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森の奥の妖精の村

作者: 溝口智子

明日は年に一度の星ふり祭り。

妖精たちは夜どおし踊りあかして朝一番の明星が登るのを待ちます。

妖精の踊りが素晴らしければ素晴らしいほど、明星はあかあかと輝き、朝日がのぼる瞬間に幾万の流星に姿をかえて、地上にふりそそぐのです。

 妖精たちは明星のめぐみだけで育った花の蜜や木の実を食べて暮らしているのでした。


 妖精のトッソは、今年こそ、エイラに思いを打ち明けようと、この祭りを心待ちにしていました。

 この祭りの明けた朝にだけ、男の妖精から女の妖精に、愛を語ることがゆるされるのです。

 エイラはすばらしい妖精でした。

 誰にもやさしく、誰からも愛され、春風のように美しく、花も木もエイラの挨拶をうけると、きらきらと朝露をあびたように輝くのでした。


 それにくらべてトッソは。

 岩穴の奥の奥に寝起きして、土を掘り、石を磨いて暮らしていました。食べるものも木の根や朽ちた草でした。手も足も真っ黒に汚れ、衣服はすりきれてボロボロでした。妖精たちはみなトッソをきらい、見ないふりをしました。

 そんなトッソにも、エイラはにっこりと微笑みかけてくれるのです。トッソは地上に上るたびにエイラの姿を見るだけで、地上に住むミツバチのようにかろやかな、きらびやかな気持ちになることができるのでした。


 妖精たちは祭りの音楽にあわせて輪になって踊ります。

 エイラも踊りにくわわって、ひらりひらりと花のように踊っています。

 トッソはエイラのあとをついてポソリポソリと歩きます。

 妖精たちは踊りに酔いしれ、どすんどすんとトッソにぶちあたります。そのたびみんながトッソをにらみつけます。

 それでもトッソはエイラについて歩きました。


 いよいよ、朝日がのぼろうという時。

 すべての妖精が見守る中で、妖精の長老が明けの明星に挨拶を述べました。


「おお、うるわしのあけほしよ。こよいわれらのおどりのなかに、なんじがこころにそうものあらば、ゆたかのひかりのあめつぶをめぐみたまいてふらしてよとや」


 毎年なら、この挨拶のあと、明星は万のかけらにわかれ地上にふりそそぎました。

 しかしなぜか今日は、高い高い空に、ツンと輝いたままピクリとも動きませんでした。

 長老がもう一度、同じ挨拶を述べましたが、星は変わらず天にありました。


 妖精たちはさわぎだしました。

 このままでは、豊穣から見放され、惨めな労働を送らねばならなくなります。花のようにふわりふわりとは生きていけなくなってしまいます。

 そんなのは嫌だ、と口々に妖精が叫びました。

 そんな中ただ一人。トッソだけが黙ってみんなを見つめていました。

 エイラが、困った顔で星を見上げる姿を見て、トッソは長老に申し出ました。


「長老、おいが天に登って明星をみがいてこよう」


 長老はトッソの申し出に目を白黒させて答えました。


「たしかに、古い言い伝えに、明星をみがけば、いかな災厄もまぬがれるとあるが、しかし、お前、明星は高い高い天にある。いくらはしごをつないでも、とても登りきることはできやしない」


「おいがこさえた鎖がある。天から毎晩ふってくる明星の光のかけらをひろいあつめて、おいが編んで作った鎖だ。この鎖を空に放れば明星の光にひかれて空にのぼっていくだろう」


 トッソはポケットから、さやかに輝く一本の鎖を取り出すと、一方の先を強く握って、もう一方を空に放りました。

 鎖はきらきらとかがやきながら空高く、明星めがけてのぼっていきます。トッソは振り落とされないようぎゅうっと鎖にしがみつきました。


 ぐんぐんぐんぐんとのぼって、どんどん空気が冷たくなっていきます。トッソは手がかじかんで鎖を握ることができなくなりました。

 するり、と手が離れそうになって、トッソは鎖に噛み付きました。

 歯と歯のあいだで鎖がきしきしときしみ、あごが痛くなっても、トッソは必死に鎖にかみついていました。


 とうとう鎖は明星のもとへたどりつき、きらきら光りながら星の中に吸い込まれて行きました。トッソはいそいで明星にしがみつくと、ポケットから磨き布を取り出し、明星をみがき始めました。


