」

 こわくなーいこわくなーい、とでも続きそうなふざけた言葉と、視界の隅に金色の何かが掠めたのを最後に、太生の意識は途絶えた。




 後に残ったのは学生鞄一つ。

 木の陰に隠されるように置かれたそれには、誰も気づくことはない。




(個人サイトからの加筆修正掲載です)

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