 きゅっきゅっ、とみがけば、きらきらと星屑が飛び散り、ぐいっぐいっ、とみがけば、しゃらしゃらと星のかけらが落ちていきました。

 みがけばみがくほど明星は美しく輝きわたりました。


 とうとう明星のはしからはしまでトッソはみがき終えました。

 地上を見下ろすと、落ちた星のかけらの光で、妖精の村はまるで真昼のように明るいのでした。

 その明かりのおかげで、トッソはいとしいいとしいエイラの姿を見つけました。

 エイラは明星を見上げ笑顔でトッソに手を振っていました。


 トッソは満足して、明星にしがみついていた両手をはなしました。

 もう力はぜんぜん残っていなかったのです。

 トッソの体は地上に向かって落ちていきました。


 トッソはぐんぐん近づいてくる地上を見ていました。

 エイラが両手で口をおおって、今にも泣き出しそうな顔でトッソを見つめています。


 エイラ、エイラ、なぜ泣くんだ? おいは君の笑顔だけが見たくって、あの鎖をあんだんだ。

 どうして泣く、エイラ。

 おいが死ぬからか? おいが死ぬのを泣いてくれるのか?


 トッソは胸があつくなりました。

 そして何かが胸のそこからのぼってくるのを感じました。

 トッソの歯にのこっていた明星の光が、きらきらと輝きます。

 トッソの両腕にくっついた明星のかけらが、きらきらと輝きます。


 気づくとトッソは、銀色の翼を羽ばたかせた、大きな鳥にかわっていました。

 鳥は地面すれすれで大きく羽ばたき、旋回しました。

 そして地上に下りることなく、上ってきた太陽に向かって飛んで行きました。


「トッソ、トッソ、どこへ行くの? もどってきて」


 エイラが呼びかけましたが、鳥はふりかえらずに飛んで行きました。

 祭りが終わり、何人もの男の妖精がエイラに愛をつげましたが、エイラはだれのもとにも嫁ぎませんでした。

 

 翌日から妖精たちはいつもどおりの生活を始めました。

 だれ一人、トッソのことを話すこともありません。

 だれ一人、トッソのことで泣いているものもありません。

 ただ一人、エイラだけがトッソを思いつづけました。


 明くる年の星ふり祭りの夜。

 エイラは踊りの輪に入らず、ぽつんと一人たっていました。

 エイラの顔や手足は泥で汚れて真っ黒でした。今ではエイラはトッソが寝起きしていた岩穴に住み、土を掘っていたのです。

 妖精たちはだれも、真っ黒になったエイラに近づこうとはしませんでした。


 朝の光がわずかにさしました。

 長老が明星に挨拶を述べようとしたとき、一羽の大きな鳥が飛んできました。

 明星のように銀色にかがやく鳥。トッソでした。


「トッソ! あたしを一緒に連れて行って!」


 エイラはポケットから銀の光の鎖を取り出すと、鳥に向けて放りました。

 鳥は鎖をくちばしでくわえました。

 エイラの体が宙にうき、ぐんぐんのぼっていきます。

 その時、明星がくだけてちりました。明星のかけらがエイラの体に降り注ぎ、エイラは見る間に光り輝く鳥に姿をかえました。


 二羽の鳥は村の上をぐるりと旋回すると、仲良く並んで朝日に向かって飛び去りました。


 それ以来、トッソとエイラの姿を見たものはいません。

 明けの明星は輝かず、妖精たちは土を掘って生活するようになりました。土を掘り、タネを植え、刈りいれました。

 いつしか妖精であったことも忘れ、汚れた手足も苦にならなくなりました。


 けれど、時折、空をみあげたとき、ああ、あの空に羽ばたいていけたなら、と思うことがあるのです。

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― 新着の感想 ―
[一言]  読みました。面白かったです。  文章がとてもお上手で、違和感なくすらすら読めました。トッソのエイラへの純粋な想いに胸があつくなりました。  素敵なお話を読ませてくださりありがとうございま…
[良い点] 肩を張らずに読め 幻想的で、何度でも読もうと思えるような物語であると僕は、感じました。 文章が非常によく出来ており、絵本を読んでいるような気持ちにさせられます。 [気になる点] 人の悪い点…
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